明確に存在しないルール
グリオ農村と比べれば大抵の場所は割と都会に見える。
そういうと何だかとてもグリオ農村を馬鹿にしているように聞こえるかもしれないが、こればかりは事実なので仕方がない。
実際に農作物を育てて他の場所に出荷したりして生計を立てているのがグリオ農村だ。
食料に関して困る事はないし、何なら売り物にするにはちょっと……でも味はいいんだよなぁ、というものは出荷されないが農村内でそれなりに格安で手に入れる事もできる。
キールが、というかアズリアがグリオ農村を拠点にしたのはつまりそういう事だった。
ステラたちがグリオ農村のダンジョンを攻略した後、いくつか他のダンジョンに足を運んだりもしたわけだが長閑で鄙びた村、みたいな所のダンジョンにだって行ったけど、けれどもまだそっちの方が若干の都会みを感じられた。
違いはなんだろうな? と思って見たが恐らくは家と家の距離が近かったとかだろうか。
グリオ農村は建物から隣の建物に行くまでにもそれなりに距離があったからかもしれない。
ともあれ、今回キール達と共にやって来たのは樹林街ポルトカリである。
木々に囲まれた街で、多分外からここに来ようとすればわかりにくいかもしれない。
街を囲んでいる木々はよく見ればオレンジ色の実をつけている。
ポルトカリの実、と呼ばれているしつまりはこの街の名前はあれに因んだものなのだろう。
ステラたちから見ればどう見てもオレンジなのだが。
ま、世界が変われば同じ物であっても呼び名が違うなんて事は別に普通にある事だろう。そうあっさり納得する。
異世界転生した身でもあるステラとベルナドットからすれば、国が違うだけで名称が変わるものだってあったもんな、と思えるものもあったので別に今更驚くものでもない。
若干物珍しげにしているのはクロムくらいのものだった。
「さて、このダンジョンをぼくたちが主に探索している理由は単純です。
魔物と戦いやすいから。それ以上でも以下でもない」
「まぁ、ダンジョン選びの際にそこら辺は確かに重要かもしれないわね」
ダンジョンに足を踏み入れながらもそう述べたキール。
ステラとしてもそれを否定するつもりはない。
そもそも魔物と話し合いができるならいざ知らず、通用するはずもない。
命のやり取りをする以上、できるだけこちらが有利に立ち回ろうとするのはある意味で当然の事だ。
初見で新鮮な気持ちを味わいたい、とかいうゲームならともかく初見とかどうでもいいからとにかく効率的に攻略していきたい、となれば敵の情報をチェックして相手の弱点属性を突ける武器だとか技だとかを装備なり覚えるなりしておくだろうし。
ゲームなら負けてもリセットすればいいだけの話だが、キール達は負けた時点で最悪死ぬ。
ましてや、前衛職と呼べるような相手がいるでもない。キール達パーティというかチームは全員が魔術師だ。
ちょっとでも攻撃を食らえば案外簡単に崩れるだろうし、やっぱり最悪死ぬ。
魔法使いが主役の話なんかで戦闘が始まると、大体は魔法のぶつかり合いみたいなのが主流だけれど、相手が数で押してくるような場合、魔法しか使えない奴は大体そこで負ける。
いや、数の上での不利をものともしないくらいの実力の持ち主だとか、はたまた肉弾戦も余裕でこなせるとかであれば一対多数の戦いであっても、という事もあるけれど、現実的に見ればキール達魔術師の一団は正直そこら辺どうにかなる感じではない。
せめて旅のお供に盾となり剣となってくれるような相手が一人いれば話は違ってくるかもしれないが、キール達を主役に話を進めた場合は恐らくどこかで実力的に詰まるのが目に見えていた。
仮に仲間が身体を張って助けてくれてもその仲間ごと自分もあっさり魔物の牙とか爪に屠られる予感しかしない。ステラからすればどう足掻いても防御力が紙装甲、これに尽きた。
そんな魔術の腕はともかく肉体的な面での実力はとても不安しかない魔術師、ステラたちと行動を共にするからこそ大人数にはしないように、と指定した結果、今回同行するのはキールともう一人、アゲートという男だった。
ワインレッドのような髪を無造作に後ろで結んでいる、やや不愛想な男である。
年の頃は二十代も半ばを過ぎたあたりだろうか。もしかしたら三十代になっているかもしれない。
黒曜石のような黒い瞳はやや鋭く、遠目で見れば何となく機嫌が悪いのだろうか? と思われるような――そんな男だった。
「ここの魔物の大半は植物系だからな。弱点がハッキリしているし、何より誰が来てもここならそこそこどうとでもなる」
キールの言葉に付け加えるようにアゲートが言う。
「うーん、もしかして、町とか村の特色に合わせた感じなのかしら、ダンジョンて……」
思い返せばグリオ農村のダンジョンに出る魔物はカチコチスライム以外も割とどうかと思えるものがちらほらいたけれど、何となく畑に出てきそうな魔物だな、と思えるものが多かった。
カチコチスライムは見ようによっては畑に埋まってたりする邪魔な石ころといったところだろうか。
それ以外にもモグラっぽいものだとか、作物を狙うだろう鳥のような魔物だとか、はたまた虫のような魔物もそれなりにいたのだ。
「それはないと思いますよ、どちらかといえばたまたま、でしょうね。
ダンジョンができている場所に人里を作るわけですから、順番が異なります」
「言われてみればそうだったか」
キールの言葉にあっさりとベルナドットが納得する。
町や村がある場所にダンジョンができるのではなく、ダンジョンがある場所の周辺に町や村を作るのだ。
であれば、ダンジョンの中身が町や村の特色に合わせるというのは無理がある。
むしろダンジョンの中を見た上でそれっぽい町や村になった、と考えた方がまだ有り得そうだ。
それともダンジョンの中を確認せずとも中身と外側は似るのだろうか?
真相はわからないが、キールとアゲートにとっては既に何度目かのダンジョンであり、ステラたちにとっては初めてのダンジョンだ。
入口は他のダンジョンとそこまで変わらない。ただ、階段を下りた直後からは周辺がガラリと変化した。
「あー、こういうやつね、はいはい把握」
今までステラたちが訪れたダンジョンは大体石造りの何の変哲もない、と言ってしまえばそれまでのダンジョンだった。中には木造っぽい感じの所もあったが、オーソドックスな、と言ってしまえるようなもの。
ところがこのダンジョンは周辺に木々が立ち並びまるで森の中にでもいるような気分になってくる。
舗装された道はないけれど、何となく獣が通っただろう感じの道はある。
今までのダンジョンとは違って足場もあまり良いとは言えない感じだった。
見上げなければてっぺんが見えないくらいの大木やステラの背丈よりも低い低木。生い茂る草木。所々に見える小さな花々。
ここがダンジョンであるという事を考えなければ、ただの自然あふれる森の中だとしか思えないくらいに。
「森だな……」
「そうね」
どこか懐かしい感じがするのはかつての故郷のせいだろうか。
いや、人間時代の故郷も周辺森に囲まれてたけどここまでではなかった。森の規模もっと小さかった。
森ってだけで親近感抱くにはちょっと規模が違い過ぎる。
どちらかといえば人間がここらで暮らすにはまず厳しい気がする。そもそもダンジョンの中なので魔物が出る。
かつての故郷周辺でも魔物はいたけれど、魔王の加護でそういうのからは守られてたので雰囲気が似てるからといってダンジョンと比べるのもどうかしているなとベルナドットは思い直した。
ダンジョンの中だから空とかないはずなのに、それでも上を見上げれば空のようなものが見えたし、何なら木々の間からは木漏れ日が。
もし眠っている間にこの中に連れてこられた場合、目が覚めて魔物に遭遇する前まではダンジョンの中だと気付けないんじゃないだろうか、なんて考えた。
それくらい周辺がただの森と変わりない。
とはいえ、そこまで驚く程のものでもない。
向こうの世界でもこういったダンジョンは存在していたし、馴染みがないわけではない。
「場合によっては木に擬態した魔物なんかもいるから気を付けて」
「そういやさっき言ってたわね。ここに出る魔物の大半植物系って」
キールの言葉に、どっちかっていえば確かにそりゃ植物系統の魔物が出るとは思うけど、それ以外の森の愉快な仲間たち、みたいなのもいそうな気がするんだけどなぁ。なんて思ったがそちらは恐らく出現しても数はあまり多くないのだろう。
どちらかといえば動物系の魔物の方が素早さがあるだろうと思えるので、魔術師だけで挑んでいるキール達からすればそういった相手は避けたいだろうし、頻繁にそんな魔物が出るようならここをよく利用するなんて事もないだろうから。
「ねぇ、思ったんだけど。ここら一帯を炎の術で焼き払ったりとかしたらどうなるの?」
「簡単に無茶を言うな。そんな強力な術、使える者がそもそもいるはずがない。仮に複数名魔術師を集めて実行したとしても、このフロアをそうした時点で力尽きかねないし、それこそ自殺行為だ」
ステラの素朴な疑問にすぐさま答えたのはアゲートだ。
「え、じゃあ例えばこのフロア内の壁とかそういう部分になってるだろう木々とかも燃やしたりできない?」
見渡す限りの木々。どこまで続いているのかぱっと見ではわかりにくいが、それでもフロアの広さは決まっている。実際ここも内部構造が変化するタイプではないので探索者ギルドでこのダンジョンの地図を購入する事は可能だ。その地図によれば確かに壁と呼んでいい場所はあるはずではあるのだが……
「そもそもダンジョンの中の物って魔物以外は簡単にそう壊れたりしないんだよ。って、この言い方だと魔物が簡単に倒せるみたいな言い方になるけど実際はそうじゃないから……うぅん、ちょっと言葉にすると難しいけど、草とか花とかはむしろうと思えばできなくもないけど、木はなぁ……枝とか細い部分を落としたりはできるけど、幹から切り倒そうとなると途端に難しくなるかな」
「あと、壁と呼べるだろう所は基本的に木が隙間なくびっちり生えているので流石にそこが壁だと理解するしかない。人が通り抜けられるような隙間でもあれば先に続いていると思う者も出たかもしれないが、そういった隙間もないくらい木々が密集しているからな。
そこを燃やそうだとか切り倒そうだとか、考えた奴は昔はいたんじゃないか?」
キールの言葉にアゲートが続ける。
確かにまだダンジョンについてあまり詳しい時代じゃなかった頃であれば。
ダンジョンができたばかりの頃であったならば。
もしかしたら木を切り倒して先に進もうと考えた者はいるかもしれない。
仮に切り倒せたとしても、とんでもない労力を費やしたかもしれないし、切ったはいいが次にダンジョンに来た時に何事もなかったかのように復活していた可能性もある。
何にせよ、そういった道の作り方などは探索者ギルドでもやったという話はあまり聞かなかった。
むしろ木々の伐採をしている途中で魔物に襲われる可能性が高いし、魔物よりも木々の方が固いというのであれば最悪武器が壊れる可能性もある。
わざわざ武器とは別に木々を伐採するための道具を持ち込むよりは、素直にダンジョンの中の通れる場所だけを通った方が圧倒的にマシ。
つまりはそういう事なのだろう。きっと。
「言葉だけだと納得できないかもしれないね。アゲート」
「あぁ、ま、一度だけなら」
キールの言葉にアゲートはあまり気乗りはしないんだが……と小さくぼやいてロッドを構えた。
アゲートの手にあるロッドは隠し部屋で発見した財宝、という事にされている中の、炎のロッドだ。魔力を込めれば即座に炎系の術が発動する。
詠唱も必要なく、そういう意味ではこのダンジョンの中でとても最適な武器である。何せ大抵の魔物は植物系。魔物を確認して呪文の詠唱に入るよりもすぐさま攻撃ができるのであれば、奇襲をかけて倒すなんてもの容易い。
アゲートはロッドに魔力を込めて巨大な火炎球を作り出す。
そしてその巨大な火の玉は少し離れた場所にある木に命中した。
ごう、と音を立てて木が燃える。
燃えた、と思ったもののしかしその火は徐々に威力を弱めていって、最終的には消えてしまった。
そこにあったのは、薄っすら黒く焦げた気がしないでもない木だけだ。
「今の威力なら、ここの魔物は大抵倒せるものだ。けど、そこらに生えてる木に関しては御覧の有様だ」
「なるほどねー」
めんどくさいからフロア全体焼け野原にしてしまえ、なんていう作戦は無理らしい。
「仮に燃えたとして、他の植物にも燃え広がったらここにいる探索者焼け死ぬと思うから、そういう意味では良かったと言えるかもしれませんね」
キールの言葉に、まぁそれもそうか、と思い直す。
普段クロノが連れていってくれるようなダンジョンであれば。
他に誰が来るでもないような場所なので好き勝手しでかしても何も問題はないが、ここは違う。
他にも探索に来ている探索者がいる可能性があるのだ。
そんな中でフロア全体焼き尽くしまーす、なんてしたとして、もし本当に燃えてしまえば。
うっかりで探索者を殺す結果になるこちら側も、何も知らず巻き添え食らう側も、どう足掻いても幸せな結果にならないのは言うまでもなかった。
「いやまぁ、確かに前にあったみたいですけどね。そういう感じで燃えたダンジョン」
とりあえずは納得してこれ以上の無茶を言い出す事もなさそうなステラに、アゲートはやや呆れた口調ではあるものの一応、とばかりに話し始める。
かつて存在した、ここと似たダンジョンの話を。
ちなみにそちらは初心者向けと判断されていたらしく、当時まだ戦闘のいろはもわからない新人探索者が利用していたところであったそうなのだが。
以前よく利用していた探索者が久々に戻って来て、何となく入った挙句そこで全力で魔術を使用した結果、ダンジョンが凄まじい勢いで燃えたのだとか。
ある程度実力をつけたとはいえ、それでも中堅層が利用するようなダンジョンで苦戦続きだったその探索者は、久々に初心に返ろうと思ったのか、それともただの憂さ晴らしだったのか、ともあれかつて何度も足を運んだダンジョンへ訪れた。
今の自分ならそこで苦戦する事はあり得ない。だからこそ、安心してダンジョンの中を進んでいたがそれこそが油断だったのだが。
わざわざそこで使う必要がないような高威力の魔術により、炎はフロア全体に広がり燃えた。
なんというかそこのダンジョンにあった植物も原因の一つではあったようだ。着火燃料に使われる植物がいくつか存在していたらしい。
その探索者はかろうじて生きていたけれど、どうにかダンジョンから脱出した時点で既に探索者として活動する事は不可能な程の怪我を負っていた。
そういった話もあって、ダンジョンの中をいたずらに傷つけるような事はしない方がいい、というのが探索者の中での暗黙のルールとなっていた。
その話を聞いて不安そうにしていたのは、困った事にというべきか、クロムだけであったが……キールもアゲートもその事に気付く事はなかったのである。




