参考にもなりやしない
溶岩フロア。
ここは未だに攻略に難儀している者たちの多いフロアだ。
ハーゲンたちが攻略したとはいえ、それだって半分くらいはまぐれだとか奇跡に等しい。
だがしかしステラたちからすれば特にそうでもないもので。
じわり、と汗が吹き出しそうになる暑さ。
砂漠とは比べ物にならない。汗が出たと思えば瞬時に蒸発しているような、なんともいえない状態にキールは思わず顎のあたりを拭った。とはいえ、キールの手の甲には汗も何もつかなかったが。
「あ゛っつ゛ぅ……!!」
は? 何ここ行くの? 本気で言ってる? とばかりな声がモリオンから出た。
下手に口を開けば体内から一瞬で水分が奪われそうな熱に、いやこれ無理じゃないかな、と思い始めている。
「それじゃ、始めようか」
何事もなかったかのようにルクスが言って魔術を発動させる。
詠唱も何もないままに、ただぽんと手を叩いただけ。それが発動の合図になったのだろう。
「――え?」
キールは何が起こったのかすぐには理解できなかった。
あまりの暑さにうわ死ぬ、とか思っていたはずなのに一瞬でその暑さが消えたのだ。
信じられずに思わず周囲を見渡せば、赤々と燃えるような溶岩の色合いで明るかったはずの周囲はやけに暗くなっている。
「あの、一体何を?」
「一時的に溶岩を冷やし固めただけだよ」
先程のように自分たちの周囲の温度だけを調整するのかと思いきや、まさかのフロアの方を冷やす方法を選んだときた。溶岩が冷え固まってしまったせいで、川のように流れていた場所も何もかも、何だかちょっと足場の悪い岩場の道、のようになり果てていた。
「あ、溶岩の中にいた魔物もほぼ死んだっぽいわね」
魔物コイン回収機能によってえげつない勢いでステラのヤクトリングに魔物コインが回収されているらしい。
「とはいえ、そのうちまた魔物は発生するだろうね」
「でも倒すのは楽なんじゃない? 溶岩の中に出るならこの状況じゃ死ぬしかないし、上に出現するにしてもマトモに行動できる?」
確かに……とキールとモリオンは思った。思ってしまった。
仮に新たな魔物が出現するにしても、冷え固まった溶岩の中に現れればその時点で死ぬのは目に見えている。石の中に入るようなものだ。そんな場所に出現してしまえばそのまま死ぬしかないのは簡単に想像できる。
そうではなく溶岩だったものの上に出たとしても、溶岩の中をまるで魚のように悠々と泳いでいた魔物たちが同じように自由に動き回れるとは思えない。陸揚げされた魚のようにビチビチと跳ねるのがやっとではないだろうか。
溶岩の中から出て少しの間は動ける魔物もいたはずだが、それだって時々溶岩の中に戻っている。
それは例えば人が泳ぐときの息継ぎをする時のような感じに近いのかもしれない。
けれど、戻ろうにも肝心の溶岩は現状冷え固まっている。少しの間はそれなりに動ける魔物であっても、やがてはロクに動けなくなって弱るのは明らかだった。
ちなみに。
他のスクリーンに溶岩フロアを探索中の探索者チームが映っていたがどうやらステラたちと同じフロアだったらしく急激に冷え込んだフロアに「なんだ!? 何が起きてるんだっ!?」と軽くパニックになっていた。
だろうなぁ、と見物人たちは思う。
自分たちだってそうなる。
とはいえ、何が起きたかわからなくても急激な温度変化によって弱体化された魔物を倒すのには絶好のチャンスだった。
何が起きたかはわからないが今がチャンスだ。行くぞ! と仲間たちを鼓舞するように声を上げ進んでいく探索者たち。
そのまま先を急ぐかと思いきや、溶岩から出ていた魔物たちに狙いを定めたらしい。確かに今なら簡単に倒せるだろう。魔物コインを稼ぐには絶好の機会。逃すはずがない。
ステラたち一行はそのまま何事もなかったかのように進んでいく。
正直ここが多くの探索者たちを緊急離脱させまくったフロアだという事実を知らないままに見ていたのであれば、きっと序盤階層なんだな、とか間違った思い込みをしていたことだろう。
時々スクリーンに映っていた時からそうであったけれど、なんというか危険な状況に陥る様がまるで想像できない。毒霧漂うあのフロアだって、毒無効化まで解放せず、更には緊急離脱も何もしていないのに何事もなかったように、それこそ近所を散歩するくらいの気軽さで踏破するなど果たして誰が思っただろう。
一つのフロアだけであれば、偶然だとか運が良かっただとかの言葉で済ませる事もあっただろう。けれどもそこから先は多くの探索者たちが緊急離脱にお世話になっていたフロアばかりだ。たまたま、なんてもので通り過ぎるには一体どれだけの奇跡がおこらなければならないのか。
「あ、そうだ。もしかしたらいるかもしれない同フロアの探索者たちに告げる。現在の状況は私たちが次の階層へ移動した時点で解除されるから、余裕かまして冷え固まった溶岩の上を移動するのは勝手だけどその後の事はこちらは一切責任をとらないからそのつもりで」
溶岩フロアは思った以上に広い。
溶岩がそれこそ川のように流れているので、先に進むにはその溶岩を避けたりしなければならない。そのためのルートがいくつか存在しているため、ステラたちが進んだその先に必ずしも同じフロアに入った探索者がいるとは限らない。別のルートを選んでいたなら、ステラたちの存在なんて気付けるはずもないのだ。
知っているのは塔の外でスクリーンを見ている見物人たちだけ。
魔術で拡声したルクスの言葉を、果たして他の探索者がどう受け取ったかまではルクスも知った事ではない。忠告はした。今はまだいいが、ステラたちが次の階層へ行くと同時にこの術は解除される。
つまり何が起きるかといえば……冷え固まった溶岩の表面が壊れ、そこからあっつあつの溶岩があふれ出るというわけだ。
フォンダンショコラなら許される所業だが溶岩なのでシャレにならない。
うっかり今のうちに川みたいに流れてた溶岩の上を移動して一気に駆け抜けるぜ! みたいな感じで移動している者たちも、場合によってはステラたちが次の階層に行った直後溶岩が溢れてジュッ、となるかもしれないのだ。探索者たちは基本的にもう緊急離脱無しで挑むなんて事はしていないが、それでもそんな事になったら最悪足下大火傷は免れない。
溶岩の海、というか川にダイヴするなんて自殺行為でしかない。
実際同じフロアにいた探索者チームは複数いたが、彼らの反応はそれぞれだった。
弱った魔物を倒す事を優先させるもの、それとは別に先を急ぐもの。
攻略はしたいけれどそれよりも金策を優先させようと魔物退治に勤しむものたちと、とにかく先に進みたい者とで上手い具合にわかれた。
やらかした張本人がいるチームはといえば、悠々と移動しているところだった。
スクリーンで彼らを見ている者たちからすると、本当にここダンジョンの中だっけ……? という思いも果たして何度目の事だったのやら……となってしまう。
そうこうしているうちにあっさりと次の階へと向かう階段の前までやってきてしまった。
「もう一度お知らせしておくよ。これから私たちは次の階層へ行くので術の効果がきれます。以上」
拡声魔術で再度忠告、というか警告? もうただの事実を述べているようにしか聞こえない口調のそれがフロアに響く。溶岩だったものの上を移動していた探索者たちは慌てて駆け出し、そうじゃなかった探索者たちも気持ちある程度溶岩から離れた場所を移動していた。
その言葉が事実だったと言うように――
ステラたちがこの階層を後にした直後、冷え固まっていた溶岩は割れ、中から再び赤々とした溶岩が溢れ出したのである。
同時に、冷え固まった溶岩の中に追加で出現できなかった魔物がどこからともなく補充され、未だフロアに残る探索者たちに襲い掛かる。
冷え固まった溶岩の上を移動していた探索者たちが、渡り切った直後に油断していたのか早速襲われ――緊急離脱が発動した。
次の階層へ向かったステラたちの事は、今更言う必要もないだろう。
同じように溶岩を固め、最短距離で突き進んでいる。
正直、真似ができるなら攻略の手掛かりにしようとか考えて見物していた探索者もそれなりにいた。
けれども今までのフロアでしでかしてきた事も割かし普通の探索者には無理がすぎるものばかりで。
毒霧中和とか温度調整とか宙に浮くとか、どれか一つくらいはもしかしたら魔術師あたりならできるかもしれない。威力や精度を考えなければ、という注釈がつくが。
溶岩フロアは攻略最難関とも言われているためか、一体どうやってここを進むつもりなのか……と見ていた者は多い。もしかしたらステラたちもあのフロアでは苦戦するかもしれない。緊急離脱もつけてないようだし、もしかしたらもしかするぞ……? なんて話合っていた者たちもいたが、まぁなんていうか心配するだけ無駄だったし、もしかしてあいつらが死ぬ場面を目の当たりにするかもしれないと不謹慎な娯楽の気配にワクワクしていた者もすんとした表情になっている。
駄目だ、あいつらの手段や方法は一切参考にならない。
できる奴いるかあれ? アビリティで似たようなのできるやついる? とかそんな会話がひそひそこそこそされているが、結論としては言うまでもなかった。
そうこうしているうちに、気付けばステラたちはサクッと溶岩フロアも攻略し終えてしまったのである。