攻略法は魔術でごり押し
丸一日休憩をとったわけではないが、それでも数時間程度の睡眠はとったらしいステラたちは、いよいよ次なる階層、通称雪フロアへと足を踏み入れる事となった。
ここも多くの探索者たちが攻略するのに苦労した場所だ。
何せ滑る。雪が降り積もって寒いし滑るし魔物はたくさん出るしでも滑るせいで今までのように自由に動けないしでとても苦労するフロアだった。
滑った場所によっては坂道のようになっていてずるっと滑り落ちていったりする事だってあった。
酷い所は崖のようになっててそこから一直線にスポーンと滑って放り出されたものだ。
流石にその時は緊急離脱が発動したが、滑っただけであんなにもスピードが出るものなのかとスクリーンで見ていた者は驚いたりもしたし、北国出身の者もまさかそこまでいくとは思わなかったのか戸惑いと驚きがいい感じにミックスされていたし、実際にそうなっていた探索者は無事に塔の外に脱出させられた時しばらく放心状態だった。
曰く、もう自分の力じゃどうにもならないくらいに速度が出ていてどうしようもなく怖かった、との事。
まぁこの世界移動手段が基本的に転移装置だから、速度の出る乗り物とかそういうのに乗る機会がまずないし無理もない。
あっても馬車。それも王族だとか貴族だとかが街中を移動するのに使う程度なので、ダンジョンの中を行くだけの探索者にはあまり馴染みがない。
この時点で塔の外のスクリーンの一つにほぼステラたちは映っていた。一つ手前の階層あたりまでは、時々他の探索者たちが映ったりしていたし、映らない部分もあったけれど、今現在塔の中を進んでいる探索者たちはほとんどが金策に走っているようなものだ。
最新の階層へ辿り着いたハーゲンたちも、次に何が必要になるかまだわかっていないのと、その更に先に欠損すら治せる秘薬があるという情報を得てまずは金を稼ぎたい、とミドルスが言い出した事もあって、現在少し下の階層で延々魔物を倒す作業に入っている。
緊急離脱で強制的に脱出しなくてもいいフロアあたりに現在探索者が集中しているといってもいい。
それ以外だと、まだそこまで辿り着いていない者たちがハーゲンたちばかりに美味しいところを持っていかれてたまるか、という気持ちもあるのか攻略するべく砂漠フロアや溶岩フロアなどの攻略に勤しんでいる。
つまり、現状割と探索している者の中で進んでいると判定されるところにステラたちも食い込んできていた。そうなると自然とスクリーンに映る事が多くなる。
とはいえ先程休憩した時点で、宿の部屋の方であらかた話は済ませてあるし余計な事を言う事もないだろうから、とステラたちは特に気負う必要もなくそのまま次のフロアへ移動しようとしていた。
「大丈夫ですか? その服装で」
「大丈夫よ」
休憩所のゴーレムとしては、一応ご新規さんがそのまま行こうとした場合そういう風に声をかける事になっているので声をかけたが、あっさりとステラに返される。
まぁこれが普通の探索者なら「そんなこといっちゃって」とか思うところだが、相手がステラたちという事もあってゴーレムも何も言わない。言うだけ無駄だし。
緊急離脱はやはり解放しないまま、次のフロアへと移動しようとしているステラたちを見て「おいおいおい」とつい突っ込むように声を出したのはむしろ見物している者たちだ。
何せステラたちの服装はどう見ても寒冷地仕様とは程遠い。それどころかそれ防具として本当に機能できてる? と聞きたくなるようなのもいる始末だ。
おい雪のある土地舐めてんじゃねぇだろうな、とか言いたい一部の者たちもいたが、言ったところで本人たちにその言葉が届くわけでもない。同じ休憩所にいたのであればいや待てって、とか止める事はできたかもしれないが、スクリーンの前では意味がない。
緊急離脱も解放しないまま行ったとして、何かあったら脱出できないんだからそのまま死ぬぞ、なんて言い出す者がいたからか、他のスクリーンを見ていた者たちも徐々にステラたちの映っているスクリーンの方へやってきた。
緊急離脱が解放できるようになってからは、滅多な事では死ぬ探索者も出てきてはいない。まぁ、じわじわ死ぬような状態であれば死ぬので全然死なないわけでもないが、なすすべもなく己の無力さと共に……と言った感じで死んでいく光景がスクリーンに映らなくなってきたのは事実だ。
むしろここに至るまでの……序盤階層などで実力が足りていない探索者たちでそういった事になる方が多いくらいだ。
死ねばその場で終わるのだから、一度だけでもそれを回避できる可能性のある機能、なんてのがあれば解放しておくに限る。生きてさえいれば、前回の反省を活かして再びチャレンジもできるわけだし。
だがステラたちはその一度だけ危機を離脱できる機能を解放しないまま行こうとしている。
何かあったら死ぬのは明白だ。人が死ぬ瞬間を見たい、というわけではないがそれでもそんな命知らずな連中が死ぬとしたら、一体どういう状況でだろうかなんて考える悪趣味な者もいる。
このまま緊急離脱を使わないままどこまで行けるのかを期待する者と、緊急離脱がないばかりに死ぬかもしれない事を期待する者。
ステラたちが映っているスクリーンを見物している者たちは大体こういう考えで二分化していた。
「あの、本当に大丈夫ですか? この先確か雪が」
「そうね。でも別に問題ないわ。キール、ルクスから教わった生活魔術」
「あ……」
扉を開けたらもうその先はすぐに雪の積もっている場所だ。確実に寒いのがわかりきっているために、今ならまだ間に合うから防寒具くらいはせめて用意するべきでは……と声をかけようとしたキールにステラがそう言えば、そこでようやくキールは気付いたらしい。
生活魔術の中には温度変化をさせるものもある。
室内を適温に保つためのものを使えば、確かにどれだけ寒い場所だろうといける……気がしてきた。
とはいえ、流石に全員に術をかける事ができるだろうか? と不安がよぎる。
室内であれば、術をかけるのは部屋そのもので問題がない。けれどもここはダンジョンの中で、外のような場所だ。
実際は室内なのだろうけれど、それは塔の中だから、と知っているからそう言えるだけに過ぎない。ダンジョンのフロア全体に術をかけるとなれば、いくら生活魔術で消費する魔力の量がそこまでかからないといっても、やはり無理があるような気がしてくる。
「フロア全体ではなく個人個人に、となると……その、動き回られるとちょっと維持できるかどうか自信がないんですが」
「じゃ、モリオンと手分けしてやってちょうだい。術のコントロールの訓練兼ねてるって思えばやるしかないでしょ」
そう言われると断れない。
キールはモリオンと顔を見合わせて、それぞれが自分含め二名に術をかける事にした。
必然的に動き回るだろう事がわかりきっているクロムは、あまり気が進まないがそれでも術の制御がやや上であるキールが担当する事に。もう一人はほぼ動かないステラを。
モリオンは残ったベルナドットとルクスを。
ベルナドットも場合によっては動く事があるので、決して楽なわけではないが……
「あの、術きれそうだったらすぐ言って下さいね……? なるべくそうならないように努力はしますけども」
「あぁ、わかった」
攻撃魔術を延々、というのならともかく、生活魔術をダンジョンの中で延々維持する、というのは何というかやった事がないので感覚が掴めないかもしれない。そういった不安があるため、モリオンは念を押すようにベルナドットにそう言っていた。
二人が生活魔術でそれぞれの周辺の温度変化をしてから、改めてステラが扉を開ける。
毎回雪が降ってるわけではないフロアだが、今回に限って雪がちらついていた。
「……今のところは問題なし、だな」
クロムも雪の上をざくざく踏みしめつつ頷いた。
「じゃ、移動に関してはさっきの沼の時と同じように少し浮かせるから。もうちょっと雪堪能したいなら今のうちだよ」
「よっしゃじゃあちょっくらそこにダイブしてくるー! いやっほーぅ!」
ルクスが言うやいなや、クロムは元気よく駆け出して雪がそこそこ積もっている場所へと飛び込んでいった。足跡も何もついていない真っ白な部分だし、積もってまだそこまで経ってなさそうなので飛び込んだら既にカチコチに凍っていた、という事はなさそうだ。
いくら周辺の気温を適温に保つ魔術を使っているからといって、雪にいきなり突っ込んでいくとは思わなかったキールは思わずぽかんとした表情でクロムを見ていた。
いやあの、え、異世界の魔王そんなんでいいの? とかちょっと思った。
「えっ、あの、風邪引きませんか流石にそれは!?」
ぼふっと雪に埋もれにいったクロムは数秒そうしていたがその後は何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、服についた雪を払う。
「生活魔術で温度調整してるんだから、冷えてないし風邪は引かんだろ。というか仮に魔術無しでもこれくらいで風邪ひくようなヤワな鍛え方してねぇよ」
「……それもそうですね」
むしろ何をしたら体調崩すのか、といったところだ。
「じゃ、雪も堪能したしさっさと行くかー」
「そうね。ここでかまくら作ったり雪だるま作ったりまでは流石にちょっとね」
クロムの言葉にステラが言って、だよなぁ、なんてクロムがうんうんと頷いているのを見て、キールはあれここダンジョンだったよな? と一瞬とはいえ疑問に思ってしまっていた。大丈夫、ちゃんとダンジョンだ。だって遠くの方から魔物がやって来て――
「じゃあ行こうぜ」
ずばんとベルナドットの矢が魔物に突き刺さった。倒した本人は何事もなかったかのよう。
「今更だけどやっぱこの人たち規格外すぎるよなぁ……」
「ですよねぇ」
わかってはいるのだ。わかってはいるのだけれどそれでもふとした瞬間に何度だってそう思ってしまうのだから仕方がない。
ルクスの魔術でちょっとだけ宙に浮いた状態で移動しているので、雪の上を移動していても滑るという事が全くない。おかげで移動はとてもスムーズだったし、魔物に関してもそのほとんどをベルナドットが倒してしまっている。気配を察知して遠距離からさくっと倒しているせいでクロムの出番はないかと思われたが、クロムはクロムでそこら辺の雪を手に取って丸く固め、それをぶん投げて倒していた。
「クロム様とは絶対雪合戦したくないですねぇ……」
それを見てのたまったモリオンに、お前そんな感想でいいのか……? とキールは思ったが、確かに一理あるので口に出すまではいかなかった。いやだって、雪玉の中に石とか固い何かを入れた上であれだけの威力とかいうのならわかるが、見る限りクロムが作る雪玉は中に異物混入したりしていない。普通の雪玉で魔物を仕留めてるとか、そんなの見てじゃあ今度一緒に雪合戦しましょうね! とはならないのは道理だとしか言いようがない。
やったら次に死ぬのは自分かもしれない、と思えばやろうだなんて言うはずがなかった。
徐々に雪が増え、足下がカッチコチでツルンツルン状態になっていくフロアだが、宙に浮いているのであれば何も問題がなかった。
魔物は大体ベルナドットが仕留めているし、雪玉を作れそうにない時はクロムも魔術で攻撃していたのでキールとモリオンはただひたすらに自分たちが使っている生活魔術を発動し続けるだけでいい。おかしいな、ダンジョンってこんな楽する場所だっけ? なんて考えがよぎった。
よくよく考えるとステラたちを召喚する以前の方が余程大変だったくらいだ。それも、今ならここよりもっと楽勝だと言えるような場所で。
流石にちょっと気を引き締めておかないとなぁ、なんて思ったが、なんというかそう簡単に気を引き締められる感じがしなかった。もうちょっと危機的状況になりそうな要素があればまだしも。
スクリーンで見物していた者たちも、まさかこんなあっさり進むとかある? という思いでいっぱいだった。
どう見たってあの服装じゃ寒すぎてマトモに行動できそうにないはずなのに、それを魔術で補って更に移動も魔術で容易に。防具というには到底そう見えない服装で、あれじゃ魔物に襲われたらひとたまりもなさそうだな、なんて思った者だっている。だがしかし実際は魔物の気配を察知した時点ですぐさま矢が放たれている。
なんだろ、実はあの服、とんでもなく凄い防具なのかな、とか思う者まで出る始末。
ステラたちが着ている服は着替えもあるが、基本的には普段着ている服という認識で間違ってはいない。ただし魔界で暮らすとなるとそれなりに普通の服に見えても防御力が必要とされる事もあるので、考えようによっては防具とみなしてもいいのかもしれない。だがステラたちからすればあくまでも普段着である。
幸運なルーキーと呼ばれていた頃のステラたちを知っていた者が見物人の中にちらほらといたが、彼らはもうステラたちをルーキーだとは思っていない。幸運――はどうだかわからないが、運だけでこの塔をあそこまで攻略はできないだろう。
実はあいつらとんでもなく凄いんじゃないか? なんて思う者は既にそれなりに存在していた。
真実を知れば凄いで済まない話ではあるが、まぁステラたちからすれば知ったこっちゃないものである。