下準備の終わり
さて、世間じゃ初心者向けのダンジョンにて隠し部屋を探すやら隠された財宝を探すやらで一時的に明らかに既にこのダンジョンに来るには実力的にもおかしくないですか? みたいな探索者たちが押し寄せていたわけだが。
その間に話題の幸運なルーキーでもあるステラたち一行はマイペースにダンジョン探索に勤しんでいた。
隠し部屋に関しては言うまでもない。
ルクスとステラの偽装工作である。
とりあえずダンジョンをルクスは魔物扱いしていたが、どちらかといえば魔法生物に近いかもしれない。
まぁ実際の所違いはあれどルクスからしたらそこまで差があるわけでもない。生半可な力ではダンジョンに傷をつけるのは難しい事かもしれないが、魔法生物と仮定してとりあえず初心者向けダンジョンの最下層、ボスがいた空間の先、転移装置があるところとは別の壁を調べて、向こう側に別に何かの空間が広がってるでもない事を確認した時点で、ルクスは一つの空間を作り上げた。
弟と違って私そこまでそういうの得意ってわけでもないんだけどねぇ……なんて言っていたが、得意でなくともできないとは言っていない。結果として壁の向こう側にちょっとした小部屋を作り上げ、そして遠慮なくダンジョンの壁をぶち抜いた。
ある程度亀裂が入った時点でクロムが全力で殴り掛かったりステラが爆弾使ったりしてダンジョンに傷をつけて、その先にあったルクスの作った空間とつなげる。
そしてそこで財宝を手に入れたという事にして、ステラがあらかじめ作っておいたアイテムの数々をそれぞれに分配した。
財宝、というものの、こちらの世界の貨幣はまだよく把握していないので基本的には金銀宝石といった感じのいかにもなものが多いが、それに紛れさせて傷薬やらを念の為に全員に配っておく。
傷薬、といえばゲーム序盤でしか使わないようなしょぼい物を想像するが、世界樹の精として復活したステラが作る傷薬はステラの魔力をふんだんに使用した一品だ。
通常のポーションかと思えばエクスポーションでした、くらいの差がある。
流石に体液は世界樹の雫となるとはいえ、魔力は少しばかり異なるらしい。
同じようにしようと思えばできるとは思うのだが、そこまでする必要性を感じないのでステラとしてはそこら辺あれこれ試すつもりも今の所はない。
傷薬以外にも霊薬だとか万能薬だとか多くの探索者が全力で欲しがりそうな代物をまぁ使う事そんなないと思うけど、とか言いつつ分配して、それぞれがしまい込む。
ルクスとクロムは周囲の空間に、ベルナドットは腰につけたポーチの中に。
ステラの作った特製ポーチなのでベルナドット以外の誰かが手を突っ込んだところでアイテムを取り出す事ができないという防犯対策としてもしっかりしているポーチである。
そして本題でもある武器だ。
とはいえそもそもこの面子、武器を使う事は滅多にない。
ベルナドットが弓を持つくらいではあるが、クロムは基本的に拳で殴り掛かるタイプだし、ルクスに至っては自分で戦うにしても基本は魔術だ。
正直武器とかいるか? と言いたくなる相手もいるけれど、こんなぬるいダンジョンを延々探索するよりはサクサクとある程度進めていきたいという思いは日に日に強くなる一方だったので、周囲から見て強い武器のおかげでとんでもない速度で探索していっている、という建前は必要だ。
とりあえずクロムにはナックルを。
ベルナドットには言うまでもなく弓を。
ルクスは一応剣くらいは扱えると言っていたので細身の剣を。
ステラは完全にお飾りであると自覚しながらも短剣を選んだ。
正直ステラとしては短剣よりも打撃武器の方が良かったのだが、考えてもみてほしい。
ちょっといい武器、をコンセプトにしている中で棍棒はどうだろう?
これが何というか……神々との戦いの際巨人族が使ったとされる伝説の棍、とかであれば肩書的にもバッチリであろう。けれども、だ。
そういった武器を手にするのはどちらかといえば伝説の巨人族の血を引く大男であったりだとか、二の腕の筋肉とかもうこれ完全に丸太と同じ太さでは? と言えるくらいに鍛え上げられた筋肉の持ち主であるだとか、はたまた小柄でありながらもその肉体には最早余計な肉はなく、そこにあるのはただの筋肉であった、みたいなドワーフだとか、まぁともかくとことんまで鍛え上げられた肉体の持ち主ならわからないでもないのだ。
けれどもそんな武器を持つのが小柄で虫も殺した事がありません、みたいな深窓の令嬢みたいな見た目の乙女であったなら。
まず間違いなく通行人は三度見するし、ダンジョン内で出会った探索者も五度見くらいはするだろう。
あくまでも凄いのは武器であってステラたちはそこまで凄いわけじゃない、という感じで誤魔化しておこうとしているのにそんな状態でステラがそんな伝説の武器っぽい棍棒使いこなしてみろ。
あっさり化けの皮が剝がれるのは明白だ。
なのでしぶしぶそれに関してはステラも自分の見た目を考慮した上で自分の手に余るような武器は諦めた。
武器の見た目に関してはある程度使う事を想定しているので、それなりにシンプルでありながらも一応装飾もいれてある。
そこら辺はルクスの知識からこういった伝承とかあった気がする、というのをもとに、いかにもそれっぽい物になったと言えよう。
結果として、別に何のいわくもついていないけれど、何だかただの武器ではないぞ……? みたいな見た目の武器が作られたわけだ。まぁコンセプト的に問題はないどころかむしろそれを狙っているので、そういう見た目になるのは言わずもがなといったところか。
それ以外にもいくつか、魔術師向けの武器を作ったりもした。
これは単純にキールやその仲間たちと一緒にダンジョンに入る事を想定したからだ。
この世界の魔術師は呪文の詠唱をして魔術を発動させる。けれども魔物に囲まれて戦う時に詠唱でまごつけばあっさり狙われて最悪命を落とす事になりかねない。
それもあって、現状探索者たちから魔術師ってあまり使えない、と思われて仲間から外されたりもしたのだろう。
自分より実力的に下のランクのダンジョンであれば一人足手まといだと思える人物がいてもまだカバーできない事もないが、少しでもダンジョンの難易度が上がればそれも難しくなる。
そうなれば、最悪見捨てるしかなくなるのだからそういう意味では早期に仲間である事を解消した探索者も完全に悪いとは言い切れない。
むしろ俺たちがカバーするからさ、とか言っておきながらいざという時に囮として見捨てるなんて事だって有り得たのだからそういう意味では仲間から追放された魔術師は命拾いしたとも言える。
とはいえ、戦力外通告を受けた悔しさがそれでなくなるわけでもないが。
ステラが作った魔術師用の武器は、見た目だけならただのロッドだ。
シンプルに持ち手の上の方に宝石みたいな石がくっついただけのロッド。
魔法少女が持つのであればシンプルすぎるが、例えば魔法少女にくっついてくるマスコットの妖精みたいなのが持つならまぁこんなもんだよな、と思われそうな物。
魔石内部には魔術文字を刻み、詠唱短縮ができる、どころか魔力を注げばそのまま魔石に刻まれた術であればすぐさま発動できるようになっている。
ステラたちの世界では属性のついた魔石を武器に加工して、魔力を流せば疑似的な魔術として利用できるという当たり前のものではあるが、こちらの世界ではどうも魔術師が普通にいるせいで、魔術は呪文を詠唱して唱えるもの、という認識の方が強いのかそういった使い方の魔石は少ないらしい。
一応魔石はこちらの世界にもあるけれど、ステラたちがいた世界と比べるとそこまであるわけでもないらしい。ステラたちの世界だと魔物の体内で魔力が固まった物だとか、はたまたそこらの魔力溜まりと呼ばれる場所で結晶化しただとか、割と気軽にその辺の石ころみたいな感じで転がっていたりするものではあるが、こちらの世界ではそこらにあるわけでもなくダンジョンの中でのみ発見されるらしい。
外に魔力溜まりといったスポットがあればそこでも得られるだろうとは思うが、そういったものが発見された、という情報は少なくともアズリアの書庫にはなかったし、キールに確認してみたが首を傾げられたのでこちらの世界の魔素はステラのいた世界より少ないか、もしくは循環しやすい世界なのか……
魔石の発生源の一つでもある魔物がそもそもこちらの世界、ダンジョンの中でしか存在しないのだから、もしかしたら魔力溜まりもダンジョンの中なら見つかるかもしれない。
ともあれ、ステラたちのいた世界ではそこそこありふれた技術でもある魔石の加工を施した武器をいくつか。
財宝を発見したとキールに報告した際に、魔術師向けの武器に関しては譲渡した。
本来ならばアズリアがリーダーを務めているだろう魔術師たちの一団は、今現在キールがリーダー代理みたいなものだ。だからこそその武器に関してはそちらにゆだねた。
現在キール達魔術師の一団は、キールとアズリアを除けば十三名。
全部で十五名しかないし、うち一人は今呪いによって眠りについている。
ステラたちを召喚した際、あまり大きな部屋ではなかったとはいえ、あの時点でアズリアを除く全員があの場にいたという事になる。
以前はもっといたらしいが、年齢を期に探索者を引退した者だとか、己の実力不足を嘆いてそのまま故郷へ帰っていったものだとか、はたまたここで終われるものかと無茶なダンジョン探索で命を落としたものだとか、いくつかの理由でもって減ってしまったのだとか。
今も残っている者たちは、アズリアの呪いを解くための研究やらダンジョンで何かそういったアイテムを見つけられないか奮闘しているようではあるが、結果は言うまでもない。
魔力をこめれば炎の術が詠唱無しで発動できるロッド、同じく氷の力を宿したロッド、雷の力を宿したロッド、ステラが一先ず作ったのはこの三つだ。
風とか土とか光だとか闇だとか、まぁそういった属性のものも作ろうと思えば作れたが、いかんせん初心者向けダンジョンの隠し部屋でそんなフルコースとばかりにアイテムてんこ盛りすぎてもな、と中途半端な所で現実に戻ったが故の結果だった。
そもそもメインはあくまでステラたちの武器だ。
この時点で既に色々と逸脱していると言ってもいいのに、更に他の武器がやっぱりそこらのダンジョンで入手できるかどうか……みたいなラインナップだと、不自然が過ぎる。
渡した武器を使いこなせるように、とキールはキールで仲間と一緒に自力で攻略できるダンジョンへ何度か足を運んでいたし、その間ステラたちものんびりしていたわけでもない。
初心者向けのダンジョンからさっさと他のダンジョンへ移動して攻略し、行くことができるダンジョンを増やしていた。
初心者向けダンジョンに他の探索者が押し寄せていたのは大体一月。
その間、ステラたちは徐々にステップアップして今では中堅層が多く行くとされているダンジョンへ行けるようになっていた。
上級者向け、と言われるダンジョンへ行けるところまでやっても良かったのだが、流石に一月でそこまでやるのも問題だったし、そもそもキール達が行けるダンジョンのレベルはギリギリ中堅層が行けるところだ。
そういう意味では丁度いいと言ってもいいものだった。