阻むのは自然
さて、探索者たちが罠たっぷりな館フロアの攻略に取り掛かってかなりの日数が経過していたが、ようやくその手前の休憩所で罠を一度だけ無効化してくれるお札の存在に気が付いてからは、攻略はあっという間……というわけでもなかったが、まぁそこそこ早くにこのフロアを突破できるようになった。
一度だけ無効化してくれるお札は塔の外に緊急離脱させるわけではないのでその場にとどまる事ができる。その隙に罠を作動させていた魔物を倒して罠を作動させていた仕掛けを元に戻せば床に開いた穴は塞がり落下してきた天井はあるべき場所へと戻り、飛び出してきた壁も引っ込むわけだ。
むしろ緊急離脱機能よりこちらの方が使い勝手がいいのでは? とか思える場面も多々あって、今の今まで緊急離脱に拘っていた事がちょっと無駄に思える者も出る始末。
まぁ、魔物にやられたとかそういう場合は罠じゃないので緊急離脱がないとほぼ死ぬわけだが。
けれどもどうにか館フロアも突破できた。その階層に挑んでいた者たち全てが、というわけではないが、それでも突破できる者が現れたのは大きかった。
あいつに負けていられるか、と奮起する者が後に続き、何組かの探索者は次なる階層へと辿り着いたのだ。
「大丈夫ですか? そんな恰好で」
よし次の階層はどんなフロアだ、と勢いに乗って進もうとした探索者に休憩所担当の少女ゴーレムが声をかける。
「そんな恰好って……これじゃ何か問題があるってのかよ」
「まぁ、いいなら構いませんけど。一応緊急離脱はつけておいた方がいいと思いますよ」
「あぁ、それは勿論。ま、問題ねぇよ、前の休憩所で買った罠を無効化する札もまだあるしな」
なんてちょっとカッコつけてニヒルに笑う探索者に、少女ゴーレムは「はぁ……」と何とも言えない表情で相槌を打つだけだった。
ところで今回次なる階層に挑んだのは商会が契約していたアイドルグループ風探索者チームである。
男性四人のチーム。
彼らは今回契約しているスクリーンの他、新たな階層一番乗りという事で塔横のスクリーンにも映る事が確定している。よしここらでいっちょ活躍しておくか! という気持ちで新たな階層へ意気揚々と足を踏み入れ――
「うっわなんだこりゃあ!?」
「さっっっっっむ!!」
「あー、そういう事か」
「まさか次はこういう場所だとはなあ!」
約一名を除き、全員が叫んでいた。
そこは、序盤階層にあった平原エリアと似ていた。
とはいうものの、そこは雪が積もり一面が白い。幸いにして雪そのものはガッツリ積もっているわけでもないが、チームのメンバーのうち二名は南国出身のため雪には馴染みがない。
一名は北国出身なのでこの景色を見て先程の少女ゴーレムの言葉の意味を理解したが、だからといって寒くないわけでもない。彼の装備も別に寒い場所に適したものではないので当然寒さが身に染みている。とはいえ、北国生まれのため多少耐性があるだけだ。だからこそ寒い寒いと叫んだりはしていない。ただそれだけだった。
残る一人は南国とも北国とも言えない土地出身ではあるが、やっぱり寒い。
鍛え上げられた筋肉があるおかげで寒さに震えるまではいかないが、やっぱり寒い。吐く息が白いとかいう時点で仮にそこまで寒さを感じていなくとも、視覚的に寒さが突き付けられているのだ。そうなるとやはり寒いな、と思えてくる。
「まさか次はこういうエリアだとはなぁ……不味いな」
北国出身の探索者がぼやいた。
「まずいって何が」
「寒さはもうどうしようもない。動いてれば少しはマシになる。止まってる状態に比べればな」
その言葉にそれもそうだなと頷いた仲間たちはまず進む事にした。確かに黙って突っ立ってると余計に寒さが増す気がしたのだ。動けばマシ、と考えるのは当然の流れだった。
だが――
「うおっ!?」
一歩踏み出したその足が、びっくりするくらい滑る。踏み出してべちょっという音がしたなと思ったらもう足は滑っていたしバランスをとって転ばないようにする、とかいう以前に彼は盛大に転んでいた。
「やっぱりな……」
北国出身の男だけが、その様子を「知ってた」とばかりに見ていた。
「いいか。普通の地面を歩くときに踵から着地してるやつは踵からじゃなくてつま先側に重心かえろ。そうすれば最悪転ぶにしても前にいくから受け身も少しはとりやすくなる」
踵から着地してそのままずるっと滑って後ろ向きに倒れていった探索者がどうにか立ち上がると、北国出身はそう告げた。どっちにしても転ぶのかよ、と誰かが呟いたが、転ぶにしてもバランスをとる暇もないままに後ろに倒れるのと前に倒れるのとではダメージが違う。
前ならせいぜい膝をぶつけるか手をついて手が痛いで済むけれど、後ろに倒れた場合後頭部を容赦なく打ち付ける事もある。場合によっては後頭部から背中、尻のあたりまでがっつりぶつけて背面全体が痛い、なんて事もあるのだ。その点前に転ぶのであれば痛い事は痛いがまだ痛い部分が限定的になる。
「なぁ、これヤバくね?」
南国出身の一人が視線を北国出身へ向ける。
「流石にわかるか」
「いや、てーかこれ、移動がままならないんだけどこの状態で魔物が出たら――」
言葉は最後まで続かなかった。
むしろ待ってましたとばかりに魔物が出てきた。
白く巨大なクマ――のような魔物である。
そいつは勢いよく突っ込んできてグォウ……! と威嚇なのか単なる鳴き声なのか判断がつかない声を漏らし一人に突進し、吹っ飛んだ一名を更に追撃するでもなく華麗にターンを決めて他の探索者へと襲い掛かる。
どう足掻いても当たったら死、みたいなゴツイ爪が命中する寸前で――
緊急離脱が発動した。
塔の外に強制脱出させられた彼らは、しばらく何が起きたかわかっていないような顔で呆然と座り込んでいた。スクリーンで見ていた者たちも「あぁ~」みたいな感じの表情を浮かべている。
商会で上映権を借りてるらしいスクリーンの他、塔の横の大きなスクリーンにも映っていたがその映っていた時間はあまりにも短い。彼らのファンらしき見物人たちはスクリーンに映らなくなってしまった彼らを残念そうにしつつも、塔の外に脱出する事となった彼らを遠巻きに見つめていた。
あのままスクリーンに映っていたとしても、魔物に殺されて終わるだけだ。それならこうして脱出できたことは喜ばしい。
次は雪が積もっているフロアなのね、とか雪に慣れてないとかかわいい、とか何してもキャッキャしていたファンとて、流石に魔物に殺される瞬間を見たいわけではない。
むしろ、生きてる、生きてるよぉ……ッ! とか感極まって涙ぐんでる者までいる。
えっ、そこ泣く場面? といまいちよくわかってない他の見物人が若干引いた目をしていた。
ともあれ、彼らがスクリーンを占拠していた時間はほんの一瞬程度であったが次のエリアがどういった場所であるかはよくわかった。
あの館フロアを攻略したとして、勢いのまま次の階層へ行くぞー! なんてやらかせば間違いなく彼らの二の舞だ。序盤階層のように続けて次のフロアへ、なんて事をするのは危険だというのがよくわかる。
中盤階層もまだ最初の方はそんな感じで大丈夫だったけれど、毒霧フロアあたりからは次の階層に行く前に事前準備をしっかりしなければいけなくなってきた。もうそろそろ終盤階層に近づきつつあるんじゃないか、と思えるだけにここら辺からは気を引き締めろと言われているような気がしてきた。
まぁ実際に確かに終盤階層に近づいてきているし、毎回行く前に準備がしっかりできているかを確認するのは必須になりつつあるのだが、この塔を作った側からすれば別に気を引き締めろとかそういう叱咤激励をするつもりはこれっぽっちもない。
むしろそろそろ単なる人間が攻略するには厳しくなってきてるから、引き際見極めとけよ、とかそういうやつだ。
まぁ製作者のそういった思いをどこかで誰かに知られるような感じにしたわけではないので、探索者たちがそれを汲み取らなくとも仕方のない事だ。むしろ正確に汲み取られる方が怖い。
次のエリアが雪の積もった平原、という感じであるというのを知った探索者たちは、早速その階層を攻略するために必要な物をあれこれ講じた。
何せほんのちょっとしかいなかったはずの南国出身探索者はあの時滑って転んで雪にダイヴする形になったからか、その後ものの見事に風邪を引いたのだ。
おかげで数日休む羽目になった。
むしろ北国出身の探索者以外は大なり小なり風邪を引いた。
無理もない。
南国出身の探索者の装備はどちらかといえば動きやすさを重視した軽装で、普通に考えてそんな服装で雪の積もってる外に出るとか正気か? とか雪があるのが当たり前の国の人間からしたらそう思うくらいに薄着だったし、すぐに塔の外に出たとはいえ結果として寒暖差がある状態になってしまった。
身体がその温度変化に慣れなかった事もあってまんまと体調を崩したというわけである。
そこら辺の話はあっという間に広まったので、まず最初に用意すべきは防寒具ではないか、という話になった。
動いてたら暖まる、とはいえ暖まるより先に身体の芯から冷え切ってしまえば逆効果になりかねない。むしろ身体の震えが止まらないし思うように動けないしで魔物と遭遇した時点で緊急離脱の世話になる可能性が上がる。
次に上がった声は防寒具も大事だけど、まずあの雪の上を移動するのに適した靴ではないか、という声。
北国などで暮らしていればまだしも、雪に慣れていない者からすれば雪の上を歩くだけでも常にバランスをとらなければならない。滑って転んだところに魔物がやってきてみろ。一撃で死ぬような攻撃であれば緊急離脱が発動するが、そうでなければただのいいマトだ。
何度も攻撃を食らってそろそろ死ぬかもしれないな、となれば緊急離脱が発動するかもしれないが、その場合脱出できてもボロボロの状態である事は言うまでもない。ポーション飲んで治したとしても、その時点で塔の外となればもう一度あの階層にすぐさま引き返して再チャレンジするぞ! という気になるかは微妙なところである。対策がマトモにできていなければ、引き返したとしてまた同じような事で脱出するかもしれなくなるのだから。
武器に関しては特に何かを用立てる必要は感じられなかったが、防寒可能な防具があればいいかもしれない、という話は出た。
防具の上から防寒具を着こむにしても、鎧などを装着している者からすれば余計に身動きできなくなる。軽装であればまだいいが……ある程度しっかりした防具であれば、その上から更に着込むのは身動きを封じかねないのだ。防寒具で多少暖かさがあったとしても、動きを制限されてロクに動けなくなっては意味がない。
館フロアの時のように、雪フロア手前の休憩所に何か役に立つ物が売っていないかと確認する探索者たちによって、防寒具などが売られているのは確認できたが今回の場合はそれさえあれば万全というものでもない。
探索はまた滞る気配が漂っていた。