それは単なる八つ当たり
そういうわけでちょっと強い武器を調達するという方針にはなったものの。
最初から持ってましたけど? みたいな感じで武器をしれっと所持するにしても流石に突っ込まれるのは言われるまでもない。素材さえあればステラがちょちょいのちょいで大抵の武具は作れるけれど、だからって他の探索者用装備まで作る気はあるか、と問われればそれはその時の気分によるとしか言えなかった。
気に入った相手ならともかく何かこいつには作りたくないわー、って相手にはいくら金積まれてもヤだ。
割とそんなノリであった。
キールや仲間の魔術師たちはさておき、それ以外の相手に異世界から召喚された、という事が広まりでもした場合、こちらの世界にはない知識やら技術やらを求められても困るし、ましてやアイテム合成をバンバンできます、みたいなのも知られると何かと面倒な予感しかしない。
キールに関しては既に主従関係が逆転してしまっているので無理難題吹っ掛けられても無視できるけど、下手に権力ちらつかせてくるタイプに目をつけられるとうっかりクロムが一族郎党滅ぼしかねない。
なのであくまでもダンジョンで見つけた武器を使う事にした、という設定にしとこう、と意見が一致した。
「いや、強い武器使ってそれで探索者としては異例の速度で何か攻略してる、とかさ、それはそれでありそうな話だしこいつらが順調なのはあくまでも武器のおかげ、とかいう感じにしとけば武器関係のいちゃもんつけられる可能性はあってもそれ以外のいざこざはないだろうな、と思ったから俺もさっき言ったけどさ……
ダンジョンで見つけた事にして強い武器使う、って言ってもじゃあそこそこのダンジョンに行くまでは今のままって事にならないか?」
折角話が纏まりかけたのにベルナドットが待ったをかける。
言いたい事はわからなくもないのだ。ステラたちが行ったダンジョンはあくまでも初心者向け。
そしてそこで出てくる魔物はとりあえず油断さえしなければ一般人でもどうにか倒せなくもない程度。
入手できるアイテムもゲームで言うところの初期に入手できるようなしょぼい品々。
ダンジョンで見つけた、という事にするには舞台的に無茶がある。
「やぁねベルくんたら。肝心な事を忘れてるわよ」
「肝心な事?」
「ごくまれに、そういった初心者向けのダンジョンで何故か見つかる救済策とばかりにえげつない威力の武器が隠されてる事だってあるじゃない」
「いやそんな話オレ聞いた事ないんですけど母さーん?」
「クロムにはまだ早い話だったわね」
「え、それそういう話だった……?」
ベルナドットよりも先にクロムが突っ込んだがステラはそれをあっさりと受け流す。
言われたベルナドットはステラの言葉を脳内で二、三度反芻して、いや、確かにゲームとかでそういうのないわけじゃなかったけど……と思う。
口に出すとまた面倒な事になりそうなのであくまでも思うだけだ。
ステラの言い分は理解できた。
けれど。
「それにしたって、どこで見つけたっていうつもりだよ」
「あのダンジョンでよ」
「えぇ……?」
「ルクス、問題ありそう?」
「いいや?」
ステラの問いかけにルクスはにこやかに笑んだまま答える。
「ルクスが言うなら大丈夫ね。じゃ、明日にでもまたダンジョン行く事になりそうだし、実行はその時ね」
それだけを言うとステラはルクスが作った異空間から与えられた部屋へと戻っていった。
ステラのアイテム合成は別にわざわざ目の前にアイテムを用意してやらなければならない、というわけでもなく収納した状態でもできるのでどこにいても別に何も変わらない。
今頃あれこれ手持ちの素材で何やらアイテムを作っているのだろう。表向きは部屋で休んでいるように見せかけて。
「伯父さん、つまりどういうコトになるんだ?」
「平たく言うとこれから私たちはダンジョンで見つけたとても強い武器を手にダンジョン攻略をサクサク進めて一気に難易度の高いダンジョンへと駆け上がるルーキー、って事になるのかな」
「それだけ聞くと途中で武器失って本来の実力が大した事ないからどんどん落ちぶれてくやつっぽいな」
「普通の探索者ならそうだろうね」
「むしろ俺たち武器なくなってもあまり変わらないんじゃ……」
「武器がなかったら私たちが最初から強いってなるから、そうなるとそれはそれで面倒なんだよ。色々とね」
色々と、でルクスが何を思ったのかはベルナドットには理解しきれない。けれども恐らくステラが考えた面倒ごとのいくつかは一致してそうだし、ステラが考えてそうなもののうちのいくつかであればベルナドットもなんとなくだが想像できなくもない。
異世界転生する前の記憶は大分薄れているものの、それでもベルナドットがかつて読んだ少年漫画などの展開で想像するならば。
強い相手を自分たちのチームに勧誘しようとする展開だとか、変にライバル視されて絡まれるだとか、まぁそういうのはありそうだな、と思いはした。
他人事として眺める分には王道展開として楽しめそうだが、自分がその当事者になると考えると途端に面倒くさくなってくる。
俺も年取ったからなぁ、と見た目の若々しさをさておいて、こっそりと溜息を吐く。
強い武器があるからこそここまで破竹の快進撃で来れたのだ、と思われていればそういった勧誘だとかライバル視だとかは避けられそうではある。
かわりにお前らが使うには分不相応だからその武器寄越しな、とかいう展開がありそうではあるが、そういうのは適当にクロムがボコるはずだ。
「いや、話の流れは一応わかったけど、それにしたって無理がないか? あのダンジョンで今更そんな強い武器みつけた、が通じる感じか?」
ベルナドットのある意味もっともな言葉にそうだそうだとばかりにクロムも頷いた。
ステラがこれからやらかそうとしている事は既にルクスにも理解できている。
ルクスもステラが思い浮かばないようであれば提案するつもりではいたが、ステラは既に把握しているようだし……とじゃあもう全員把握してるだろとすら思っていたがどうやら二人はそこまで理解はしていなかったらしい。
考え方の違いってやつなのかなぁ……と漠然と思いながらも、ルクスは何も問題はないんだけど、と前置いた。
「アズリアの書庫で得たダンジョン関連の知識と、探索者ギルドでここのダンジョンについて聞いた情報を合わせた結果だけど。
私たちの世界にあるダンジョンと違ってこっちの世界のダンジョンはある種の生物みたいなものだと思ってくれていい」
ぴっ、と指を立ててそう切り出すと、何を言っているんだろうとばかりに二人は目を丸くした。
「私たちの世界にあるダンジョンは、いくつか種類があるね?
普通の洞窟に魔物が棲みついた結果、とか、かつてそこで暮らしていた種族が滅んでそこを新たな根城にしようと魔物が棲みついた、だとかの一度クリアしてしまえばおしまいのダンジョン。
これはまぁ、後々盗賊とかが根城にしたらそいつらが貯め込んだ金銭やら売れそうな道具やらがお宝扱いになるとはいえ、討伐してしまえばあとはもう旨味はなくなる。
けど、そうじゃないダンジョンもある。
具体的には入るたびに形を変えたりするやつだとか、死んだ魔物や冒険者を取り込んだりするダンジョン。
この世界のダンジョンは、そっちと同じものだと思ってくれていい」
「って事はここのダンジョンで死んだ場合、放っておくと死体が取り込まれるって事か……」
「向こうの世界との違いは魔物コインとかになるから、魔物の死体を回収する必要がない。であれば、魔物の素材を持ち帰ろうとする必要がないのでもし仲間が死んだ場合であっても回収しやすいとは思うよ」
とはいえそれも他の魔物と遭遇して戦ってる間に死体を放り出してしまえば、あっさり回収されそうではあるのだが。どうにか外に連れ帰って埋葬できるかどうかは運次第、そんな気がしてきた。
「聞けば魔物コインも回収せずに放置しておけばそのうち消えるらしい。ともあれ死体だとか、いらなくなった道具だとかをそこらに打ち捨てればダンジョンに取り込まれる。そういう部分を見ればダンジョンは生きていると言えない事もない。うん、そう考えるとダンジョンとは実に厄介な魔物ではないかな」
「魔物……ですか」
「そうだろう? 外では中々得られる事のない宝物、それらを餌に人間をおびき寄せている。ダンジョン内にいる魔物はダンジョンを守る防衛機構とも言えない事もない。寄生しているのか共生しているのかまでは何とも言えないがね。
そしてダンジョン内部で死ねば取り込まれる。それ即ち食われると言ってもいい。
……私たちの世界の魔物と比べてもそこまで変わりはないだろう。では、魔物と定義してもそこまでの違いはないのではないかな?」
言われてみればそんな気がしなくも……とベルナドットとクロムが全く同じ表情を浮かべているのを見て、ルクスは苦笑を浮かべる。
正直適当な事しか言ってない。それだというのにここまで信用されると流石に不安になってくる。何だかあっさりと他の誰かに騙されそうで。
「入るたびに構造を変化させるダンジョンもあるけれど、そうじゃないダンジョンは既に踏破されその内部は把握されつくしたと言ってもいい。だからこそ探索者ギルドではダンジョン内部の地図なんてものが売られているわけだ。でもさ、本当に踏破されつくしたのかな?」
「まさか……」
思わせぶりに言えば、ようやくベルナドットはこれからやろうとしている事に思い至ったようだった。
「いやでも、それ大丈夫なのか?」
「可能だよ。私とステラであればね」
「……ダンジョンの壁ってそんな薄いっけ?」
「ちょっとやそっとでは壊れない。ま、簡単に壊れてたら今頃はいくつものダンジョンが崩壊していてもおかしくはないだろうね」
「え、え……まさか伯父さんと母さん、ダンジョンに穴開けようとしてる?」
ベルナドットが理解してからワンテンポ遅れて、ようやくクロムも理解したようだ。
「そうだよ」
とあっさりルクスが答えれば、うっそだろ……? みたいな反応を示した。
「クロム、諦めろ。こいつら本気だ。あと多分嫌がらせも兼ねてる」
「わぁ、ベルったらそこまで理解してたんだね。話が早いや」
これっぽっちも悪びれる様子もなく笑うルクスに、ベルナドットは何も言わなかった。
いや、口に出したら後々面倒な事になりそうだから言わない事を選んだに過ぎないのだが。
ルクスならやらかす、とは確かに思った。
けれども。
ステラもそれをやると決めたようだし、ではその時点で本当にそれだけだろうか? と疑問にも思ったのだ。
ベルナドットからすればステラとの付き合いはそれなりに長い。
ただ強い武器をそれっぽい理由をつけて持つにしても、他にもやりようはあったはずだ。
けれどもあえてダンジョン、それも初心者向けの所を利用するというのは、ある種他の探索者に向けての嫌がらせも兼ねてやしないだろうか、と思ってしまったのだ。
現在新しく探索者となる者がどれくらいいるかはわからない。
けれどもそれ以外の中堅だとか実力的にも上だろうと思える探索者は既にいるのはわかりきっている。
例えば今更初心者向けのダンジョンで、何かすっごく強い武器が発見されたとして。
しかも既に踏破されつくして内部は地図も出回っているようなところで隠し部屋なんてものが実はあったんですよ、みたいな事になったのならば。
恐らく他の初心者向けダンジョンでも同じような事がないかと改めて探す連中はいるだろう。
「ま、大した事のないただの嫌がらせさ。脈絡なくこっちの世界に連れ出された八つ当たりといってもいい」
既に召喚した張本人でもあるキールと仲間の魔術師たちはクロムがボコボコにしたのでこれ以上何をするでもない。というかこれからはある程度協力関係になるので、ここから更に痛めつけるのは得策とも言えない。
けれども何となく。そう、本当に何となくではあるが、ルクスもステラもクロムが魔術師たちをボコボコにした時点では何もしていないので、何となく消化不良を起こしているような気持ちではいたのだ。
故に、というのも微妙な話ではあるのだが、故に、それ以外の探索者たちにその矛先が向いたに過ぎない。
とはいえ、これはまだ可愛らしい悪戯程度だ。
これから起こり得る可能性として考えられるのは、他の初心者向けダンジョンにも隠し部屋があるかもしれないとある程度の実力者たちが今更そこへ足を運ぶかもしれない程度の事で。
別に人が死ぬような何かを仕掛けるわけでもない。
そういう意味では確かに可愛らしい悪戯ではある。
ただ、とベルナドットは思う。
ただ、この先の状況次第では何かえげつない事やらかしそうではあるんだよな……とも思えるのだ。
漠然とではあるが、それは予想というよりはある種の予言のようでもあった。