謎の安定感
さて、ステラたちが何となく監視――ではなく観察を始めた事など全く気付くはずもなく、チーム悪人面と勝手に名付けられた一行は塔の中を進んでいた。
恐らく彼らの実力は通常のダンジョンであれば上級ダンジョンに行ける程度にはあるのだろう。というかステラの短剣をかつて盗んだ探索者はプリエール王国の王都にいたのだから、恐らくはそこを拠点にしていたはずだし、そうなるとそのダンジョンへ通っていたと考えられる。
他の面々は正直どこのどなたか存じませんが……といったものではあるが、流石に義手の探索者と実力的に大きく差があるわけではないだろう。
ゲームだったら新入りを育てるのにベテラン勢が囲んで、なんてレベル上げもたまにあるが、現実でそれは中々ない。
新人探索者を育てるにしたって、いきなり塔はない。
普通のダンジョンの初級か中級、罠のないところである程度ならしてから、とかならともかくいきなり初っ端から死ぬかもしれないレベルの罠があるような所に新人連れてくるとか、闘技場で捨て駒にするつもりか? と勘繰られても仕方のない話だ。
とはいえ、何かもう完全に悪党にしか見えないご一行なのでそういう事しそう……という悪意混じりの偏見はどうしても拭いきれない。
恐らく義手の男以外の男たちがどこかの町の酒場とかで一人混じってる、くらいなら特になんとも思わないかもしれない。荒くれものたちが集うような場所ならまぁ、いるよね、の一言で済む。
けれどもこうしてチームとしてダンジョンにやってきました、という集団でいるのを見ると視覚的には完全に犯罪者の集まりにしか見えないのだ。
そしてその中の一人は確実に人の物を盗むようなやつなので、そういうのとつるんでいるというだけでもう悪意混じりであれ偏見は留まるところを知らない。
盗んだ代償に己の利き腕を失くしたとはいえ、それで罪がなくなったわけでもない。過去は過去だしその過去を消せるはずもない。無かったことにはならない以上、あの一件を知る者からすればどうしたって大なり小なり偏見が混じるのはどうしようもない事なのかもしれない。
そんな彼らは序盤階層の入って間もないところで特に苦戦するでもなく、出だしは順調だった。
筋骨隆々とした禿げ頭のリーダー格は片手に斧を持ち、それで魔物を粉砕していく。
高い位置から振り下ろされる斧で脳天から真っ二つ、というそれ魔物だからいいけど人間相手だったら確実にマズイやつ、といいたくなる攻撃。
まるで薪割の要領でパッカンパッカン魔物をカチ割っていく。
仲間の一人が彼の事をハーゲンと呼んでいたので、それが名前なのだろう。
「……名は体を表すっていうけど、この場合名前のせいでそうなったのか、なるべくしてなったのか……どっちなんだろうな」
「そんな卵が先か鶏が先かみたいな……というかこの人ハゲっていうかスキンヘッドかもしれないじゃない。いやまぁ、見た目だけ言えばハゲの一言で終了しちゃうんだけども……」
本人は何も気にした様子がなさそうなのでまだいいが、それでも何というか名前を呼ぶのに若干抵抗というか躊躇いが生じるのはどうなんだろう。
このハーゲン、見た目通りのパワーファイタータイプであった。
序盤階層の序盤も序盤なので魔物そのものは弱い方だが、何分数は多い。けれども彼はそんな事をものともせずに突っ込んでいって魔物たちをその斧で薙ぎ払っていくのだ。
最初の一体が横っ面を斧で薙ぎ払われてそのままの勢いで身体ごと吹っ飛んでいく。その吹っ飛んだ先には他の魔物がいて、見事に命中した。
あぁ、この人強いな、とは見てわかる。
ただ、何というかハーゲンの見た目といい使用している武器といい、どう足掻いても盗賊の親玉とか山賊の親玉と言われても仕方ない面が大きい。
魔物の群れを倒し終えた後ににかっと笑って「どうだ」なんて仲間に言ってるその姿もなんていうか……すごく、悪人ぽいとしか言いようがない。
ちなみに進んでいる途中で他の仲間たちの名前も判明してしまった。
痩身痩躯の目の下に隈が凄いさながら薬中のようにも見えた男はバモス。
かつてステラの短剣を盗み結果義手となってしまった男はミドルス。
モヒカンの男はオルデラ。
この面々の中で少しだけ毛色が違うツギハギのクマのぬいぐるみを持っているのがエルオス。
ちなみにバモスは魔術師らしく、魔物相手に炎の魔術をぶちかましていたし、利き腕を失ったミドルスはもう片方の腕で短剣を持って戦っていた。
オルデラも短剣を腰に下げていたけれど、今のところはボウガンを手に戦っている。
ちなみに彼も魔術を扱えるらしく、なんと治癒魔術の使い手であった。
……とてもそうは見えないのが逆に凄い。
左目に眼帯をしているので左側が死角になっているエルオスはといえば、武器らしき武器は所持していない。だが抱えていたツギハギのクマのぬいぐるみが魔物めがけて襲い掛かっていく様を見て、何となく察する。
あ、そういうやつなんだ……と。
ミドルスはてっきりお荷物にでもなるのでは、と思っていたが彼の気配察知能力は高いらしく、視界の範囲内にまだ見えていない魔物の気配を察知してそれを仲間に伝えていた。そして魔物の位置を把握したオルデラがその方向へ向けてボウガンを、バモスもまた魔術を放つ。
遠距離からの攻撃に奇襲を受けた形になった魔物たちが、散り散りに逃げていく。中には立ち向かおうとする魔物もいたが、それらはハーゲンによって一撃で粉砕されてしまった。
ハーゲンほどではないが、クマのぬいぐるみもパワーはあるらしく、自分よりはるかに大きなサイズの魔物を叩きのめしていた。
「戦い方は言っちゃなんだけど割とマトモね」
「戦闘スタイル的には一部風変わりなのがいるけどな」
なんだクマのぬいぐるみ動かして戦うって、とは思うが、あれも魔術師と考えればまぁ普通……なのだろうか?
ベルナドットは魔術に詳しいわけじゃない。昔に比べれば多少それなりに知識は増えたけれど、どのみち自分で使えるものでもないのであくまでも聞きかじった程度。
なので確実に詳しい、というものに分類されるルクスへと視線を向けた。
向けられた視線に気付いただろうルクスが「ん?」とベルナドットを見て、その視線から何となく質問の意図を感じ取ったのだろう。
「魔術師、として考えると少数派ではあるけど、いないわけじゃないよああいうの。普通の攻撃系魔術と比べると魔力消費が大きいからあまり魔力のない人には向いてないけど、ただの攻撃魔術と比べて持続性がある。操作するのに慣れてしまえば、攻撃魔術より使い勝手がいい事もある。
要は相性かな。ああいうの使うにしても向いてなければ無駄に魔力を使うだけ。向いていれば攻撃魔術で攻撃するよりも効果はある」
「ルクスはああいうのできるの?」
「できるよ。面倒だからあまりやろうとは思わないけど」
そもそもルクス本人が魔物の大群と戦うような事になった場合、普通に攻撃魔術を使った方が手っ取り早い。
ああいった形のあるものに魔力を宿して操る、というのは可能だけれど、まずその器を用意しないといけない。最終的に壊れても構わない器を用意して最後は自爆でもさせるとかいうのなら、そういう手段を用いる事はあるけれど。
でもやっぱり普通に魔術で薙ぎ払う方が手っ取り早いのは確かだ。
あえて時間を稼ぐとか無駄に時間を消費しなければならない、というのであればそういう手段もありだけど、そうじゃないならわざわざやらない、といったところだろうか。
まぁ、見た所エルオスはあのクマのぬいぐるみしか持っていないようだし、あれが壊れれば彼の戦闘手段は失われると考えていい。
ツギハギなのは恐らく過去に破損してそれを何度も修復したからなのだろう。
そんな会話をしているうちに、彼らはあっという間に魔物たちを倒し魔物コインを回収し、最初の階層主の元へと辿り着く。
彼らは魔物コインを多めに落とす階層主の扉を選択した。
序盤も序盤、最初の階層主だ。
通常の上級者向けダンジョンへ行って帰ってこれる程度の実力があれば、苦戦はしない。ステータス二倍といっても最初の階層主の能力値が二倍になったところで、上級者向けダンジョンに出る魔物の方が強いからだ。
だからこそあっさりと最初の階層主は倒されてしまった。
そして次の休憩所でヤクトリングの機能を解放する。
塔に入ってすぐにヤクトリングを購入していたけれど、機能解放分の金まで用意してあるとは思っていなかった。一体そのお金はどこから……? とまたも悪い想像が浮かんでしまったが、流石に失礼なのでその考えは遠くの方に追いやることにする。
ここに来るまでに得た魔物コインを換金し、手持ちのアイテムのいくつかで売れそうな物は売り払う。そうして資金を捻出して彼らが転移機能の他に解放したのは魔物コインの自動回収と序盤階層の罠の可視化だった。
これはリーダーのハーゲンに解放された。
既にコインの自動回収と罠の可視化は塔攻略の上で必須とも言われる程になってしまった機能だ。どの国の探索者ギルドでこの情報を得てきたのかはわからないが、早々にこの機能を解放するとか無駄がなさすぎて見ている側からして何というか……とても安定感があった。
「一人一万オウロのヤクトリングを五人分。そして転移機能の解放も五人分。この時点で十万オウロ。各々何か大きな荷物持ってるなとは思ってたけど、あれポーションとかじゃなくて全部金だったのか……」
「ある意味初めて見たわね。あんな大金持って塔に入る人」
今の今までちまちまと稼いでは費やす、みたいな機能の解放の仕方ばかり見ていたのもあって、なんとも豪快な金の使い方であった。
最初からそうすると決めていたのだろう。そうじゃなきゃまずこんな大金持ってダンジョンに来るはずがない。
「この人たち、もしかしたらあっという間に他の探索者に追いつきそうね……」
今日初めて塔に入ったばかりだ。けれど、彼らはこの塔についてかなり調べて情報を集めてからやってきた。
多くの探索者たちがこの塔は他のダンジョンよりも稼げる、と知り今までの狩場としていたダンジョンからこちらに流れてきても尚、彼らは軽率にこっちに流れてこなかった。そう考えると、恐らくそれなりに勝機が見えたかしたのだろう。だからこそこうしてやってきた。
その後はもっと凄かった。罠の可視化機能があるために命の危険性がありそうな罠は回避して、危険度の低い罠は一応踏んでみる、というかつてステラがやった事をやっていた。
生憎宝箱ばかりの部屋に飛ばされる事はなかったが、ちょっとレアなアイテムを落とす魔物と遭遇したりして、彼らはなんとちょっと良い感じの武器を入手した。
それは斧だった。両手で持つようなタイプではなく片手で持てそうなサイズの斧。ハーゲンが現在使っているような物、となれば勿論ハーゲンはその斧を手に取る。
「……こいつぁいいな」
手にして、それだけで斧の価値を理解したのだろう。ハーゲンはその斧を今しがた自分が使っていた斧と同じように腰に差す。今までは片手でぶん回していた斧が、次からは両手でぶん回されて遭遇した魔物は無惨にも呆気なく散っていく。
休憩所では機能解放しただけで特に休憩するでもなく次のフロアに進んだために、その次の休憩所では多少の休憩をとっていたが、ハーゲンたち一行は休憩所についても毎回のんびり休む、という事はしなかった。ある程度疲労が溜まれば休憩したが、そうでなければ先を急ぐ。
その探索速度はかつて暇潰しにとステラがベルナドットと二人で塔の中に入った時と同じかそれ以上だった。
とはいえ、やはり時間をとられる部分は発生する。
最終的に彼らが中盤階層に辿り着いたのは、ステラたちと同じく二日目であった。