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異世界からの勇者召喚 失敗!  作者: 猫宮蒼
三章 ゲームでいうところの本編そっちのけでやりこみ始めるミニゲーム
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それは安全なユリカゴのようで



「なぁお前さァ。もしかしなくても生前の方がまだマシだったよな? どうしたよ、ほら、あの……割と最初の頃にアビリティ消滅させる神器とかドヤ顔で出して伯父さんに向けた時とかのがまーだ威勢とかあっただろ」

「あの頃のあたしと今のあたしはきっと別人なので……というか身体からして違うのでやっぱ別人ですぅ……」


 修練場にてそれはもうこてんぱんに叩きのめされてしごかれまくったミーシャは地面が恋人とばかりに倒れ伏している。ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返し、どうにか落ち着かせようとしてるようだが……むしろ生命活動で呼吸するのだけで精一杯、みたいな感じですらいたので呼吸も当分落ち着きそうにない。鼻から吸い込むだけでは圧倒的に酸素が足りぬとばかりに口呼吸に切り替えたが、喉の奥が乾燥してかひゅっ、と皮膚に張り付くような感触の直後、盛大に咽込んだ。

 激しく咳を繰り返したが、既に先程胃の内容物は全部吐き出したばかりだったので、幸いにも――というべきか、ちょっと涎が散った程度で済んだ。それもどうかと思うが。


 今のあたし、女として見られないくらいの無様を晒しているのでは……? とは思いつつも、いや女らしさ全開にしたからってこの状況が改善されるわけないし、と思い直す。

 ゴーシュはホムンクルスになった際、名前こそそのままだが見た目はそれなりに変化している。それこそアミーシャからミーシャに変わったミーシャのように。

 変わらないのは大体の体格とかだろうか。

 背丈や体格などはあまりに違い過ぎると今までと同じように動こうとしてバランスが取りにくかったりするだろうから、という事でそこら辺は生前とそこまで変わらない。ただ、髪や目の色は以前とは違う色になっているし、顔立ちも若干異なっている。


 ゴーシュという名もこの世界ではそこまで珍しいものでもないので、修練場担当のゴーシュです、とか名乗ったからとてすぐに「あっ、お前はプリエール王国騎士団長!」とか言い当ててくるようなのはいないだろう。

 仮に、身体捌きで「おや……?」と思う者が出たとして。

 けれども似ているな、で済むだろうとミーシャは思っている。


 そもそもプリエール王国の顛末は既に全世界が知ってるだろう話だ。

 あの国の王がいらん事言い出したせいで滅んだというのは恐らくあと数十年単位で人々の記憶から消える事はないだろう。そして早々にプリエール王国から国民が他国に流れていったので、他の国はある程度の時期でプリエール王国からの転移装置での転移を受け付けないようにしていた。

 だからこそ、国から出る事もなく滅んだのは王族とその身近にいた者たちだけだ。


 そしてゴーシュは騎士団長だったので、国に最後まで残った側、という認識がある。

 だからこそちょっと動きとかが彼を彷彿とさせるな……? と思ったからとて、彼が本当にその騎士団長本人である、とズバリ言い当てられる人間がいるか、となると微妙なところだ。

 塔は早々にプリエール王国への転移を打ち切った。プリエール王国から塔へ行くには一度他国を経由しなければならない。けれども、騎士団長が塔にいるとなれば、一度他国へ渡ったという事になるが、そもそも彼が他国へ行く頃には他の国の転移装置はプリエール王国からの受け入れを拒否していた状態。

 どうやって塔に来たんだ、という話になる。


 そこを華麗に推理して正解に辿り着けるような探索者はいないだろう。

 異世界から召喚した勇者が絡んでいる、とかそういう推理を仮にしたとして、世間一般の反応は「頭大丈夫か?」になる可能性が圧倒的に高い。


 だからこそゴーシュはそのままゴーシュであった。


 だったらアミーシャも別にそのままの名前で良かったのでは……? とちらっと思わなかったわけでもないが、ゴーシュとアミーシャとでは決定的な違いがある。

 アミーシャはダンジョン管理者という立場が知れ渡ったわけではないが、けれども魔物を仲間として行動していたために魔女扱いされる事になった。魂だけ先にルクスが回収していたが、その入れ物だった肉体は魔女として処分されてしまっている。


 当時のあの一件に関わった探索者が生きている以上は、アミーシャの名で塔に関わると色々と詮索される可能性もある。

 そもそもミーシャはあまり演技が得意というわけでもないので、下手にカマをかけられるような事になればうっかり墓穴を掘りかねない。



 などと、そこまでを現実逃避のように考えて、そこでようやくミーシャはよろよろとしながらも起き上がった。正直まだちょっと床と一体化していたかったけれど……いや、別に好きでそうしてるわけでもないが……だがそろそろ起き上がらないと強制的に起こされそうだと判断したからだ。

 その予想は正しかったようで、ふと見上げればクロムの腕が今まさに……といった感じであった。セーフ。


 身体が頑丈なおかげでそこまで痛みに呻くだとか藻掻くだとかのたうち回るだとかいう事はないけれど、それにしたってハードすぎる。まずクロムの攻撃を受け止めきれなければ呆気なく壁に吹っ飛ばされるし、壁にぶつかってそこでおしまいならいいけどバウンドする。そして身体が宙に放り出されたほんのわずかな時間で体勢を整えられなければそのまま床に倒れるという流れ。そこでもたもたしていると更なる追撃がやってくるのでそうなるともうこちらができる事はひたすら攻撃を耐えるだけというサンドバッグモード。

 クロムはこれでもかなり手加減をしているらしいのだが、その手加減した状態でもどうにかできる気がまるでしないというのもどうかと思った。


 ゴーレムたちが反乱を起こしたあの事件から既に一年は経過しているし、つまりそれはミーシャがクロムに修行つけてやると言われてから経過した時間でもある。

 一年。

 なんというかあっという間すぎて、まだ三日くらいしか経ってないんじゃないかと思えるくらいに、ミーシャは自分の実力的なものが上がったという認識はなかった。

 むしろどこに自信を持てというのか。受け身の取り方が若干上手になったくらいである。


 それよりもむしろ……ゴーシュが凄まじい。

 彼は来て早々にホムンクルスボディを与えられていたし、今までと大体体格が似ているとはいえそれでも今までの自分の身体ではない器に慣れた様子もなく、数日は動きがぎこちなかったところもある。

 けれども今はどうだ。

 クロムから一本取った事はないが、それでも最初の頃と比べてめきめきと強くなっている、というのがミーシャの目にも理解できた。ちょっと前まではクロムのフェイント攻撃にあっさり引っかかっていたこともあったけど、今は引っかかる回数が大分減った。それどころかそのフェイント攻撃の隙をついて逆に攻撃を仕掛けられるまでになっている。まぁ、防がれてるけど。


 世の中上には上がいるんだなー……という感想しか出てこない。


 そんな相手に修行つけてやるとか言われたら、本来なら凄い事なんだとは思う。

 もっと強くなりたい――!! そう願う者であったなら、それこそ歓喜の涙を流し喜ぶべき事なのかもしれない。ミーシャはそういうのがないので、いや無理……とすっかり最近の鳴き声のようになってしまったその言葉しか出せないが。


「ミーシャさんに足りないのは向上心というよりは……圧倒的な危機感とかそういったものでは?」

 どうにか起き上がったミーシャの近くまでやってきたゴーシュがぽつりと呟く。

「なまじ頑丈な身体を得てしまったがために、一撃くらってもその一撃で死ぬわけじゃない。そういう考えがあるから、反撃できずとも相手が諦めるまで耐えればいい……というように見えます」

「じゃ手加減無しで攻撃叩き込むか? そしたら多分一撃で身体バラバラになるけど」

「ひっ!?」

 手加減してるのは知ってたけど、手加減しないと一撃で腕とか足がもげるレベルの威力なの……!? とミーシャはぞっとして顔を青くさせた。


「流石にどの攻撃も全部そう、ってなるとこいつ逃げの一手に入りそうだし……普段の攻撃の中にたまに強めのやつ混ぜるか?」

「あぁ、それなら耐えられると思ったらまさかの……って事にもなりますし、せめて相手の攻撃を受け流すとか回避するとかするようになるかなと」

「いやいやいや!? 全力で逃げますけど!?」

「逃げてもいいけど逃げ切れるか?」

「ぅぐっ……!」


 そうだ。

 言われてみればそうだ。

 世界の果てまで逃げてみせる……! とか思ってもそもそもミーシャの行動範囲は限られている。塔の中、それと外。塔から少しくらいは離れる事もできるらしいけれど、世界の果てまで逃げるのは不可能だ。相手がただの探索者であれば相手が諦めるのを待つ事も有りだろう。けれども相手がクロムとなると、こちらを鍛えるというのが目的である以上諦めるという事はない。


 あっ、詰んでる……


 早々に理解して目が死んだ。


「大体、お前なんでそんな危機感ゼロなの? 頑丈な身体だから? そんじょそこらの相手には殺されないって思ってるから? 闘争本能どこ置いてきた? 無いわけないだろ元が人である以上、多かれ少なかれあるものなんだから」

「そ、そうは言われましてもぉ……」


 一番の脅威は何だろう、と考える。

 言うまでもなくステラたち一行だ。


 そもそも、ダンジョン管理者としてひっそりと行動していたアミーシャだった時もそこまで強いと自負したわけではなかったが、それでも上級者向けダンジョンに行ける程度には実力があったのだ。仲間という名のモンスターの力を借りてではあったけれど。

 時としてこっそり邪魔になりそうな探索者を始末した事だってないわけじゃない。表立って言えないような手段を用いた事もあったし、そもそも彼女がダンジョン探索者になる以前、父の仇として探索者たちを屠った時点で人を殺すという事が無理というわけでもない。


 ステラたちが現れる以前にも、ダンジョンの中で好き勝手にやってた探索者はいた。

 己の力を誇示するように、いや、明らかに自分の実力に見合わない初心者向けのダンジョンで弱い魔物を甚振って遊ぶようなのは探索者の中でもたまにある。それは単純に仲間に言えない不満を溜め込んだ結果の憂さ晴らしだとか、家庭での家族との軋轢によるストレス解消だとか。はたまた現状自分の探索しているダンジョンの攻略が上手くいかないイライラを解消するためであったりだとか。

 わざわざ弱者相手に……と思う事も勿論あったけれど、その中でも強いアビリティを持っていた探索者で性質が悪いのがいた。

 魔物を倒すついでにダンジョンすらも破壊しようとしていた相手。

 ダンジョンを壊そうとなれば一応セーフティが発動するようにしてはいたけれど、いかんせん当時のアミーシャの力ではそのセーフティもたかが知れている。一度や二度暴れた程度で大人しくなってくれるのであれば見過ごす事も考えたけれど、あの探索者はそうじゃなかった。

 わざとじゃないけど放った技の威力が凄くてダンジョンごと壊しちまった、なんて感じでダンジョンブレイカーとかいう二つ名を名乗ろうと画策していたような奴だ。

 アミーシャの管轄外のダンジョンであれば勝手にすればいいと思っていたけれど、よりにもよってアミーシャの管轄だったので止めるしかない。けれども、素直にこちらの言い分など聞くはずもないだろう事はあまりにもわかりきっていた。


 結果としてやったのは、アミーシャがステラたちにやった方法と同じものだった。

 つまりは、ダンジョンの中でごくまれに出現するアイテムだという神器。

 強くて凄いアビリティ。それがあるから彼はそれなりに名の知られた実力者であった。

 けれども、では、アビリティを失えば?

 そんなの結果はわかりきっている。


 今までと同じようにダンジョンの中で魔物を相手にするにしても、今までと違ってアビリティはなくなっている。明らかに威力の劣る攻撃。今まではこれで決着がついていた一撃で、しかし魔物は倒れない。

 勿論、その程度になってしまった攻撃では何度繰り返したところでダンジョンを崩壊させるだなんて真似、到底無理だろう。

 そこで改心して一からコツコツと頑張っていこう……! そんな風に思える人物であったならアミーシャもそこで見逃したかもしれないけれど、そうじゃなかった。

 彼はダンジョンの中で発見したアイテムを上手く組み合わせてダンジョンもろとも破壊作戦を諦めてはいなかった。そのガッツをもっと別のところに使ってほしい……とアミーシャは切実に思っていたけれど。

 まぁそんな願いは叶わなかったので、結果としてアミーシャはその探索者をダンジョンの中で葬る事にしたのである。


 そうだ。

 そういった感じで手にかけた探索者は何も一人や二人じゃない。

 確かにあの頃に比べれば今の自分は腑抜けていると言われても否定はできないかもしれない。


 けれども。

 それは、仕方のない事なのではあるまいか、とも思うのだ。


 以前はだってそうしないと、折角コツコツ貯めていたダンジョンポイントとかダンジョンパワーとかいうだろうそれらが一瞬で消えてなくなってしまいかねないからこそだ。それでなくともダンジョン管理者としての能力は底辺を這いずっていたアミーシャだ。そういったものがなくなればもっと困るのは玉から聞かされていた言葉でよく理解していた。


 そう、あの頃のアミーシャはどちらかといえば弱者の立場であった。

 勿論ダンジョン管理者としての能力を使って自分より強いだろう探索者を葬る事は可能ではあったけれど、それでも正面から戦えば勝てないだろうなと思える程度には弱い事を自覚していたのだ。

 自分のダンジョンで少しずつ力を溜めていかなければ、できる事は少ないしやりたい事も中々できない。そんな状況であったのだ。


 慎重に、けれども時として大胆に。

 倒せると判断した時点で敵と見定めた相手を仕留める。

 それが、以前のアミーシャであった。


 しかし今はもうダンジョン管理者ですらない。塔の案内人という肩書を得たとはいえ、スタッフゴーレムたちと立場はそこまで変わらない。

 確かに一部のゴーレムたちには反乱を起こされこそすれど、それでもまだまだ他に仲間と呼べるゴーレムはいる。

 それに、アミーシャ時代最大の敵であった存在は今ではこちら側だ。

 どちらかといえばミーシャがこちら側に引き込まれたというところではあるが。


 そう考えると今現在即座に自分を脅かそうとする敵がいない状態だ。

 以前のように一人で何もかもをどうにかしないといけないというわけでもない。

 塔のスタッフとはいえ、塔の店番だとかはゴーレムがいるし、アイテム作りだとか畜産だとか農産だとかで食料を確保するゴーレムたちもいる。武器や防具を作る鍛冶担当のゴーレムだって。


 例えゴーレムたちが何体か使えない状態になってしまっても、これが完全消滅であればまだしも形が残っていて核もあるのなら、時間はかかるが塔から得られるエネルギーで直らないわけじゃない。


 自分がピンチに陥ったとしても、逃げて助けを求めればゴーレムたちの援助が期待できる。

 現状自分たちを脅かせるだけの実力を持つだろう探索者もいないようだし、つまるところそれは――外敵も天敵と呼べるものもいない動物のようなもの。

 敵がいるならもちろん弱肉強食の世界を生きるために警戒心だって持つだろうけれど、そういったものがいなければ無駄に気を張るだけ。そんな心配がないのならそれこそすくすくのびのびと育つだけだ。


 実力的に脅威であるクロムたちだって敵ではない。

 であれば、そりゃあ危機感がどうとか言われてもな……と思ってしまうのだ。


「あの、もしかしてあの話してなかったりしませんか?」

「ん? あの話……あ」


 こそっと耳打ちするようにゴーシュがクロムに話しかけ、クロムはその言葉で何かに思い至ったらしい。


「もし知らないのなら、危機感ゼロでも仕方ないのでは?」

「や、あー、あ、言われてみればそうかァ……?」


 まぁ、ゆっくりとであってもそこそこ戦えるようになればいいじゃない、とはミーシャだって思わないわけでもない。だが何故だろうか。途端に不穏な空気が漂い始めて、ついでにイヤな予感もする。


 事実、その予感は当たっていた。

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