裏側を知らなければそんなもの
ステラたちが新たなスタッフを連れて帰ってきた日、そして塔で反乱が起きた日から数日後。
異変は突然だった。
そもそもそんなイベントが発生していた事など探索者たちからすれば知らない事であったし、そういう意味では突然であるというのはまぁそりゃそうだろうけれども、といった感じではあったのだが。
塔の中にいた探索者たちからすれば何の問題もなかったが、塔の外、スクリーンを見ていた者たちからすればそれは突然の出来事であった。
空を暗雲が覆い、一気に暗くなる。
今にも大雨が降りそうな気配に、外で見物していた探索者たちは多少騒めきはしたものの、まだ雨が降ったわけでもない。あまりにも強く降るようであれば塔の中に入るつもりの者や、転移装置で自分たちの拠点へと帰るつもりの者、実に様々存在していたが、雨は降らなかった。
かわりに一気に視界を覆う程の闇が広がる。
「なっ、なんだぁ!?」
「どういう事だこれっ!?」
そんな感じで何が起きたのかわからない、といった声があちこちで上がる。
慌てて動こうとした者同士でぶつかったのか「いてぇ!?」「うわっ」とかいう声もそこらで聞こえたが、声は聞こえどもその声を発した人の姿は一切見えない。
目を開いているはずなのに何も見えない程の闇。目を閉じているといわれれば信じてしまいそうなくらいに真っ暗な視界。けれども目を開いているのは確実にわかっている。何度か瞬いてみたが、目を開けても閉じてもどっちにしても真っ暗闇である事に変わりはなかった。
下手に動いても危険だと判断したものたちはこれが一体なんであるのか、危険はあるのか、動かずにとにかく周囲の気配を探っていた。最悪の展開を想像した者たちは何かあった時に武器をすぐに使えるようにと手を武器に触れさせておく。とはいえ、今はまだ武器を振り回すつもりはない。何せあまりにも暗く、何も見えない状態だ。下手に今のうちから武器を振り回せば近くにいるだろう仲間に当たる。
探索者たちの中で想像した最悪の展開は、この場所に魔物が解き放たれるというものだ。
本来のダンジョンであれば、町や村といった外にある人里部分に魔物が出る事はない。けれども、この塔はそもそもそういった人里が存在していない。むしろ塔の中はダンジョンであるが、この外部分もまたダンジョンに該当する、と言われれば否定はできない。
転移装置のある階層に魔物は出ないと考えられるが、例外が存在しないと言い切れるはずもなく。
今にも自分の周囲に魔物が闊歩しているのではないか、という想像は消える事がない。
実際に真っ暗闇の状態であったのはそう長くもない時間だろうけれども、それでも随分と長い事のように感じられた。
最初は何が起きたのかわからず騒いでいた者たちも、徐々に声を出さずにじっと周囲の気配を窺っている。
それはそうだろう。もし、もし自分が想像したように魔物がこの辺りをうろつくような事になっていれば、下手に声を出せば自分の居場所を知らせるようなものだ。
しんと静まり返って数秒。次に聞こえる音は誰かが襲われた時のものかもしれないし、自分が襲われた時に出る声かもしれない。
そんな風に思いながらも神経を張り詰め周囲の気配を窺っていた探索者たちであったが――
暗闇は、特に何事もなく晴れた。
月のない夜、それも星もろくに瞬かないような完全なる闇のような漆黒が晴れ渡る。先程塔周辺の空を覆っていた暗雲も今は綺麗になくなっている。
周囲を見回せば、自分と同じように何かがあった時にすぐさま武器を使えるように、と身構えていた者たちがそこかしこにいる。
一見すれば暗くなる前とそう変わりはない……ように思えた。
「なんだぁ!?」
しかしすぐに変化に気付いた者たちが声を上げる。
いや、むしろ気付かない方がどうかしていると言えるだろう。
塔があるこの島は、そう広くはなかった。
転移装置が初めて塔へ行き先を標した時にやってきた探索者たちがそれこそ塔の外をくまなく調べたのだ。結果として塔とその横にあるスクリーン、そして各国へとつながる転移装置。
それくらいしかなかったはずなのだ。
しかし暗くなる前と今とでは明らかに違った。
まず、土地が広くなっていた。
塔はある。その横にスクリーンも存在している。だからこそ自分たちが知らぬ間に塔以外の土地に転移させられた、という事ではないのは確かだ。
だが、変わっていないのはそこだけで、それ以外はガラリと変わっていた。
まず、転移装置の位置がいくつか移動している。どちらかといえば塔からやや離れているので遠くなっているが、その分塔周辺のあいた場所には更にいくつかのスクリーンが設置され、複数の探索者たちが映し出されている。塔の外でスクリーンを眺めている探索者たちが集まると、ほぼ一か所に人が集中するので場合によっては狭苦しい思いをする事になっていたが、いくつかの場所にスクリーンが設置された事で人が分散するだろう事は確かだ。
塔の横のスクリーンは見上げなければいけない高さではあるが、新たに追加されたスクリーンはやや小さめのもので高さもそこまでではない。ただ、音声はそこまで大きく聞こえるわけではないらしく、そちらの様子が知りたければある程度近づくしかないだろう。最初から存在していた塔横のスクリーンから聞こえる音はそれなりに大きいので、もし同時にいくつかのスクリーンで騒ぎになるような事態があれば随分と騒々しい事になりそうだ。
島の端っこに無造作に並べられていただけの転移装置も雨除けらしきものが追加されている。そういやこの島で雨が降った事は今の所ないように思えるが、やはりああいったものが追加されたとなれば降らないわけではないのだろう。
土地の気候的に冬になっても雪が積もったりもしなかったが、これから先もずっとそうだとは限らない。
広くなった、という事だけでも充分に驚くが、気付けば屋台が並んでいた。いつの間に、と誰かが呟いた声が聞こえる。
中盤階層で休憩所を担当しているような少女の姿をしたゴーレムたちがその屋台をやっているようだ。
いらっしゃいませーという客寄せの声がゴーレムたちから発せられる。
屋台の近くにいた探索者たちが何を売っているのかと聞けば、焼き鳥をはじめとした串焼きや焼きそば、お好み焼き、ベビーカステラといったどこの縁日の屋台ですか? といったものからジュースやお酒といった飲料関係。ついでにポーションなどのダンジョン探索にかかせないお薬一覧、といったものであった。
食べ物に関してはまぁ、スクリーンを眺めてる連中からすればあって困るものじゃない。むしろ見てる途中で小腹が空いたな、と思う事もあるし。ダンジョン内部の転移機能を利用して休憩所で売ってる食事をテイクアウトして外で食べる事も可能ではあるけれど、それすら面倒な場合がある。今いいところなんだ、そんな状態で席を外すとかできるわけないだろう!? みたいな事だってたまにあるのだ。
そんな時に屋台がすぐ近くにあれば、便利ではある。
しかし薬に関してはここで屋台として営業する意味があるのだろうか? と思える。
何せ塔の中に入ればすぐに店があるのだ。
塔の中と外とで値段が違うわけでもない。わざわざここで買わなくても、中に入ってから買えば済む話だ。
いや……探索者以外の奴ならここで買えるってのは便利かもしれないな、と探索者のうち何名かはそんな事を考えていた。
スクリーンを見物しているのは今ではもう探索者だけではない。流石に一日中ずっと、というわけではないが、探索者たちの姿を見にやってくる探索者以外の者もいるのだ。
それはかつて探索者をやっていたが今は引退した者だとか、探索者に憧れを抱いている者だとか、ちょっとした空き時間に見に来る者は塔が開放されてから最初の頃はともかく、今ではそれなりに増えつつある。
そういった者たち相手であれば、売れなくもない、とは思う。
探索者として実力があるわけでもない一般人もここには見物に来る。薬は塔の中に入らなければ買えない、となるとちょっと必要な薬があったとして、そのためだけに塔の中に入らなければならない。いかんせんここの道具屋は品ぞろえがそこらの村などと比べるとかなり良い方だ。場所によっては扱ってない薬もここでは売られている。
例えば村の薬師が病気にかかって唯一の薬の作り手が使い物にならなくなった、とかそういった時に他所の町などで薬を購入しに……なんて事がないわけじゃない。
最低限ポーションと毒消しくらいしか扱ってない店だって小さな村だとそれが普通だったりする事もある。その村のダンジョンが初心者向けであるならば尚更。そういったところで他の薬を必要としても、急には用意できないなんて事も勿論ある。
そういった、ちょっとうちの村品ぞろえが悪くてねぇ……なんて者からすればここの屋台で売ってる薬の豊富さは有難いかもしれない。探索者からすれば王都やちょっと大きな街の店と品ぞろえはそう変わらないのでありがたみは薄い。
少女ゴーレムたちの設営している屋台はたった今準備を始めたばかり、といった感じなので焼き鳥はまだ焼けていないし他の食料も似たようなものだ。けれども、てきぱきと行われる準備によりたちまち香ばしい匂いが周囲を漂い始める。
「イラッシャイマセー、焼きたてですよいかかですかー」
ゴーレムだとわかっていても見た目は少女。そんな少女がにっこり笑いながら言うそれらに、数名の探索者たちは思わず財布の紐を緩めたのである。
――プリエール王国があった大陸が消滅した事実に気付いている者は少ない。
そもそも移動は転移装置。そして現状転移装置でプリエール王国があった大陸へは行けなくなっている。パルシア王国はプリエール王国にやや近い位置にあるが、それでも彼らがすぐさま気付けるかというとそれも難しい話だった。
遠くの方に薄っすらと大陸が見えない事もないな……といった場所から毎日大陸を確認するでもない。例えば転移装置以外の移動手段も普段から利用されていて、船などでこちらの大陸との行き来が可能である、とかであれば灯台だとかを建てて船が来るかどうかを確認したりしたかもしれないが、そういったものもない。
例えばお互いの国で戦争でもやっていたなら、それこそ船で攻め入る可能性もあるのでそうであれば確認を怠るなんて事はないかもしれないが、移動手段は基本的に転移装置だ。
何となく海を眺めて遠くの方に大陸っぽいのが見えるなー、というのを特に何を思うでもなくただの景色を眺めるだけの行為として実行する者なんて、数えるほどもいない。
時折散歩に訪れる老人が海を眺めたりするかもしれないが、精々がその程度。そして老人が最近向こうの大陸見えなくなったんじゃよ、とか言われても老眼じゃないかな? で済ませられてしまうわけで。
だからこそ、プリエール王国があった大陸がごっそり消滅したという事実は意外にも知られていなかった。
もし知っていたならもっと大きなニュースにでもなっていた事だろう。
大陸の一部は塔周辺の土地へと転換された。
とはいえプリエール王国があった大陸全てを塔周辺の土地にしたわけじゃない。
流石にそこまで土地を広げてしまうとそれこそ塔周辺に勝手に集落とか作られそうだし、そうなるとプリエール王国が滅んだとはいえ、またこの塔の土地を狙って他の国が権利を主張する可能性も出てくる。
今すぐ、とはならなくても下手すれば数十年後か数百年後くらいにここに町作ったのうちの国の連中だしここはうちの国です、とか言い出す輩が出ないとも限らない。
だからこそギリギリ集落のようなものを作れるような広さまではいかなかった。
精々がちょっと広げたあたりで他にスクリーン増やして見物できる箇所を増やしたに過ぎない。
他の部分は塔のスタッフルーム側へと回された。
プリエール王国があった大陸に存在していた動植物などが押収されて、現在では塔の裏側、探索者が訪れる事のない場所に吸収されている。
大陸を吸収とかちょっとスケール大きすぎてついていけないな、とキールやアズリアは思っていたし、後から話を聞いたアゲートたちも同じような反応であった。
塔の外がちょっと広くなった事で、反乱を起こしたゴーレムたちは外に追いやられた。
流石にスクラップ処分にするのもな……ともったいない精神を発揮させたわけでもないが、破壊してまた新たに追加で別のゴーレムを作るとなると、それはそれで面倒とステラが言い張ったからだ。
反乱起こした時点でどう足掻いてもやらかした奴が悪い、となったが、しかしゴーレムの人格形成上そうなるだろうな、とも思われていたのだ。
彼女たちの性格やらを決めてこういう風に振舞え、と設定してあれこれ指導していた魔術師は既に塔を出ていってしまったが、その魔術師の趣味で見た目はさておき中身は反骨精神のあるちょっとやんちゃでお転婆なキャラ設定が反乱を起こす事を後押ししてしまったに過ぎない。
ギャップ萌えとは時として絶大な効果を誇るものでもあるが、この少女ゴーレムたちに関しては悪い方に進んでしまった結果と言えるだろう。
最初から反乱を起こすつもりがあったわけでもなく、己に与えられたキャラに忠実に……とやっていった結果がこうなってしまった、というのもある程度の聞き取りから判断された事だ。
ゴーレムは基本に忠実にしていたに過ぎない。まぁその忠実さが今回は裏目に出たわけだが。
性格設定だとかそこら辺に関して文句を言おうにも、既にそれらを設定した魔術師たちは塔を出ているしわざわざこちらが彼らの所へ行って文句をつけるほどでもない。
プログラムとしてそうなってしまった、といえばどうしようもない感じではあるが、だからといって無罪放免というわけにもいかない。
結果として彼女らは塔の外で屋台を営む事となった。
屋台での売り上げが一億オウロになるまで塔の中のお仕事禁止。
言葉にすればあっさりしたものではあるが、金額が金額なのでそう簡単に終わるものでもない。
屋台でもヤクトリングを売る事が許されていれば多少は先が見込めたかもしれないが、屋台で売る物はほとんどがちょっとした食料だ。一日の売り上げもたかが知れている。
何年……何十年、下手をすれば何百年かかるかもわからない。
塔の外にしかいられないというだけならそこまで重い罰、というわけでもなさそうだが、エネルギー供給は若干落ちる。塔の中のゴーレムと比べてパワーダウンは確実であった。
毎日必死に売りつけて、一刻も早く目標金額に達成させるしか彼女らにできる事はない。
とはいえ、この塔に探索者が来る限り、望みがないわけではないのでまだ救いがあると言えるだろう。
よく言えば向上心の高い――悪く言えば反骨精神しかない、そんな少女ゴーレムたちは、こうして屋台での売り上げを競う事になったのである。
そう、全員で一億オウロであればまだしも、一体一億オウロの稼ぎである。
その判決を下したステラに対して、少女ゴーレムたちはまるで悪魔でも見たような顔をしていたが……
まぁ、そんな事は探索者たちの知る事ではなかったのである。
事情を知らない彼らは、素直に屋台の存在を喜んだ。