表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界からの勇者召喚 失敗!  作者: 猫宮蒼
三章 ゲームでいうところの本編そっちのけでやりこみ始めるミニゲーム
146/232

未知なる痛み



「ぅ、あ、ぅ……えぇ……!?」


 何が起きたのかわからない。

 彼女の脳は、状況を把握するだけでも精一杯であった。


 塔の実権を握っているとも言えるステラとルクス。

 この二人が揃って出かけるという事もあって、今がチャンスだと思っていた。

 今のうちにこの塔の実権を握ってさえしまえば、あとはどうにでもなると思っていた。

 だからこそ、事前にこの考えに共感してくれた者たちを集って実行に移したのだ。


 仮初とも言えるこの塔での責任者のような立場にいるミーシャも、実力は自分たちと大差ないと判断していたし、更には彼女が元はただの人間であるという事も知識として知ってはいた。であれば、自分たちにはかつてダンジョンの中で探索者と戦っていたゴーレムとしての記録も持ち合わせているし、勝てない相手ではないとも。

 事実ミーシャは最初こそこちらに攻撃を仕掛けたりしていたようだけれど、それらを回避し逆にこちらが攻撃を叩き込めばやがては防戦一方、今では完全にやられるだけに成り下がっていた。


 こんなのを上の立場にしているだなんて、なんという怠慢か!


 そう思ったのも確かだ。

 ダンジョンで、弱者が強者の上に立とうだなんて思い上がりも甚だしい!

 少女の中の憤りは外にも漏れ出ていたのかもしれない。ミーシャを嬲る手足に更に力が入るのを感じていた。けれどもミーシャも中々に頑丈なようで、ちょっとやそっとじゃ壊れてくれそうにもない。もっと早いうちに泣いて命乞いをするだろうと思っていたのに……いや、いい。いずれ立場を逆転させさえすれば、こいつの頑丈さは丁度いいサンドバッグになる。戦う気概も少ないこいつが、一度落ちた立場から再びのし上がるなんて無理だろう。

 あぁ、これから先惨めったらしく生きていけばいい――!


 そう思いながらも、ミーシャを完全に屈服させるべく叩きのめしていたところだったのに。


 一体何が起きたというのだろうか。


 他の仲間たちは足止めと称してもう一人、こちらの方がより脅威だろう相手でもあるクロムの相手をしていたはずだ。

 自分たちを作ったステラ曰く、自分たちはクロムであれば倒せる程度の実力、と言われていた。

 一対一であれば負ける可能性は圧倒的に高いが、数でおせばそのクロムとて倒せるかもしれない。そう考えて。


 だが、気付いた時にはすべてが遅かった。


 倒れている。――誰が? 勿論、今回の件に賛同してくれた仲間たちがだ。

 一体どうして? わからない。


 少し離れた所に無傷のまま立っているクロムが仲間たちをどうにかした、というのはわかる。

 けれど、どうにかした、というその手段がわからない。何だ。何をした? 何をしたのかわからないのであれば、次に同じ事があっても対処できないではないか。

 倒れた仲間たちは原型を留めてはいる。破壊されてはいない。けれど、動く様子はない。動かないのか、動けないのか、それすらも判断がつかない。


 近づいて彼女たちの様子を確認できれば少しはわかる事もあるかもしれない。けれど――


「さて、残るはあんただけだな」


 クロムの視線がこちらを捉える。


 マズイ――と思った。

 何がマズイのかもわからないが、自分の内側で警鐘が鳴り響いたのは間違いない。一瞬、ほんの一瞬で仲間たちを戦闘不能にしたクロムの意識がこちらに向けられている。

 先程までは複数の仲間たちに向いていた意識が一点集中してこちらに向けられている――!!


 自分たちの実力は大体同じようなものだ。

 先程まで九体のゴーレムを相手にしていた奴が、今度はたった一体のゴーレムに意識を向ける。

 マズイ。

 逃げられない。

 いや、逃げてどうする?

 逃げるったってどこに……!?


 脳内で瞬時に色々な事が浮かぶも、現状を打破できるようなものは何も浮かんでこない。

 ミーシャだけならどうにでもできる。けれどクロムは。

 クロムをどうにかできる気がまるでしない。自分と全く同じではなくとも、自分と全く同じだけの実力を持つ者を相手にしていたのだ。それも九体。それでもこちらは手も足も出なかったではないか。


 それなりに優秀な頭脳がこれから先の展開を瞬時に思い浮かべる。


 スクラップ。


 たった五文字。それが、これから先自分に起こり得る可能性であり未来であった。


 ギュイ、と自分の中が軋むような感覚に陥る。コアがまるで悲鳴を上げたかのようだが、別に音は外に漏れてなどいない。

 クロムはじっとこちらを見ている。

 こちらの足下で倒れたままのミーシャにも一度ちらっと視線を向けたけど、そこには何の感情も浮かんではいなかった。どうでもいい、と確かにその目は物語っていた。


 仲間をやられて怒っている、というのであればまだわかりやすかった。

 かつて、まだ自分がこの塔ではなく廃墟都市ルスティルのダンジョンでただのゴーレムであった頃、訪れた探索者の仲間がやられた時と同じ反応をしてくれさえすれば、まだわかりやすかった。

 仲間をやられたという怒り。それによって確かに攻撃力は増すかもしれない。けれども同時に冷静さを欠く事にもなり得る。冷静さを失った結果生じる隙を突けば、呆気ない程簡単に勝敗はつく。


 けれどもクロムにはそれがない。今からミーシャを更にもっと痛めつけたとして、はたしてクロムから怒りという感情を引き出せるかどうかもわからない。

 それに、ミーシャに手を出そうとした時点でこちらの意識はクロムから若干逸れる。それはこちらの隙となる。マズイ。それは悪手にしか思えない。

 けれど、改めて自分がクロムと向き合って戦うにしても、勝ち目など無いに等しい。

 勝てる見込みがあったなら、それはまず先程の仲間たちの時点であったという事だ。自分と同じ実力の者が九体。自分九人分。

 自分一人と自分九人分。単純に考えればどちらが有利かわかりきっている。


 何をどうするべきか――考える時間はそう多くない。短いそれこそほんの一瞬の時間で、ふ、と視界が捉えたのは彼らと一緒についてきた魔術師たちだ。

 自分たちが人としてより近づくための表現方法を教え込んでくれた師であり親のようなもの。作成者であるステラとはまた違う、けれども似たような存在。


 これだ、と思った。

 これしかない、とも思った。


 足下で倒れているミーシャも、少し離れた位置にいてこちらを見ているクロムも、どうでもよかった。

 意識が逸れたとして、それでもあの人間たちを使えばこの場を切り抜けられるはず――!!


「え、うわっ!?」

「あちゃー、こっちに狙いつけやがったよ」

 モリオンとアゲートの上げた声や言葉の内容はどうでもよかった。

 今更こちらに対して助けを求める言葉であればそれは聞くつもりもなかったし、それ以外の言葉もどうでもよいものであったから。


 彼らを人質にすれば、少なくともクロムはこちらに手出しをできない。


 そう、思っていたしいくら彼が素早く動けたとしても、今から自分に追いつくのは無理だろう。切り抜けられる。この状況を。回避できる。負けるだけの未来を。


 ――そう、残されたゴーレムは信じて疑ってすらいなかった。


 ごっ。


「え――?」


 手を伸ばし、近くにいた魔術師を一人まずは捕えよう――と思っていたが、その手が何かを掴むより早く、鈍い音が響いた。

 同時に視界が黒く染まる。


 ゴーレムには何があったのかをすぐに判断できなかった。


 一瞬の間。


「ぎ……ぎぁ、ああああああああああああッ!?」


 痛みは遅れてやってきた。


 おかしい。何で。

 ゴーレムである自分たちに痛みを感じるものなんてあるはずがないのに。

 けれど、目の前が黒く染まったり赤くなるような、チカチカした状態で感じているのは紛う事なく痛みであった。ゴーレムにそんな痛覚を感じる器官はないはずなのに、それでもこれを痛みと認識できていた。

 立っていられない。倒れて、背中を床につけてごろごろと転がって呻いて、どうにかこの痛みから逃れようと藻掻いてみたが、痛みはおさまる様子もない。

 なんで? どうして? 何が起きた??


 状況を把握して次の展開に備えなければ危険だとは思うのに、冷静に考える事ができない。

 意識が沈みそうになるたびに視界は黒くなるし、けれど痛みで次の瞬間には意識を引き上げられる。目の前が赤くなったり黒くなったり時として白く染まったりと大変忙しい。視覚に明らかな異常が出ている、とわかってはいるものの、ではどうするべきなのかもわからない。

 基本的に頑丈な作りであるゴーレムだ。

 そこらの探索者がどうにかできるようなものではない、と言われていたし、実際傷を負うような事もなかった。

 以前以上に強いボディ。見た目は貧弱そのものだが、反面能力は素晴らしいものだった。

 だからこそ、この身体がそう簡単に壊れるはずもない。

 そう信じて疑っていなかったというのに、それはたった今あっさりと覆されてしまった。


 痛みを感じなければ、この程度の損傷で藻掻く必要なんてどこにもなかった。けれどもこの痛みというのがとても厄介なもので。どうすれば、どうすれば和らぐのかもわからない。

 人間の探索者は怪我をすればポーションなどを飲んでいたが、生憎ここにポーションはない。それ以前にゴーレムである自分がポーションを飲んだからとて、果たして効果があるものなのかどうかもわからない。


 ごろごろと床をのたうち回って、けれどもそれもやがて動きが止まる。

 動けなくなったというわけでもない。今も痛みは継続している。だが――まるでエネルギー供給が突然少なくなってしまったかのように動けなくなる。

 人間でいうところの体力が切れた、という状態であるのだが、生憎とこのゴーレムにはそれすら理解できていなかった。


「わ、わぁ、ベラクルス、もしかしてそれって」

「あぁ、以前作ってもらったやつだよ。念の為持っていて正解だったよね」


 痛みを感じる部分を手で覆ってこれ以上追撃で何かを食らわぬようにしていたゴーレムの頭上から、声が降る。それはモリオンとベラクルスのものであった。

 どうにか無事である片方の目で二人の様子を確認しようとしたものの、塔の照明が眩しくて二人の姿は逆光でシルエット程度でしか判別できない。けれども、ベラクルスがその手に何かを持っているのは理解できた。

 なんだ……? と思いながらそれに注視しようとしたが、意識をそちらに集中させようとすれば痛みがそれを邪魔するように自己主張を始めるせいで上手くいかない。


 だからこそ、このゴーレムはそれが何であるのかを理解できなかった。


 それはかつて、廃墟都市ルスティルのダンジョンにはゴーレムしか出ないという事もあってステラが作ったゴーレムに対して絶大な威力を誇るとも言われていたゴーレム特化型武器・モーニングスター。

 凄まじい勢いでこちらに突っ込んできたゴーレムを見て、ベラクルスは何を考えるでもなく速やかにその武器を取り出して振り下ろしただけに過ぎない。

 当てようと思ってタイミングをはかろうものなら、恐らくは先にこちらが人質にでもなっていたかもしれないが、一直線に突っ込んでくる相手だ。とりあえず振り下ろして外れたら次に振り上げればどうにでもなる――そう考えてベラクルスは実行したに過ぎない。


 いくら見た目が少女の姿形をしていようとも、ゴーレムである事に変わりはない。

 であれば。


 当然この少女型ゴーレムたちにもその効果は発揮される。


 このゴーレムたちの敗因は、かつて、ルスティルのダンジョンでゴーレムであった記録がありながらもその特化武器の存在を把握できていなかった、これに尽きる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ