それは単純に経験の差
「あーっはっはっはっは! 今日、たった今よりこの塔は我らが支配するのデス!」
なんて高らかにのたまっていたゴーレムは、一見するとお淑やかそうに見える少女型ゴーレムであった。
だがしかしその口調はお淑やかとは反対にどこまでも尊大なものだった。
彼女の取り巻きです、と言わんばかりに数体の少女型ゴーレムがいるけれど、まぁなんていうか……
「おら行ってこいミーシャ」
「あっ、はい。拒否権とかないですもんね、行ってきまーす……」
塔の中。探索者たちが立ち入る事のないエリア。スタッフルームゾーン。
バックヤードとかバックルームとか呼ばれる事もあるそこで、少女ゴーレムたちは我らが天下とばかりに振舞っていたが……反乱を起こしたという事実は既に知れ渡っているし、他のゴーレムたちは自分たちの持ち場を離れられないモノは業務に徹している。そうでないものたちは現状本来その少女ゴーレムたちがするべき仕事を引き受けて所謂尻拭い真っ最中であった。
他に手の空いているゴーレムがいないわけでもないのだが、そちらは傍観の構えであった。
面白半分で見ている、というよりは下手に動いて被害を拡大させないため、といった具合だ。
そこにやってきたミーシャはクロムに言われるままに真正面から突っ込んでいく。
「はっ、のこのこやってきましたねミーシャ! あんたの天下も今日でおしまいよっ!」
「いつあたしの天下だったっていうのよっ!?」
まるでミーシャがこの塔を自由にしているかのような言われようだが、実際そんな事は何もない。
どちらかといえばどこか一か所だけの仕事を引き受けているゴーレムたちと違って全体的に手伝う事もあるのでむしろ範囲がとても広い雑用係もいいところである。
そんなクソ面倒な事をやりたいっていうなら止めはしないが、それでこの塔の実権を握っていると思われるのは何だかとっても癪であった。
肩書は確かに塔の案内人、となんていうかこう……支配人的な雰囲気を漂わせているけれど、実際に案内をしているかというと微妙なところだ。別にダンジョンの中を丁寧に探索者引き連れて案内する事はない。ただ、何かあった時に率先して人前に出ないといけない立場というだけで。
少女ゴーレムが放ったビームをギリギリで回避して、ミーシャは勢いを殺す事なく接近する。そうして間合いに入った時点でその拳を遠慮なく少女ゴーレムへとめり込ませようとしたが……紙一重で回避された。思わず舌打ちが漏れる。
少女ゴーレムの耐久度は把握しているので、適当な武器では傷をつける事などできない。一応かすり傷くらいはつけられるかもしれないが、致命傷には至らないしそこまでやろうとした場合間違いなく武器が先に壊れかねない。
ミーシャ自身、彼女も人類卒業したようなものなのでむしろ下手な武器を手に攻撃するより直接殴り掛かった方が……と思っての行動だったが思った以上に攻撃があたらない。
そもそも少女型ゴーレム、見た目はそれなりに小柄なのだ。要するにマトが小さい。
本来のダンジョンに出るようなゴーレムであれば攻撃を外す方が難しいが、通常のゴーレムと比べると明らかに小さいゴーレム、それも動きが素早いとなれば攻撃を当てるのが難しくても仕方がない。
しかし……
「くっ、このっ……!」
「あっはははは、あたるわけないじゃない! ほぉらっ!」
「ぅぐっ……!?」
なんというか一方的であった。
ミーシャの攻撃はギリギリで回避されるが、少女ゴーレムの攻撃は最初こそミーシャも回避できていたが今では命中する回数の方が増えつつある。蹴りを叩き込まれ、その身体は自分の意思とは裏腹に吹っ飛んで――壁に激突する。
「か、はっ……」
ただの人間であった頃なら今の一撃で多分背骨と肋骨が折れてるな……と思えるくらいに重たい一撃。それがとりあえず呼吸が一瞬止まる程度で済んだ。とはいえ、素直に喜べるようなものでもない。
「うーん、動きがなってねぇ」
この時点で割と一方的にやられつつあるミーシャを見て、クロムはそんな事をのたまっていた。
アミーシャだった時に短剣手にしてベルナドットと戦ってた時はもう少しマシに見えていたような気もするのだが……これはあれか、自分の力を上手く使いこなせていないのかもしれないな、なんてクロムは思っていた。
それなりにアミーシャと似た体格にしてはいるけれど、それでも今までのアミーシャの身体ではない。
若干の、それこそ本人でも理解しきれない微妙な差異があるのだろう。
日常生活をする分には問題がなくとも、実力が似たり寄ったりの相手と戦うとなればそれは大きな問題となって表れる。
その結果が――今だと言われればクロムからすればまぁ当然だなとしか言いようがない。
仕方ねぇ、加勢すっか。
なんて思って一歩踏み出せば、自分を取り囲むようにして取り巻きだった少女ゴーレムたちが、
「邪魔はさせませんよ!」
「どうしても行くというのならワレラを倒してからいくノです!」
クロムの行く手を阻むように襲い掛かってきた。
「あ、わわわ、大丈夫でしょうか、クロム様」
「あー、まぁ、大丈夫だろ」
「むしろこっちが近づく方が足手まといになりかねないよ、モリオン」
念の為少しばかり離れた場所で彼らを見守っていた三名の魔術師たちであったが、ミーシャは苦戦しているしクロムもあれだけの数のゴーレムを相手にするとなれば厳しいだろう。
思っていた以上に不利な状況にモリオンが助けに行くべきだろうか、と言わんばかりの様子であったが、アゲートとベラクルスがどうにか止める。
どう考えても明らかに足手まといにしかならないからだ。
むしろこちらに狙いを定められた時点で危険なのはこっちだ。
それに、もしこちらに狙いを定められた挙句人質のような扱いをされた場合、正直どうなるかまったく予想がつかない。
人質であるこちらの安全をどうにかしようとしてくれるならまだしも、クロムとミーシャがそれを配慮してくれるか……と考えるとなんだかとても不安しかない。
これがアズリアやキールであったなら、恐らくは助けようとしてくれるだろうな、と思うし口にも出せるのだ。しかし相手はクロムとミーシャ。
こちらの命を大事に扱ってくれるか、となるとちょっと「大丈夫!」と断言はできなかった。
「あの、でも」
「一体何を気にしている、モリオン」
アゲートの問いに、モリオンはちらちらと視線をクロムたちとこちらに忙しなく往復させながら、
「でも前に、その、言ってたじゃないですか。ゴーレムって大体クロム様で倒せるレベル、って。それってつまり……あのゴーレムたちクロム様と実力的に近いって事ですよね。一体ならまだしも複数いるのであれば、クロム様一人じゃ倒すの厳しいんじゃ……」
徐々に言葉が尻すぼみになりつつも言う。
言われて確かに……とアゲートとベラクルスも思い出した。
探索者がゴーレム相手に挑もうとして即殺されていたけれど、確かにその時にそんな事を言っていたような気はする。一応倒せる、けれどそれはクロムと同等の実力があってかろうじて、という状態でだ。
そしてその時にそれってほぼ全ての探索者には無理なんじゃ……と思ったのも覚えている。
何せクロムは異世界の魔王だ。
思い返せばもうすっかり前の話だけれど、彼らを召喚した時にクロムにボコボコにされた事だって覚えている。あれだって相当手加減されていたとわかっているけれど、そもそも彼の本気の実力などわかりようもない。
けれども強いという事だけは理解できている。そしてその彼ならばゴーレムを相手に倒せるのだと聞いた時、アゲートは「あ、大半の探索者死んだな」と思ったし、ベラクルスも「この塔を普通の人が攻略するとなると一体どれくらいの世代交代が必要になるのだろう」なんて思った。
少なくとも今いる探索者たちが頂上まで行く事は不可能だろうとは理解したのだ。
モリオンはそれよりももっと単純に「なんかすごいなぁ」としか思っていなかったけれど、塔のスタッフゴーレムたちを相手にしようとは間違っても思わなかった。具体的にどれくらいの実力があるとまではわからなくとも、クロムの実力をもってしてゴーレムに勝てる、と言われた時点でお試しでも挑もうなんて思うはずもない。
そもそも一番最初の階層、まだダンジョンにもなってない塔に入った直後のフロアにいるゴーレムですら「よし殺そう!」となった時点で人間をジュッ、で終わらせられるのだ。
殺そうと思われる前に魔術で攻撃するにしても、それでも一撃で屠るくらいしなければモリオンに勝ち目がないのは言われなくてもわかりきっている事だった。
塔のスタッフゴーレムたちの攻撃力の高さはよく知っている。その気になったら人間なんて一撃だし、下手したらもっと強い威力の攻撃も可能だ。
けれどゴーレムたちの強さはそれだけではない。
防御力だって凄いのだ。
スクリーンに映し出されたかどうかは定かではないが、記録映像にはゴーレムに懲りもせず攻撃を仕掛けた者の一部始終も残されている。
真正面から挑むのではなく、ちょっと隙をついて背後に回って武器でグサッ! とやろうとした探索者もいたけれど、直後にパキンと澄んだ音をたてて武器――剣は折れてしまっていた。そして直後にやっぱりジュッ、で終了である。
その時の探索者の武器がしょぼいとかそういうわけではない。武器というのは己の身を守るための物だ。それがしょぼいとか、ダンジョンの中で自分の命を危険に晒す事と同義なので、手入れはきっちりされていて然るべきであるものだ。
確かに伝説級の武器というわけではなかったが、その時の探索者の武器はそれなりにちゃんとしたものであった。けれども、そういった武器であってもゴーレム、それも序盤階層のやつですら通用しないのだ。
中盤階層を担当している少女型ゴーレムたちは攻撃力はさておき防御力に関してはもっと強化されていたはずだし、上の休憩所を担当しているゴーレムたちは基本的に守りに関しては確実に強化されている。
上を担当しているゴーレムが反乱を起こさなくて良かった……と内心で魔術師たちは思っていた。もしそうであったなら、今頃ミーシャはこてんぱんにやられていたに違いない。
いや、今でも結構一方的にボコボコにされているようだけれど。とはいえミーシャもそれなりに頑丈に作られているからか、見た目に酷い怪我はまだ負っていない。
「つーかお前らさァ、なーんか勘違いしてねぇ?」
反乱を起こした首領、と言っていいのかはさておき、ともあれリーダーは現在ミーシャを一方的に叩きのめしている状態だ。
そして残りの少女ゴーレムたちはクロムの足止めをしている。
正直アゲートたちの目では追えない速度で攻撃をしているらしいが、あまりの速さに何をしているのかも定かではないが……クロムには把握できているらしくそれらの攻撃を時に受け止め、時に受け流したりしているようだ。ミーシャのように防戦一方のように見えるが――ミーシャとの違いはまだまだ余裕そうであるという点だろうか。ミーシャは攻撃を受けて、とりあえず受け身をとったりするので精一杯といった感じで攻撃に転じる余裕もなさそうではあるが、クロムは複数体のゴーレムを相手にしているというのに攻撃をマトモに食らうでもなくやり過ごしている。
そんなクロムは後頭部に手をやってボリボリと頭を掻きつつ、ついでに首を軽く動かした。ボキ、という骨の鳴る音がする。
「確かにお前ら相手にするとして、母さんはオレなら勝てる、つってたけどなァ。
それって別にお前らの実力がオレと同等っていう意味じゃねぇんだよなァ……」
えっ、違うの? とモリオンは声に出さずに思ったし、思わず目を見開いていた。
ステラの言い方ではそうとしか聞こえなかったのだが、違うのであればどういう事だったのだろう。
「やり方次第ではベルさんだって勝てるし、ルクス伯父さんだって余裕でお前らを処分できる。確かにお前らはそれなりに強く設定されてるけども、オレの兄弟姉妹たちと比べりゃ雑魚だ」
「なっ!? 随分と大きく出たものだな! 実際手も足も出ないくせに!!」
取り巻きの一人がカッと顔を紅潮させて――そもそもゴーレムにそんな機能いるか? とは思っていたが、まぁこういう状況の時はわかりやすいな、なんてクロムは思いつつそのゴーレムを一瞥した。
怒り、というよりは侮辱された悔しさとかそういう感じだろうか、ともあれ顔を真っ赤にさせて罵ってくるがクロムはどこ吹く風だ。
「手も足も出ない……ねぇ。そんなわけないだろう」
「ベラクルス? それってどういう」
「いいかいモリオン。手も足も出ないっていうのはね、この状況ならミーシャがそれだ。さて、ミーシャと比べてクロムさんは同じ状況かな?」
「あ……!」
一連の光景を見ていて頭ではわかっていたはずなのに、モリオンは言われてようやく理解した。
あの探索者をジュッとさせて一撃で終わらせる攻撃は今の時点でミーシャは食らっていない。というか、恐らくゴーレムたちもあれはやるだけ無駄と理解しているのだろう。耐久度合い的に人間の探索者には効果があっても、ミーシャからすれば確かに痛いだろうけど消滅に至るまでのものではない。
そしてクロムが相手にしているゴーレムたちの方は時折その攻撃を仕掛けている者もいたが、それらはクロムが何らかの魔術で防いでいるためにクロムも無事だ。
あの攻撃はそう簡単に何度も連続してできるものではないのだろう。恐らくは、エネルギー効率的に一撃で終わらせるためのものであって連続攻撃には向いていないのではないだろうか。
いくら塔からエネルギーを供給されるとはいえ、無駄に消費していいものでもないのだろう。だからこそ、クロムと対峙しているゴーレムたちも最初に何度か隙をみつけてあの攻撃を仕掛けたものの不発に終わってしまったが故に、今はやっていない。
「手も足も出ないってーのは、だ」
あまり大きな声で会話しているとうっかりゴーレムたちの矛先がこちらに向けられるのではないか、と思っていたが故に小声で会話していたが、呆れたようなクロムの声音で三人は反射的に口を閉じて視線を改めてそちらへ向けた。パッと見、先程までと何かが変わった様子はない。頭を掻いていたクロムの手が下ろされた、くらいだろうか。
けれどその先は違った。
「えっ?」
モリオンが何が起きたのかわからないとばかりに声を上げたが、それは恐らくゴーレムたちもそうだったのだろう。一瞬。たった一瞬、それこそ瞬きをしたかどうかもわからないくらいの刹那、そんな短い時間の中で、つい先程までそこにいたはずのクロムの姿が消えていた。
「なっ……!?」
「一体どこに……!?」
クロムを取り囲んでいたゴーレムたちもクロムの居場所を把握できていないのか、咄嗟に周囲を見回している。普通の人間と違う構造のゴーレムたちは、音や温度などで周囲に生き物がいるかどうかを判別できる機能もあるはずなのに、それすら機能していないのだろうか。きょろきょろと周囲を見回してクロムを探している。
魔術での転移、だとすればそういった魔力の検知ができているはずだ。モリオンたちは何となく魔力の残滓を感じ取れるかどうか、といった程度だが、ゴーレムたちならハッキリとそれらの気配を察知しているだろう。けれどもそうではないのだ、というのはゴーレムたちの反応から推察できる。
ゴーレムたちですらクロムの居場所を把握できていないのに、アゲートやベラクルス、そしてモリオンの目でクロムの姿を捉えられるはずもない。
消えた……? とばかりにぽかんとしている三人は、離れていたからこそ急に消えたクロムを探すゴーレムたちの様子もよく見えた。
そして次の瞬間――
「っ!?」
「え?」
「なっ!?」
「ぅあ……!?」
そんな小さな声と同時に、ドサドサと音を立ててゴーレムたちが倒れていく。
ミーシャと戦っていた反乱軍リーダー以外のゴーレムたちが全員、なすすべもなく。
「こういう事を言うわけだ」
そして、少し離れた場所にクロム。
何があったのかなんて、離れてみていた三人ですらわからなかった。
けれどもこれだけはわかる。
数が多く不利だと思っていたクロムだが、全くもって不利ですらなかったという事を。
この時点で完全に一方的にミーシャをボコボコにしていたゴーレムも、思わず動きを止めて何が起きたのかと言わんばかりであった。