事前予告があるはずもない
さて、ステラたちが出かけたとはいえ、塔では特に何が変わるわけでもない。
塔そのものの運営は別にステラたちがいなくてもどうにかなるようになっているし、そもそもいつかはステラたちはいなくなる予定だ。そのいなくなる予定の者が急にいなくなったら塔も運営がマトモに行われずにっちもさっちもいかない、なんて事になれば意味がない。
かなり上の階層の休憩所を担当しているゴーレムたちとミーシャがいればあとはどうにかしてくれ、みたいな感じでなるようになる状態になっている。
下の階層のゴーレムたちはなんだかんだ探索者の相手をする事もあるので、そちらにその役目を振れば場合によっては忙しさで大変な事になりそう、という判断のもとだった。
探索者たちのほとんどが塔の中に慣れきってしまえば、最初の方の階層あたりはもしかしたら暇になるかもしれないが、それもまだまだ先の話だろう。
そういうわけで留守番をする事になったも同然なクロムたちであったが、彼らも別段何かをする予定もなければ何かをしなければいけない、といった用事もなかった。
だからこそ、まぁ適当にそこら辺でだらだらするか、とそれぞれが塔の中でくつろぐ予定ではあったのだ。
他の場所に移動するにしても、出かける気力はそもそもないし、行きたい場所というのも特になかったため。
魔術師たちの大半がいなくなってしまった時点で、アズリアは一応拠点にしていたグリオ農村の拠点を引き払っていた。私物でもある書物などはこちらに持ち込ませてもらったものの、そのうち塔を出て行く時にまたこれらを持ち運ばなければならないのかと思うと少しばかり大変である。
ある意味で大半が円満に出て行った魔術師たちではあるが、実の所ここに残るつもりであった者は他にもいた。
ただ、ゴーレムたちに見送られて出て行くしかない状況に追い込まれた、というのが正しい。
何せ彼らの一部はゴーレムたちの見た目や表向きの性格、所作などそれはもうきっちり教え込んでいたくらいだ。理想の娘なのか理想の恋人なのかわからないが、それこそ自分の思うがままのキャラクター作成、とばかりに。
そんな情熱を注ぎこんだ相手がいるダンジョン内からそう簡単に出て行くつもりは元々なかっただろう者はそれなりにいた。
けれどもそんな彼らに対して娘も同然なゴーレムたちが送り出す事となったのだ。
えっ、そもそももうここでするようなお仕事もなくなったし、そりゃ多少はのんびりするのもありだとは思うけど……いつまでもここでごく潰ししてるわけにもいかないんじゃないですか? 人生は有限ですよ? それに……父親面するならせめて頼りがいとかそういうものは身に着けておいてほしいところです。
こっちは塔で永久就職してるとはいえ、まだ老後も迎えていない現役の男を養うとかそれはちょっと……そもそもこちらの性格だとか外見だとかを設定したという点では親に等しいかもしれませんが、実際に作ったのは別にいますし……ね? ステラ様。
そうでしょうそうでしょう、まさかここで働きもせずに世話になりっぱなしでの介護生活をお望みとか……それはどうかと思うんですよねぇ。考えてもみて下さいよ、ごく潰しを父親のようなものです、って紹介する機会はそもそもないと思いますが、もしそういう事があったらそれって……どう思います? 情けなくなりませんか? 胸張って父親名乗るなら、せめて胸張れる状況にしませんか?
そんな事をつらつらと言って、一部彼らの心にとんでもない傷を負わせた。
娘も同然、とはいえ、人間の娘というわけでもなくゴーレムだ。ある程度見た目だとか性格だとか口調だとか所作だとか、そこら辺決めて探索者たちを相手にした時の振舞い方だとか、そういったものを確かに彼らは叩き込んだ。時間と情熱をもってしてそれこそ必死に。
けれども、確かに実際ゴーレムを作ったのはステラで、魔術師たちではない。生み出したという意味では親と呼べるのはステラだ。育ての親、と言えばまぁ魔術師たちも該当するけれど。
ある意味で子育ては成功したと言えるかもしれない。
老後、もしここにやって来るようであれば一部のゴーレムは恐らく面倒をみるつもりではいるらしいし。
けれどもまだまだ現役だという状況下で養うつもりはないらしい。しっかりしている。
というか、見た目幼女にしか見えないゴーレムたちに世話をされるにしても、確かに老人になってからならまだしもまだまだ現役だと言える状態でそれは流石に絵面からして酷いとしか言いようがない。
幼女ゴーレムたちが働いてるというのに彼らは働きもせずぐうたらしていたら、確かになんというか……どうなんだろうという気になる。
見た目幼い娘に働かせて、自分は仕事も何もしない……となれば確かにまぁ、外聞はとても悪い。そもそも外聞として伝わるかどうかも微妙な話ではあるが。
けれども現実問題として第三者目線で考えてみて? と言われて実際に考えてしまえば、確かにないなと思えるものだった。
塔を出ていった魔術師たちの中には涙を流し泣く泣く出て行った者もいるにはいるが、まぁ、それは仕方のない話なのではないかな、と思えるものだ。
血を分けた実の家族であればまだしも、育てた期間は大体三か月、では育ててやった恩をどうこう言える義理もない。
魔術師たちが他の探索者たちと共に塔へ来たとしても、娘であるゴーレムたちは身内だからサービスするとかそういう事もしないだろうとは育てた魔術師たちが一番理解している。そもそもゴーレムに人間と同じ感覚が備わるかとなればまた別の話だ。ある程度は理解できるかもしれないが、完全にヒトと同じとなるはずもない。
人間寄りの思考ができたとしても、それだけだ。
大半の魔術師たちはそういうわけでこのままずるずると塔にいるよりは、と娘に送り出されたも同然であった。普通、逆では? と思わなくもないのだが。
ともあれ、塔は既に大半ゴーレムたちに任せっぱなしでも問題はない。ステラたちはいずれ来る迎えのためにここに居るけれど、それ以外はいずれ出て行く事になっているというのはゴーレムたちも理解はしていた。
作成者の望む通り、ゴーレムたちは塔を運営する役目を果たす……はずだったのだが。
「大変ですー!」
ステラたちを見送って、じゃあ後は各自勝手にくつろぐか、となりかけていたところにゴーレムが駆け込んできた。その後ろからは小走りでミーシャもついてきている。
ショートカットに褐色肌のどこかエキゾチックな香り漂うこの少女ゴーレムは、普段は休憩所などで働くのではなく裏方業務に徹しているモノの一体であった。視力に問題はないけれど彼女のキャラ設定とやらを行った魔術師の趣味で眼鏡をかけている彼女は、走り出した時にずれた眼鏡を直し、それから身振り手振りでどうにか現状を示そうとしてあわあわと無駄な動きを繰り返す。
「どうした?」
何かあった事はクロムにもわかる。けれども探索者絡みのトラブルなら最終的には力で言う事聞かせろ、が常であるし、それ以外ならミーシャとかがどうにかするようになっている。わざわざこちらに大変だなどといって駆け込んでくる必要がない。
適当に部屋に引っ込もうとしていたアゲートたちも思わず足を止めて一連の流れを見ていた。
「あー、それがそのぅ……一部のゴーレムが反乱をおこしました」
とても言いにくそうに、しかし言わねばならぬと決意を覚悟した顔でミーシャが告げる。
「反乱!?」
その言葉に驚いたのはアゲートたち三名だけだ。クロムは「へぇ」と声を出しこそしたものの、だから? と言わんばかりである。
「あたしこういうの想定してないんですけど、どうしましょう?」
「え? んなもんぶん殴って正気に戻すとかいいからとっとと仕事しろの一言でいいんじゃね?」
クロムの返答はとても雑だ。
「いやいやいや、反乱って言葉からすると、複数のゴーレムなんだろう? どれだけの数がそんな事を?」
「数としては十名程度です。けれど、ほら、ゴーレムって一人一人の戦闘性能はそれなりに高いでしょう? 正直あたしだけでどうにかできる気がしないんですけど」
そもそも、それなりに強く設定されているミーシャではあるが、本人はそこまで積極的に戦闘活動をしてきたわけでもない。アミーシャ時代、ダンジョン管理者として他のダンジョンに探索者の振りをして潜り込んだりもしたけれど、それだって実力としてはまぁそれなり、程度であってかろうじて護身はどうにか、と言ったものでしかない。
実力が例えそこそこになったとしても、その力を使いこなせる気がしない、というのが本人の談であった。
言い分としてはわからないもでない。
例えば探索者が無理難題ふっかけてきてその場でミーシャと戦闘になったとして、とりあえず周辺の被害を考えなければ周囲もろとも吹っ飛ばす、とかそういう方向性で威力高めの攻撃を出す事は可能だ。
とりあえず当たれば一撃がそれなりに致命傷、みたいになるのは相手が人間だからである。まぁ、頑丈な防具とか装備してたらその一撃を受けきる事も可能だとは思うけれども。
だが最初からそれなりに強いのがわかりきっているゴーレム相手となると、ゴーレムという魔物としての戦闘プログラムが内蔵されてるだろう相手はミーシャにとって分が悪い。
そもそもゴーレムに痛覚はない。怪我をしたところで怯んだりするはずもない……が、ミーシャは違う。人として生きていた頃の記憶が当然あるし、痛覚もある。となると、いくら強大な力を得たとはいえミーシャの方が不利になり得るのは言うまでもない事だった。
「上の階で暇してるゴーレムたちに応援頼めばいいだろ」
「えーっと……そいつらが反乱かました時に、ちょっと手が離せない作業の手伝いに入ってもらってて……」
「なるほど、つまり今どうにかできる奴ってのはミーシャだけ、って事か」
クロムはあっさりと理解する。
手が離せない作業というのは恐らく薬作りとかそこら辺だろうとは思う。あれは中途半端な所で作業を放置すると失敗しやすい。一時的に時間を置いて作業するものも中にはあるが、そうでなければ下手に時間を置くのは失敗一直線でしかない。素材は栽培しているとはいえ、無限にあるわけでもない。ポーションなどがよく売れるので、そこら辺の材料は多めに育てているけれど、だからといって無駄にしていいわけでもない。
他にも手が空いている連中はいるだろうに、と思うけれど、反乱をしでかした連中の後始末というかそいつらが放棄した仕事の尻拭いに入っているならまぁわからなくもない。
「つーか、反乱って具体的には?」
「この塔の管理を掌握するとかどうとか」
「ほーん」
割とありがちな言い分である。
下っ端として働き続けるよりは上の管理できる立場にでもいって塔をあれこれカスタマイズしたいとかそんなんだろうか、とクロムは適当に考える。塔そのものは既に完成形に入っているので今更他に手を加えるとなってもそこまでいじりがいがあるはずもないのに。
「んじゃま、行くか」
とても乗り気しないが……とでも言い出しそうなくらいに声に力が入ってないが、クロムとしてはこのまま放置するわけにもいかないというのもわかっている。
ステラたちが戻ってくればこの程度の事は一瞬で鎮圧可能だろうけれど、恐らくそいつらはステラたちがいなくなったからこそ、今、やらかしたのだろう。
基本的にこの塔の大半の実権を握っているように思われるのはステラとルクスだ。
その二人がいなくなった今なら……と考える者が出てきたとしても別にそこまでおかしな話でもない。
ステラたちが帰って来るのを待つのも手ではあるが、それでは事態の根本的な解決には至らないだろう。
というか、いつか迎えが来てステラたちが元の世界に戻った後にこうなる可能性もあったわけだ。
そう考えると、今のうちにそれらの事態を解決しておくというのも悪い話ではない。
自分たちがいなくなってから、ミーシャだけに任せたものの鎮圧に失敗した、なんて事になれば……まぁその頃にはクロムたちはこの世界にいないからどうでもいい話ではあるが、ミーシャとしては肩身がとても狭くなるだろうな、とは思えるわけで。
ゴーレムもミーシャも基本的に塔からは出られない。
ミーシャは多少外に出る事は可能だけれど、世界中あちこちを自由に移動できるか、となるとそうでもない。ダンジョン管理者時代にダンジョンから得た力を自分に……なんて感じでやっていたのと同様に、ミーシャもまた塔からある程度の力を得ている状態だ。だからこそ塔から出たとしても、あまり離れるわけにもいかない。
もし反乱が成功したとして、塔から得られる力の振り分けを反乱しでかしたゴーレムが操作するような事になれば。
恐らくミーシャはゴーレムたちの統括、という立場から一転最下層まで落ち込むだろう。
他のゴーレムたちは同じゴーレムという点でそこまで不遇な目に遭うかどうかはわからないが……ミーシャだけが地獄を見るだろうことは想像に容易い。
統括、といっても一応現時点ですらそこまでしっかりと上の立場というわけでもないし、自分の方が立場が上だからとゴーレムたちを顎で使ったわけでもない。これで調子に乗りに乗ってるようであればクロムは一人で解決しろと放り投げたが、そうでもないので一応手を貸すか……となったわけだ。
「えーっと……一応ボクたちもお供します」
「あんたらの出番は特にないぞ」
「まぁそうでしょうね。でも、見届ける第三者って必要じゃないですか?」
実力的に考えれば彼らの実力でゴーレムたちに挑むのは自殺行為だ。だからこそ、一緒に戦います、とか言い出さないだけマシではある。
ついでにモリオンの言い分はクロムも数秒考えて、確かにいるな、と思ったものだ。
第三者が見届ける事で反乱やらかしたゴーレムたちの何が変わるというわけでもないだろうけれど……一応は育ての親の仲間みたいな相手だ。この三人が何らかの口添えをすればもしかしたら反省するかもしれない……と、クロムは限りなく低い可能性を考えた。ただしアテにはしていない。
「まぁ、実際に動くのはほぼお前だ。気合い入れろよ」
「あ、やっぱりそうなんですね。わっかりましたー」
肩をポン、と軽く叩いてやれば、ミーシャはどこかひきつった声を上げていたが……
まぁ、内部で反乱が起ころうとも、ダンジョンとしての塔は特に何が変わるわけでもなかったのである。