気持ち的には緊張いっぱいの初公演
「は、はぁぁぁぁあああああああ~、めっちゃ緊張した~!」
塔の案内人を名乗った少女ミーシャはサクッと転移で探索者たちの前から姿を消した後、塔内部へと移動していた。
そうして周囲に探索者という目がなくなってから、胸元をおさえながら座り込む。
壁に背を預けた状態でへたり込んだといってもいい。
第一印象としてはそれなりに人懐こい感じのミーシャではあるが、そのセリフのほとんどは探索者たちをどこか小馬鹿にした様子もあった。というか、口を開かなければ人当たりの良さそうな少女、というのがいざ口を開けば……といったものでもあったのだが、困った事にこのミーシャの態度の数々、演技である。
本来のミーシャはそこまで周囲を常に煽り散らしたりしていなかったので、むしろあんな全力かどうかはさておき周囲に沢山の探索者がいるのに喧嘩売るような真似しちゃって大丈夫なの!? ねぇこれホントに大丈夫!? という思いで口を開いていたわけだ。事前にこんな感じで話進めてちょうだい、という指示に従って。
ミーシャ、と名乗りはしたが、このミーシャ、以前の名をアミーシャという。
いや、名前からしてわかりきってるだろ、とベルナドットあたりには突っ込まれたが、かつてアミーシャと顔見知り程度とはいえ話をした事がある探索者が実はあの場にいたけれど何も言ってこなかった時点で気付かれたりはしていないようだ。
そもそも本来のアミーシャの身体はとっくに火葬されてしまったし、今のミーシャとしての姿は多少、元の面影があるかな? と言う程度で髪と目の色も異なる。長年ずっとあの姿だったアミーシャからすれば今の姿は正直まだ違和感があるのだが、贅沢は言っていられない。
どんぐりから人の形になれた程度にはランクアップしたのだ。文句を言ったら今度は何に魂を移されるかわかったものではない。
ステラが作ったホムンクルスにアミーシャの魂が移されて、アミーシャはミーシャとして塔のスタッフとして働く事になってしまったのである。ちなみに拒否権はあった。
ただし拒否した時点でどんぐりに入っていた状態のアミーシャの魂はその場でぐしゃあ! される事になっていたので、実質拒否権があったかどうかは疑わしいが。
死をもって拒絶するなら、死んでも嫌だというのであれば仕方ないわ。嫌なら嫌って言ってちょうだい? なんてステラは言っていたけれど、それ、逆らえるとお思いで?
そもそもぐしゃあ、されたとしても、その前に似たような末路を迎えた神々の魂がどうなったかアミーシャは見ていた。
ルクスの手によって使えそうな部分だけを捏ね繰り回された結果、この塔というダンジョンを作るためのコアにされてしまっていたではないか。
であれば、仮にアミーシャがだが断る! した時点でどんぐりごとグシャッとされたとしても、その後の魂を何かいい感じに工作されて使われる可能性はある。
それならばいっそ、最初からそれなりに従順な姿勢を見せた方がマシなのでは? と思ってしまったのだ。
まぁ、少々無茶振りもされたけれど、こうして人の形を得たので良しとする。
「おかえりー、ミーシャおつかれー」
「あ、おつかれさま、っていうか本当に疲れたわ」
とてとてと駆け寄ってきたのはミーシャよりも外見年齢が更に年下に見える少女だった。
少女、というか幼女、というか。幼女から少女になる直前とかそういった微妙なお年頃。
背中のあたりまで伸ばしてある髪をポニーテールにしている少女の名前は特に決められていなかったが、この少女もダンジョンスタッフの一人だ。ミーシャと違いホムンクルスではないらしく、こちらはゴーレムであった。
人とほぼ見分けがつかないので言われなければミーシャはこの子も同じホムンクルスだと思っていたのだが、違ってゴーレムらしい。違いは何? と聞いたもののよくわからなかった。
ミーシャは塔の案内人と名乗って探索者たちの前に姿を現したけれど、基本的な役割はそれだけだった。いや、とりあえずそれさえやったらあとは適当に探索者たちの前に現れたりして煽り散らしたりだとか、それ以外のダンジョンスタッフの手伝いに回って裏方で働くとかが業務である。
探索者たちがどんなに頑張っても来る事ができないスタッフルーム的な場所があるとか、ダンジョンっていうより本当に何かの施設なのでは? という気しかしないがスタッフルームにスタッフでもない探索者たちがやって来るような事になるとそれはそれで困るのでミーシャはもう大抵の事は気にしないようにしている。
というかだ、ダンジョンに休憩所って何? とか最初は本当に色々と突っ込んだりもした。
何その親切設計。アミーシャだった時代にダンジョンで集めた力を使って他のダンジョンを強化したりだとか、自分の力にしたりだとかしていたけれど、この塔に関してはそういうのとは少しばかり異なる。
というかだ。
今まではダンジョン管理者がどうやらアミーシャ含めて六名いたわけだけど、それらの神々の魂はルクスによって粉砕されその力だけを上手い具合に抽出してダンジョンコアにされてしまっている。
では、この塔以外のダンジョンはもう誰の管理下にもならないのか、となるとそれは違った。
他の国のダンジョンの中の魔物は、正直数百年単位で余るくらいに多くいるようではあったのだ。
かつて普通にそこら辺を移動していたらしき魔物たちは、ダンジョンへと封じ込められた。限られた場所で数を増やし、けれども飽和してダンジョンの外に溢れる事もできず。
ダンジョンで魔物が倒されても次から次に出てくるのは、要するにストックが大量にあるから、というものであった。ダンジョンをもっと広くして、だとかの改良を加えていたら多少はマシになっていたらしいが、そこまでの力を持つ者はあまりいなかったようだ。
だからこそ、その余りに余った魔物はこの塔で使う事にしたらしい。
通常ダンジョンにも魔物はたっぷりいるし、絶滅するレベルで倒すとなるとそれこそどれほどの時間と労力がかかる事か……
むしろあのままだったらそのうちダンジョンでも魔物を収めきれずにいずれは魔物の大群が外に出るかもしれない未来があった、なんてルクスに言われたものだ。
知らないうちに何だか世界がどんどん危機的状況になってたとか、シャレにもならない。
更に、よりにもよって魔物がいなくなるとダンジョンから力を得ようとしていた神々が困るな、と思った事で何気に余計な機能を増やしていた。
魔物コインである。
魔物を倒した証として出現する魔物コインではあるが、それらは魔物の魂の残滓であるらしい。説明されてもミーシャにはよくわからなかったけど。探索者ギルドで換金された魔物コインは、機械によってオウロへと変換されるけれど、魔物コイン全てがオウロへと変化するわけでもない。残った部分は再びダンジョンへと戻され再び魔物として復活する仕組みになっているとかどうとか。とはいえ、すぐにポンポン復活されるとあっという間に魔物が増え過ぎてしまうので、ある程度の時間はかかるようだが。
探索者ギルドの機械もそもそも、転移装置と同じく町や村を作った時点でしれっと存在している謎の物体であったが、神々が関わってるなら仕方ない。いやロクな事しないなと思う。
魔物コインを換金せずにずっとそのままにしておけば何も問題ないけれど、今更そんな事を言われても換金する探索者がいなくなるはずもない。
まぁ、その増えに増えた魔物に関しては塔で有効活用するつもりらしいので、どれだけ増えたとしてもあまり困らないらしい。ミーシャにはやっぱりよくわからなかった。
けれども二組目の探索者たちの事を思い出せば、わからなくもない。
彼女たちが虫だと思っていたあれも実のところは魔物であったし、蛇だってそうだ。
今の今まではあまり小さな虫型の魔物はいなかったけれど、どうやらいたらしい。各地のダンジョンで無駄に増えてるそれらを魔界経由で塔に呼び寄せそちらへ縄張りを広げてもらう。
そうした結果が……いや、やめておこう、とミーシャはそっと首を振った。あの時はうっわ雑魚~い、とかいう態度でいたけれど、本来のミーシャのメンタルにアレはきつかった。
城があるダンジョンですら大体五十階層あたりで最大級とか言われているけれど、この塔はそれよりも更に先がある。
そりゃ、魔物がいっぱいいても困らないでしょうね、と思う。
要するに世界各地のダンジョンは、地味に塔と繋がっている。それらダンジョンと塔が繋がっていて移動しているうちに塔に入り込んでいた、なんて事はないけれど、そうする事でダンジョンの固定化もされるらしく、これによってこの先ダンジョンがある日突然消滅したりだとかという事はなくなるらしい。
アミーシャ時代に自分の故郷がなくなってしまった事がある身としては、それはそれで有難いような気もするけれど、新しく町や村ができない、という事だろうかと思うとそれもどうなんだろうと思ってしまう。
その部分をステラに言えば、そもそも外に魔物出ないんだし、転移装置ないからって別に町や村作っちゃいけないってわけでもないんだから、好きに作ればいいだけじゃないの? とか言われたが。
……言われてみればそうかもしれない。
転移装置がないのは不便かもしれないが、それでも転移装置のある町や村の近くに新しく作るだとか、元々ある人里の規模を広げていけば済む話なのだ。
言われてなんでそんな簡単な事に気付けなかったのだろう、と思う。
いや、今までがずっと『そう』であったからこそ、他の方法なんて思いもしなかっただけか。
ともあれ、実の所何気に不安定であった世界各地のダンジョンは、塔を中心に纏まるようにルクスやステラが変えてしまった。
ある日突然ダンジョンの中で飽和状態になった魔物たちが外に飛び出して暴れまわるという事態は回避されたのだ。そう考えると密かに世界を救ったと言っても過言ではないが、ステラたちが善意でそれらをしたわけではない事もまた、ミーシャは理解していた。
いや、理解するしかなかったというべきか……
そもそも本日オープンしました、なんて言っていたこのダンジョン。
アズリアの呪いを解いたあの日、アズリアやキール、他の魔術師たちを巻き込んだあの日から、実に三か月は経過しているのだ。
ダンジョンをダンジョンとして機能させるまでにかかったその日数が日数だ。そりゃその分付き合いも続いたわけだしミーシャだっていい加減学習もする。
ステラたちの事は得体の知れない敵、くらいの認識だったアミーシャの時とは違って、今は自分もこちら側になってしまったのだから。
ステラたちの事なんて未だに何もわからないわ、なんて言っていられるはずもない。
逆に言えば、たったの三か月でこんなダンジョン作っちゃったのかー、という気もするが。
「いやうん、あたし管理者としての能力最底辺って言われてたからね、別にね、何とも思っちゃいないんだけども……」
アミーシャ時代に自分でこれを三か月でやれ、とか言われたらまず無理なんだけれども。
明らかに実力差があるのはわかっているけれど、それはそれ、これはこれというやつで、何とも言えない虚しさというものがミーシャの胸を駆け巡った。