エンド2 罠に落ちて
次に塔の中に入ったのは、四人組の少女であった。
やや小柄でツインテールの勝気そうな顔立ちの少女。つい先程自分たちが行くとのたまった少女である。
それと顔立ちは似ているが、ツインテールの少女と比べると落ち着いた雰囲気の少女。姉か妹だろう、とは思うがどちらかまではわからない。
その二人よりもやや年上に見える女性が二人。
一人はどこかのんびりした雰囲気で、もう一人はどこか鋭い雰囲気の持ち主だった。
「全く……いや、どのみちいずれは入るわけだから、何も言うまい……」
「ごめーんリーダー。でもさでもさ、最初は初心者向け程度の難易度だっていうし、この上の休憩所まで行けば一度離脱は可能なんでしょ? さっきの人たちみたいな馬鹿やらかさなきゃ何も問題なくなくない?」
「そうだな。わかっているなら決して油断はするなよ」
「アイアイサー」
鋭い雰囲気の女性に対し、ツインテールの少女はビシッと敬礼しつつも頷く。
それを見ていた姉妹らしき少女とおっとりした女性はため息をついたり苦笑を浮かべたりしている。
「見たとこ一階部分は店と案内を兼ねているだけのよう、だ……何だあの扉」
塔にあるのは次の階層に続くための階段ではあるものの、通常のダンジョンのように下に行くものではない。上を目指すのだから、勿論上に続く階段である。
しかしそのすぐ近くに今しがた入ってきた扉とは別の扉があるのが見えた。
先程の探索者たちは果たしてこれに気付いていただろうか……?
もしかしたらゴーレム倒してアイテム奪った後であの扉を調べるつもりだった可能性はある。
「おい」
「ハイ、イラッシャイマセー。ご用件をドウゾ」
「あの扉はなんだ?」
「あちらはヤクトリングの機能解放で行ける部屋ですね」
「中が何なのかは教えてもらえないのか?」
「転移装置です」
「うん……?」
リーダーと呼ばれた女性はその答えに思わず眉を顰めた。
「この階層に転移装置はなかったのでは? というか、外の転移装置がそれに該当しているのではなかったのか? というか、あるなら別に使わせてくれてもいいだろう」
「あちらの転移装置は外の転移装置とはまた違うものですのでー。ヤクトリングの機能解放によって使えるものとなっておりますー」
ゴーレムの返答は先程とそう変わらない。
いや、何で? と思う。
「えー? なんでなんでー? 外の転移装置とどう違うのー? ヤクトリング高いからまだ流石に手が出せないし、具体的にどう使えるのかもわからないしで購入するのにもーちょっと情報欲しいんだけどなー?」
ツインテールの少女が軽い口調で問いかける。一部の男性からするととても可愛らしいというかあざとく見える仕草であったが、相手はゴーレムなので特にこれといった反応はなかった。
けれどもゴーレムは相手にするつもりがないというわけでもなく、少し置いてから答える。
「このダンジョン、とても長いので毎回転移装置で脱出してまたここから上を目指すとなると大変デショウ?
なのでヤクトリングの機能解放している方でしたら以前到達した休憩所であればどこからでもスタートできるようになってるんです。で、その転移装置がそちらの扉のムコウガワですね」
その言葉に四名の女性たちは思わず目を瞬かせた。
確かに、ちょっと大きなダンジョンなどは最下層を目指した場合、一日二日で辿り着けない事もある。
最大規模とよばれる国の首都にもなる場所のダンジョンなんかでも慣れるまでは十日以上経過する事だってあるのだ。慣れれば十日以内で踏破可能だろうけれども。
途中で探索を断念して帰る場合もある。
そして次はまた最初からスタートだ。
けれど、今のこのゴーレムの言葉が正しければ。
「それはつまり……例えばこの先、三つか四つ目くらいの休憩所まで行って引き返したとして。
次はその扉の先にある転移装置を使いこの先の休憩所から再開できるという事か?」
「デスデスー」
「ぅえっ、なんそれ便利。リーダー、ヤクトリングちょっと欲しくなってきた」
「一つ一万オウロだぞ?」
「でも絶対便利なやつじゃん。この塔一体全体何階層かもわかんないけど絶対お城があるとこのダンジョンよりも大きいよ? 十日やそこらで頂上つくかどうかわかんないよ? いくら休憩所までの間隔短いからってさぁ、どっかで一回は引き返そ? ってなるかもじゃん?」
「それはそうだが……しかし今手持ちで全員分のヤクトリングの購入は無理だ。しかもこの上の休憩所に行かないと機能解放はできないんだろう? まて、なぁゴーレム、その機能解放、もしかして」
「有料となっておりますー」
「そこの転移装置を使えるようになるために必要な金額は?」
「一万オウロですー」
あっけらかんと答えられたその言葉に、一同の表情は確かに引き攣った。
ヤクトリングは一人に一つ。この時点で彼女たち全員が手に入れるためには四万オウロが必要となる。
更に上に行き機能解放するとして、そこでも全員分解放するとなると四万オウロが必要になる。
つまりは合計八万オウロ。
「……しばらくは、無理だな」
「そだね。残念」
そんな簡単に稼げる金額でもない。
しかしその機能を聞けばいらねーよ、と一蹴できるものでもない。むしろあった方がいいだろうそれ、と思えるものだ。
毎回初心者向けからスタートして中級者、上級者となるだろうダンジョンを、来るたび最初から進むのは正直キツイ。敵が強敵でなくとも移動だけでもかなりの時間をとられるし、そうなると体調だって常にベストというわけでもない。上に行けば行くほど強敵も出てくるだろうけれど、探索者たちは進めば進んだ分だけ疲労も蓄積されてくる。
最初から体調も万全な状態で今まで攻略した部分から再開できるというのであれば、それは確かに魅力的な話ではあるのだ。場合によっては万全であれば勝てる魔物からも逃げ回る事だってあるわけだし。
ともあれ、手が出ないヤクトリングに関しては今は保留にするしかない。
早々に諦めて彼女たちは先へ進むべく階段を上がり始めた。
階段を上がり、ここからが実際のダンジョン部分か……と思いながらも扉があったのでそれを開く。
するとその先に広がっていたのは、どこまでも続いていそうな草原であった。
ふわりと風が吹いて、花びらと草が舞うのが見えた。
ダンジョンの中がどこか別の森の中だったりだとか、はたまた山だとか遺跡だとか、まぁ別の世界のように見えるものは既に体験しているのでそこまで驚かなかったが、てっきりどこまでも塔の中、といったものだとばかり思っていたのでほんの一瞬ではあるが固まったのは事実だ。
しかしすぐに気を取り直し、草原へと一歩踏み出す。
草木や花の香りが風に紛れて届く。上を見ればそこはどこまでも行けそうなくらいに青い、青い空だった。
「わー、まさかこういうタイプのダンジョンかー。入口にいたのゴーレムだったし、てっきり中身どこまでも同じような感じの建物の中で出てくる敵もああいう系かと思ってたんだけどな」
「……ともあれ、油断せずに行くぞ」
各々が武器を手に進みだす。
ここがダンジョンの中でなければ、ピクニックでもしたくなるような場所なのだが……残念ながらダンジョン内、魔物が出るのでそうのんきな事は言っていられない。
実際既に魔物が出現したために、すぐさま戦闘態勢に入る。
「はぁっ!」
「やっ!」
「とー」
「えぇい!」
それぞれが現れた魔物をすぐさま倒す。まだここは初心者向け程度の難易度らしいので、確かに魔物相手に苦戦するような事はなかった。あっさりと倒された魔物たちは魔物コインへと姿を変える。
それらを回収して、先へと進む。
あたり一面草原ではあるが、足下を見れば道があるのがわかる。一先ずはその道に沿って進む事にした。
この先に次の階層へ行くための階段がないのであれば改めて他の場所を行く事になるが初心者向けという言葉を信じるならばいきなりそんなどこに行けばいいのかわからないような事にはならないだろう。
そうして二階、三階と順調に進む。魔物の強さは他の初心者向けダンジョンとそう変わらないように思えるので、これなら確かにこのあたりまでは探索者になったばかりの者でも問題ないだろう。
彼女たちは既に上級者向けのダンジョンをいくつか攻略した身だ。それ故に難なく次の階層へと辿り着く。
そうして、五階層目へとやってきた。
ここを過ぎれば次は休憩所のあるフロアだ。
「……階層主もつまり五階層ごとにいるという事なんだろうか?」
「そこら辺聞いてなかったけど、そうなんじゃない?」
特に何もないけどここに安全地帯作っておきますね、みたいなダンジョンもあるけれど、きっちり五階層ごとと言っているくらいなのだからその手前に階層主が配置されていても何もおかしくはない気がする。
ま、階層主って言っても今まで出てきた魔物から考えて、あたしたちなら余裕ッしょ、とか言ってるツインテールの少女であったが、ひゃわっ!? と悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「どうした!?」
「いたた、何か足に引っかかって……」
受け身をとる間もなくすっ転んだツインテールの少女は、自分の足へと視線を移動させた。
見れば草が結ばれている。
「えっ、何これ何で草が結んであるの? こんなんうっかりしてたら足引っかかって転ぶじゃん」
「よく見れば他にもありますね……魔物が何か仕掛けた、ってところでしょうか……?」
おっとりした女性の言葉で、リーダーである女性もそこで気付いた。
確かに草と草を結んだものがそこかしこにある。気付かずそこに足を引っかければツインテールの少女のようにまんまと転んでしまう事だろう。
「魔物の仕業であるならば、すぐ近くにいる可能性が高い。気を付けろ」
いくら初心者向け程度で魔物の力もそう強くないとはいえ、こうやって体勢を崩してしまったところを襲われれば危険であるのは言うまでもない。
「いえ、違う……これ、そうじゃない! リーダー、も姉さんも、皆急いでここから離れてッ!」
ツインテールの少女と姉妹と思しき少女が声を上げる。どうやらこちらが妹であると外で見ている探索者たちは知ったけれど、彼女たちからすればそれどころではないようだ。
「え、なになに?」
「はやく、離れてっ!」
言いながらも少女の妹はそこから離れようとして――別の場所にあった結ばれた草に足をとられて転び倒れた。
「えぇ? ちょっと、大丈夫……?」
おっとりした女性が倒れた少女を助け起こそうと手を差し伸べる。
「それどころじゃないんだってばぁ! 早く! 早く逃げなきゃ!!」
転んだ拍子に足を捻ったのか、ずりずりと足を引きずりながらも妹は叫びながらどうにかそこから離れようとしていたが――
一足、遅かった。
ブン、と小さな低い音が聞こえた気がしてツインテールの少女は思わず音がしただろう方向を見るが、向けた視線の先には何もない。
リーダーもまた何らかの異変を感じ取ったけれど、何がどう、と言えるほど明確なものでもないためにどう動くべきか考えあぐねていた。
けれど、それで充分だった。
彼女たちがいる場所を囲むように、黒混じりの紫色の光が地面から立ち昇る。怪しく輝くそれは、何らかの魔法陣の形をもって光っていた。
――罠か!!
ここにきてようやくリーダーである女性も、ツインテールの少女も、おっとりしていた女性も気付いた。
どうにか魔法陣の外側に逃げようとしたが、急いでいたために足下の確認が疎かになり結ばれていた草に足を取られ転倒する。リーダーだけは転倒しかけたもののどうにか体勢を立て直したが、それだけだった。
光が膨れ上がり、明るさからは程遠い色の光だというのにそれでも目を開けていられない程の眩しさ。
思わず、といった具合に目を閉じた。
「――ここは……?」
瞼越しにくる眩しさがおさまり目を開けると、先程いた草原とは異なる場所にいた。
あの罠だと思った魔法陣はどうやら転移させるものだったのか……いきなり命を落とすようなものじゃなくて良かった、などと思い周囲を見回す。
暗い、暗い森の中だった。
上空には月が見える。
夜の森。
咄嗟にそう判断したものの、それ以上の判断材料は存在していなかった。
フクロウの鳴き声らしきものが聞こえてついそちらを見たものの、視界にそれらしき鳥はいない。
周囲には倒れたままの仲間の姿が見える。
「お、おい、大丈夫か……?」
近くにいたツインテールの少女に声をかけるも返事がない。転んだ拍子に頭を打ったのだろうか? と思ったが……
「おい……っひ」
軽く頬を叩いて呼びかけようとしたリーダーであったが、その手は頬に伸びる手前で止まる。
ツインテールの少女が地面に面している側から、何かが蠢くのが見えたからだ。
最初、暗くてわからなかったがそれでも月明かりがあるためにじっと目を凝らしてそれが何であるかを知った途端、彼女の口からは本人も意図しない悲鳴がこぼれた。
虫だ。
虫が、少女の下で蠢いている。
耳を澄ませばわしゃわしゃとかカサカサとかいう音がするというのに、どうして今まで気付けなかったのだろう……
転移装置とはまた違う方法での転移で一瞬とはいえ確かに気が逸れたのは事実だ。虫がついていない部分をどうにか持ち上げ引っくり返してみれば、ツインテールの少女の半分は肉がずたずたになっていた。
「う、うあ、あ……」
肉を食われている、というその事実にリーダーは理解が追いつかず力が抜けた拍子にツインテールの少女は文句ひとつ言う事なく地面に落ちる。すぐさま集まってきた虫に、リーダーは咄嗟に距離をとった。このままだと自分も生きたまま食われてしまうのではと思ったからだ。
いや、本当に生きたまま食われるのだろうか? 悲鳴はなかった。
というか、眠っているようにしか見えない。
まさか、毒……?
刺されて、それで意識が無いうちに……?
一瞬で駆け巡った想像は、どこまでも悪い方へと転がっていく。
虫を追い払おうにも一匹一匹は小さな姿で、下手に近づいてしまえば今度は自分も巻き込まれるのではないかと思えてくる。
距離をとるしかなかった。
他の仲間はどうしているのだろうか……そう思って視線を巡らせれば、やや離れた場所に二人はいた。
逃げて、と最初に罠に気付いた少女と、そんな彼女を助け起こそうとしていた女性。
二人もまた、死んでいた。
虫が集るだけではない。よく見れば蛇なども混じっている。
「な……で……ぇ?」
なんで、と言ったつもりが上手く言葉にならなかった。
いや、考えてみれば自分と三人の違いは一つ。
魔法陣で飛ばされた時に、自分だけは地面に倒れてはいなかった。他の三人は結ばれていた草に足をとられ、転んでいたではないか。
それで、飛ばされた直後にこんな目に……?
そう考えると恐ろしい以外のなにものでもない。もし自分も転んだままここに運ばれていたなら、きっと何かに気付く間もなく三人と同じ目に遭っていたのかもしれない。
正直身体に力が入らないし、いっそへたり込んでしまいたかった。
けれどもしここで尻もちをつくような形で座り込んでしまったら……?
すかさずあの虫たちが自分に群がってくるのではないか……?
無数の虫が自分目掛けて群がってくる光景を想像すると、言い知れない悪寒が走った。
助けなければ、という思いはあるけれど、どう見てももう手遅れだ。死んでいる。
ほんの数秒前までは生きて、話だってしていたはずなのに。
「や、いやだ……」
ダンジョンで魔物に殺される死に方であればまだ、仕方ないなと諦めもつく。
けれど、虫に群がられて餌になるのはイヤだ。
虫の形をした魔物だっていないわけではないけれど、ここにいるこいつらは違うだろう。見た所普通の虫に、あとは蛇だ。魔物であればとっくにこっちに襲い掛かって来ているはずなのだから。
じり、と地面を靴底が擦りながらも少しずつ距離を取る。今はまだ襲い掛かって来る気配もない。魔物じゃないから襲わない、と安心していいものでもない。何かの拍子に襲われる可能性はあるのだから。
いや、向こうからすれば襲っているという自覚もしていない可能性だってある。
何が原因で三人と同じような目に遭うかわからない以上、近づいたままでいるよりは距離を取るべきだと判断したのだ。
けれど、その足はすぐに止まる。
何かの鳴き声が聞こえた気がした。
チチッ、ともヂュッ、ともつかないが、あえて表現するならばこれが近いのではないか、と思える音。
今度は何だ。何が来るんだ……
そう思って視線を巡らせれば、木々の間から何かが光るのが見えた。
何だ……? と声に出さずに意識を集中させる。
暗闇に光る二つの目。何かの動物だろうか、と思い念の為武器を構える。
目と思しきそれらが、じっと彼女を見ている。
その数、多数。
キィとも聞こえる甲高い音。もしかしてそれが合図だったのか、暗闇で光っていた目の持ち主たちが一斉にこちらに駆けてくる。魔物だった。
ネズミの形をした魔物だった。
彼女はその魔物を知っている。
かつて、まだ自分が初心者向けのダンジョンにいた時に戦った事がある。何度も何度も。
だからこそ、その魔物の実力はわかっているし、負けるはずもない。――本来ならば。
数が尋常ではなかった。
黒い川のような流れを作り、ネズミの姿をした魔物たちは確実に彼女の元へと向かっていた。
「なっ……数が、多すぎる……!」
ダンジョンで遭遇した時だって多くても六匹くらいだったというのに、ここにいるのは数十匹などで済むはずもない。下手をすれば数百匹はいる。それらが一斉にこちらにやってくる。
距離をとりながら、武器でもって先頭にいる魔物に攻撃を仕掛けるも、倒した直後に後ろから続いていた魔物が先頭に躍り出る。
背を向けて逃げ出したかったが、逃げるのであればもっと早くに逃げるべきだった。一匹一匹は弱いけれど、この魔物は案外素早いのだ。
数が少なければ何事もなく討伐できる。
けれど、この数では何匹か倒したところでその隙にあっという間に群がられてしまうだろう。
「ひっ、いやだ、いやだ……!」
先程魔物に殺される死に方であれば仕方ないなと諦めもつく、だなんて思っていたが、いざそうなるとわかりきっている状況になってそれを受け入れられるかとなると、全然受け入れられるはずもなかった。
仲間たちは虫や蛇に噛み千切られていたけれど、自分の場合はこのネズミたちに齧られるのだろう。
どうにか近づいてきたやつを倒してはいるが、それも時間の問題だ。いずれは――
「たす、助けて! 見てないで助けてよぉ!!」
普段感情をロクに見せる事もないくらいに冷静沈着と言われていた彼女は、ここで思い出した。
塔の外からここで起きた出来事を見ているであろう探索者たちの存在を。
ダンジョンの中で、誰がいるかもわからない状況ではない。呼びかければ確かに誰かに届くだろうこの声。
いやだ、だって、最期がネズミの餌だなんてあまりにもあんまりだ。
初心者向けのダンジョンでよく見かける魔物。一匹一匹の実力は大したものではない。けれど、それが自分の手に負えないくらいの数の暴力で以て襲い掛かって来るだなんて、思ってもみなかった。
冷静さを取り戻そうにも目前に迫る魔物の姿を見てはもう無理だった。
とにかく無我夢中で武器を振り回す。今までとは違う動き。完全に素人が振り回しているのと大差ないくらいに無駄な動きも含まれているが、彼女はそれに気付けない。気付ける余裕などないほどに、彼女は追い詰められていた。
やがて、彼女の振り回していた武器を掻い潜り最初の一匹が到達する。
「あっ……!」
鋭い歯が彼女の身体に食い込んだ。防具で守りを固めているものの、それでも薄い部分を呆気なく貫いて歯が肉に食い込んでいく。その痛みに一瞬注意が逸れて、そこからはもうなし崩しだった。
次々に彼女に辿り着いた魔物たちが彼女の身体を覆いつくしていく。あっという間に黒い影に覆われるようにして彼女の姿は見えなくなってしまった。
足に歯が何度も食い込んで、元々力を失いかけていた彼女の足は呆気なく制御を失って倒れてしまう。そうすれば、彼女の身体を駆け上ろうとしていた他のネズミたちと一緒に倒れ込んで、そこからは腕や胴体、首、顔ととにかく場所を選ばずに齧られていく。
武器は、腕を噛まれた時点でとっくに手から離れていた。
「たす……け」
それが、彼女の最期の言葉だった。