これもある種の思考停止
神へ至る道を作るだとかダンジョンを作るだとか、正直聞いているだけでも普通の人間には無理な話だが言ってる当人たちからすれば実行可能だというのが恐ろしい。
キールは自分の横で頭が痛くなってきた……とでも言い出しそうな反応をしている師をちらりと見て、もう自分の手には負えないレベルで話が壮大になってきたなと思い始める。
世界樹の雫を求めていた時も正直ある意味壮大だなとは思っていたのだ。個人的に。
伝説の秘薬。かつてダンジョンから発見されたという話こそあれど、最近はそういった話は全く耳にしなかった。
もうダンジョンからは見つからないのではないか、とすら思っていた事もあるそれを探して発見するとなると、それこそ奇跡のようなものなのではないか……とも。
だからこそゴールはわかっていながらも先が見えない状況に異世界から勇者召喚して助けてもらおうぜ! みたいなノリになってしまったのも否めないのだが。
まさかその召喚した相手が勇者どころか魔王側だとか誰が思うだろう。
今でも聞き間違いなんじゃないかと思っている程度には、キールは信じきれていなかった。
いずれ迎えが来ると思うから帰せなくても帰れる、と言われてそこだけは救いのようにも思えたがしかし迎えに来る相手は異世界の魔王だ。引退したと言ってはいるが、力衰えての引退とは違うようなのでやって来る相手としては脅威にしか思えない。
それがこの世界の創造主の所にお邪魔しますよくもうちの妻を勝手に巻き込んでくれましたね、みたいなノリで攻撃でもしたら……と思うとなんだかとても微妙な理由で世界の危機になってる事実にキールは胃が痛むのを感じた。
やらかしたのが自分なので、もしそんな理由で創星神に何かあった場合、世界を崩壊させる原因となるのは紛れもなくキールだ。
話だけは聞いたアミーシャの最期。
魔女を浄化すべく焼かれたという話を聞いて、魔女ならそうだろうなぁ、とも思ってはいた。
しかし冷静に考えると自分がしでかした事は魔女よりも性質が悪いのではなかろうか。
いや落ち着け、と自分に言い聞かせる。
ルクスはそうならないためにダンジョンを天界へと繋げるとか言っているのだ。
幸いにしてダンジョンはこの地上界、人類が暮らす場所に存在している。ダンジョンが魔界である、という話にはまだ正直疑わしい点もあるけれど、言われてみれば納得できない事もない……ような部分もあるので全部を否定もできやしない。
けれども、そのダンジョンを作るというのが探索者に対する嫌がらせも兼ねている、と言われるとそれはそれで「はて?」と首を傾げる事になる。
「ダンジョンを作るのは世界の中心にある土地。どの国にも属さないここに、神へ至る塔を作る」
「塔……ダンジョンは基本下に降りていくものばかりですが、そのダンジョンは上に進むという事ですか?」
「勿論。ダンジョンが簡易的な魔界だというのは先程も言ったけれど、下に行けば行くほど強い魔物が出るというのはそういう意味では当然なんだよ。魔界の深い部分に足を踏み入れている、という風になるわけだからね」
「そういえば、ダンジョンの奥の方が確かに強い魔物を配置しやすかった気がするわ」
どんぐりからアミーシャの声がして、さっきも聞いたというのにキールは思わず「えっ!?」と言いそうになった。話だけを聞けば確かにアミーシャはダンジョンを作る事に関わっていたようだし、そこら辺は言うまでもなく自分たちより詳しいのは当然か。
「大半のダンジョン管理者は何だかんだ言いくるめられて力を得るという名目でダンジョン強化に勤しんでたからね。既に階層が決まりきってるダンジョンはさておき、一部のダンジョンが崩壊して新たな場所にダンジョンを、となった時にだって上に進むダンジョンを作ろうなんてならなかったわけだ。もし仮にそういうダンジョンを作ろうとしていたら、直接的でなくともやめておけと忠告くらいはされていたかもね」
「そういえば、ダンジョンてできたり消えたりしてるんだっけ? そこら辺なんで?」
「私たちの世界にも地上界から魔界に繋がる道というのはいくつか存在しているんだけど、向こうはそう簡単にその道が消えたりはしない。それは単純に道が安定しているから、としか言えないんだけどこっちの世界はそこら辺不安定なんだよね」
「不安定だから、しばらくはそこにあってもある日突然道が消えて……結果としてそれがダンジョンの崩壊とかに繋がっている……?」
「恐らく。で、しばらくして別の場所に新たな道が出来てそこが今度は別のダンジョンに、っていう感じなんだと思う」
ふぅん? と納得したんだかしてないんだかよくわからない表情で頷いたステラは、けれど大体納得してはいた。前に聞いた創星神が神族を作りこそすれそれと対を成すようなものを作らなかった事で世界のバランスが崩れてどうのこうの、という話の時にダンジョンを完全消滅させる事はできないのか、とかそういう話になったような気がする。
その時は確か玉を乗っ取っていた奴がそんな事をしても意味がないとか言っていたような気がするけれど、つまりはそんな事をした場合魔界側で飽和のような何かが起きるんじゃないかな、と思っている。
一つのダンジョンが消えて別のダンジョンが出来るにしても、同じ大陸での話のようだしそういう意味では大陸にできるダンジョンの数というのは定められているのだろう。
そうでなければ一つの大陸にやたらとダンジョンが偏って出来上がる、なんて事にもなりかねない。
新たなダンジョンを作るにしても、ダンジョン管理者として行動していたアミーシャや他の誰かも一つのダンジョンを潰して別の所に新しく作る事はできても特に消滅したダンジョンもないのにあえて新しくダンジョンを作れるかとなればきっとできなかったのではないだろうか。
ステラとしてはちょっと気になったのでアミーシャに質問してみようかと思ったけれど、彼女は管理者としての力は底辺を這いずっていたようなので聞いても「それ嫌味?」とか言われかねないなと思い直して聞く事は断念した。
創星神が眠りにつく前にどうにかして作った魔界を封印どころか消滅させようとすれば、それは確かにまた世界のバランスとやらが崩れかねない。てっきりダンジョンを好き勝手できなくなるから保身に走った上でのやめておけ、という言葉だったのかと思いきやそこは真実だったのだな、と思う。
「って事はもしかしてそのダンジョンって普通のダンジョン以上に作るの大変って事?」
「そうだね。大体のガワはできてるも同然だけど、中身は決まってない」
「あっ……つまりそういう」
「察しが良くて助かるよ」
地下に続くダンジョンであれば、同じ魔界の事なので問題はないのかもしれないが、上に続くとなるとそれは天界に向かうという事になるらしく、であれば確かに難しいと言われてもおかしな話ではない。
塔の中身は魔界でありながらも、しかし続く先は天界……そう考えると確かに面倒というか、厄介というか……とはなったけれど、中身が決まっていない、というルクスの言葉でようやくステラも大体を察してしまった。
探索者への嫌がらせを兼ねて、という言葉がここでようやく繋がってしまったわけだ。
「あんた理解できたのか?」
「そうね……ここにきてようやくって感じだけど把握できたわ」
ベルナドットがやっぱり似た者同士だからか……なんて小声で言ったものだから、つい反射的にステラはベルナドットに肘を叩き込んでいた。ぐ、と小さな呻き声が漏れる。
何というか理解できそうでできていない状態だったけれど、ここにきてようやく理解できた。
「これから作ろうっていうダンジョン、そもそも探索者に攻略させるつもりないでしょ」
「いやぁ? 一応少しくらいは、とは思っているよ。私だってそこまで鬼じゃない」
「鬼ではないけど悪魔でしょ。天に至る……あぁ、つまり上に行けば行くほど難易度は上がるし、そうなれば神へ至る道は近づけば近づくだけ死に至る道にもなるって事よね……」
天に召される可能性がとても高く、探索者たちは自ら死にに行くようなもの、となるわけか。
いや、探索者としてそれはそれで本望、とか言い出す奴も一定数いそうではあるけれど。
「勿論、多少のフォローはするつもりさ。ただ、それにはステラの協力が必要だし、他の魔術師たちにも協力を頼みたいってのも本当。ま、魔術師たちが協力できない、って言ったとしてもキールだけはこっちに引き込めるから最悪それはそれで」
「待ってくださいどういう事ですか!?」
聞き捨てならない、とばかりにアズリアが声を上げたが、キールはどうして自分だけ? とわけがわからないと言わんばかりの顔をしていた。まぁ確かに自分だけ、と名指しされれば何で? とは思うのもある意味当然かもしれない。
元々手伝うつもりではいたので、そう言われても特に何も思う事がない、というのもある。
「キール達がやらかした勇者召喚は一見すれば成功してるように思えるけれどその実失敗している。ましてや、その術の中でも肝心な部分が術式に組み立てられていなかった。すなわち、召喚された者が召喚した相手に従順である、とかそういう意味合いのものがね」
「……そん、な……」
歴史の中に埋もれてしまった失われつつあった術。それを興味本位で復活させたのは言わずもがなアズリアだ。復活させたといってもそれを大々的に言ってのけたわけではない。ただの自己満足。だからこそ、その術式が完璧であるかどうかは知りようがない。実際に成功しているか試してみよう、とまではならなかったのだから。
けれども自分の知識をもとに復活させたそれは、かなりいい線いってるんじゃないの? くらいには思っていた。だからこそ、きちんとした手順でやればきっと成功するだろうなと思っていたのだ。
そんななので、万一本当に誰かが実行して召喚されてしまうとそれはそれで困るから、その存在を知る事になってしまったキールにも決してやらかしてはいけませんよ、と釘を刺した。
仮に失敗したとしても、じゃあきっと必要な魔力量に到達していなかったんだろう、とか思う程度にはアズリアも失敗する可能性を見てはいた。
まさか失敗したくせに召喚はされるとか、そんな事になるとは思ってもいなかったけれど。
そしてルクスのその言葉に、ある意味致命的な部分を指摘されてようやくその危険性に思い至った。
あれ、自分が復活させたとした術、あれ魔法陣に何書き込んだっけ? 色々と盛り込んだのは確かだけど、言われてみると確かに召喚者に対して忠実であるとかそういう意味のものは含んでいなかったような気がする。
あれ以上術にあれこれ付け足すと、別の所から綻びができてしまいそうだったから、というのもある。
あまりにも不安定な術にしてしまうと、成功だとか失敗だとかいう以前に術が暴走しかねない。暴走した結果マトモに発動するどころかその場にいた術者が大怪我をするとか最悪命を落としてしまうとかいうのを考えると、安定させた状態で術を発動させるのにこれ以上は描き込まない方がいいなと思って……そうだ、あの時は何とかして形にする事ばかりを考えていて、安全性とかそう言う部分がすっぽ抜けてしまっていた。
「だからこそ、召喚された直後にここの連中がクロムにボコボコにされたわけなんだけど」
「本来の術であったなら、そういう事態も防げたという事ですよね……あぁ、何て失態……」
「その後服従か死か選べって言ったら服従を選んだキールには一応隷属の術を仕掛けてあるから、仮にここの面々が協力できないってなってもキールだけはこっち側なんだよね」
「隷属の術!? それ禁忌のやつ!!」
ルクスの言葉にアズリアは悲鳴のように叫んだ。
ステラたちの世界ではかろうじて禁忌ではないけれど、どうやらこちらの世界では禁忌の術に該当するようだ。
そもそもステラたちの世界ではその術を使える者は限られているので禁止させても正直ほとんど意味がないだけなのだが、向こうと比べると魔術師が多いこちらの世界なら教えれば使える者は出るかもしれない。
というか過去にいたからこその禁忌なのだろう。
「ま、安心してくれたまえ。私たちが帰る時には術も解除しておくさ」
「今までのキール達に対する扱いを考えれば大丈夫だと思いたいんだけど、いかんせん禁術のせいか安心できない……というかキール、貴方なんていう術食らってるんですか……」
「あの、正直今それ知りました」
「言質とった時点で仕掛けたにしても、今の今までキールがその術の発動をうけていないというのであればそりゃ気付けなくても無理はないですけど……!」
あぁ、とため息のような声を漏らしながらアズリアは頭を抱えた。ついさっきも抱えたような気がするけれど、今日だけで一体何度頭を抱える事になるのだろうか。いっそずっと抱えたままの方がいいような気がしてきた。
「ま、いくら隷属の術をかけたとはいえ無茶はさせないから安心してくれたまえよ。何、ちゃんと五体満足で返すとも。余計な事をしてくれさえしなければね」
余計な事って何……? と聞きたかったが、聞いたところでルクスはきっと何も答えてくれないのではないか。アズリアはほとんど反射的にそう思ってしまった。
女の勘、というやつではないだろうけれど、今は踏み込むべきではないと咄嗟に思ってしまったのだ。
アズリアにできる事は自分たちの事情に巻き込む形になってしまった彼らに対して協力する事だ。
そう言い聞かせて――
「それで、わたしたちは何をすればいいのです……?」
もうさっさと自分たちの役割を全うする、それが事態の解決にしても最善なのだろうなと思う事にした。