相手の善意に付け込む形で労働力をゲットする
別行動をしていた時の話だとか、これから先の話だとかを話し合うつもりだったのに肝心な部分はぼかされたまま。
ベルナルードを捕獲してきたとはいえ、それもどうするのか……と思っていたけれどキール達の前に突き出してあっさり処分。
その後は本来の目的であったアズリアの呪いを解呪して、アズリアにも状況説明。
その時点で魔術師団の面々は軽く阿鼻叫喚状態に陥ったわけだけど、それだけ無駄に長々と時間経過した事もあってようやくステラの中でも考えがまとまりつつあった。
最初から全部懇切丁寧に話したわけではないけれど、それでもルクスは一応ヒントは散りばめていた……のだと思う。何とも不親切なヒントではあるが。
この世界の成り立ちだとか、そういったあれこれを経ての今、だとかをざっくり語った他にルクスは何を言っていたか、と思い返してみれば、世界の中心についても少しだけ話していたなと思い出す。
そこだけそれ以降話の流れでも出てくる感じではなかったし、そのせいですっかり忘れかけていたけれど。
これから先、という意味ではそこが重要になるのではないか。
ステラはそう結論を出していた。
ダンジョン管理者としてあれこれやらかしていた神族とそれに敵対していた堕神側はルクスの手によって全て滅んだ。これでこの世界に残るのはこの世界を創り出した本人でもある創星神だけだ。
ルクスの次なる目的は彼――もしくは彼女であるというのは考えればわかる。
いつかそのうちクロノが迎えに来てくれるとは思っているけれど、その場合にクロノが接触する可能性が高いのはまずこの世界の神だ。
いきなり何の前兆もなくステラの目の前にポンと出てくるとは思っていない。むしろそれができるならいつ出て来てもおかしくはない状態なわけで。
こちらとしても本来勇者召喚とは関わる事のない世界に暮らしていたし、ほぼ事故で呼ばれた状態だ。
他の世界から好き勝手にこちらの世界にやってくる、というのは気軽にできる事でもなさそうだし、ではこの世界に異世界出身者が来るにはどうするか、となればそれこそ他にこの世界で勇者召喚をした者に賭けるとかの途方もなく確率の低いやつか、直接この世界の神に連絡とって、とかくらいしか思いつかない。
召喚されるのを待つ、というのは正直とても可能性が低すぎて話にならない。
そもそも神としてはこの勇者召喚を禁じたわけではないと思うが、この世界で暮らす人類側では禁忌扱いだ。
召喚した相手が友好的ではなく甚大な被害が出た、というのであればまぁ、次もそうなる可能性は高い。次は大丈夫、なんて根拠もなくやらかしてまたとんでもない事になったりする可能性も確かにあるが世界規模で被害が出た場合はそれこそ各国で禁忌として封印され勇者召喚に関する資料だとか情報は廃棄、または秘匿されおいそれと誰かが知るような事にならないはずだ。
まぁ、完全にその情報を処分しなかったからこそ、少しだけ残った部分からアズリアが自分の考察だとかも含めてそれっぽくして完全復活とはいかないが一応の形にしてしまったわけだが。
恐らく他の国でも完全に情報を消し去った国は無いのかもしれない。もし、遠い未来で何か自分たちの手に負えないような事態に陥った時、今こそこの術を復活させる時……! みたいなノリでやらかす可能性はゼロでもないしな……とステラは思っている。
むしろ遥か昔に封印された術を世界の危機に封印解いて復活させる、とかよくある話ではないだろうか。
世界が平和な時は使わず、いざその時が来たら……みたいなのは英雄譚とか前世のファンタジー的な話でもよくある話だし。
本当に必要な時だけにその術の封印が解かれる、とかいう措置とかとってる国だってあるかもしれない。
まぁ今その異世界から勇者召喚しよう、とやらかす者は恐らく他にいないだろう。
危機的状況にあるようには見えないし、仮にそういった封印を護る者がいたとしても許可を出すような状況でもない。
であればクロノがこちらの世界に来るのはやはり神族と接触をとって、というのが確実なわけだ。
……まぁこの世界今もう創星神しかいないみたいだし、しかもその創星神力を回復させるのに眠りについてるって話だけど。
目覚めのダイレクトアタックで死ぬんじゃないか? なんて前に話していたのを思い出す。
そもそも眠りについている、というのが本当に言葉通りの意味かどうかもわからないが、現状姿を見せないのは確かな話だ。もし今この世界で起きている出来事を把握しているのであれば、それこそどうにかしてルクスあたりと接触しないと異世界から魔王がやってきて自分の命が危うくなるわけだし、流石にそれは創星神とて望む展開でもないだろう。
出来事を知っていて、しかしこちらと接触できない理由がある、と考えてもそれでも間接的にどうにかして連絡を取ろうと考えるはずだ。自分の命がかかっているわけだし。
マトモな相手である事を前提に考えたが、この世界の創星神が異世界の魔王とか余裕で対処できるし! とかいう舐め腐った相手ならどうだろうか。その場合はもうどうしようもないしステラも知らん、としか言いようがない。
そもそも自分の知る神族を思い浮かべてみれば、こう……神とか直接会った事のない人間が想像し得るような存在でもないなとなるのだ。それなりにマトモな相手だと思いたいけれど、そうではない可能性も視野に入れておかなければならない。
仮に、とこの先を想像する。
クロノがどうにかしてこの世界にやってきたとする。
けれどもその時点ですぐさまステラの居場所がわかるかは微妙なところだ。お守りがあるからそこら辺から辿るのは同じ世界にいるのであれば可能だろうとは思うけれど、転移魔術でぽんと目の前に現れて、じゃあ帰りますよで皆一緒に空間転移で帰れるかとなると……流石に難しい気がする。
空間転移の魔術で移動できる範囲がどれくらいかはわからないが、多分世界を越えてまでは……どうなんだろう? 普通に考えてできないのではないだろうか。いくらクロノが規格外の実力の持ち主だとしても。
それができているならとっくにもう迎えが来ていてもおかしくないのでは? という思いもある。
今迎えが来ていないのであれば、つまり何らかの制限があるとか何らかの手間がかかっているとか考えるべきだ。
最悪クロノがこちらの世界に来てもすぐに出会う事ができず、こちらの世界で謎のすれ違いをやらかす可能性もある。
今の状況を思えば、どんな荒唐無稽な可能性でもゼロではないのが困りもの。
ルクスが今までにやらかした行動を思い返す。
彼は別行動してからアミーシャの口から出た他のダンジョン管理者としてベルナルードを探していたし、ついでにアズリアの呪いに関しても調べていた。
そこから他の大陸に出向いてダンジョンで暴れ他の管理者もあぶり出して神族の魂を回収。
それら魂を破壊してこれ以上ダンジョンに手を加える者が出ないようにした。
唯一残っていたベルナルードも先程仕留められ、ダンジョンはこれ以上誰かの手で変わる事もない――本当に?
ベルナルードがしでかしていたことをキールやアズリアに伝え、けれどもアズリアは呪いから解放された。
キール達の視点からすればステラたちが元の世界に戻れないという状況さえ抜きにしてしまえばめでたしめでたしといったところだ。
……本当に?
だってわざわざルクスがそこを伝える意味ある?
とステラはようやくそこで違和感を覚えた。
だってあのルクスだ。
行動基準の大半が最愛の弟であるルクスだ。
クロノとそれに関わる者以外はどうでもいいとすら思ってるような相手だ。
いずれ迎えが来るのはわかっているし、ここでアズリアたちの精神状況をとことんまで自己嫌悪に陥れる必要性は特にない。けれどもそれをやらかしている。
本来なら適当な事を言って彼らとはさっさとオサラバしてるはずだ。事故でこの世界にやってきて、一応それなりに魔術的な意味で面倒を見た相手がいたとしても、ルクスからすればそれはそこらの犬に芸を仕込んだ程度の認識に過ぎない。
そこまで考えて、ステラも何となく見えてきた気がする。
ルクスがこれからやらかそうとしている事に。
ここでお別れするならわざわざこんな事をする必要がないのだ。
であれば、アズリアたちにはまだ何か、ルクス的に利用価値があると見るべきだろう。
だからこそそれを指摘すれば。
ルクスの笑みは意味深にこれまた一層深まった。
「うん、彼らにはそれなりに手伝ってもらおうと思うんだ」
やはり労働力と見ていたか。
とは思うも、何をさせるつもりなのかはわからない。
「手伝い……とは、何を? 元の世界に帰るための、というのであればそれは勿論こちらに責があるのでできる限りの事はしますけれど」
「あー、うん、まぁ、一応そこ関係してないわけじゃないから……じゃあ手伝ってくれるわけだ。先に言っておくけど、アズリアが目覚めてこれ以上付き合う必要はないなって思ってる人がいるなら今のうちだよ。ここから先は遠慮なく巻き込むからね」
ぐるりと室内を見回すようにしてその場にいた魔術師たちに視線を向ければ、戸惑うような反応こそあれど誰もその場から動く様子もない。
今までの借りは返す、とばかりに頷く者もいた。
「はは、義理堅い連中ばっかりだね」
にこやかに笑うルクスであるが、ステラの耳にはその次にとても小さな声で「犬小屋かよ」と呟くルクスの声も聞こえた。まぁ、犬って確かに義理堅い感じするけれども。
しかしある意味でそう仕向けたのはルクスだ。こちらの世界に召喚されたばかりの頃に魔術師団の中で色々と情報集めるついでに自分に傾倒させたりしておいたのだから、そりゃそうなるだろ、と思うのだ。まぁ、ルクスもルクスで案外面倒くさい性格をしているので、その程度で懐かれるとかちょろいけどつまらないな、とかそういう心情でもあるのかもしれない。
「あの、それで一体何を? 各地の文献を、とかそういうのであれば多少なりとも伝手がないわけではないのですが」
「あぁ、そういうのはいいかな。これからやるのはそうだな……帰るための準備と、あとは精々ちょっとした探索者たちに対する嫌がらせだから」
おずおずと言い出したアズリアの言葉をあっさりと一蹴して、ルクスは何て事のないように告げる。
帰るための準備、と言われてもピンとこないし、ではそれ以外の部分を理解しようと思ったらしいけれどそれが探索者に対する嫌がらせ、という時点でアズリアもキールも一体何を言っているんだろう? とばかりの表情になった。
外見は全くこれっぽっちも似ていないが師弟というだけあってか、そういう表情はやけに似通っていた。
ペットも飼い主に似てくるっていうし、師弟とかそこそこの付き合いがある相手はそういう部分やっぱ似てくるのかしらね……と他人事のようにステラは眺めている。
「いや、がら……せ? ですか? え、あの、一体何を?」
「何って、簡単な話さ。
ダンジョンを作る。それだけだよ」
まるで演劇のワンシーンのような大仰な動作でもってルクスは両手をばっと広げてみせた。芝居がかったその動作にアズリアやキールだけではない。
その展開を予想していなかっただろう魔術師たちや、ベルナドットにクロムも目をまるくしている。
何となくそんな事だろうなと思っていたのはこの時点でステラだけのようだ。
けれども、帰るための準備にダンジョンを作るとは……? と流石にその部分だけはステラも理解できなかった。これが単純に帰るための準備なんて言葉がつかないだけの、単なる探索者への嫌がらせのためのダンジョン作り、というのであればわかるのだが。
「ルクス、そろそろもったいぶるのやめてちょうだい。ダンジョンを作るにしても、色々と問題があるんじゃなくて? さっきまでの話を纏めれば世界の中心がお目当ての場所だっていうのは私でも想像ついたけど……ダンジョン管理してた神族の魂はもうどこにも存在しないわけでしょ? どうするつもり?」
「そうだね、ステラにもたくさん協力してもらうわけだし、いい加減もったいぶるのはやめにしようか」
「そうね、これ以上もったいぶるなら、クロノさんと合流でき次第ルクスの無い事ない事吹聴して貴方の評判どん底の底まで落とすから」
「そ……れは、やめてほしいかな。オーケイわかったよ。ここから先はお互い共犯者。情報の共有も万全にしておこうじゃないか」
流石にクロノへの告げ口はルクスであっても受け流せるものではなかったらしく、一瞬だが言葉に詰まる。
ある事ない事、と言わなかったのは仮にある事を言っても「まぁルクスですし」で流されるからだ。ない事ばかりを言ったとしても大体同じ結果になるような気もするが。ない事の方はあり得ない捏造も可能になるので流石にルクスもどんなえげつない捏造が飛び出るかわかったものではない。まぁルクスですし、で流されるような話以前に、え……とうとうそんな事まで? みたいな反応をクロノにされたら流石に精神的なダメージを負うかもしれない。
それを言ったのがそこらの有象無象であるなら適当に笑い話で流せたが、相手はクロノの妻であるステラだ。しかも彼女の発想はたまにルクスでも予想できないので、本当に自分にとってえげつないネタをぶち込まれる可能性もある。
流石にそれは望む展開でもないのでルクスとしては内心でお遊びはこの辺にしておこう……と思いつつこれから真面目な話をしますよ、とばかりに取り繕っていかにもそれっぽい表情を浮かべてみせた。
まぁ、それが単なるポーズである事はステラには早々に見破られていたのだけれども。