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異世界からの勇者召喚 失敗!  作者: 猫宮蒼
序章 ゲームでいうところの軽率な続編
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前回の記録をなうろーでぃん!



 薄暗い一室。石造りのその場所は、本来ならばそう人も集まるような場所ではなかったのだろう。

 しかし今、ここには大勢の人物がいた。


 いた、と言って果たしていいものだろうか。

 大半は既に倒れている。

 死んでいるわけではない。生きてはいる。

 ただ、その大半は呻いていたり気を失っていたりしている。


 この場に今自らの足で立っているのは四名。

 自力で立っているわけではない者を含めて意識を保っているのは五名。


 一人は女性。

 残りは男性だった。


 その中の一人、唯一の女性でもある彼女は、何とも言えない表情を浮かべて室内を見回す。

 何があったか、は薄々察している。その上でいやないわ、とも思っていた。


 さながら夜空のような黒まじりの深い青色をした髪をなんとなく指先で弄ぶ。毛先だけはうっすら緑がかっているそれを何度かぴこぴこと振って、それから何事もなかったかのように視線を戻す。

 髪に近い色合いの深みを帯びた青い色の瞳は、現状黒色のローブを着た青年の胸倉を引っ掴んで「なぁ、おい、さっきから聞いてんだろ? こたえろや、あぁ?」なんて言ってる青年を見ていた。

 黒いローブの青年はそれに対して、

「ひぃっ、ごごご、ごめんなさい。命だけは、命だけはどうかお助けを!」

 なんて悲鳴混じりに命乞いをしている。


 ちなみにこのやり取り既に何度かやっている。

 まだもう少し時間がかかりそうね、と思った彼女はしばらく傍観する事にした。


(はぁい! 私ステラ! かつては現代日本で暮らしていた元社畜。母子家庭だったのもあって高校卒業後にこれ以上母に苦労はかけらんないと思って就職したけどそこはなんとブラック企業! 社会を知らない世間知らずの小娘だった当時の私ったら最初のうちはまぁこんなものよね、とか思ってたけど違った。全然違ったわ!

 ロクに抵抗しなかったからこそどんどん酷くなるセクハラ・モラハラ・パワハラ。私以外の同僚も被害にあってある時は会社の窓からアイキャンフライ! またある時は電車のホームからアイキャンフライ!

 そんな衝撃的な光景を何度か目にすればいずれ私もああなるんじゃないかしら……そう思うのも無理はなかったわね。でもそこでふと思ってしまったの。

 なんでこんな目に遭ってそれを受け入れてるんだろ……って。

 だからこそ、そうだ、復讐しよ☆ ってなってこっちが犯罪者にならないようにキッチリ報復してきっちり辞めてその後はホワイトな企業への転職をしたのだけど。


 死んだわ。


 まぁちょっとした事故であっさり死んだわ。


 で、気付いたら異世界転生してたのよ。異世界って気付いた部分は何か魔法っぽいものがあったからね。

 自称他称どちらも認めるレベルの美少女に生まれ変わったのはいいんだけど、何とそこで魔王の生贄に選ばれてしまった事が判明。

 十八歳で死ぬ運命さだめ……ある意味悲劇よね。

 生憎ファンタジー要素がある世界だったけど、ただの美少女が魔王に挑んで勝てる見込みもないし、ましてや魔王とか言うもののなんていうか思ってたのとちょっと違ってて……魔王を倒せばそれでよし、みたいなやつじゃなかったのよね。

 まぁ、私魔力はたっぷりあったみたいだけど魔法とかそういうのは使えなかったからどのみち戦うっていう選択肢は最初からなかったんだけど。


 っていうか、生贄自体捧げるってごねたのかつての村人だったし、魔王は最初むしろ断ってたくらいだし……魔王がかつて私の故郷でもあった村を救ってしまったばっかりに……誰が悪いのこれ。

 変なところで押しが強かった村人? それとも押し負けた魔王?


 生贄拒否れなかった魔王は結局村に加護なんて与えてたから余計村の人は生贄を送る風習続けちゃったものね……もうこれ善意が事故ったとしか思えないわ。



 ともあれ、そんなわけでまぁ仕方ないかと生贄である事実は受け入れた私だけど。流石に田舎暮らしに飽き飽きしちゃってちょっと王都での生活をもぎ取ったのよ。

 同じく転生者だと判明したベルくんを巻き込んで生贄になるその日までには戻るって約束で始まったわくわく王都ライフ。


 ところでそこで何故か次期魔王を決める戦いが繰り広げられてた件。

 そして巻き込まれる私たち。


 この時点での魔王はいい人っぽいけど、次の魔王が同じくいい人とは限らないじゃない?

 私が生贄になる日より先に次の魔王が決まったら、私の命運はそいつの自由になっちゃうわけだし。

 死ぬならせめて楽にぽっくりを希望する私は巻き込まれた以上、妨害できる範囲で妨害して、時として他の魔王候補を助けたりもしたんだけど。


 とはいえ私にできるのはアイテム合成とかいうちょっとチートじみたものくらいで、戦闘力としては……キックボクシングを少々……とかいう程度。魔術とかバンバンぶっぱしちゃう魔族と渡り合うにはどう考えても無理無茶無謀。

 そもそも後方支援タイプの美少女を前線に立たせるなって話なんだけども。


 現魔王の実子だとかいう有力候補に攫われたり、同じく実子で以前から仲良くしてもらってたクロノさんに助けてもらったりして無事に帰ったり。

 その後はまぁ、色々あって次期魔王なんてものにこれっぽっちも興味がなかったクロノさんは、自分が魔王になれば生贄である私を保護できると知ってさくっと後継者争いに勝利して終止符を打ったのよね。

 新たな魔王の誕生、そして私は生贄から魔王の花嫁にジョブチェンジ。


 魔王の花嫁、って字面がなんか不吉だけども、ずーっと魔界にいたわけじゃなかったし普段は王都で生活してたからそういう意味ではめでたしめでたし。

 その後は息子や娘を産んで、忙しくも楽しい日々。


 眷属になってたから、寿命もその分伸びてたから結構長い事生きてたんだけど、それでもやっぱり寿命はくる。私としては今まで言うに言えなかった愛の告白なんてものを死ぬ間際にクロノさんに伝えて、それで人生終了だと思ってたんだけど……


 まさかクロノさんが私の魂を世界樹に埋め込んで私を復活させるとか、思ってもみなかったわ。ベルくんも同じような感じで復活させられてたのよね。私より先に死んでたけど復活は大体同じタイミングだったわ。

 ベルくんは世界樹じゃなくて別の植物だったんだけど、まぁそこは今重要じゃないわね。


 二人そろって植物の精、みたいな復活遂げて、お互いに思う部分はあったけれど。

 復活した直後にちょっと死ぬ間際の愛の告白思い出して恥ずかしい思いもしたけれど、そこはまぁ、乙女心を弄んだとか言いがかりつけてあれこれ我儘をきいてもらったので良しとしたわ。


 ま、概ね平和に暮らしていたのよ。今の今まで)


 ちなみに目の前で繰り広げられている光景を眺めていたステラの内心がこれである。

 ちょっと落ち着こうとして今までの事を思い返していたわけだが。

 走馬灯だってここまで思い出さないレベルでの思い返し。


 ちら、と視線を足下へ移動させる。


 石造りの殺風景ともいえる室内。ある程度明るさがあるからまだしも、薄暗ければ牢屋か何かと勘違いだってしたかもしれない。

 そんな殺風景ともいえる室内の、ステラの足下からその周辺。

 そこには魔法陣が描かれていた。

 その周囲を取り囲むようにやたらと長い蝋燭立てが置かれ、蝋燭が燃えている。


 それらを取り囲むようにしていたであろう大勢の人間は、なんとも地味としか言いようのない鼠色のローブを着ていた。ちなみにこちらは既に全員倒れている。完膚なきまでにぼこぼこにされた状態で。

 ま、一応生きてるし大丈夫でしょ、とステラは放置を決め込んだ。


 それよりなによりこの状況。

 かつて現代日本で生活していた時に読んだライトノベルを彷彿とさせる。

 異世界トリップだとか異世界転移だとか言われるジャンルに該当する異世界召喚もの。

 とりあえず異世界から地球に暮らす高校生あたりから中年くらいの年代の日本人とかが勇者として呼び出されたりする内容が多かった気がするそれ。

 中にはアニメ化されたものもあり、なんとなくで見始めたそのアニメでの光景にそっくりなのだ。この部屋が。


 そんな状況を見れば察する他ない。

 これ、どう考えても召喚されたわよね……? と。


「なぁ、なぁ、おい」

 押し殺したような声が隣から聞こえてくる。ちら、と視線を向ければそこにいたのはよく見知った顔だ。

 ステラと同じようにかつて日本で育ち、そして死に、ステラよりも先に故郷でもあった村に転生していた青年ベルナドット。

 王都で起きたあれやこれやの後、魔王の眷属となって奥さん二人もいるとかいう見ようによっては勝ち組のような男だ。

 眷属になった際、本人の魔力量で寿命の長さも決まるらしかったため、ステラよりも先に老いて先に死んだはずだが、ほぼ同時期に植物の精として復活させられたので見た目は若かりし頃とほぼ変わらない。


 復活した後、現在はステラの護衛という肩書も持っていて、まぁそこそこの地位にいる男である。


 美人の奥さん二人とかそういう部分含めて肩書だとかを見ればとても勝ち組に見えるのだが、実際は貧乏くじを率先して引くタイプである。


 人間だった頃は淡い金色の髪と春先の芽吹きを思い起こさせるような緑色の目の青年だったが復活した今はステラ同様髪の毛先が緑がかって綺麗なグラデーションを形成していた。

 ステラと同じく植物の精となった時の副産物なのだが、色合いがあまりにも綺麗なせいか生まれた時からずっとこの髪色でしたよ、みたいな空気さえある。ステラのほうはまだちょっと違和感がある気がしてならないというのに。


 小柄な体格のステラと違い長身のベルナドットとは、いざ視線を合わせようとすれば首が痛くなるくらい見上げるか、もしくはベルナドットが膝を曲げてしゃがむかのどちらかなのだが、今回はベルナドットが若干膝を曲げて視線を合わせてきた。


「なぁに、ベルくん」

「いや、あれ、止めなくていいのか?」

「止めたいならベルくん止めればいいじゃない」

「無茶言うなよ」

「その無茶を私に言わないでくれる? どう見たって私の方がか弱いレディでしょ」

「あんたはか弱いって言葉を辞書で調べて一万回書き取りした方がいい」

「ベルくんは私に対して喧嘩売ってるの?」

「事実しか口に出してないんだが」

「うっさいわね、えぐるわよ」

「どこを!?」


 ちなみにこれらのやり取り、全て小声である。

 小声というにもどうかと思うくらいの音量。ほぼ音なんか出ていない。吐息がちょっと漏れたかな、くらいのものなので、周囲に倒れている男たちの誰一人として二人の会話は聞こえてなんかいやしないだろう。

 というか、現時点で男たちは自分自身のダメージがありすぎて普通に喋っていても内容を把握できていないのではなかろうか。


「ま、別に大丈夫じゃない? 生きてるんだし」

「そういう問題か!? 今生きてても数分後はどうだか、って感じするぞ」

「その時はその時ね。きっとそういう運命だったのよ」

「いや、現在進行形で命の危機に陥れてる奴がいるんだけど」

 ほら、あれ。とばかりにベルナドットが指を差した。


 わざわざそんな事しなくたって見えてるわ、とばかりにステラもそちらへ目を向ける。

 一応さっき見たので今更、とは思っていたが目をそらしたままだとベルナドットに何やら突っ込まれると思ったのだ。


 周囲に倒れている鼠色のローブを着た連中と比べて明らかに上質な黒いローブを着た青年が、これまた上から下まで全身黒でコーディネートされた青年に胸倉掴みあげられていた。黒ずくめの青年の方が背が高いからか、ちょっと腕を上にあげればローブの青年の足はあっけなく床から離れ、ぷらんぷらんと揺れている。


「なぁ、何度も言わせんじゃねーぞ? さっきから命乞いしてっけどな、てめぇの謝罪と命乞いに一体どれだけの価値があると思ってんだ? あ? オレは何でこんなことしたかって聞いてんだ。なぁ、わかるだろ? 馬鹿じゃないんだったらよぉ」

「ひっ……」


 会話を聞いていてもいなくても、もう完全に恫喝の現場にしか見えない。

 その気になればそういう展開になるだろうなと思わなくもないので、ローブの青年が命の危険を感じて命乞いをするのは間違いじゃない。けれどもそれは悪手だろうに、とステラは完全に他人事として見ているだけだった。


 状況が状況であったなら、助けに入ろうとしたかもしれない。けれどステラの予想が正しければあのローブの青年はステラたちをここに呼び出した側の人間だ。となれば無条件で助けようとは思えない。

 かつてステラが見た異世界召喚ものの内容で、召喚した側は召喚された側を道具のように扱った、なんてものもあったくらいだ。ここで無条件で助けた事でこいつは自分の命令をきく、なんて思われて雑な扱いをされてはたまらない。

 自分の置かれた状況を完全に把握できていないうちから軽率な行動をすれば後々自分の首が締まる事だって有り得る。


 だからこそ他のローブの男たちが殴られようともスルーしてきた。

 実際戦闘力的な意味ではこちらが有利だというのは証明されているが、そうなる前は数の上で有利なのはどう見たって向こうだったのだ。


「困ったわね……今日のティータイム、クロエが作ってくれたケーキなのよ。食べる前にこんな事になるなんて……」

「そういう問題か?」

「そいう問題よ。娘が張り切って作ってくれたケーキなのよ? それ差し置いてこんなわけわかんない事に心砕くと思ってるの?」

「いや、そりゃ、まぁ……そう言われると……?」


 そう言われてベルナドットも何となく現状を考える。


 …………言われてみればそうだな?


 ベルナドットも目の前でいきなり見知らぬ男たちをぼっこぼこにされて、ちょっとした地獄絵図みたいになってる場に飲まれた、というべきだろうか。

 けれどもよくよく考えてみれば、何でこんな事になってるんだろう……? という疑問が今更ではあるが浮かんでくる。


 突然の暴力に混乱していたのかもしれない。暴力をふるっているのはこちら側なので、自分たちに危害は及ばない。だからこそ、相手側をよく観察してみた。


「…………なんていうか……なんなんだろうな?」


 知り合いならともかく誰もかれも見知らぬ顔だ。ちょっとボコボコにされて顔の形が変わってしまった者もいるが、見覚えはないと断言できる。

 人類卒業してからというもの、ほぼ魔界の王城で生活していたベルナドットは人間の知り合いというのがとても少なくなってしまったし、知ってる顔はそういう意味ではここ百年単位で変わっていない。


「ベルくんわかってないのにこの人たちの心配してたの? お人好しすぎない?」


 だからこそ。

 ステラに呆れたように言われるのも無理もない事ではあったのだろう。

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