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バクは今日も悪夢を食す

作者:

「はぁ、はぁ、はぁ…」


暗い暗い闇の中、思うように動かない足を懸命に動かしていた。

何から逃れようとしているのかは定かではない。


ただ、逃げなければ。

怖い、恐い、コワイーー。


何がそんなに恐ろしいのかわからない。

わからない事がさらなる恐怖を生む。


一寸先は闇。


そんな言葉通りの闇は、刻一刻と己を捕らえようと(まと)わりつく。


それを振り払うためにも、走るしかない。


背後に、すぐ後ろに、巨大なナニカの気配を感じながらーー





「っ!!!!」


修平(しゅうへい)はずっと瞑り続けていた瞳を大きく見開いた。


目に映る風景を認識するより早く、早鐘を打つ心臓のドクドクとしたやたらめったらうるさい音を感じる。

それを鎮めようと深く息を吸い込もうとするも、肺に上手く空気が入っていかない。


それでも浅い呼吸を繰り返し、何とか一息ついた。


「は…ぁ…」


全身にじっとりとした嫌な汗が(あふ)れ、着ていたパジャマが張り付いている。


そんな気持ち悪さよりも、暗闇に慣れた目が捉えた、見慣れた自室にホッとした。


悪夢、というやつだ。


現実ではない。


それでも身体は強張っていて、夢の中で感じた恐怖だけは本物のような気がして、気分が滅入る。


深い深いため息を吐いて、気怠い身体を起こした。

誰もいないはずのワンルーム。


狭いキッチンまでの数歩を踏みしめる。


夢の時よりずっと軽い足取りが心を落ち着けてくれた。


コップに水を注ぎ一気に飲み干し、また息を吐き出す。


時刻は未だ夜中の3時。


起きるには随分と早い。早すぎる。

だからといって、すぐに眠りにつく気にはなれなかった。


「これで、何度目だ…」


いつから悪夢を見るようになったのかは覚えていない。

気付けば毎日のように見る悪夢にうんざりしていた。


「いくら何でも異常じゃないか?」


眉を(ひそ)め、顔を歪めて見せても、答えてくれる者はいない。


就職を機に一人暮らしを始めて早2年。

一緒に暮らしてくれる彼女もいない修平が、深夜に(うな)されて目覚めても心配してくれる人はいない。


修平は少し寂しく思いながらも、諦めて眠りについた。






まただ。


修平は思った。


また自分はナニカから逃れようとしている。


これは夢でしかない。


そう認識できても、恐怖が染み付いている身体は思うように動かない。


今日は狭い隙間に入り込んで、ただただ身を小さくし、目をギュッと(つぶ)っていた。


見つかればどうなるかわからない、恐怖のかくれんぼ。


夢だとわかっているのに、目覚めることは許されない。


起きろよ、俺!起きろ!!

目を開けるんだ!!


強く念じている間にもナニカが迫ってくる気配。


クッソ!!!


恐怖に耐えきれず目を見開けば、自室のようだった。

そう認識した瞬間、修平に影が覆い被さった。


「っ!!!

 『ぅわっ!?』

 いっ…てっ…ぇ…?」


跳ね起きてしまったせいで、何処かに頭をぶつけたらしい。

額に鈍い痛みを感じた。


……。


痛みが和らぐとともに、自分以外の声が耳に残っている気がした。


気のせいだろう。夢と現の狭間で自分の声が変に聞こえたに違いない。


そう考えつつ、ぶつかったナニカに目を凝らす。

いったい自分は何とぶつかったのか、と。


そのナニカは人型をしていた。


一瞬で全身にゾワゾワと恐怖が這い回る。


そもそも、ベッドの近くに頭をぶつけるような物を置いていただろうか。

頭の隅で冷静に考えれば考えるほど、身体は恐怖に支配されていった。


身震いしながら、よく回らない脳をフル回転させ、何とか論理的な答えを導き出す。


もしかしたら悪夢は続いているのかもしれない。


眠る夢を見る事だってあるくらいなのだから、悪夢を見ていた夢を見ているのかも。


そうだ、これは夢…。


そう思いあたった時、人型の影が動いた。

驚きと恐怖に修平の身体が反射的に目を瞑り、身を守ろうと動く。


枕元に置いてある蛍光灯のリモコンに手が触れそれを握りしめた。

そんな物で身を守れるわけがないのに、リモコンを目の前に突き出しブンブンと振り回す。


「痛っ!!

 痛いっっって!!」


はっきり聞こえた声に、修平の動きが止まった。


恐る恐る目を開ければ、いつの間にか付いた部屋の電気が人型の影を浮かび上がらせていた。


「え…あ…」


あまりの出来事に修平は声を失った。

呆然と、その人型の影だったモノを見つめる。


美しい。


そうとしか表現できない女性がベッドに乗り上げていたのだ。


ただただ呆然と見惚れていた。


ほんの数秒前までの恐怖は、綺麗さっぱりと消えていた。


女性は気まずそうに顔を俯かせる。


そんな表情も美しい。


……。


「…いや…誰…?」


しばしの沈黙の後、修平の口から出た言葉はあまりにも間抜けだった。

それに対する答えもなかなか間抜けだったが。


「ごめんなさい〜っ!!!

 通報しないでっ!!

 怪しいモノじゃないんです!!」


大きな目を潤ませ、違うんです、違うんです、と首を横に振るたびに靡く長い髪はシャンプーのCMのように美しかった。


完全に目を奪われながらも、「通報なんて、しないから…落ち着いて、ください?」と諭す。


よくわからないが、美女と自室のベッドの上で向かい合って座っている事実に、修平の心臓は鼓動を早める。

それは悪夢の時とは違い、幸せなものだった。


これが夢だったとしても。


そう、一人暮らしの男の家に美女が夜這いにくるなど、漫画でもありえないご都合展開。

夢に決まっている。


だとすれば、堪能したっていいじゃないか!!!


些かぶっ飛んだ思考ではあるが、そう思うことで、修平の心が落ち着き始めた。


「それで、その…どうしてここに?」


『貴方のことがずっと好きで、好きすぎて夜這いに来ちゃいました♡』


なんて馬鹿みたいな期待はすぐに打ち砕かれた。


「あの…私バクなんです

 信じてもらえないかもしれないけど、私、貴方の悪夢を食べに来たんです」


「……」


想定外の言葉に返答に困る。


これが夢だと言うなら、俺の脳内は、深層心理とやらは、どうなっているのだろう。

まぁ、悪夢よりはずっといいが。


「信じてないですね?

 でも、最近ずっと悪夢を見続けていますよね?」


「それは…確かに」


「今日の悪夢も甘美でした」


うっとりとした表情を浮かべる自称バクは、艶やかで色気がただ漏れだ。


ゴクリ。思わず生唾を飲み込む。


「俺の悪夢を食べてたってこと?」


「はい!

 修平さんの悪夢は質、量、共に完璧です

 これからもぜひ食べさせてくれませんか!?」


そう言って両手を合わせ、下から顔を覗き込むバク。

修平から見ればそれは上目遣いとなって、心臓に矢が刺さった。

顔に一気に血が巡り、耳までが赤く染まる。


「まぁ、悪夢を食べてくれるって言うなら…悪い事じゃないし…いいよ」


修平は恥ずかしさに顔を背けながらも、チラチラとバクの美しい顔に視線が動く。


「わぁああ!!

 ありがとうございます!!!」


むぎゅっと抱きつかれたバクの身体は想像以上に柔らかく温かで思わず後ろに倒れ込んだ。


胸のあたりに柔らかな質量を感じながら、こんな夢なら毎日でも見ていたいと幸せに浸るのだった。




ーーこれからも毎日、恐怖の悪夢(美味しい夢)を見せてあげるからねーー


恐怖。

それはバクにとって最高の調味料。

バクって悪夢を食べるいい奴。

みたいなイメージですが、実際食料として悪夢を育てていたら怖いな、と。

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