投獄(1)
母親の感謝の言葉と野次馬のざわめきを背に私とフランは街道を進んでいく。
「さすがオズワード様でした!あっという間に治してしまうなんて!あれがお医者様の力なのですね?!」
「あのくらいは器材と場所さえあればどうにでもなる。それより、この世界には本当に医者はいないのか?」
「そうなのです。この世界の病の治療は、基本的に祈祷しかありません。そして医者という存在も、もちろんありません。」
私は頭を抱え落胆の色を見せる。先ほどの親子や周りの人の服装などを見るとそれほど文明が遅れているようにも見えなかった。しかし、医療だけ進歩が遅れているのが信じられない。
「この世界で祈祷師は、マテリアルという大きな組織に入っていて、かなりの権力を持っています。」
「マテリアル。」
「はい。そのせいで祈祷師以外が治療を行うのはタブーとされ、医療…というか、治すという行為すらないですね。みんな、神への祈りで病気の辛さをまぎらわせるだけ…そんな世界です。」
そうか、祈祷師が医療の発展を妨げているのか…。
「ところでフランは、どうして私の元生きていた世界のことを知っているんだ?」
フランの言葉を聞くと私の世界の医療に少し精通しているような感じがした。
「フランの故郷の湖は異世界を写す鏡になっているんです。そこにオズワード様が写って、人々を救っていく姿を見たんです。」
フランはうっとりとした表情で空を見ている。
「この世界ではない、医師と患者の関係に心打たれたのです。治療された人達の笑顔!素晴らしいです。」
「そうか、フランには感謝しなくてはいけないな。」
この医療の発展のない異世界。ここで、医師としてやっていくのは難しいことかもしれない…。だが、やっていこう!目の前の患者を救うために!
「おい!そこの猫野郎!待ちやがれ!!」
私が決意を新たにしているなか、後ろから男の声が聞こえてきた。
振り向くと先ほどの祈祷師が甲冑を着た兵士らしき人間を連れてこちらへ向かっている。
「猫野郎の分際でよくもやってくれたなぁ!?この祈祷師レスリオ様の邪魔しやがって!」
甲冑の兵士たちは私とフランを取り囲み、剣を突きつけてくる。レスリオと名乗る祈祷師は、兵士の後ろの方から怒鳴り声をあげている。
「祈祷の妨害をしたばかりか、マテリアルの公認祈祷師でもないのに祈祷を行うなどもってのほかだ!俺様の手柄を横取りしやがって!!」
「何をいっている?!あれは祈祷ではない。医療を行使したにすぎん!祈祷などと一緒にしないでくれ。」
街道の少年の治療は祈祷ではないと何度も説明するが、この祈祷師は金切り声をあげるばかりで全くこちらの言葉に耳を傾ける様子はなかった。
「もういい!もういい!よくわからん言葉で民衆を騙すのはペテン師の手口だ。続きは牢屋の中でするんだな。まぁ、猫語が理解できる人間がいたらの話だがな。」
レスリオは、高笑いをしながら蔑むようにこちらを見ている。ペテン師は、お前たちの方だ!と、言葉を返そうとしたが、兵士の剣が向けられ遮られる。
そして到着した馬車に無理やり乗せられ、30分ほど進んだ先にある町に連れていかれた。
「入れ。」
町に着くとすぐに牢屋に連れていかれてしまった。私は幾度も無実を訴えたが、誰も聞く耳を持つものはいない。
「そこで最後の祈りでもささげるんだな、ペテン師め!!」
地下の牢屋にレスリオの高笑いが響き渡る。実に不愉快な感情が沸き上がる。
「オズワード様…。これからどうしましょう…?」
一緒に捕らえられてしまったフランが不安そうにこちらを見ている。
転生したばかりの私にこの世界での味方がいるわけもなく、牢屋に入れらているこの状況は絶望的でしかなかった。
これから、どうすればよいのだろう。