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いきなり悪役女王様  作者: サファイア
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関所の村は、ジェシカが思っていたよりもずっと人通りが多く、市場の周辺はそれこそ人と人とすれ違うくらいの隙間しかないくらいの賑わいを見せていた。


見知らぬ人々をかき分けてアンヌとはぐれないようにしながら、ジェシカは怒りに震えていた。


とにかく関所の村には乱暴者が多く、あちこちで怒号が飛び交いそれを笑ってみている役人らしき男たちは何の用もなしていなかった。


「おい、道を開けろ。邪魔だな」


「やめなさいよ!」


男が蹴飛ばした女性を受け止め、ジェシカは我慢できずに男に怒鳴りつけた。男はジェシカの長い髪を見て女がしゃしゃり出るなと子どもごと突き飛ばしてきた。ジェシカは怒りのあまり、すらりと腰に履いていた剣を抜いた。


「ずいぶんと物騒なものを出してくるじゃないか。女が扱えるのか」


ジェシカの剣に若干逃げ腰になりながらも、男はそううそぶいていたが、ジェシカがポッと剣に火を灯すと、身を翻して逃げ出した。身体の大きな男だったが、人々をかき分けての逃げ足っぷりは慣れたもので、案外小心者であったようである。その小競り合いのおかげで道が割れて歩きやすくなったが、ジェシカはまたもアンヌに小言を食らってしまった。


「あれしきの男相手に魔法など使わなくてもよろしいのです。何かあれば、私が助太刀しましたのに」


「ついさ。ごめんよ。お嬢さんも、大丈夫」


ジェシカに手を差し出された若い女性は、その手につかまると頬を染めて立ち上がった。無理もない。男装してはいても、類を見ないような長い髪の美女二人が目の前に立っているのだ。特にジェシカは結んでも膝まである金髪は黄金の海のように波を打って輝き、金緑の瞳の周りは目の中に花が咲いているような不思議な虹彩を有していた。差し出した手の仕草も洗練されていて、どこぞの貴族か大商人のお嬢様であることは確実だ。


「ええ!大丈夫です!こんなこと慣れていますもの。あはは。役立たずに役人しかいない関所なんてこんなものですよ!」


くるくるした巻き髪の可愛らしい少女だが、何だか気が強そうでもある。周囲ではひそひそと皆何事かをささやきあっていた。少女の案内で、ジェシカたちは鳥を売りに行ったがそこでもその少女ソフィアは逞しかった。


「ええ!なんでそんなに安い値段で買いたたくのよ!森番の客人だから?冗談じゃないわよ。彼らのおかげで旅をしても安全だし、盗賊の動きだって知ることができているんでしょう?感謝こそすれ、理不尽な仕打ちをするなんてとんでもないわよ。それにね、この人たちを舐めていたら痛い目遭うわよ?1級冒険者顔負けの剣の使い手なんだからね!」


「わあかった、わかったよ。倍の値段で買い取るからさ。それで、許してくれな」


「いや、我々だけでなくこの方々の売った肉も倍の値段で買い取っていただこう。そうできない理由があるというのなら、そこの役人に問いただす」


ジェシカがすごむと、仲買人はいきなり美女の顔面が近づいたことで赤くなり、その腰に刷いた剣を見て青くなり、忙しく顔色を変え、ジェシカたちの言うままの値段で山の肉を買い取ってくれた。森番はノルカたちのことを知っているらしく、ジェシカたちにお礼を言ってくれた。


「あんたたちみたいな人が、この村の用心棒になってくれたら、俺たちも仕事がしやすくなるんだけどな。何せ、王都の方じゃ森番の肉を兵士が横取りするからうまく売れないもんだから、この関所の村が命綱なんだよ」


ジェシカは驚愕の事実にこぶしを握り、声を上げないのに必死だった。王都の兵士がまさか自分の手柄のためにそんなことをしているなんて、ジェシカは知らなかったのだ。そんな事情を知っているこの村の仲買人たちは森番の肉を屁理屈を言って買いたたいていたのだろう。


「ねえ、アンヌ。実は、私、モブリア国に行こうと思っていたんだ。好戦的な国だと思っていたけど、ロゼ姉様の話を聞くと、今の王様もとい女王様はとてもやさしい人のようだし、あの国でいろいろと学ぼうと思っていたんだよ。だけど、今は、女王じゃなくなっても、私にはまだこの国で学ぶことがあるように思うんだよ」


「奇遇ですわね。私もジェシカ様にいろいろと言いましたけど、ずいぶんと世間知らずだったみたいですわ。このままでは置けないと思っております」


アンヌは出されたお茶を一気に飲み干しながら、義憤に駆られた顔をしていた。


二人は助けてもらったお礼にとソフィアの家に招待された。なんとソフィアは関所の村の村長の孫娘だった。


「すまんですなあ。息子夫婦は今朝がた王都の方に出まして。私しかいないのですよ」


「失礼ですが、王都ヘは村の窮状を訴えに出られたのではないですか?」


ジェシカが単刀直入に聞くと、村長は白髪交じりの眉尻を下げた。


「ははは。うちの孫娘が旅の方になんぞ申し上げましたかな?まあ、見ての通りこの村は荒れておりましてなあ。役人に申し上げたくとも、その役人が裏で盗賊と繋がっている張本人と来ている。どうしようもありませんでな。わしが行くと言ったんだが、息子夫婦が譲らなんだ」


村長の目には涙がうっすら浮かんでいた。


「ここは、ガウス伯爵の領地でしょう?まずは領主には訴えてみたのですか?」


「ガウス伯爵様はこの村を視察に来た際に不幸にも奥様が流行り病にかかられましてなあ。それ以来この村には寄り付きもなさらない。うわさで聞くところ、王都で腑抜けになっていらっしゃるとか」


アンヌのもっともな指摘にも、村長は悲し気に首を振るだけだった。確かにガウス伯爵と言えば印象の薄い男ではあるが、妻を亡くしたのはジェシカの父が亡くなるよりも前だったはずだ。それ以来とは、ずいぶん腑抜けの期間が長いようである。


「アンヌ、使いを頼まれてくれないかしら?これから村長に手紙を書いてもらうから、それを私の手紙と一緒に王都まで届けてくれない?」


「ジェシカ様をお一人残して行くわけには」


アンヌが渋ると、ジェシカは真剣な表情で彼女の手を取った。


「私たちの気持ちは今同じはずでしょ。大丈夫よ。ジェイには手紙を飛ばして、すぐ来てもらうから。急がないと間に合わなくなるわ。ここの村長さんの息子さん夫婦を守らなくては」


ジェシカが指を鳴らすと、コンコンコンと客間の窓を叩く音が聞こえてきた。村長がいぶかしんで窓を開けると、真っ白な鳩が部屋の中に飛び込んできて、ジェシカの肩に止まった。そのままジェシカは紙と筆を村長の家の者にお願いすると、さらさらと何事かを書き始めた。


「一体あなた方は何者なのですか」


ジェシカの肩の上で微動だにしたい鳩を見ながら、心底不思議そうに村長が髭を撫でた。


「村長さんはエリック・・・フォレストライト卿をご存知ですか?」


「確かこの国の宰相様でしょう。お名前だけは存じておりますが」


「いえ、女王の乱心で彼はその地位を追われました。しかし、息子のクリス様が立ち上がって、女王に退位を促し、代替わりしたのですよ。フォレストライト卿の妻、ようするにクリス陛下の母親は王妹ですからね。今や、フォレストライト卿は国王の父となったわけですが、私は彼の遠縁の娘、いえ、ここだけの話商家に養子に出された彼の娘なのです。いわゆる庶子というやつですわね。公にされてはいない娘ですが、その分父は娘の言うことをそれは大層よく聞いてくれます。万事私に任せて下されば、この村の窮状を必ずなんとかするでしょう。お手間ですけれども、もう一度息子さん夫婦に預けたような手紙を書いていただけませんか。私の騎士のアンヌが必ずや、必ず届けますから」


ジェシカは生まれて初めてウソをついた。エリックにとってあまりに不名誉な話であるので、アンヌが気づかわし気にジェシカの袖を引いたが、ジェシカとしては使える者は年上の従兄でも使ってしまえという気持ちである。


まずは、ジェイへの手紙を鳩にくくりつけると、鳩はジェシカに命じられるまま、開け放たれたままだった窓から空へと飛び立った。


「先の宰相様のお嬢様ですか・・・。なにやらすぐには信じられませんが、私としても今はわらにもすがりたい気持ちです。手紙を書いてお渡しします」


「急ぎましょう。あなたの息子さん夫婦が危ない。きっと途中で足止めを食っているはずです。私の騎士たちがきっとお守りしますから」


ジェシカが請け負うと、涙のたまった目で村長は力強く頷いた。


一方、ジェシカの鳩がジェイに届いた時、ジェイはちょうどリディエルに勉強を教えている最中だった。家の中で教えてやりたかったが、勉強していると母に怒られるというので、書くものと斧と弁当を持って、薪を拾いに行くふりをして外に出ていた。


「兄ちゃんだ」


短い手紙を読み終え、ジェイが顔を上げた時、リディエルが声を上げて駆けだしていってしまった。


「おいおい、まだ弁当食ってる途中だろ」


ジェイが追いかけると、ジェイたちが伐った切り株の一つにまだ年若い男が座っていた。少し張ったえらのあたり、乾いた茶髪にぎょろりとした大きな琥珀の瞳、リディエルとよく似た容姿は兄弟に違いないと思えたが、リディエルよりずっと山育ちの感じが現れた男だった。まるで全身が岩の塊のようだ。


「よお、リジー。元気だったか?」


「うん。今までジェイっていう兄ちゃんにに勉強を教わっていたんだ。ほら、ぼくもうこんな計算もできるんだぜ。兄ちゃん、なんでこの間は帰って来なかったの?母さん、御馳走作って待ってたんだよ」


「まあ、いろいろと忙しくてな。ふーん、えらく難しいこと勉強してんなあ。そっちの兄ちゃんはずいぶん賢いんだな」


エイジェルが山鳥のような猛禽の目で睨んできたが、ジェイはただ笑みを浮かべて応じた。


「リディエルが本気になれば、俺なんか教えられることは何もないさ。腕っぷしなら、あんたと勝負してみてもいいがな。もう少し教養のある連中がいるんだが、今日はあいにく不在で、俺は代理だ」


ジェイが握手を求めると、エイジェルは警戒の目をしながらも力強く握り返してきた。


「そうだ。兄ちゃん、弁当を食おうよ。母さんが作ってくれたんだ」


「母さん、病気はいいのか?」


「どうせ、仮病だよ。兄ちゃんに帰ってきてほしいから、いつまでも病気の振りしてるんじゃないかな?だからお医者さんはもういいよ。それより、早く帰ってきてよ。兄ちゃんが帰ってきたら、俺、王都に勉強に行きたいんだ」


母親が仮病を使っているというのにはさすがに驚いて、エイジェルは大きく目を見開いた。まだ、たった8つのリディエルの方が達観した顔で兄の横に弁当を置いてもぐもぐと食事を始めた。ジェイが隣に腰を下ろすといかにも嫌そうな顔をして、値踏みするようにジェイを見た。


「あんたの入れ知恵か?森番の家に金はないんだ。あんたみたいな貴族の気まぐれに振り回されたらたまんねえよ」


「俺は貴族とはいえ貴族では末端の子爵家の四男坊。なんなら、あんたらはより身分は低いかもしれないな。あんたたちの父親は騎士だったんだろ?俺はただの国立図書館の職員で、この間騎士の見習いになったばかり。腕がたつからって無理やりな。俺は向いてなくても勉強がしたかったのに、人生はままならないもんさ。ちなみに知らないようだから、言っておくと森番になっても騎士は騎士だからな。身分を取り上げられたわけじゃないし、あんたならいつでも騎士に入隊できそうだ。父親は貴族かどうか言ってなかったのか」


「俺の父ちゃん貴族なの?」


リディエルが嬉しそうに立ち上がり、小躍りし始めた。


「やめろ!」


エイジェルが一括したが、弁当をそこに残して森の中に消えていった。


「まあ、貴族が嫌になって世捨て人になるなんてよくある話だ。しかし、そのために森番が不遇な目にあうなんてあっちゃいけない話じゃないか?この辺の森を統括していたのが親父さんなら、あんたがその代わりを務めるべきだ。うまくいかないってんなら、王都にでも報告すりゃよかった話だろ」


森番の扱いが悪いという話をジェイはおかしなものに感じていた。騎士崩れがその役に任じられたはずだから、貴族とのパイプがあったはずなのだ。しかし、エイジェルを見る限りその父親も体格がよく、身分など全面に出さなくても仕事を果たせていたに違いない。しかし、パイプ役の自分が死んだあとのことをよく考えていなかったから、おかしなことになってしまったのだ。それが証拠にこの西の森一帯以外のすべての森が同じような状態なら、流石に報告に上がってきていたはずである。西の森の番人だけが不遇な扱いを受けていたのなら、必ず理由がある。元貴族の身分を隠したくなる気持ちはわからないでもないとジェシカはかばっていたけれど、現状を考えればジェイにはエイジェルやその父の職務怠慢にしか思えなかった。


「お前が戻らなければ、リディエルが森番だ。だが、後10年はかかるだろうし、何よりリディエルにとってそれでいいとお前は思うのか?」


「そうまくしたてんなよ。あんたがたが善意の人だってのは、見ていてわかった。まあ、母さんは、まるきり庶民だから責めないでやってくれ。こっちも事情があるんだよ。盗賊たちの根城にやっと入りこめたんだ。これはフェイスの悲願で俺は親父を殺したやつらに復讐する機会だったからな。ただ、思ったより規模が出かかった役人たちは盗賊の手ごまにされちまってたし、あんたが貴族で女王に伝手があるならちょっと現状を伝えてきてくれないか」


鳥の声があたりによく響いている。背の高い木が多いからうるさくはないが、ほどよく周囲から二人の会話の声を隠してくれているだろう。とはいえ、周りにはだれもおらず、あるのは獣の気配だけだ。エイジェルは、この森が好きで守りたかった。リディエルのように王都に興味を持ったこともない。貴族社会の汚さは父親にさんざん教えられていたが、そういえばその父だって交流のあった貴族はいたのだ。それに前の王のことは尊敬していたし、女王だって可愛らしく勤勉だと褒めていた。意地になって、自分たちだけでなんとかしようとしていたのは愚かだったのかもしれないと最近は感じ始めていた。


「女王は退位して、今の王はクリスティンだ。まあ、それはおいといて、ちょうどこちらもいろいろつかんでいる。盗賊団の中に潜入しているなら、今から戻るのは危険じゃないか。俺たちが協力するから一緒に森の平和を取り戻そうぜ」


まるで、散歩にでも出かけるみたいに明るい口調でジェイは誘った。エイジェルは彼を遠くから見ながら世間を知らないいかにも貴族の坊ちゃんだと思っていたが、よくよく見れば細身に見えてよく鍛えられた身体も貴族にも庶民にも溶け込みそうな話し方もただ者ではないように思えた。おそらく、年齢はそう変わらないだろうが、ずっと森に閉じこもっていた自分よりは、彼の方がよく世間を知っているに違いない。


「まあ、渡りに船ってこのことだよなあ。ジェシカ様待っててねえ」


ジェイが両手を重ねて差し出すと肩からそこに飛び移った白い鳩が飛び立った。

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