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盗賊たちの列が、静かに森の中を抜けていく。ジェシカは、その様子を空の上から眺めていた。鷹になったジェシカの周りには不自然にはばたかないハトが四羽空中で静止していた。ジェシカは、翌日の朝まだ森の中にいた。夜中に雨が降り出して足場が悪くなり、馬の歩みが止まったからだ。
そして、まだ夜の明けない早朝、猫の姿で水浴びをしていたジェシカはこちらを見つめる青年の姿を見つけた。おそらく毛並みの良い猫が自ら川の中に入って水浴びをする姿が珍しく驚いて見ていたのだろう。
ジェシカは慌てて水の中に潜った、青年が水の中を歩いてくるのが見えたが、流れに沿ってすいすい泳ぎさるジェシカの姿を追うことすらできなかっただろう。なぜなら、水の中に入ったジェシカは魚に姿を変えていたからだ。
岸に上がったジェシカは何だか胸騒ぎがして、猫に戻ってかけた。戻ってみると特に異変は内容だったが、服を置き去りにしてきたので、人間の姿にすぐに戻ることができなかった。とにかく着替えようと、馬車の中で荷物を広げている最中に、盗賊たちが現れたのだ。
「おい、金目のものを持って出てこい」
荒くれた男の声が聞こえた時、ジェシカは慌てた。出ていきたくても、裸で服も着ていなかった。慌てたジェシカは、自分も二頭の馬も御者二人も鳥に姿を変えて、空に飛び立ったのだ。
「な、なんだ?馬と人が消えた?」
盗賊たちは騒然としていた。同時に土ぼこりを舞い上げたので、変身するところは見られなかったはずだ。馬車ごと奪っていくつもりだった盗賊たちはしばらく周辺を探していたが、あきらめたのか、馬車の中の荷物を奪って立ち去っていった。
彼らの姿が見えなくなると、ジェシカが着替えた場所からも服が無くなっていることに気づいた。地上に降りると、他の二人の着替えがあるので、ジェシカはすぐに大きな木の陰に隠れた。
「服がないの!上着でいいから貸してくれないかしら!」
ジェシカが言い終わる前には、ぽんと黒いマントが投げて寄越された。盗賊たちは人型に脱ぎ捨てられた彼らの服までは盗んでいかなかったのだ。後ろの腰のところに紐がついたマントは長さが膝下くらいはあり、他の服がなくてもどうにか人前に出られるくらいには身体をすっぽり包んでくれた。
「待たせたかな。けがはないよね。?とっさのことで、人間と馬だけ飛ばしたけれど、馬車ごと飛ばせばよかったか」
まさか、彼らが盗賊だとはジェシカもすぐには気づかなかったのだ。金目をものを持って出ろというのは、一体何をさせたいのかと頓珍漢はことを思っていたが、その時点で盗賊だと気づくべきだった。本当にすべて奪っていくのだと、ほとんど王宮から出たことのなかったジェシカは感動すら覚えていた。
「われらのことは良いのです。それよりも、女王様をお守りする立場でありながら、お助けいただき申し訳ありません」
勢いよく身体を追って謝ってきたのは、御者1もとい王宮の騎士団に勤めるジェイという青年だった。父は子爵でぎりぎり貴族という身分なので、騎士団所属で貴族の出身ということ以外、ジェシカが知っている情報はない。
「いいよ。私はもう女王ではない。魔力があるから自分の身は自分で守れる。危ないから、二人はもう王宮に帰ってよいよ」
「そういうわけには、参りません。賊に盗られて、女王様はもはや着る物もお持ちでないのですよ。無一文では生きていけません。また、恐れながら推測するところ、女王様は盗賊たちから大切なものを一人で取り戻されるおつもりでは?」
もう一人アンヌは女性だが、同じく騎士団所属でやはり男爵の娘だ。女王の護衛には女性が必要ということでつけられた。それだけでなく、アンヌはジェシカの乳母の娘であり、10歳くらいまではほとんど一緒に育てられた。ずいぶんと会っていなかったが、ジェシカについてなかなかに洞察力が鋭い。
「無用な邪推だね。そもそも供など必要なかったのに、どうしてもとエリックがいうからついてきてもらったけど、私はこれから一人で生きていかなければならない。命を取られなかっただけ、ましと思わなければ」
「恐れながら、女王でなくなったとしても、私はあのポンコツが王などとは認めてはおりませんが、あなたは”ただの人”ではございません。市井では優れた魔法使いであればあるほど、悪党に目を付けられやすいものなのですよ。また、年ごろの子女は一人で市井では生きづらいですしあなた様のお言葉は、到底普通の女性のものではございません」
アンヌの言葉に何度もうなずいているジェイの様子を見れば、彼女の言い分はもっともなことであるようだ。
「この山の下まで行けば隣国へ通じる関所の当たりだろう?そのあたりには、冒険者ギルドがあると知っているぞ。そこで登録すれば、用心棒だろうが、魔法使いの職だろうが、医者の職だろうが見つかるんじゃないのか」
「あのう。女王様。冒険者ギルドに登録するには、銀貨3枚の金が必要です。女王様は銀貨どころか、盗賊団にみぐるみはがされて、紙幣の1枚すら持っていないのです。そもそも、そういったところで、職探しするおつもりなら、城を出るときにフォレストライト卿がたに言われた通り、金を持ってでるべきだったと思いますよ」
ジェシカがてっきり修道院か隣国の貴族のところにでも身を落ち着けるつもりだろうと思っていたジェイもちょっと呆れた顔を見せていた。
「・・・」
リーンリーンと森の中で虫が鳴いている。真夏や真冬ではなく気候のよい時に城を出られてよかったとジェシカは旅行に出るくらいの気持ちでいたが、二人に言わせるとことはそう単純でないようだった。国で最高水準の教育を受け、魔法も剣術も並み以上の実力を有していると自負している。教養だってそれなりで、ダンスも他人に教えられるほどだし、クリスタル王国の言葉以外にもモブリア語はほとんどその国の人間と遜色ないくらいに話せるのだ。金の問題はあるが、ジェシカとしては自分が一人で生きていくことそんなに難しいことではないように思われた。
「・・・納得されていない顔ですね。わかりました。どうしても、われらを城に帰らせたいというのであれば、女王いえジェシカ様がお一人で生きていけるというところをわれらに見せてください。おっしゃる通りわれらが必要ないと分かれば、おとなしく城に帰りましょう。そうでなければ、われらはこの盗賊の出る森に女王を置き去りにしたという汚名を着て帰らねばなりませんから」
アンヌに真顔で見つめられたジェシカは、少し首をかしげて考えた。
「私が一人で生きていけることを証明すれば、あなたたちは帰るのね?」
「御意にございます」
「わかったわ。証明しましょう」
アンヌの真剣な表情に根負けし、ジェシカは了承の返事をした。二人はすぐに納得して帰るだろう。この時は本当に、そう簡単に考えていたのだ。