新米女王のはじまり
陰険、我儘、口悪い、不真面目、贅沢、そんな女王様を誰がお望み?
あれは、ジェシカが12歳の時だった。
「女王たるもの相手の要求を簡単に受け入れてはなりません。必ず一度は突っぱねて、その威厳を示すのです」
宰相はその地位についたばかりの女王を品定めするように上から下までじろじろと眺めまわした。
「この王冠ずり落ちてかぶっていられないんだけど」
「王たるものいついかなる時でもその地位が分かるように王冠を常にかぶっておかなければなりません。なに、大きくなったら、おっこちなくなりますよ」
「こんなに斜めにかぶっていて、就任式でみんなに笑われないかしら」
「それは侍女たちにどうにか直してもらえばいい。とにかく大切なのは威厳です。絶対に笑顔など見せてはなりません。若き女王は侮られやすいですから」
自分が王座に就くのに若すぎるのは明らかだ。そんな体裁を取り繕うより、この頭の痛くなる王冠をもっと小さくしてほしいとジェシカはため息をついた。
まだ成人を迎える前なので、ジェシカは殿方と踊るような祝宴にすら出たことがなかった。だが、新女王となったからには、その盛大な就任に必ず主役として出席しなければならないのだ。あんなに元気だった父と母がまさか他国の結婚祝いに出かけた先で船が沈んで死んでしまうとは思いもしなかった。ジェシカだってついていきたかったけれど、もし二人に何かあった時にはジェシカが王位に就くことになるのだからとついていかせなかったのは、誰あろう宰相のロディであった。
新女王の就任式のための装飾品は新たにあつらえられた。ドレスはきちんと母のものを手直ししたもので、華やかだ。靴だって新調した。それなのに、王冠だけ古びた重たいものをつけて人々の前にみっともなくさらされるのだ。それも死んだ母には笑っていれば愛されると教えられたのに、王になったら笑ってもいけないらしい。
これまでは20歳も年上の従兄を頼りにしてきたが、王になった途端にただの意地悪宰相に思えてきた。
「お兄様が王になればよかったじゃない」
「ただのエリックとお呼びください。それに何度も言いましたが、私は王になれません。ただの王妃の兄の息子ですからね。そんなことより、時期にモブリア国の王子がわが国を訪れます。しっかりおもてなしなさってください」
未熟な女王の傍らでどんどん書類業務をこなしながら、エリックはいら立ちを隠しもしなかった。ジェシカの方は一瞥もせず無情にも言い捨てた。
「モブリア国の王子様ってロディ王子のこと?なぜあの方だけを特別扱いしなければならないの?」
「なぜって聞いていなかったのか?お前の耳は本当に飾りだな。ロディ王子と踊って彼に婚約者になってもらうって話をしただろうが。大丈夫だ。お前の頭は残念でも、見栄えはそこそこだ。きっと大国の第三王子をメロメロにできるさ」
苛立ちが大きくなったのか、エリックの言葉遣いが女王に対するものではなくなった。ジェシカはエリックの言葉を真に受けたりはしなかった。ロディ王子は確かに第三王子だが、モブリア王国はジェシカがこれから治める(ほぼエリックに丸投げで)クリスタル王国の何倍も大国だ。こんな小さな国などひとひねりにできてしまう。おまけにロディ王子は17歳だ。12歳のジェシカなど相手にしてもらえるとは思えなかった。
「ロディ王子はただの新王のお祝いに来るのよ。私、結婚するなら自国の人がいい。大体跡継ぎの第一王子が来ない時点でわが国はなめられているのよ」
好きな人と結婚したい、とまではっきり言う勇気はなかった。ジェシカはエリックが言うほど馬鹿ではない。確かに家庭教師たちはおべっかを言っているかもしれないが、習ったことは復習して彼らの作るテストだって大方はできている。
「いいか、ジェシカ。女王としてなるべく楽がしたいなら強い後ろ盾のある夫をもつことだ。そうすれば好きなことをして過ごせるし、お前を子どもだの女だのと見くびっているゲイル公爵みたいなやつにも脅しが聞くんだ。愛だの恋だの憧れたままでいたら、女王としての人生はつらいだけだ。大人になれ」
エリックだって、船の難波で母親を亡くしている。本当はジェシカのお守なんか放棄して屋敷で奥さんに慰められたいだろうに、こうしてジェシカのそばにいてくれるのだからジェシカだってある程度我慢すべきなのだ。大体たとえ好きな人ができたって、身分の差が大きければ、女王のジェシカと結婚なんてできないし、してくれない。
「いいか。とにかく、明日からモブリア国の言葉のレッスンに教師を呼んだからな。明日の就任式までとは言わないが、王子が来るまでにはせめて日常会話ができるくらいにはマスターしろよ」
女王に対して偉そうにエリックは命じた。王子が来るのは1か月後だ。それまでに日常会話ができるくらいにモブリア国の言語をマスターしろなんてずいぶんと無茶を言う。しかし、ジェシカにとってもっと難しいのは、本当は王がやらなければならない諸々の仕事をエリックに頼らず自分で全部こなすことだ。エリックにはずいぶんと大変な思いをさせているのだから、自分だけ無理だいやだなんて言えないとジェシカはうなだれた。