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吸血鬼令嬢の餌  作者:
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 しばらく実家でお世話になることにしたけど、イグニスはどうするのかと思って公爵家に帰るか聞いたら、かなり本気で怒られた。「ふざけるな」と言葉まで乱暴だった。うー、そこまで怒らなくてもいいのに!


 この屋敷にいる間、わたしの世話は若い侍女にしてもらうことになった。ちなみにわたしが血を飲んだあの侍女ではない。あの人はもう辞めていた。

 イグニスはここではあくまで客人となるらしい。

 イグニス以外にお世話をされるのは嫌だったけど、まあ、ここは公爵家ではないし仕方ない……というか、イグニスがわたしと離されることに対しての不審とか不信とか不満とかを懇切丁寧、遠回しに温度の無い美しい笑顔で言うから、案内してくれた使用人が可哀想になってイグニスを宥めた結果こんなことになった。

 だって、ずっと一緒にいるわたしですら怖くなったんだよ。使用人が可哀想じゃない。彼女は言われた仕事をしただけなのに。

 イグニスには殺されるんじゃないかって目で睨まれて、すっごく直接的な嫌味を言われてしまったけども……引かなかった。なんか撤回するのも悔しくなったし。

 意地になった結果、自分が寂しい思いをすることになるなんて……ちょっと情けない。

 でも、自分のこれからを考えるのには、イグニスと離れて一人でいる方がいいのかもしれない。イグニスといたら甘えてしまう。

 そういうわけで今、部屋にはわたし一人だ。

 かつてわたしが使っていた部屋。懐かしさはあったけど、どこか余所余所しく感じてしまうのは、ここがもうわたしの居場所ではなくなったからかもしれない。

 とりあえずは、明日だ。 

 ヴァイオレット様宛に書いた手紙を――しばらく実家にいることとか、将来について考えたいこととかを書いた手紙を、侍女に明日の朝に出すように頼んでベッドに入る。

 目を閉じて、明日からの自分を想う。

 ちゃんと考えるんだ。自分がどうすべきか。どうしたいのかを、ちゃんと。



 ――なんて、気合入れて思っていたけど初日にして早々にくじけそう。

 原因はいくつもある。

 まずは寝不足。

 カーテンの遮光性が悪いせいで、寝ている間も部屋に日光が入りこむのだ。

 人間の中での言い伝えのように、吸血鬼は日光に当たると灰になる、なんてことはないけど人よりも強く眩しさを感じるから辛い。頭からすっぽりと布団をかぶって遮れば大丈夫なんだけど、それでも眠りは浅いものになった。

 起きたら起きたで、まずイグニスが部屋にいなかった時点で違和感だし、イグニスの紅茶を飲まないせいか、なかなか頭もはっきりしない。

 ボーっとしたまま持ってきたドレスに着替えたときもおかしなところがないか不安だったし、寝癖に関してはもう自分ではどうしようもないから侍女に頼んだけど、侍女の手は可哀想なほど震えていて申し訳なかったし、鏡代わりにおかしなところがないか聞けば怯えて返事をするし――怯えて本当のことを言ってないんじゃないかと思って何度も聞けばさらに怖がらせるし、なんかもう初っ端から心折れそう。

 そして、なにより一大事だったのが食事だ。

 食事を頼めば、なぜか侍女が悲鳴を飲み込み、顔を絶望に染めて、震える指でブラウスのボタンをはずし始めたのだ。

「ちょっと待って! なにしているの!?」

「お、お食事の用意を……」

 声も可哀想なほど震えていた。

「食事の用意って……まさか……」

 侍女はブラウス大きく開いて肩を見せる。

「ど、どうぞ……。わたしの血をお飲みください……」

 やっぱりー!

 ブラウスの前を強引に閉じれば、侍女の身体が強張った。

「大丈夫、怖がらないで。わたしは吸血衝動が薄いの。だから食事に血液は必要ありません。普通の食事を用意してください!」

「で、ですが……お嬢様の食事は、わたししか用意されていません……」

「……どんな簡単なものでも構いません。血液以外の料理は用意できませんか?」

 ヴァイオレット様のように自由に食事を生み出す魔術を、わたしはまだ使えない。あれはとても高度なものなのだ。

「お、お待ちください……。聞いて、きます」

「その前にブラウスの前を閉じてくださいね」

「は、はい……」

 すぐにでも部屋を出て行こうとした侍女は、顔を赤くしてブラウスの前を閉じると、一礼して部屋を出て行った。

 この時点で、もう疲れた。

 もうなにも考えたくなくなった。

 色々と考えるとは言ったけど、考える場所としてここはふさわしくないんじゃないかと、そんなことばかり考えてしまう。

 しばらくして戻ってきた侍女の手には、パンとコンソメスープがあった。

 屋敷の食事は終わっているのでこんなものしか用意できなかったと青ざめて震える彼女に、お礼を言う以外できるわけがない。むしろ、これを持ってきてくれたことが本当にありがたい。

 丁寧にお礼を伝えて、食事を取る。

 その後、お父様と一度だけ会った。

 そのときに、明日婚約者(仮)が来ることを知らされた。

 まだ結婚するとは決めていないと言ったけど、会うだけ会ってほしいと言われた。向こうが強引に事を進めようとしているのかもしれない。なんにせよ初顔合わせだ。

 これはもう早く結論を出さないといけない……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 どうやら、じっと考えるのはわたしには性に合わないようだった。……うん、ちょっと分かってた。

 やっぱり一人で考えるのは無理かも、と早々に諦めてイグニスに甘えることにする。こういうところが駄目なんだろうけど相談くらい許して!

「イグニスはどこにいるの?」

 侍女にイグニスの居所を聞けば、彼女はどこか慌てた様子を見せた。

「イグニス様はもうお休みしています」

「まさか!? こんな時間に? 随分と早いのね」

「も、申し訳ありません」

「いえ、あなたが謝ることではないわ」

 前にイグニスがいつ寝ているのか聞いたことがある。

 昼間はオンブルさんと一緒に屋敷の雑用をしているから、夜は眠たくなるんじゃないかと思って聞けば、わたしが眠った後に寝て昼頃に起きているという話だった。それで十分な睡眠時間は確保できているらしい。

 でも、ここは公爵家ではないし、わたしの世話もする必要がなくなったから、多くの人間と同じ生活時間に合わせたのだろうか。

 つまり、今が眠る時間。

 んー、なんか納得いかない。……なんか、悲しい。

 でも、これって考えれば、仕方ないことでもある。

 人間と吸血鬼だと、やっぱり活動時間は違うから。

 そう思うと悲しいし、不安が生まれる。ずっと昔に感じた不安。


 イグニスとずっと一緒にいられるのか。

 いつか、離れることになるのか。

 彼は人間で、わたしとは違う生き物なのだから。


 ……吸血鬼と人間でも一緒に生きていくことはできる。恋人や夫婦になった人たちを知っている。

 彼らとは少し違う形かもしれないけど、ヴァイオレット様とオンブルさんの二人だってそうだ。

 あの二人の間には特別なものがある、と思う。

 誰にも入り込めないような、特別な絆。主従であることは間違いないだろうけど、それだけじゃなくて家族のような恋人のような、二人だけの特別な信頼関係。

 わたしとイグニスの間には、彼らのようなそんな特別なものはあるのだろうか。

 イグニスは小さい頃『ずっとここにいたい』と言ってくれていたけど、それは今もそうなのか。

 この八年でわたしと同じように色々な人と交流を持ち仲良くなった彼は、わたし以上に様々な知識を身に着けている。

 お金の稼ぎ方、商売のやり方、外国の風習、言葉。自国だけでなく周辺の国の政情なんかにも詳しい。

 どうしてそこまで勉強するのか聞いたら、「色々と役立ちそうだから」なんて笑って言っていた。

 確かに色々と役立ちそうなものばかりだ。

 イグニスの未来を決める選択肢は、きっとその知識によって増えている。

 公爵家を出ても、わたしの使用人なんかしなくても、イグニスは生きていくことができる。そのための知識がある。

 そんなイグニスが未来を考えて決めるとき、一体なにを選ぶのだろう。

 その未来の中に、わたしはいるんだろうか……。

 イグニスにも会えないまま、吸血鬼になったばかりの頃にこの屋敷で過ごしていたときのように部屋に一人。長く退屈な時間は、イグニスのことばかり考えて終わってしまった。



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