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吸血鬼令嬢の餌  作者:
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 ふと意識が浮上して、わたしは目を覚ました。

 布団の中でパチパチと何度か瞬きする。

 その間に、わたしが起きる時間に合わせて部屋に来ていたイグニスがカーテンを開けた。

 日光すらも遮る分厚いカーテンの向こうには、柔らかな月の光を湛えた闇の世界。

 むくりと起き上がれば、その気配に気付いたのかイグニスが振り返る。

 イグニスと出会って八年が過ぎた。

 子供のころから神様に愛されたような美しさを持っていたが、年齢を重ねるほどに神様はイグニスの美しさにより磨きをかけていった気がする。

 青銀の髪は月光のもとで静かに輝き、青に銀の星が散る目は人を惹きつけてやまない。

 息をのむ美しさは性別すら分からなくさせるけど、喉仏や案外大きく骨ばった手、しなやかに鍛えられた身体が、彼が確かに男なのだと教えてくれる。

 わたしと違う、人間の、青年。

「アルバ様、おはようございます」

 オンブルさん仕込みのきれいなお辞儀をするイグニスに、わたしはベッドから起き上がった姿のまま「おはよう」と返した。

 今は朝ではないけど、吸血鬼にとっては夜が朝なんだし、起きたら「おはよう」と挨拶している。

 寝起きでボーっとした頭のまま、イグニスの用意してくれた紅茶を飲む。

 わたしはイグニスが淹れてくれた紅茶が好きだ。

 ほんのりと甘くて、さっぱりとしていて、なんとも言えないかぐわしい匂い。

 オンブルさんの淹れてくれた紅茶も美味しいけど、イグニスのは別格だ。世界一おいしい。

 お腹がほんのりと温まることで、意識もだんだんとはっきりしてくる。

 紅茶を飲み終わったところで、イグニスが用意してくれていた水の張った洗面器で顔を洗う。

 顔もさっぱりすれば、次は着替え。

 イグニスが用意してくれた青いドレスに着替えている間、イグニスは紅茶や洗面器を乗せたワゴンを片付けるために部屋から出る。さすがに着替えは手伝ってもらわない。

 ちょうど着替えが終わったタイミングで、またイグニスが部屋に戻ってくる。

 鏡のないドレッサーの前に座れば、イグニスが髪をとかしてくれた。

 ていねいにゆっくりと、優しく。

 心地よくて、眠気がぶり返しそうになるのはいつものことだ。

 わたしが寝落ちしそうな直前に、「出来ました」と髪を撫でられる。

 そこでハッとして立ち上がる。

 イグニスに向き合って、軽く腕を広げる。そして、くるりと一回転。

「どう?」

「お似合いです」

 鏡に映らないわたしには、自分がどんな格好をしているのか、ドレスが似合っているのかどうか何も分からない。

 だからイグニスがここに来たときからずっと、こうしてイグニスにお世話してもらって最終確認も頼んでいる。

 今日もイグニスからOKサインが出たところで、食堂に向かう。

 そこにはもうヴァイオレット様とオンブルさんがいた。

「ヴァイオレット様、オンブルさん。おはようございます!」

「おはよう」

「おはようございます、アルバ様」

 わたしはヴァイオレット様の前の席に座った。

 すぐにイグニスが食事を運んできてくれる。

 今日の朝食は、パンケーキにサラダだ。

 ヴァイオレット様は最近、パンケーキにハマっている。この屋敷の家事はヴァイオレット様の魔術で行われていて、料理もその一つだったけど、パンケーキはオンブルさんの手作りのものを好んでいた。ちなみにわたしのパンケーキはイグニスが作ってくれている。おいしい。

 ヴァイオレット様と今日の予定や、昨日の深夜のお茶会のことを話しながら食事を楽しみ、食後のお茶を飲んだところでイグニスが言った。

「アルバ様にお手紙が届いています」

「そうなの?」

 この八年で、わたしにもそれなりに友人は出来た。

 ヴァイオレット様を訊ねてきた人だったり、さらにその方からの紹介だったりで、吸血鬼とも人間とも会う機会が多いのだ。

 最近では『深夜のお茶会』も参加している。

 人間、吸血鬼問わず、また身分も問わない交流会は、ヴァイオレット様主催のもので、王族などの身分の高い方から貴族階級以外の方にも会うことができる。そのおかげで身分関係なく友人が出来たのだ。

 手紙をやりとりしている相手もいるけど、イグニスが届いた手紙を渡してくれるのはいつも部屋にいるときだ。

 食堂、しかもヴァイオレット様がいるときにそんなことを言うのがなんだか不思議だった。

 キョトンとするわたしとは反対に、イグニスは感情を消した表情で懐から手紙を取り出す。

「グラース家から……アルバ様のお父上からです」

 ……だから、そんな顔してこんなところで言ったわけですか。

 受け取った手紙を裏返せば、確かに父の署名があった。

 ここに来たばかりの頃はよく両親へ手紙を書いていたけど、今では年始の挨拶状を送るくらいだ。

 そもそも両親からの返事が、まったく来ないのだ。そうなるともう、誰だって手紙なんて送れなくなるだろう。

 そんな相手からの突然の手紙。

 誰だって良い予感はしないと思う。

 イグニスもそうだから、わざとヴァイオレット様の前でそれを報告したのだ。なにかあったときには、すぐにヴァイオレット様にご相談できるように。

 まったく過保護なものである。

 ヴァイオレット様はヴァイオレット様で、なにか思うところがあるのか面白くなさそうに目を細めた。

「これはめずらしい。手紙にはなんて?」

 つまり今すぐにここで読め、ということらしい。

 ヴァイオレット様も心配してくれているのだろう。お優しい。好き。

 わたしはみんなに注目される中で手紙を開き、読んだ。

「…………イグニス」

「はい、なんでしょうか」


「わたし、結婚するみたい」


「はあ?」

 いつもオンブルさんに倣って丁寧な言葉遣いをするイグニスが、このときばかりは思いっきり顔をしかめて乱暴に聞き返してきた。

 うん、あなたはそんな表情ですらきれいだわ。



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