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吸血鬼令嬢の餌  作者:
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 彼はオンブルさんに背負われて客間へと運ばれた。

 彼の身体の汚れを拭き、治療してくれるオンブルさんの横で、わたしは手伝えることはないかとチョロチョロ動き回っていた。

 あまりにも動き回るからか、最初は遠慮していたオンブルさんも「アレを取ってください」「コレを取って下さい」と指示をくれるようになった。わたしは喜んで手伝っていたが、たぶんオンブルさんが直接取った方が早かった。オンブルさん、優しい。

 治療も終わり、あとは目を覚ますのを待つだけになった。

 客間に眠る彼の枕元に椅子を持ってきて、わたしはジッと彼の顔を見ていた。

 オンブルさんには、すぐに目覚めることはないし起きたら知らせるから遊びに行っていいですよ、なんて言われたけど、わたしの興味は彼でいっぱいだった。

 よく見れば、きれいな顔をしているのだ。

 夜の中でも青銀に光る細い髪に、造りの整った小さな顔。月の光を浴びる姿は、神様が精魂込めて作った最高級の美を誇る人形のようだ。

 この子はどんな目をしているのだろう?

 そう思って、思わず瞼をむりやり開けたら、オンブルさんに部屋を追い出された。

 ちぇー。


 夜明けが近付いてわたしが眠った後に、彼は目を覚ましたらしい。

 それはつまり朝ってことで、人間が目を覚ます時間だ。

 彼は目を覚ました時にオンブルさんから、ここがサングレイス公爵領で、吸血鬼が住む館で、自分は吸血鬼の餌として助けられたのだと説明を受けた。

 待って。最後のは待って。

 本気じゃないから。本気で餌にしようと思ったわけじゃないから。嘘も方便ってやつだから。

 なんでそんな説明しちゃうの、オンブルさん!

 誤解もある説明を受けながらも、彼は助けてくれたことのお礼を言うと、喜んで餌になりますと言ったそうだ。

 待って。だから待って。

 なんでそうなるの!?

 ここは逃げるとこじゃないの!? なんで自分から血を飲まれようとするの!?

 逃げよう、そこはもうがむしゃらに逃げよう!?

 まあ、彼にはそう言うだけの理由があるようで、訳ありの彼はとにかくこの屋敷にいたいらしい。

 ヴァイオレット様は「アルバの餌なんだからアルバが決めればいい」と面白がっていて、オンブルさんはもちろんヴァイオレット様の言う通りで、じゃあわたしがどうするかって言えば、彼がいてくれれば話し相手になってくれるかもしれないし、鏡の代わりにわたしの姿を確認してくれるかもしれないし、もう寂しくなくなるかもしれないし、ってことでここにいてもらうことにした。

 間違っても、餌として、ってことじゃないから!

 これ重要!

 それなのに、わたし以外の全員の認識が「アルバの餌」として屋敷にいるってことになってるんだから、最初の発言って大事だね! くすん。

 自称わたしの餌である彼の名前は、イグニス、といった。ちなみに目の色は青。その中に銀色の星が散っている。髪と同じくきれいな目だ。

 目を開けている彼の美しさは完璧だった。眠っているときより、さらにきれいなのだ。

 そんなイグニスはわたしと同い年で、ヒョロヒョロで背が高かった。

 わたしが眠っている昼間はオンブルさんに色々と教わっていて、わたしが夜に起きてからはわたしの世話係兼遊び相手になってくれている。

 まずわたしが着たいドレスが似合うかどうか見てくれて、寝ぐせの位置も教えて整えてくれて、夜の散歩だって一緒にしてくれた。

 動物たちとの鬼ごっこはわたしが手を引いてあげないとイグニスは全然動けないからすぐに見つかってしまうんだけど、それでも楽しい。

 イグニスはわたし以外の自他共に認める「わたしの餌」だったけど、わたしは彼の血を飲んだことがなかった。

 正確に言うなら飲めなかった。

 わたしが初めて飲んだ血は侍女だったけど、そのときの顔とか、その後のことを考えると、どうしてもイグニスの血は飲めない。

 吸血鬼は人間の血が大好物だけど、絶対に飲まなきゃいけないものでもない。普通の食事だってできる。

 だから、わたしもイグニスの血は飲まなくて大丈夫なのだ。

 彼は餌じゃなくて、わたしにとってあくまで世話係兼遊び相手だった。

 それなのに――。


 あるとき、わたしは目を覚ますと一人だった。

 その頃には、イグニスはわたしが起きる時間を見計らって部屋に来てくれていた。

 本物の執事のように紅茶を用意して。

 それなのに、その日はいなかった。

 イグニスのおかげですっかり無くなっていた寂しさが、不安と一緒によみがえってくる。

 わたしは思わず寝間着のまま部屋を飛び出した。

 屋敷の中を走り回り、食堂に続く廊下でその光景を見てしまった。


 ヴァイオレット様と、イグニス。


 ヴァイオレット様は軽く腰を屈め、その口元にはイグニスの手首。イグニスはどこか呆然と、ヴァイオレット様を見つめていて――。

「うわうわうわうわうわー」

 わたしの口からはなんとも言えない叫び声が漏れた。

 二人がわたしを見る。二人ともちょっと目を見開いて驚いている感じだけど、わたしだって驚きやらショックやらなんやらかんやらよく分かんない。

 ただただイグニスに向かって走り、彼の身体に勢いよく抱き付く。そして、ヴァイオレット様を見た。

 後日聞いたら、涙目で睨んでいたらしいが、とにかくそこでわたしはまたも叫んでいた。


「イグニスはわたしの餌です!」


 だからなんて餌なんだよ、というツッコミはなく……またもヴァイオレット様には爆笑され、イグニスにはちょっと嬉しそうに「申し訳ありません」と謝られた。


 違う、なんか違う!


 わたし、一滴もイグニスの血を飲んだことないじゃない。餌なわけないじゃない。分かるでしょ。

 これは、第二次餌発言事件として、わたしの黒歴史になっている。



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