三大龍
降り立った場所はうっそうとした森だった。
精霊界ではないのに大地に自然が広がり、全てに命がみなぎっている。
オオン……
低い鳴き声が森の奥から聞こえ、呼ばれたような気がして子供はそちらへと足を向けた。
ガサガサガサ
幾重にも重なる木々の向こうに生き物の気配を感じる。
闇の生き物の気配。
それでも不思議と恐怖は感じなかった。
声に導かれるまま森の中を真っ直ぐに足を進めれば、やがて木々の代わりに岩がある場所に出た。
そこはファルーシアが封じられた洞窟に似ていた。
闇の奥で何かが動く。
「ようこそ、幼き精霊の子よ」
ぽぅっと何かが光を放ち、その光が広まって暗い洞窟を明るく照らし出した。
光を灯したのは洞窟の壁から生えている水晶。
光に浮かび上がったのは闇色の巨大な龍であった。
「先ほどファルーシアの声が届いた。恐れる事は無い、我は珖闇、闇を司りし闇の龍」
龍の下には2つの人影があった。
闇を照らす黄金の炎と真紅の炎、ゆらりと闇の龍も姿を変えた。
そして二人の間に一人の男が現れる。
漆黒の髪と瞳を持つ闇の支配者。
「我らは「三大龍」、恐れる事は無い、お前達と同じ自然界を守る者だ」
「儂は神炎龍ゼノス・ヴィーヴル、神界で竜族を監視する役目を担っている」
銀色の髪に微かに混じる紅い髪、鋭い光を放つ瞳の色は深いグリーン、何者にも屈しない強さを持つ王者。
「僕の名前は黄琅、天上界を統率する竜族の長・黄龍だよ、こんにちわ」
黄金の髪を持った優男が静かに微笑む。
対する二人が長身の大男のせいか、黄琅がかなり小さく見えてしまう。
がっしりした体型の二人に比べ、黄琅はすらりとした筋肉のない体型で、ゼノスと珖闇の威圧感とは違い、静かでやんわりとした雰囲気がある。
「このガキが預かりものか?」
子供を見下ろすゼノスの口調から子供の事情を全て把握している様だ。
「そうだ。成長するまでの間、儂が育てる」
「僕も手伝うよ、いいでしょ」
「助かる」
「しかしカルーシアも馬鹿な事をした」
ため息混じりにゼノスが呟く。
「まぁファルーシアを消さなかっただけマシだろう」
「そうだね、希望は消えていない」
強い口調で三大龍が頷く。
「で、コイツの性別はどっちだ?」
「ゼノス……」
「どっちだ?」
珖闇が首を傾げて子供を見下ろす。
「性別はないです」
「精霊だからな」
「じゃあ男として扱っても支障はないな、では儂は戻る」
知りたい事を知ってすっきりしたゼノスが踵を返した。
「え?」
ゼノスの言葉に黄琅が顔をあげ、とっさにゼノスの服の裾を掴む。
「ゼノス……神界に行くな、いつ君が犠牲になるとも分からないのに」
すがり付いてに懇願する黄琅に、ゼノスはその堅い表情を僅かに緩ませた。
「他の地にいる竜族が全て天上界に逃れるまで、それまでは通わねばならぬ。大丈夫だ、必ずお前の元に帰って来るよ」
それ以上は何も言えず、黄琅はこくりと頷いた。
「気をつけて」
「ああ」
片手を挙げて返事をするとゼノスは洞窟から去ってしまった。
「さて、お主の名前を聞かせてもらおうか」
膝を折り、視線を合わた珖闇が少年に名前を尋ねてきた。
少年は首を横にふり、名前が無い事を告げた。
「名前を与える暇もなかったか」
「じゃあ瞳の色にちなんで、紫紺っていうのはどう?」
「ふむ、紫紺でよいか?」
「はい」
二人の言葉に強く頷き、少年は自分の名前を受け入れた。
紫紺。
それが今日から自分の名前。
精霊王を助け出すその日まで、自分を表す大事なもの。
「儂の森は魔物が溢れておるから少々危険かな?」
「魔物?」
「儂の闇から生まれた者達よ。魔獣は闇の力を使うだけで、闇から生まれたわけではない。魔物は闇から生まれただけで、闇の力を使えるとは限らん。どうも世の情勢が揺らいできたのでな、生まれ故郷に呼び寄せたのだ。だが儂以外にはあまり懐かぬ」
困ったように珖闇の瞳が揺らぐ。
「まぁまぁ珖闇、ここで講義をしてもしょうがないよ。紫紺は僕の城で預かる。あそこなら何者の手も届かないし、この世界で一番安全な場所だよ」
「わかった。頼む」
珖闇は苦笑しながら、紫紺の世話を黄琅に譲った。
「儂の事は闇龍と、あと、たまには遊び来てもよいぞ」
「はい」
光と闇の精霊の想いから生まれた子供。
彼は紫紺という名を授かり、優しい龍に育てられる事となった。