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九龍伝説  作者: ゆめ
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破滅の精霊 ~紫紺~


 穏やかだった地はいまや平穏をなくしていた。

 世界の均衡を支えるべき神界すら邪気の侵食が始まり、外界の邪気も日々高まりつつあった。

 聖なる者が狙われ、闇に対抗しうる力を持つ者が次々消えている。


 荒れる世界に自然の均衡が崩れ始め、精霊の住処も地上から消え始めていた。

 人界では清らかな自然がなければ精霊は存在できない、それが無くても存在できる唯一の場所は全ての精霊の故郷と言われる精霊界のみ。


 だがそこにも問題はある。

 精霊界を治めているのは、地・水・火・風の四大元素を司るカルーシアと、光・闇の二大属性を司るファルーシア。

 二人の精霊王によって精霊界は秩序を乱す事無く、平穏の世界を保つ事ができていた。


 何が問題かといえば、ファルーシアの持つ属性である。

 元々精霊界にいた精霊には対した影響は出ない、だが……人界から逃れてきた精霊にはファルーシアの持つ闇の力は毒になった。


 世の変化でファルーシアの闇の力が強まり、誰もが自分達が汚れてしまうのではないかと恐れ、慄き、不安に怯えていた。

 精霊界以外に精霊にとって真に安全な場所は無い。


 だからファルーシアは封じられた。

 全ての精霊の為に。




「すまない」


 そう言って泣くカルーシアの涙は本物だったのだろうか?


(浅はかだ)


 カルーシア一人で何ができるのであろうか。

 自分を封じてそれで全てが済むと思っているのだろうか?


 闇を否定する事は己らの存在を否定する事。

 闇はどこにでもあり、光も同時に存在する。

 闇は光であり、光は闇である。

 両方の残酷さを持っているのが自然界。


 カルーシアは闇を否定した。

 いつかその報いを受ける日が来るだろう。


 ファルーシアは精霊界の果てにある暗い岩の洞窟、誰も訪れない闇の中に封じられた。


 器も魂も全て封じられれば辛くは無い。

 器を封じれば身体を動かす事はできない、魂を封じれば心が動く事もない、魂も器も何もかも、全てを封じられた方が何も考えずに済む。


 だがカルーシアはファルーシアを水晶の結界の中に閉じ込めただけだった。

 水晶の牢獄の中、生きたまま永遠の時をこの中で過ごす。


(私にとて感情はある)


 やがて悲しみは憎しみと変わり、気が狂う前に自分で自分を壊して、やがて破壊の精霊へと成り下がる。

 ファルーシアもそんな姿になるのは嫌だった。


 こんな場所に閉じ込めるのはかえって逆効果、閉じ込めた者を怨み、それを願った者を怨み、原因を作った者を怨んでしまう。

 闇を毒と恐れるその心こそ、闇を毒へと変えるもの。

 心に昏い闇が降りかかるのは防げない、いつか気が狂ってしまうだろう。


 分かっていてもそれを告げる事をしないのは、自分が消されるのを恐れているから。

 ファルーシアが消されたら、ファルーシアに連なる精霊も消えてしまう。


(それだけはさせない)


 ゆるりと精霊王は顔を上げた。


(子供達だけは逃がさねば、私が狂う前に)


 感情全てが闇に染まるその前に。

 精霊王は自らの洗礼を受けた精霊を呼び集めた。




 暗い洞窟にすすり泣きが響く。

 目の前では呼び出された者たちが涙を流している。


「お前達まで傷つく事は無い」


 ただ言葉をかけることしかできない、手を差し伸べて、この腕に抱きしめてやる事ができないのが歯痒い。


 全てファルーシアの洗礼を受けた精霊。

 四大精霊とは違い、光と闇の精霊は完全な人型であり、明らかに精霊界では異端の姿。


 それは彼らの力の強さを暗に示している。

 もうじき闇の力を持つ精霊は消される。そうカルーシアが決定したから。

 光の精霊は悪影響を与えないので残されるらしいが、彼らはそれを望まなかった。


 王が封じられ、半身である闇が消されてしまうのに、自分達だけが安全に生きる道を彼らは選ばなかった。

 光と闇は二つで一つ、そう教えてきた。


「私に出来る事といえば、お前たちを地上に逃がす事だけ」


 最後まで王の傍にと望み、泣きすがる子供たち。


「分かっておくれ、お前達が消える方が私には辛いのだ。だから生き延びておくれ、どんな姿になろうとも」


 涙を流す闇の精霊と光の精霊、身体がだんだん透けてきている。


「私が別けた闇と光、お前達を今一度一つにする。私が持つ力を与えよう、外界で生きてゆけるように」


 優しき精霊王が涙を流す。

 隣にいた光と闇が手を取り合うと、身体を光へと変え、静かに融合し始めた。


「新たな姿を与え、声を与え、命を与える」


 光の塊が新たな形をとる。


「いつかきっとお前達を必要とする者が現れるであろう」


 光が完全に形をとる前にファルーシアはゲートを開き、彼らを外界へと送り出した。


「さようなら」


 別れの言葉を聞く者はいないはずだった。


 ふと目線をあげると水晶の前にまだ光が残っていた。

 他の子の倍の時間を掛けて育った光は、ベージュのふわふわした髪に妖精の羽を背に持つ子供の形を取った。


「なぜ?」


 紫の瞳が真っ直ぐにファルーシアを見上げる。

 美しく育つであろう美麗な花。


「みんなの想いが、私を作った」


 自分の胸に手をあて、静かに言葉を紡ぐ。

 生まれた理由も、周りの事情も全て理解している強い瞳。


 コツン


「!」


 洞窟に響いた音に子供が後ろを振り向く。

 そこにいたのはカルーシアだった。


「それは……なんだ」


 蒼白の表情でカルーシアが子供を指す。


「闇と光の精霊が消えた。やはりお前の仕業か、ファルーシア!」


 聞いたことの無い怒声。

 真っ直ぐに突き出された殺意。


「行きなさい、殺される!」


 王の言葉に子供は静かに振り返った。

 生まれたばかりとは思えない静かな表情。

 そしてカルーシアに向き直り、キッと背筋を伸ばした。


「ファルーシア様に属する精霊はもういない。全て一つとなり、私が生まれた」

「っ!」


 ガンッとファルーシアが水晶を殴る。

 子供は王を見上げ、静かに微笑んだ。


 全て、背負うつもりなのだ。

 外界に逃れた仲間を追わせぬために。


「ならばお前も封じるまで!」


 カルーシアの怒りに応じ地鳴りが響く。


「ここで暴れたらファルーシア様が怪我をするだろう」


 カルーシアを見据え両手を突き出す。


「貴方にも味わってもらいます。生きたまま封じられる苦しみを!」


 黒い影が子供から溢れ出しカルーシアに一直線に襲い掛かった。


「っ闇の力か!」


 攻撃態勢を防御に回したが間に合わなかった。

 黒い闇がカルーシアを覆い尽くす。


「!!!!」


 声は聞こえない。


 あの程度の封印ではすぐに解けてしまうだろう。

 逃げる様告げるため子供を見ると、彼はすぐ目の前でこちらを見ていた。

 トン、と白い手が水晶の結界に手をつく。


「僕の瞳は貴方の瞳、いつも一緒です、ファルーシア様」


 ふわりと子供が微笑む。


「必ずファルーシア様を助け出します」


 生まれたばかりの少年は自ら開けたゲートから外界へと逃げ出した。


「二度と、この地に足を踏み入れてはならない」


 来たら殺されてしまう。

 希望の光があると分かっただけでいい、それだけで自分は救われる。


「闇の龍よ、どうか我が子を……」


 涙を流しながら、ファルーシアはその場に崩れ落ちた。


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