風の王
それが襲ってきたのは突然だった。
木陰で一休みをしていたら、黒い集団が襲い掛かってきたのだ。
理由は聞く暇も与えてもらっていない。
戦えそうな場所を探し、その場を逃げ出したが、恐ろしい迅さで追いかけてきた。
「ちっ」
風で気配を探っても、いつまでも追ってくる。
追っ手の数は百ほどいるだろう、狭い場所で戦えばこちらが不利になる。
森を抜ければ草原に出るはず、そこで一気に片をつけるしかない。
2mの長身をもつ男は、ひたすら草原を目指して走ってた。
ザザザザザ
草木を掻き分け、大地を蹴り、前へと進む。
ザッ
明るく視界が開け、道が途切れた。
迷う事無く、男は崖から飛び降りた。
ガガガガガガガガ、ッガ!
地面を削る鎧の音が後を追ってくる。
宙で180度回転させ、武器である扇を取り出す。
扇に描かれているのは男が守護を受けている鳳凰、赤と金をふんだんに使って描かれた鳳凰は迫力があり、今にも扇から飛び出て動き出しそうな迫力だ。
横に軽く動かす、それだけで剛鉄の鎧が砕けた。
地面に着地すると、視界の隅に一人の人間と一匹の狼を捉えた。
(こんな所に人が!?)
人気がない場所を選んで来たのに――
危惧したとおり、騎士らの数名がそちらの方へ流れてしまった。
助けにいくにも自分の身だって守れるかわからない。
(くそっ)
心の中で悪態をつきながらも、なるべく戦闘に巻き込まないため、男はなるべく遠くへと移動した。
「【鳳凰!】」
キィン
高い音が響く。
それは神々の言葉『イータ』、意識して使う事で呪文として発動する。
唯一信じられる者の名を呼ぶと、空気がキラキラと光を放ち、男の周りに薄い結界を張り巡らせた。
「【来たれ風よ】」
おおおおん、と風が唸る。
前列にいた騎士の身体を風が縛る。
そのまま風は小さくなってゆき、鎧にヒビが入る音が響く。
「【刹那の祈りと刹那の願いのもと、刹那の力を貸したまえ】」
全身の骨を砕かれた騎士の首を綿で撫でるような感触が滑った。
紅い線が喉に走る。
ゆっくりと血が流れ出る。
風が悪戯に騎士の首を撫でると、簡単に騎士の首は取れ、地面に転がった。
拘束から首の切り離しまでおよそ30秒。
すぐに次の行動に移った。
もう一つの扇を取り出す。
扇に舞う白き龍。
「【風神の舞】」
クロスした扇を一気に上から下へと振り下ろす。
風が唸り、大地が裂け、騎士が吹き飛ぶ。
残り半分。
囲まれたら不利になる。
その前に倒さねばならない。
剣を振りかざして襲い掛かってきた騎士をカマイタチで切り裂き、薙ぎ払う。
二度目に放たれたカマイタチを、一人がその身を盾にして受けた。
ガンッと音がし、銀色の光を放つ剣が騎士の身体を貫通する。
仲間の身体を盾にし、騎士が男に襲いかかってきた。
「【っくぁ】」
攻撃を避けたものの、風圧が肩の骨を砕いた。
額に脂汗が流れる。
「【油断した】」
苛立ち気味に呟き、男は自分の周りの結界を強めた。
ッヒュ
風が揺らぎに騎士らが上空を見上げる。
純白の翼を持ちし蒼き狼。
その背に乗っているのは先刻の人間、柔らかい緑の髪が鮮やかに視界を彩った。
「聖龍召喚(ウェルディ―ル)!」
ふわりと蒼い狼の周りを白い気が取り巻く。
白い気は龍の形をとり、蒼い狼はそのままの勢いで騎士らの群に突進した。
白い龍が騎士を飲み込む。
攻撃から逃れた騎士が地面に倒れこむと、その上にひらりと札が舞い降りる。
「消魂」
ギャアアアアアアアッ
視界を遮る光と悲鳴、光が止んだ時、そこには一人の騎士も残っていなかった。
(助けてくれた?)
誰かに助けられたのは初めての事、戸惑いながら彼らの姿を探す。
『不味い!』
ペッペッと苦味を吐き出しながら、蒼い狼が青年に向かって文句をつけていた。
「ごめんってばー、後で甘い果実採りに行こう、ね」
『……ふん、ならば許してやろう』
果実に機嫌を直した蒼い狼が軽く顎を引く。
ふいに蒼い狼が男を見た。
『あ、怪我してるぞ、治してやったらどうだ?』
「はーい」
明るく笑い、青年は警戒する事もなく男に近づいてきた。
「治しますからじっとしててくださいねー」
有無を言わさず、肩に札を張る。
「治癒発動」
ポォォォっと札が光を放ち、肩の痛みを取り除く。
「はい終わりー、他に痛い所はないですか?」
「【……ない】」
「???え?」
とっさに青年が蒼い狼を振り返った。
どうやら男の言葉は青年に通じなかったらしい。
(あれほど高度な力を使いながら、不思議な奴だな)
あの騎士らを瞬殺できる力があるならば、神族言語の一つや二つ、簡単に理解できそうなものなのだが――。
『痛いところは無いそうだ』
男の言葉を理解したのは狼の方だった。
青年に男の言葉を通訳し、戸惑う青年を安心させる。
「あ、よかった。じゃあ僕らはいこっか」
『……ん?』
青年の言葉に蒼い狼が首を傾げる。
「ただちょっと本人見たかっただけだから」
無邪気に笑う青年に、蒼い狼がガックーーっと地面に沈んだ。
『お、お前な……』
「だって興味あるでしょ、将来有望な風の王に」
「一応、自己紹介だけしよっか」
にこにこと微笑みながら青年が蒼い狼を立ち上がらせる。
『はぁ……仕方ないな』
呆然と座る男に二人して向き直る。
「私はユン、札使いとリギアの相棒やってます」
『我が名はリギア、気高き神狼族にして、コヤツの召喚獣をやっておる』
「貴方は?」
「【風の民】」
「?」
『風の民、だそうだ』
「……まぁいいけどね、次の時、どうせ名乗る事になるんだし」
くすりと笑い、神狼の背に乗る。
「一つ、未来を教えましょう」
すぅっと青年の指が男を示す。
「来る未来、大規模な神狩りが行われます」
閉じていた瞳を開き、まっすぐに男を見据える。
「三大龍が失われるその前に、彼らに会うといい、必ずや――」
『もういくぞ』
これ以上厄介事に関わりたくない、そう言わんばかりにリギアがユンの言葉を遮ったので彼の言葉を最後まで聞く事はできなかった。
「では、貴方が闇の力を手にした頃、また会いましょう」
水色の瞳が柔らかい光を放つ。
『次に会う時までに、人の言語ぐらい喋れるようになっておけよ』
くっくっくっと笑いながら、リギアはユンを背に乗せ、どこかに去っていった。