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九龍伝説  作者: ゆめ
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予言者  ~ユンとリギア~

 草原に一人立つ。


 目を閉じれば心が見える青年は、まだ若いというのにとても落ち着いた雰囲気をまとっていた。


 草原の中央に立ち、精霊達の噂話に耳を傾ける。

 風に吹かれて緑色の肩まである髪が舞う。


 ガサガサと草をかき分け、何者かが近づいてきた。


『ここで何をしている』


 獣の言葉が分かる者はもう殆どいない、理解しようとしないから誰の耳にも届かない。

 本当は聞こうとする心さえあれば、獣の言葉を理解する事は容易い。

 神の言葉を理解するよりも容易い事なのだ。


「風の声を聞いていたんだよ」


 目を閉じていた男は獣の言葉に笑いながら返答した。


 薄っすらと目を開ける。

 水色の瞳が現実の世界を映し出す。


 暗黒の雲が世界を覆う前から一緒にいる蒼い狼、4mの巨大な身体に宿る優しき心。

 腰まである草の中、むすっとした顔が青年を見ていた。


 純白の翼を背中に持つ蒼い狼、『神狼しんろう』と呼ばれる神獣の一種。

 聖なる生命の虐殺が相次ぐ現在、彼の身の方が危険なのは明白。


『もう行くぞ、我が見つかったらどうするつもりだ』

「じゃあ迎えにこなきゃいいでしょ」

『ふん、我がいないとろくに食事もとらん若造が』


 ガサガサと草を掻き分け、さっさと先に進む狼の背を見ながら失笑する。

 憎まれ口を叩いたっていつもこうして迎えに来てくれる。

 互いがいなければ行動しないのはお互い様。

 いつもねぐらにしている洞窟を目指しながら、少し足を速めて神狼の隣に立つ。


「いい事教えてあげるよ」

『お前の予言は関係ない事が多すぎる』

「予言された場所から遠く離れるから、いつも無関係でいられるんでしょ」

『ふん、それで? 今度はなんだ』

「あのね、風の王が現れるよ」

『なんだと?』

「今日、ここに、追われてくるよ」


 にこにこと全く考えの読めない男が笑う。


「久々に燃えるよねー」

『さっさとここから遠ざかるぞ』

「えー、なんで?」

『イチイチ争いに巻き込まれていたら、いつかお前が怪我をする!』


 何気に恥ずかしい本音を言うと神狼は歩く速度を速めた。


「――ごめん、そんな心情を知りつつ、好奇心が負けた」

『……』


 ぴたりと足を止め、のろのろと青年を振り返る。

 耳と尻尾が垂れ下がりなんとも可愛い。


「もう遅い♪」


 アハと青年が笑うと、二人の視界が暗くなった。


『ん?』


 上を見上げると着物を羽織った男が崖から飛び降りた所だった。


『いまさら、なんだな』

「うん」


 ガガガガガと土を削る音がして、黒い影が群をなして崖から続いて飛び降りた。


「あれも予想済み、種類は邪鬼衆の10段階レベルで10、邪道騎士団だよ」


 『邪鬼衆じゃきしゅう

 今この時代を支配しようとしている者の手駒。

 各地に現れては聖なる生命の火を消してゆく者達。


 中でも邪道騎士団はその最高位に値し、将来性ある者を排除するのが役目。

 つまり、神になれる力を持つ者、力を秘めている者、隠している者を消す集団。

 人型をしており、全身を漆黒の鎧で隠し、鎧の隙間から見える瞳は、どこまでも昏く鋭い。


 最下位の邪鬼衆は30cm以下の昆虫の姿をしている。

 攻撃力はないものの、世界各地に散らばっていて常に世を監視している。

 少しでも障害になりそうな者は彼らの目に止まり、そして邪道騎士が差し向けられるという仕組みになっているらしい。


 いつからか増え始め、気付いた時には手の施し用がないほど世界中に広まっていた。

 排除に差し向けられた者は返り討ちか、闇に引き込まれ、敵となって帰って来る。


 確実に浸透していく闇。


 青年の目には、主神が倒れる姿がはっきりと映っていた。

 青年は一つも間違える事無く未来を当てる。

 神狼と自分の身を守る為に。

 そして更なる未来を切り開く為に。


『巻き込まれたかったのか?』

「追われている方に興味があって」


 すでにトンズラを諦めた神狼がため息を付く。

 相手は邪鬼衆、名前の通り邪悪な連中で、聖なるものを敏感に察知することが出来る。


 神狼は神獣の最高位に属する。

 あんな連中に見つかったらこっちもやばい、全部分かってて騒動に巻き込まれたのは相棒、当然なんらかの考えがあってなのだろうが、さすがに胃がきりきりしてきた。


 風が鳴る。

 男が着地すると同時に、地面にボタボタと黒い塊が落ちてきた。

 ズタズタに引き裂かれていて原型は分からない。

 その上に殺し損ねた群が雪崩のように落下してきた。


(最高レベルの邪道騎士団をこうも簡単に、ねぇ)


 隣を見ると、やっぱり逃げないか? と神狼の瞳が訴えていた。

 しかし時すでに遅く、邪道騎士団がこちらに気付いてしまった。

 素早く二手に別れ、3分の1の人数が青年と神狼に回ってきた。


「うっふふー」


 心底楽しそうに微笑むと、青年はついに戦闘モードに入った。


(これもまた運命)


 そう自分に言い聞かせると、神狼もまた戦闘態勢をとった。


「殺セ」

「殺セ」


 地の底から響いてくるような低い声が、一つの単語を繰り返す。


「うーん、変化がないね、せめて『助けてくれ』ぐらい覚えなきゃ、でなきゃ命乞いしてもつまらないでしょ?」


 ババッと音がして青年の両手に無数の札が現れる。


「さぁ」


 いつも糸目の瞳がカッと開かれる。


「泣き叫ぶがいい!」


 数百の札が邪教騎士に飛ぶ。


聖龍陣せいりゅうじん


 札と札の間に白い閃光が走り、光が邪道騎士の周りに結界を張る。

 半径4mほどの結界の中で邪道騎士が慌てふためいた。


「聖なる結界、貴様らには破れまい!」

『性格変わっておるぞ』


 札から逃れた騎士を踏み潰しながら、神狼がはぁぁぁぁとため息を付いた。

 本性がでたらもう相棒は止まらない。

 厄介なこの敵を全部倒すまで止まらないだろう。


「きたれ聖なる力」


 オオン……

 狼の遠吠えと共に神狼が蒼白い光を放ち、空に吸い込まれるように姿を消した。


「闇の力を無に帰せよ!」


 青年の言葉が終わると同時に結界が光を放った。

 魔方陣が結界の足元に現れ、幽霊のように巨大な狼が姿を見せる。


 ゆっくりと

 魔を飲み込んでゆく


 声をあげさせる事もなく、血で大地を汚す事もなく、全てを飲み込む。


「解除」


 青年がパン、と手を叩くと、結界が解かれ、神狼も元の大きさに戻った。

 騎士がいた場所にはただ鎧の欠片が残っていただけだった。


『まったく、闇系統は不味いと何度いったら分かる』


 口の中の苦味を消そうと、神狼はそこらに生えている花を食べ始めた。


「だって……一斉排除にはあれが一番楽なんだもーん」

『それで? 肝心のはどうした』

「そうだね」


 キョロキョロと辺りを見回すと、離れた所で男と邪道騎士団がまだ戦っていた。

 数は先刻の半分に減ってはいるが、一人で相手をするにはまだ数が多い。


「加勢ー!」

『仕方がないな』


 いつものように背中に乗った相棒に苦笑しつつも、神狼は白い翼を羽ばたかせた。

 腰まである草の中を走るより、空中を移動した方がよっぽど速い。

 背中の上で札を構えた相棒、攻撃は相棒、神狼は防御に徹すればいい。

 地面を蹴り、空に舞い上がった。



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