犯罪者の流儀
ジュペッテは私を自室へと連れ行った後、さっさと衣装探しへ向かった。
一応、『体型と顔が隠れるもの』という指定だけは聞いて行った。
「適当に探しておいて、と言われてもなぁ……」
こちらで勝手に衣装を決めるわけにもいかず、私は言われた通りに貸した本を探す。
しかし、捜査は意外にも難航していたのである。
部屋は整然としていて、寄宿舎の部屋並に家具は最低限しか揃っていない。本棚だけは、必要最低限でありながら10くらいある。
「借り物ぐらいは別にしとけってぇの……」
ぼやきつつ、一面5段3列が十面ある本棚を一つずつ見ていく。
童話や童謡、逸話を集めた物はなんとなくわかる。脚本だと、背表紙が無いものもあり基準がわからなくなる。
同じタイトルでも中身の細部が違っているのだろう。
貸した本は経営者の自叙伝なのだが、そういったジャンルをどこにしまっているのかわからない。
これといって決めてないのか?
普通にエッセイと童話が一緒にあったり、大きさ厚さ古さ、いずれとも共通項なし。さすがに作者順かまではわからない。
「あの本は、気持ち悪いくらいに出っ張ってるし……。立派な蜘蛛の巣までッ」
ザッと見回す程度だが、1面ずつ総当たりで見ていくしかなかった。
10分も探していたかな? 漸く、目的の物を見つけたあたりでジュペッタは戻ってくる。
「どうですか、そちらはぁ?」
「あぁ、ちょっと苦労したけど見つけたよ。初めてにしては、上出来なタイムだと思うぜ」
一番奥の棚にしまわれていた本を持ち出して、肩を竦めて見せる。
「これって、どういう基準で並べてるんだ?」
聞くが、ジュペッテははぐらかす感じで言う。
「わかりませんかぁ? うーん、ハピナさんはすぐに見抜いたのですがねぇ」
「ちぇッ。ハピナほど私は頭良くないですよぉっだ」
からかわれたのがちょっと悔しくて、拗ねて見せる。ジュペッテは笑うだけで、答えを教えてくれなかった。
さておき、衣装の方も選んで来てくれたようだ。
まぁ、どんな服を渡されるのかはわかっている。
フード付きのマントで、色は茶色系の地味なものだ。反面、フードと袖にドクロの刺繍があしらえてある。
「これは?」
二度に渡ってざっくりとした説明は聞いたことがある。
「切り裂きジョーですぅ。私達が生まれる前くらいに、ライスランドを震撼させた連続殺人鬼ですねぇ。知りません?」
二十数年前だったらしいが、今ではそんな話など聞きもしない。ある意味、そこいらの犯罪組織なんかよりも禁忌とされている感じがある。
複数犯か、それとも模倣犯か、国全体でその姿が確認されているほどだ。
そんな10を超えて目撃された殺人鬼は、大小様々な罪人を30人近くに渡って抹殺したイカレ野郎だ。
「名前くらいは聞いたことあるさ。ウソみたいな記録保持者だろ?」
「しかし、そんな裁きの使者も、ある罪人だけは殺さなかったですぅ。それは、搾取される側の犯罪者でしたぁ」
どういう意味だろうか?
別のルートで聞いたジュペッテの話は、その異常な殺害人数までだった。
言い方から予想すると、下っ端の犯罪者は殺さないということだろうか。
「まぁ、誰かに無理やりやらされているとか、知らずに加担させられているとかですねぇ」
「なるほど。無差別に狩りまくるわけじゃないのか」
「そして、切り裂きジョーが姿を消すまでが舞台となっていますぅ」
「え、マジか……」
意外な解説に、私も少しばかり驚く。
まぁ、脚本家ってぇのはそんなもんか。
何でもかんでも舞台にする奴らだ。特に、忌避されているものほど触れてみたくなるっていう厄介な輩である。
「それで、その頭おかしい舞台はどんな感じなんだ? 三言で」
「この鞭で子らを打ち据えれば、我に富が入ってくる。あぁ、どうかこの苦しみからお救いください。私利私欲のため鞭を取った君を、俺には殺すことができない」
私からの無茶振りを、「こんなもんですぅ」とあっさりクリアして見せる。
声や抑揚の変化も、素人目では見事だ。
大体の話の流れもなんとなくわかるくらいには、セリフに表されている。
「殺人鬼も人の子ってことかね? ま、実話じゃないんだしどうとでも言えるか」
強欲な男に利用されていた女性を助けるも、彼女は自らの意思で子供らから搾取した。
しかし、女性を愛していた殺人鬼は己の流儀に反してしまい、姿を消したという話。
一人で納得して外を見る。
まだ日が沈み始めたころではあるが、季節的に見てそこそこの時間だろう。少し寄り道しても門限には間に合う。
「そう言えば、この衣装はどうお使いになるんですぅ?」
寄るところもないけどな、などと考えているところにジュペッテの質問が飛んでくる。
「適当にお店を、じゃなくて。ま、ハピナの恋路のお手伝いってところかな?」
「寄り道はほどほどにしたほうが良いですよぉ? ふむ、暴漢のフリをしてナイト様を引き立てるつもりですか」
「察しが良くて助かるぜ」
適当に誤魔化そうとすると、それを勝手に補完してくれるので助かる。
しかし、そんなガバガバな作戦が成功するものだろうか。
どっかの喜劇王が考えそうな……。
「演技指導など必要でしたら言ってくださいぃ? こっちのケースに衣装と小道具を入れておきますねぇ」
「あぁ、サンキュー」
小道具というのは気になるが、とりあえず世話になっておいた。
あの衣装をそのまま持っていたら、凄く怪しまれるだろうからな。もしかしたら、切り裂きジョーとやらを知っている保安隊に捕まるかもしれない。
流石にそれは避けたいので、小さくてボロいアタッシュケースを受け取った。
「サンキューついでに聞くんだけどさ……」
本当はハピナに聞くつもりだったが、こういうことはジュペッテの方が得意そうだと思った。
「なんですぅ?」
「どうしても勝てない相手が居るんだ。けど、そいつが私のやることなすことを邪魔しようとする」
「なるほど、なるほど。その強敵を、戦わずどうにかする手段を考えて欲しいのですねぇ」
打てば響くというのか、1を言えば10を返してくれる子だ。
「私の役であるクラウンですが、作中で主人公と友達になるんですよぉ。また遊びに来るから、今日のところは帰らせてって」
急に劇の話になった。
頭の中でそれを噛み砕き、なんとか自分の言葉にしてみる。
「……えーと、仲間に引き入れろってことか?」
「そうですぅ。戦いたくない相手を懐柔するのは、昔からある作戦ですよぉ」
単純だが、相手の要求さえわかれば効果的な方法だ。
問題は、その強敵が何を欲しているかである。そればかりは、私で調べなければならないのだろう。
「いやはや、本当、参考になったぜ。今日ほど、お前が親友で良かった日はないなッ」
思わず肩を組み、お礼にグリグリと撫でて上げる。
「痛いですぅ。普段は頼りにしてないみたいですけど、まぁ良しとするですぅ」
言いつつ、私は作戦を練るために帰ることにした。
階段を降りて行ったら、ちょうど休憩が終わることだった。
私はそこでジュペッテと別れてモレロー座からを出る。
「あ、お嬢、そろそろ始めますよ」
「わかったですぅ。それでは、アルシャまた明日ですぅ」
「ハハハッ、寄宿舎で会うだろうが。じゃ、また」
私はアッカームの大きな道、エップル・ストリートを眺め次の行き先を思案する。
やっぱり、帰るのが正解かな?
そう思ったところで、私の目に飛び込んで来たものがあった。
黒髪の長髪とスーツの後ろ姿は、見覚えがある。
「ジョセフッ!?」
叫び掛けて、自分で口を手で押さえ身を隠す。