負けない条件
ハピナに支えられて、寄宿舎にある私の自室へとやってきた。
扉前に立つと、壁に私を任せて離れる。
「お水、取ってくるね」
中まで連れて行ってくれないのかと疑問に思ったところで、ハピナの意図に気づくのだった。
信頼し合う義理の姉妹の部屋だとしても、見られて拙いものというのは置かれている。部屋だって散らかっているかもしれない。
すなわち、今のうちに隠せという気遣い!
ありがとう、お義姉さん……。あんた最高に良い人だよ。
「うん、手間をかけさせてごめんね」
「良いんですよ。体が大変な時ぐらい、私に頼ってください」
私のぎこちない返事に対して、ハピナは苦笑を浮かべて行ってしまう。
見送ったなら部屋の中へ滑り込み、隙間のないようしっかりと戸締まりを確認する。
「さて、隠さないとダメなものは……と」
軽く見回して、優先順位をつけていく。
綺麗好きかと言われると首を横に振るくらいに、室内は雑然とした印象がある。大抵は衣装なので、隅にでも固めておけば良い。
さすがに家族とは言え、ランジェリーは見せられないよなぁ……。
ただ、そんなものより優先度の高いものがあった。
「やっぱり、アレか」
呟くように言って、机の上にある数本の瓶をゴトッゴトッとクローゼットに放り込んだ。続けて、ワンピーススタイルの下着やガーターベルトなどを被せて隠滅完了。
「完全犯罪!」なーんて鼻息荒く胸を張る。
法的にも校則的にも決してよろしいことではない。しかし、染み付いてしまった習慣というのはなかなか消せないのだ。
内心、本当はラウキンさんへの罪悪感もある。それでも、私はそこまで遠い過去を変えることはできないらしい。
もし変えられるとしても、ハピナ達との出会いまで無くなってしまうのではないか。
疑念が渦巻き、今が正しいのかさえわからなくなった。
「アルシャ?」
ボーッと落ち込んでいると、呼ばれる声で我に返った。
先程からノックする音も聞こえていたはずだが、いろいろとありすぎて上の空になっていたのだろう。
これからのことも考えればなおさら思考が追いつくか不安だ。
「ごめん、大丈夫だよ」
返事をしてハピナを招き入れた。
「その……あんまり一人で悩まないでくださいね?」
入ってくるなり、私の自責の念を察したように顔をしかめる。姉妹として生活を続けて七年、お見通しというわけだ。
水を手渡すと、パレネはベッドの方へと背中を押してくれた。
辛いことを吐露させるため、優しい手付きで背中をさすってもくれる。水を飲み干して、弱音を呑み込む。
「本当に、いつも、ありがとう。良い子を担当してくれて」
私はせめて、表の側に立つ彼女に労いの言葉を掛けた。
「そんなこと言わないでください。私は私のためにお父様の娘をしていて……良い子とか悪い子とか、そんなの関係ないんですよ」
決して怒ることなく、それでも呆れた様子で返してくる。
私もまた、行いの良し悪しに関わらずラウキンさんの娘ってことだ。
認め諭してくれる優しさが、心に染み込んでくるよぉ……グスッ。
「それに、少しずつお酒の量も減ってきているではないですか」
「……」
手を取って努力しているところを指摘してくれる。
私も誓いを込めてその手を握り返した。
「ねぇ、今日のはいつもの頭痛ではないみたいですけど。薬が必要なら言ってくださいね?」
「あぁ、うん。私の方はだいぶ落ち着いたから、良くある偏頭痛だよ」
「そうですか? お父様や私に遠慮などしないでくださいね?」
「遠慮なんてしてないってば。それより、さっきの保安隊のはどうだったんだ?」
しつこく心配してくるため、これ以上はボロを出さないよう話題を変える。
ほんとに、妄想だろ馬鹿馬鹿しいと言われても、先程見た映像について話したくなる。
既視感ともっとはっきりとさせた感じだろうか。
このまま全てを話し、事実なのだと説得した上で共に解決したい。それぐらい、ハピナの優しさが背中に積み重なってくる。
でも、巻き込みたくないから黙った。
あれは既視感というよりも、ほぼ未来視に近いだろうか。
頭痛の始まりから今までの流れとを比べて、間違いなく二種類の未来の記憶を引き継いでいると確信する。
最初こそ、突如として湧いた気の違った白昼夢。友人の影響を受けた妄想の類かと思ったが、視たものが実際に起これば本物だと信じざるを得ない。
しかも、今回で二度目だ。
「きゅ、急になんですかッ?」
心の隙間を突っつかれて、慌てるハピナも可愛い。
その理由は簡単、保安隊長官の長男フランシズ=コーポに一目惚れしてしまったのである。彼もまた、ハピナにぞっこんになっている。
未来を切り開く上で、彼女を含めて最も無事を確保しなければならない二人だ。
ハピナの心情まで言い当てたのだから、未来視の件は単なる偶然ではないはず。
「えぇっと、その……フランシズさん? お兄さんの方、とても精悍で格好良いですし……ハッ」
一人惚気から戻ってきたところで、「何を言わせているんですかッ」と肩を叩かれた。
顔を真っ赤にしているところとか、何度も言うけど可愛いじゃないか。
クソッ、幾ら相思相愛でも譲ってやるのが惜しくなる。
「ハハハッ。ごめん、ごめん。私も流石に、ね」
「もぉ……。アルシャだって、何か思うところはあったのではありませんか?」
ここで反撃の質問が飛んでくる。
どう答えようかと思案して、足りない頭で一案を思いつく。
「弟の……そう、マリオ、さん。お調子者って感じがあるけど、気骨がありそうじゃん?」
「あらぁ~。確かに、プライドは高い感じがしましたね」
何が、あらぁ~、なのか。
しかしこれで、ハピナの方から下手なことをしでかす可能性は低くなった。
私が気にしている人物を、犯罪者だと告発する真似などできないはず。それに、先の評価はウソではない。
なぜなら、最初のレールで私と彼は愛し合ったからである。己の贈収賄をハピナに暴露され、逆恨みから彼女を付け狙った男と。
恋に落ちた。惚れられたから、私も答えた。
聞く人によっては信じ難いことかもしれないが。
私とマリオは同じ穴のムジナだ。犯罪という稼業において、彼の度量や狡賢さは認めている。そういう意味では、決して嫌いとは言えない人物だった。
「私の方は、まだ様子見だ。そっちの方は、ちゃんと応援するから」
「うん、ありがとう」
こうして、最初に顔を合わせた先刻のタイミングでの告発妨害、恋路という枷で完全に封じた。
騙すようで悪いが、これもハピナ達の幸福を考えてのこと。
「あ~、外は落ち着いたみたいだ。ハピナも戻った方が良い」
気恥ずかしいフリをして、視線を窓から外へと向ける。告発の危険性が無くなったならば、今は席を外して貰いたい。
何せ、ハピナ達を守るための条件はもう一つある。
それを満たす方法を考えるのに、時間が欲しかった。特に、最後の鍵となる一人をどうするかが肝だった。
市任弁護士であり、ラウキンさんの顧問弁護士でもあるという立場の人間だ。窓から見下ろせる位置に、ラウキンさんと一緒に佇んでいる。
しかし、その裏ではお酒の密造から密売をこなし荒稼ぎしている男。
「ジョセフ=プロフ……」
名を呟いたそいつとは、1つ目のレールで最後に私が敵対して敗北することになる。