表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

ゲーム・コンティニュ

 ゴォォォォォンッ――!


 全てが吹き飛ぶ音。


 私の体は、ハピナを抱えたまま十メートルと少しを滑る。


「な、なんだ……!?」


 振り返って、燃え上がる倉庫を見遣った。


「気化した酒に引火したんでぇッ! 燃料とかも少し置いてあったからそっちに移ったんだぜ!」


 ゴロツキAが放った言葉に、何が起こったのか頭が理解のパズルを組み始める。


 私の脳みそでも、倉庫が爆発炎上したことぐらいわかる。ジョセフを残したまま、爆発したことぐらい。


「あ、あ……」


 しばらく言葉が出なかった。


 もしかしたら、理性が働いてこの場で叫ぶことを躊躇(ためら)っていたのかもしれない。はたまた、単純に戸惑っていて言葉が出なかっただけだろうか。


「レディ達を避難させろ! 副長も、早く退避してくださいッ」


 待機していたギルド員達が集まってきて、私達の誘導する。


 ゴロツキ達は言われずともさっさと逃げ出した。


 ハピナは一人のギルド員に抱えられて、私ももう一人に肩を掴まれる。


「離せ!」


 衣装ごと掴んできた手を振り払い、燃え盛る炎へと走った。


 それを機に、漸く喉から言葉が漏れ出す。


「ジョッ、ジョセフ! ジョセフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ――!」


 大切な人の名を、呼んで走る。


 ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ! ジョセフッ!


 炎へと近づくも、熱気に乗って漂う酒気が阻む。


「ジョセ……ッ!」


 いつもなら熱かろうと肌が赤くなる程度で済むのに、振りまかれる赤熱に恐怖を覚えた。


 これまでに何度か、悔しくて歯噛みすることもあった。


 しかし、今回ほど強く噛み締めたことがあっただろうか。


「あ、あぁ……。ウワァァアァァァァァァァ! ウワァァァァァッ! ジョ、セフ……!」


 溢れ出る。涙が、留めなく。


 全うに顔を合わせたのはたった三日かそこら、それだけの付き合いでしかない。


 違う! 今だけの問題じゃない! もっと前から、私達は出会っていたし思いをぶつけ合ってきた。


「やだッ! ヤダァ……!」


 二度とジョセフの声が聞けなくなるなんて、嫌だ。


「戻れッ! 戻れ! 今、戻れよッ!」


 地面を殴り、私は願った。


 ニューゲームを……今こそ戻らなくてどうするんだよ!


 もしかしたら、このルートこそ正解だと思った。


 けれど、こんなのは違う。


 なんで私は、大切なものを手に入れた瞬間から失っていくんだろうか。何がダメだったのか。


 わからない。


「……そうだ。まだ戻れるかもしれない……」


 だから私は、フラリと立ち上がって歩いた。


 焼け落ちていく世界に向かって、ただただ足を進めて行く。


 ゲームセットしてしまったら、もしかしたらまたやり直せるんじゃないかと思った。


「私が死んだら、もう一度ニューゲームを(新しく)始められるッ」


 もう炎なんか怖くない!


 私は足を早めて、次第に走ってジョセフの元へと向かった。


 しかし、そんな私を止める腕があった。


「離せッ! 私は、行かなきゃいけないんだ!」


 弱った私をがっしりと抱え、片腕で持ち上げるほどだ。


 抵抗など無意味だとばかりに炎から遠ざけられてしまう。


 私の行く手を阻むジョセフに、当然ながら文句を言う。


「え……? ジョセフ?」


「あぁ、ジョセフだ。何をそんなに(いき)り立っている?」


 なぜ、ジョセフが私を抱きかかえているのだろう。


 信じられないものを前にして、呆然としてしまう。何せ、死んだはずのジョセフが目の前にいたのだから。


「ジョセフ、なんで生きているんだ……?」


 そう聞かざるを得なかった。


「なぜと言われてもな。あの男の逃げた部屋が、管理事務所になっていたんだ。火の手を少し遮ってくれたおかげで、逃げ出す暇ができた」


 事故に備えて壁の強度を変えていたのだろう。


 おかげで、爆発を防ぐことができたわけだ。


 しかし、もはやそんなことはどうでもよかった。


「俺があの程度で死ぬと……ムッ?」


 私は全てを聞かず、ジョセフの唇を塞いだ。


 ツケの一つと言わず、二つでも、三つでも返してやる。


「良い、ぅ……」「構わ、チュ……」


 言葉を交わしながらも、口づけすることは止めない。


「好きだ、ぁ……」「俺もだ、チュ」


 どちらがどちらへということもなく、唇を重ね抱き合う。


 時には深く、互いの肉を貪るかの如く。時には浅く、魂をやり取りするするかのように。


 しかし、そんな時はそれほど長く続かなかった。


「アルシャ……?」


 聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。


「ハッ……!? は、ハピナ?」


 振り向けばそこに親友の姿があった。


 フランシズに抱えられた状態を見るに、勘違いながらことは上手く運んでいるようだ。


 こちらの関係は勘違いで済ませてはくれなさそうである。


「もぉ……そういうことはちゃんと教えてくれれば良いのにッ……。Mr.プロフもッ、お父様への報告はちゃんとなさってくれるのですよねッ?」


「ご、ごめん……」


「も、もちろんですともッ」


 ハピナの前では、私もこの天才も形無しといったところか。


 お養父さんがジョセフとの関係を否定する可能性は低いが、マリオのことを考えると言い出し辛い。


「あ、怪我人とかは……?」


 こんな状況だ。固有の名前を出さなければ、大抵のことは聞き出せる。


 マリオの怪我もやっぱり気になるのである。


 フランシズは隠さずに教えてくれた。


「弟がゴロツキの報復に遭ったが、命に別状はない。誰かが救急へ連絡してくれたんだが……」


「そ、そうですか。では、私達はこれで……」


「帰して上げたいのは山々なんですがね。この通りですから、関係者に調書を取らないと」


「うッ」「はぁ……」


 安堵したのも束の間、怪しまれない内に退散できるはずもなく。私とジョセフ、そしてハピナは保安隊本署へと連れていかれることになった。


 もちろん、あの場に居たことの理由は適当にでっち上げた。


「偶然、現場を見て慌てて追いかけたんだ。ジョセフとは、途中で鉢合わせしたか、連絡をしたか……ちょっと曖昧で」


 ハピナが拐われたところに居合わせたのは事実だし、助けを頼んだのだってジョセフの立場を考えれば割と正当性がある。


 記憶違いがあるかもと濁しておけば、ジョセフの調書と食い違っても誤魔化せる。


 しかも、事情聴取の相手がフランシズならやりようがあった。


「さておき、ハピナを助けたのが誰か、まだ伝えてないんじゃないか? 私達が火事へ突っ込んで助けたけど、ハピナからの感謝は事足りてる」


 「そこでだ!」と、鼻先へ指を突きつけて交渉を持ちかける。


「ミスターが助けたってことになると調書に沿わなくなる。しかし、協力者として含めることはできるだろ? 私達は、無謀にも事件に首を突っ込んでしまったことをあまり残したくはないんだ」


「それは……。グッ」


 果たしてこの交渉に乗っかってくるか、そこに私のこれからの自由がかかってくる。


 別に保身だけを考えているわけでもなく、ハピナへのケアの方が大きい。


 ここで決裂しても、少しばかし保安隊に睨まれるくらいだ。多少、動きにくくはなるというだけだ。


 ならば、全員がハッピーになれる道が良い。


「誰も損しないんだから、易いもんだと思うが?」


「ハァ……。そう言われると、気持ちが揺れる。君は、本当に血のつながらない姉妹なのかい?」


「あ? おかしな質問だな。いや、それでどうなんだ?」


「わかった。わかった。俺の負けだ」


 交渉成立だ!


 フランシズの困り顔を見ていると、ハピナが惚れ込む理由が何となくわかる。


 先の質問の意味を考え直せば、私とジョセフは真逆のようだ。


「以上だ。出ていって良いぞ」


 事情聴取が終わり、私が外へ出った。ちょうど、ハピナやジョセフも終わったところだった。


 そして、お養父さんまで来てしまっているではないか。


「アルシャッ……無事、だったか?」


 第一声は嬉しいものだった。


「見ての通りだよ。ハピナも大丈夫……だよな?」


 私は答え、ハピナの様子もちゃんと確認する。


「えぇ、フランシズさんのおかげです。そんなことよりッ、ちゃんと話さないといけませんよ!」


 拐われた後だが、服が少し乱れていることを除けば問題なさそうだ。


 当然、ハピナのセリフについて理解は及んでいた。


 場所が場所だけにちょっと気が引けてしまうが、引き伸ばせる雰囲気でもない。


「?」


 お養父さんは、ラウキン=ルチアルノは、この会話に細い首をかしげるばかりだ。


 私はジョセフと顔を見合わせ、首肯を見ると覚悟を決めてた。


「彼……ジョセフ=プロフとは結婚を前提に付き合っているんだ。どうか、交際を許して欲しい! お義父さん、お願い!」


「ワタシからもお願いします……」


 私の精一杯の言葉を伝える。


 ジョセフが頭を下げるなんて姿も、これが最初で最後かもしれない。


 そして、やっぱりお義父さんは驚いていた。目を見開いて、手をワナワナと震わせていた。


「今、なんと言った?」


 確認される。


 ハピナの不安そうな顔を見て、無理ではないかと思い始めてしまう。


「ジョセフとの交際を認めてくれ……いや、ください!」


「違うッ。その後」


「え? えっと……」


 あれぇ? 何か重要なことを言ったか?


 少し迷っていると、ハピナが助け舟を出してくれる。いや、もはや答えだ。


「『お義父さん、お願い』ですよ!」


「あ、あぁ。なんというか、吹っ切れたというか?」


 いつの間にか、私はラウキンさんのことを父親と呼んでいたのである。


 今まで私は、意味のないことをしようとは思わなかった。直ぐに使えなくなる玩具に、見向きもしないのと同じだった。


 しかし、今回は上手くいく。


 そんな確信からか、父親として認めたのだろう。


「あぁ、あぁ……構わないよ。娘よ。息子よ」


「良かったですね、アルシャ!」


 お義父さんが、私とジョセフを抱きしめてくれる。みっともなく嗚咽を漏らして。


 後ろからハピナも抱きついてきて、私はなんだかとても温かく感じた。


 周囲も、それを聞いていた皆が、手を叩いて祝福してくれる。


 なんだ、思ったより簡単だったじゃないか……。


 この定まらぬ未来へのレールを脱線することなど、存外造作もなかったのだ。


 しかし、まだ全ての行き先が決まったわけではない。が、一つだけわかっていることがある。


「全部を手に入れるルート以外、許されないみたいだな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ