ドラッグ1
アタリとは言え、これはジョセフ達の到着を待っているとヤバイ状況だろう。
何せ、縛られたハピナが椅子に座らされている。目隠しもされているが、それだけが問題というわけではない。
ゴロツキAを含む4人くらいに囲まれているのも、大変だけれどまだ最悪じゃない。
「あれは……注射器か?」
一人風貌の違う感じの男がいた。
山高帽に眼鏡、髪はライトブラウンで黒の瞳。鋭い吊目だが、推定30歳くらい。
手には注射器らしき透明の器具を持っていて、それが酷く悪い感じがする。この場に似合わない見た目なのも含めて、私の動物的な直感がビンビン反応している。
自白剤とか言う奴か? そんなものをハピナに使ってどうする? まさか、私の知らぬ間に変なものを目撃したんじゃないだろうな?
「目隠ししてくれているのが幸いだな……」
ハピナに姿を見られないだけでも、私としては動きやすかった。
ゴロツキAが拳銃、ゴロツキCとDはサブマシンガンとかいう銃を持っている。
「短機関銃が二丁……確か、タイプライターって呼ばれてたか? 衣装は穴だらけになるかな……」
凄い速さで銃弾をばらまくので、体は少し痛いくらいでも服とかは無事じゃ済まない。
しかし、悩んでもいられないので私は下へ降り、倉庫の入り口を開く。ゴゴゴゴッと木製の重たいドア、もはやシャッターと呼ぶべきそれを開く。
当然、そこに居る奴らの視線が私に集まる。
唯一、ハピナの顔だけが動かない。
まさか……!?
「お、おいッ」
「どーなたです? 今から、このおーじょーさんに営業するとーころだったのですが?」
ジュペッテ以上に間延びした声で、山高帽の男が聞いてきた。
手遅れだったのかと焦ったものの、男のセリフで意識が無いだけだと察する。
「営業? その注射器で、ハ……そのお嬢様をどうするつもりだったんだ?」
私のことなど答え辛いため、申し訳ないが質問で返させて貰った。
「ネズミがしょーう体を明かさないのは仕方ありませんね。こーれは薬です!」
「薬?」
「風邪薬とは違います。すてきな、すてきな、おーくすりです!」
自白剤とも違うようだが、それゆえにもっと恐ろしい何かを感じ取る。
「いや、それが何なのかなんてどうでも良い。ちょっとでもお嬢様に傷を付けてみろッ。その時は!」
ドガーン、メキィッ――!
「てめぇらの体も同じようになるぞ」
少し力を込めて、扉を殴って砕いた。この程度が何の役に立つかわからないが、ゴロツキ共への脅しにはなった。
「な、なんだッ。まるでスレッジハンマーで……それ以上の何かで殴ったみたいな!?」
「こいつ、やっぱり化物だ!?」
「俺の腕を折った野郎だな!」
思い出してくれたようだ。あの時の痛みと恐怖も一緒に。
山高帽の男は何度かの頷きを返し、苦笑いを浮かべた。
「貴方が、ほーう告にあった邪魔もーのですか? うちのどーう僚を数人、びょーう院とブタ箱におーくってくーださったよーうで。おー礼をもーうし上げなければならないとおーもっていたとーこーろーです」
「お嬢様を返してくれるなら、それに越したことはないぜ。後、その喋り方が聞き取り辛い。自己紹介はできないが、ジョーとでも呼んでくれ」
「……ジョー? 小さい頃聞いた、あの切り裂きジョーですか? 果たしてただのドーブネズミかッ、他の組織の奴らか……」
「なんでも良いですよ。早くやっちまいましょう! 保安隊が来るって言ったじゃないですか!」
一応、多少は普通に喋れるらしい。
別の市の訛りか? 興奮すると、標準からずれるらしいな。
ゴロツキAが慌てた様子で、私達の会話をぶった切ってくれる。山高帽男も注射器を離したり、ハピナを解放するつもりもなさそうだ。
とりあえず、交渉が決裂したんじゃ仕方ねぇ。
「やれぇッ!」
パンッ、パンッ――!
カタタタタタタッ――!
「ウヘッ!」
拳銃の一発を合図に、タイプライターを叩くような音が盛大にばらまかれるた。
私は急いで近くの、僅かに残った木箱の影へ跳んだ。
「止めなさい! くーすりの箱に当たります!」
山高帽男の言葉で銃撃が止む。
この木箱の裏なら、銃弾が飛んでこないとわかって一安心。
「薬……? ニヤリ」
大事なものが入っているなら、別の取引に使えると思った。それを確認するため、バキッと横側を開けて見た。
転がり出て来たのは四角い缶で、パッケージからみてどうやら全部紅茶らしい。
はめ込みの蓋を開けても、茶葉が見えるだけで薬ではなさそうだ。
「これが、薬? ただの紅茶に見えるんだが? あッ」
言ってから、私はあることに気づいて缶を腹の部分で数回くらい捻った。
「やっぱり……。スカリスの奴、こんなもんに隠してヤバイもんを仕入れてたのか?」
捩じ切られた缶をひっくり返せば、茶葉と一緒に紙の包みが出てくる。
「正解ですッ。私はそーれをッ、あぁ……ここの市民達に売っているわけです」
包みを破れば、注射器に入っている薬の原料か何かが出てくるのだろう。
私が始終まで聞かずとも、山高帽の男が勝手に話してくれる。
「熱を与えると液化する粉末です。粉のまま舐めても、吸っても、どーんなほーうほーうでも体内に入れればたちまちハッピーです!」
「なら、注射器なんて傷つける真似はよして欲しいね」
「同僚達が眠らせてしまいましてね。この手が一番楽ですし、効き目も良いのです。黙らせるのにも、余計な手間が要りませんからね」
「さっきから、その薬の効果が良くわからないんだが? お嬢様を殺すつもりか?」
「おや? ここまで言って、まだご理解くださっていない……? フフッ、ならばおー嬢さんでそれを然と確かめていただきましょう!」
男はそう言って注射器を、ハピナの白く艷やかな首へ近づいけていく。
「やめろッ!」
私は叫ぶ。
その瞬間、数発の銃声がゴロツキ達の銃を弾き飛ばした。