ハピナを探せ
多くを伝えずとも、ジョセフは状況を理解して適切に行動してくれる。
『わかった。こちらもMs.ビッグシスター・ルチアルノを探す。もう一つの番号に、一時間ごとに連絡を入れるんだ』
「誘拐犯共が見つかるまで、一時間ごとだな?」
『あぁ。俺もそちらへ向かうが、その……無茶はしないでくれ』
「ありがとう……」
指示を聞いて、案ずる言葉を耳にして、お礼を言った。
私には、強い味方がついている。
こんなにも心強い男が、側についていて悪い方向に転がる訳がない。
通話を終わらせ、私は路地裏へと消える。
一時間ごとか……。小遣いたりるかな?
一回の通話が最低でも10チェンで、瓶のジュースが1本くらい買えるかどうかだ。
その10倍が1ロッド、私のお小遣いは月10ロッドくらいである。月末、私の手元には1ロッドも無い。
「う~ん、微妙」
早く見つけなければ、連絡もままならなくなる。
冷静になり始めて、お金のことを考えていると疑問が湧いてくる。
アイツら、ハピナをさらってどうしようってぇんだ?
「市議の娘をさらうなんて、よっぽどの組織か、じゃなきゃ大馬鹿だ……。エドガーの話をあわせると、身代金って線はないな」
一人推測を並べたところで、答えは出ないため私は動き出す。
建物の屋上を渡って、相変わらず走り抜けていく。
その途中、屋上に見覚えのあるクラウンが佇んでいるのが見えた。膨らませた風船を手に持っている。
「?」
まさかの姿に、私は身を隠しつつ近づいてみる。
近づいてみて、体躯や横顔など化粧では欺けないところで合致する。
「また、こんなところでどうしたんだ? ジュペッ……」「やぁ、ジョー」
声をかけるや否や、クラウンが首を捻ってこちらを向いた。
声音は、間違いなくジュペッタのものだ。
「アルシャ、ダメですよぉ。お姫様の側を離れるなんてぇ」
間髪入れずお叱りが飛んできた。
「ご、ごめん……って、そうじゃねぇ! なんで、こんなところで突っ立ってんだ?」
謝るのは別に良いとしよう。油断して誘拐を許したのは、間違いなく私のミスだからな。
しかし、屋上に佇んでいる理由をはぐらかして良いわけじゃない。
「単なる偶然ですぅ。宣伝のために歩き回っていたら、たまたま事件に出くわしてしまったんですぅ」
かわいこぶってはいるものの、その言葉にウソはなさそうだ。
その格好で、劇団の宣伝だとわかるのか? どっちかと言うと、サーカスか何かだぞ? 逆に子供が怖がるわ……。
「見ていた限りだと、北西の埠頭へ向かったかとぉ。ちなみにそのあたりは、スカリスが管理している運航用の運河なのですぅ」
「そうか。情報感謝するよ。サーカスの宣伝中なら、さっさと戻らないと怪しまれるぞ」
「わかったですぅ。後のことはお任せするですぅ。後、劇団の宣伝ですよぉ。子供に風船をあげようとするんですけど、逃げられるのはなんでなんですかぁ?」
やっぱり。
そんなわけで、町の意外な部分を知り尽くしているジュペッテからの情報を受け取って、私は北西へと再び走り出す。
おっと、いけない。この情報をジョセフに伝えないと。
まだ1時間は経っていないが、こういうことは早い目の方が良い。
埠頭へ向かいながらも、公衆電話を探して連絡を入れる。
「……あ、もしもし? ジョセフ?」
『俺だ。まだ時間じゃないが、どうした?』
「少し情報が手に入ったんだよ。北西の埠頭、スカリスのとこが管理してるらしい」
『わかった。そっちを調べるから、アルシャは無茶をするな?』
「心配してくれてありがとよ。でも、早くしないとハピナが怖い思いをするかもしれないからな」
『……』
沈黙の向こうに、らしくない不安が伺える。なに、私を案じてくれている人が大勢いるのだから、無茶はしないさ。
もう通話時間が終わりそうになり、私は小さな声で「大丈夫」と伝えた。
ギリギリだったので聞こえたかわからない。
聞こえるまで続けたいところだったが、邪魔が入りそうだったので無理だ。
「まったく、市議の娘を攫うなんて大胆過ぎだぜ……」
ボヤくのは、金髪をバサバサと掻いている優男風の男性。
隣を、昨日のゴロツキAが歩いている。
金髪の方は、私も良く知っている人物だ。マリオ=コーポ、その人である。
「テメーらが病院から逃げ出して来た昨日の今日でだ……全くだぜ!」
「すんません、ガキの一人や二人と侮りましてね……。でも、ワイロのことを見られた旦那も旦那ですよ?」
近くにあった建物の屋根へ上り、隠れて二人の会話を盗み聞く。
まさか、あのゴロツキ共が保安病院を抜け出しているなんて……。
とりあえず、話の内容からハピナがこの先の埠頭に居る可能性ほぼ確定した。
「チッ……。そりゃ悪かった。けど、てめぇらの暴走でこっちに迷惑をかけないでくれよ?」
マリオが言って、コートのポケットから葉巻を取り出す。吸い口を噛み切って、ペッと吐き出したら先っぽに火をつける。
ハピナの件を除いて、私が許せないのが葉巻である。
「まぁまぁ、これであのかわい子ちゃんも黙りますよ。凄腕の営業が来てくれてますし」
「スカリスのとこの? キナ臭いって話じゃねぇな……」
葉巻の紫煙と一緒に、マリオは苦々しそうに言葉を吐き出す。
悠然と歩いて、さっきまで私が使っていた公衆電話へとたどり着く。受話器を取って、どこかの番号をプッシュする。
「それは、どこへ連絡を?」
「保安隊に決まってるだろ。俺だって、デッカイ事件を取るために小さい犯罪は泳がせる」
マリオは野心が強くて、自尊心に塗れた利己主義者だ。
「そいつは勘弁してもらえねぇですかね? 流石に、今度こそは……その、失敗も冗談も利かないんですから」
だから、自分勝手に動いて銃を突きつけられるくらいは良くあることだろう。
私と同じで向こう見ずなバカ。
「俺にも、超えちゃならねぇ一線くらいはあるんだよ」
それでもゴロツキ共みたいに、骨の髄まで腐った野郎とは違う。
「あぁ、俺だ。マリオだ。北西の埠頭に」「やめやがれッ!」「誘拐犯が」
その瞬間、パーンと銃声が空気を割いた。
「や、やめろって言っただろうがッ……。お、俺は、しらねぇぞ!」
ゴロツキAが声を震わせて、自分の正当性を主張するみたいに言う。
人を、特に知り合いを撃ったのは初めてだったんだろう。死ぬかもしれないという状況に、恐怖がこみ上げて来ているようだ。
ゴロツキAが言って、逃げ去ってしまう。
「クソッ……。おいッ、おいッ。チッ、切れてやがる……」
10チェン硬貨1枚分が終わり、届かない声を悔しげに噛みしめるマリオ。
立ち上がろうにも難しい様子で、硬貨投入口まで手を伸ばすのも辛いみたいだ。直ぐにズルズルと膝を崩す。
今日は埠頭で作業が行われていないようなので、保安隊が来るまで助けも呼んでくれないはずだ。
「あ~。俺はいっつも貧乏クジ一歩手前だ」
呟いて、マリオは目を閉じた。
一番の貧乏クジを引くのは、私だよねぇ……。
「一歩手前を預かったら、そりゃ最低の運命しかないわ……」
私は愚痴を吐いて、電話の側へ降りる。マリオのコートを弄る。
「誰だぁ? こんなときに盗みとは……」
まだ意識を手放していなかったようで、私の腕を掴んできた。
しかし、込められた力はそれほど強くない。眠るのも時間の問題だろう。
「少し休んでおけ」
「チッ。ここまでかよ……。あぁ、お休み」
肩をポンポンと叩いて、悪い子を寝かしつける。
私は救急に連絡を入れておく。保安隊が来てからでは、間に合わない可能性もある。
正直、保安隊の存在は邪魔だが、頑張ったご褒美だ。
「さて、悠長にしていられないみたいだし、急ぐか」
ゴロツキAの言っていた凄腕の営業担当というのが何者かわからないが、あまり良い予感はしない。
埠頭に並ぶ倉庫郡へと走る。
周囲を固めるフェンスを乗り越えてしまえば、見張りもいないため楽に侵入できた。
まず手近な倉庫を一周りしてみるが、頭の届く範囲だと窓に目隠しがされている。見上げれば、通気用の窓が3メートルくらい上にある。
「ま、いきなり飛び込んでもな。ジョセフもまだ来てないし」
時間はないが、慌てて動けば足を掬われる。
誘拐犯達の乗っていた車の置かれたところから推測して、四棟に絞られた。
素直に、停車した一番近くにしてくれたなら助かるのだが。
「うーん……ハズレ」
窓の鉄格子を掴んで、なんとか屋内を見回した。一つ目は、もぬけの殻だった。
休みの日とは言え、何も倉庫に置かずどうしているんだろう。
まぁ、良いッ。二つ目は……アタリ!