表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

誘拐

「なんだ、意外とすんなりやってこれるんだな」


「そっちこそ、簡単に部外者が入れるようになってるんだな」


 ジョセフのソファーチェアを奪ったまま、私は皮肉を返す。


 話し合いのために来たのであって、人を娼婦みたいに言わないで欲しい。いや、学生の自由さを羨ましがってるだけか。


「お触りは禁止だぞ」


「残念。まぁ、実を言えばアルシャに特別指示はない」


 お預けしてみたが、あまり堪える様子はない。


 やはり、呼び出した理由も大したことなかったらしい。


 お触り禁止にしといてよかった……。


 次に迫られたら、陥落(かんらく)する自信がある。


「昨日だって、電話番号を二つ教えるだけで済んだんだ」


 呆れるほど、私を誘い出すための建前しか話してないようだ。


 半眼で睨んでやると、顔は笑顔のまま両手を上げて悪びれるジョセフ。いや、悪びれていないのか。


 とりあえず、またイタズラされる前に聞き出さなければ。


「じゃあ、早くその二つを教えてくれ。長居すると、また狼が起きそうだからな」


「そう焦るな。形に残るような方法が取れないからな、ミッチリと覚え込ましてやろう」


「なんだよ、そのネットリとした言い方は……。卑猥ですぅ」


「仕方ないだろう? こちらもあまり痕跡は残せないのだから。そっちこそ、誰かの口真似か? 似合わないぞ」


 お互いに挑発する形で、牽制する間にも時間が無駄になっていく。


 下手にメモなんかを渡すこともできないのは承知の上だ。かと言って、お勉強会も勘弁して欲しい。


 高い授業料を支払わなければならなくなりそうだからな。


 母親になるにはまだ早い。


「友達の真似っ子だ」


「そうか。じゃあ、よーく聞け。今から言う番号・文字を、しっかり覚えろ」


 ジュペッテの真似を軽く流される。


 これ、この小馬鹿にされた視線がすんごく刺さるんだよなぁ……。


「一つは俺宛て、もう一つは組織の電話番だ」


 ジョセフは言うなり、いきなり数字・文字を言い始める。


 自慢じゃないが、私は頭が良いわけじゃない。まるで、肉体面で恵まれる代わりに脳みそが退化しているみたいだ。


 なのに心の準備もままならない内に始められ、私だって文句を言う。


「えッ、えッ? そんな数桁、いきなり覚えられるか!」


「む? これぐらいも無理か。仕方ないな」


 からかうように言うものの、ジョセフは明らかに喜んでいた。


 私に、手取り足取り数字を教え込めるからである。


「ならば、簡単な語呂合わせを教えよう」


 ジョセフが言う。


 そんなものがあるなら、先に教えてくれ……。


 それからしばらくの間、語呂合わせと数桁の数字・文字を叩き込まれる。


 二つの番号を覚えるくらいで難儀している私を笑うかもしれない。


 しかし、ジョセフが「間違える度にキスを一回でどうだ?」なんて条件をつけるから、頭がのぼせて肝心な部分が入ってこなかったのだ。


 ちなみに、私が覚えた切れたら「俺からのキスだ」である。


「これで、計四回か」


 なんとか覚えきった時には、それだけの罰ゲーム(ごほうび)が決まっていた。


 本当に、嬉しそうな顔で言いやがる。


 どう足掻いてもキスはしなければならないようだが、それこそここでやってしまえば最後まで堕ちてしまう。


「つ、ツケで頼む……」


 苦肉の策、借用! 借金!


「ツケ? ツケ、か。クククッ」


「……」


 ダメだろうかと、上目遣いになってみる。


「わかった。口惜しいが、無理やりレディの唇を奪うのはいただけないからな」


 思ったより素直に引き下がるので、私も拍子抜けしてしまう。


「い、良いのか?」


「良いも悪いも、そういう注文なんだろ? まぁ、貞操観念が強いことは喜ぶべきだ」


「ご、ごめん……」


 私なんかに比べて余裕のある態度で許してくれるから、酷く申し訳ないことをしている気がする。


 ついつい謝ってしまう。


 虚勢と虚飾に塗れた自分だったなら、そんなことを気にせず乱れられるのかな?


 ブンブンと頭を横に振り、私は考えを払う。


 そんな恥ずべき行為は、ハピナ達が知れば悲しむから拒絶しているだけだ。


「いや、建前か、こんなの……」


 ついつい口から出てきてしまうボヤき。


「まだ、どちらの自分を選ぶのか悩んでいるのか? だが、安心しろ。俺は、どちらのアルシャも好きだからな」


 スッと耳元へと顔を近づけて、ジョセフは言った。


 頬への口づけも。


 ウワァァァァァッ! だから、そういうのはズルいって!


「ふしゅぅ~……」


「今のは利息だ」


 私の体から力が抜けて行き、ソファーチェアにすっぽりと収まる。膝を折り、腕で抱えて沈んだ。


 私の中の『女』が溢れそうになる所為で、気を抜けなくなった。


 さっき覚えた大事なものが飛んでいかないのは救いか。


「じゃあ、後は間違いなく、ツケで。ちょっと、暑いから、窓を開けて」


 だが、私は直ぐにでも飛んで行きたかった。


 どこでも良いから。


 ジョセフがスライド窓を押し上げたところで、その隙間から飛び出した。


 ――ドンッ、ゴロンッ!


 男に酔って力の抜けた私では、正直なところ二階くらいの高さでも結構な衝撃だ。それでも怪我をしない皮膚の厚さは流石だ。


 なんとか転がって、着地のダメージを抑えることに成功した。


「お、おいッ?」


「だ、大丈夫……!」


 頭上からジョセフが心配してくれるが、服が汚れたぐらいで傷などはない。と思う。


 とりあえずは走れるので、私は急いでその場を離れた。


 きっと、音などを聞いた助手が、相変わらず「どうかしましたか、先生!?」などと慌てることだろう。


 ジョセフはそれをなんとか説得する、そんな光景が目に浮かんだ。


「ごめん、ジョセフッ」


 聞こえない謝罪を口にして走る。


 今の私は機関車だッ!


 考えなしに走り続け、気づけば町の中央へとたどり着いた。保安隊本署のある場所から、少し西へズレたあたりだった。


「ハァ……。ここは、えーと、あそこか?」


 頭の仲を整理して、状況と位置を確認していく。寄宿舎への道も把握できたので、私はクールダウンするように歩く。


 それほど進まない内に、耳へ何か音が飛び込んでくる。


 最初は痴話喧嘩か口論程度のものだと思った。


 あまり人通りの多くない道に入った時、目に飛び込んできたものがあった。


「……ッ」


 私は咄嗟に隠れた。


 ハピナが、数人の男達に連れ去られようとしている場面があったからだ。あれは間違いなく、ハピナだ。


 口を塞がれ、背後から抱え上げられて、車に押し込まれた。


 飛び出して行って、助けても良かった。


 いや、ダメだ……ッ! アイツら、ハピナに汚い手で触れやがって! がぁぁぁぁぁぁぁッ!


「むぅぅぅ~ッ!! ッ!」


 必死の抵抗も虚しく、ハピナは連れ去られてしまう。


 今飛び出したところで、私の見た目はただの女学生だ。


 例え誘拐犯達を倒してハピナを救っても、奴らを生かして帰す限りは報復の恐れがある。ジョセフに保護をお願いするにしても、ハピナの自由を奪うことになる。


 どう動いても、今はハピナに迷惑をかける未来しかない。


「どうする……。どうするッ?」


 考えても、それを口に出しても、決まりきった答えだけ。


 私は寄宿舎へ向かって走った。男に酔って力も弱まっている。周囲にバレないため、全力疾走できないのがもどかしい。


 それでも数十分走り続ければたどり着く。


 部屋へと戻り、切り裂きジョーの衣装を取る。


 アタッシュケースを握り、また外に飛び出して人目につかないところまで疾走。


「急げッ。奴らが逃げた先は、北西に向かう道だ……」


 路地裏とかに入る前に、まずはつい覚えたての番号へと連絡を入れた。


 ジョセフへと繋がる番号をプッシュする。


「もしもし……」


『アルシャか。もうこの番号を使うことになったのか?』


 ジョセフも、この時点で異常を察知してくれる。


「義姉が、親友が……。3~4人くらいの男共が車で北西へ。ハピナを誘拐した!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ