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余命3年の魔法使い  作者: 米米野々の
2/2

2 姉は僕を好きすぎる

どうしてこうなった。

 割がいい。実際に金額を聞いてみればそれは僕の想像を大きく超えるものだった。僕らの手元に入ってくる分はしれたものだけど、解放金の残りの半分を返済できる。あと8年はかかると思っていた奴隷からの解放が4年で済むんだ。

 姉さんも、ちゃんとお嫁さんにいける。


 クリスとはちょっとだけお茶をしてさよなら。

 貴族様の屋敷から家までは駆け足で戻った。


「ただいま!」


 姉さんの返事も待たず準備に入る。ベルトポーチにロープ、工具セット、ドライフルーツを詰めて投擲用のナイフを3本差し込んだ。


「仕事?」


 机に横になっていた姉さんがゆっくりと起き上がった。

 大きな瞳は開ききってなくて片目を擦って。髪がちょっとボサボサで。


「そうだよ」

「わたしは?」


 首をぶんぶんと振って返した。察しのいい姉さんは「団長のいじわる」とつぶやいたけど、クリスも意地悪なんだって喉まで出掛かったけど我慢した。


「背負い袋じゃなくていいの?」


 姉さんと二人だったり、普段の仕事では背負い袋を持っていた。ベルトポーチよりちょっとだけ容量が多くて松明とか火口箱とか、場合によっては小さいハンマーなんかも入れている。


「うーん、多分。人がいっぱいいるんだ。誰かが持ってきてくれるよ」

「ふーん」


 寝起きだからか、そうじゃなきゃいじけてるのかな。めずらしく姉さんの声がこもっている。

 でも僕は気づかないフリをした。今に限ってはあんまり言葉をかわしたくなかったから。今回の仕事、大丈夫だとは思うけどちょっと危ない感じだ。知ってしまえば姉さんもついてくるなんて言い出しかねない。

 二人でいっても入ってくるお金は変わらない。それならスリルを味わうのは僕だけの特権にしていいよね。


 使い古した短剣を身に着け、遠出用のローブを羽織って全身を覆う。しっぽのせいでやたらと背中が膨らんでるけどちょっと不自然なくらい。大きな荷物を持っていそうとか、そんな程度で。

 少なくとも耳やしっぽを露出させるよりはこっちのほうが面倒事が減るはずだから。


「行ってきます!」


 僕はさも忙しいように振る舞ってドアの取っ手に手をかけた。実際には時間に余裕はあったけど、姉さんにスキを見せたくなかった。


「待って」


 正直者の僕はピタリと止まってしまう。聞こえないふりをすればいいのに。

 そうやって悔やんでいるとぐいっとローブを引っ張られた。勢いのまま後ろに下がると姉さんに抱きかかえられた。


「ん、さびしいの?」


 身体を拘束する腕の力がだんだんと強くなってきて姉さんの身体が密着する。しっぽのあたりがくすぐったくなってきたから茶化してみたのに反応がない。


「……チューしていい?」

「えっ、うーん。でも、それは、やっぱり」

「おねがい」


 姉さんは、たまにこうやってひどく甘えることがある。こうなったとき、僕がとる態度は決まっている。


「ちょっとだけだよ」


 もちろん、されるがままだ。姉弟だからってこと以外は拒む理由がない。そしていつも理性が負ける。

 いつものように覚悟を決めた僕は、振り返って目を閉じた。そうすると姉は僕のおでこにキスをする。いつもなら。


「んっ」


 甘い声と同時にくちびるに柔らかい感触。僕ははっとしてのけぞって、ドアで後頭部を打った。


「ね、姉さん!? えっと、僕は」

「あれ、わたしどうして」


 当然、僕は大混乱。言葉がうまく出てこないし、どういうわけか膝が笑ってる。でも、目の前の姉も同じよう。手を空中でふらふらとさせて意味のないジェスチャーをとっている。

 身体があつい。ひどい熱にかかったみたいに。


「えっとね、カル、わたしね」


 僕はまだ石化の呪いにかかっていたけど姉さんはそうじゃなかった。何か覚悟を決めたよう。指を絡ませ、僕に体重をあずけてくる。

 僕はドアに寄りかかって、されるがままで。


「姉さん、僕は!」

「カル、かわいい」


 息が荒い。僕もそうだけど、姉さんはぼくよりずっとだ。

 荒い息のまま。少し見つめ合ってると姉さんは目を閉じた。そしてそのままさっきみたいにくちびるを重ねようとゆっくりと近づいて――。


「だ、だめだ!」


 僕はなんとか指を解くことに成功して、姉さんを押し返した。力の加減が効かなくて姉さんは尻もちをついてしまった。


「ご、ごめん!」


 あとは逃げるようにドアを開けて、いや。実際に逃げた。

 とにかく僕は怖かった。

 姉さんがどうしてあんなことをするのか分からなかったし、それが分からないのに嫌じゃないのも怖かった。僕の知らない何かを姉さんは求めていたんじゃないかと、そんな気がした。


 がむしゃらに走ってそのまま街を出た。本当ならクリスが用意したお金で馬車に乗って半日でとなり街のケプタハに着く予定だった。けど、僕は走るのが得意だったから予定よりも早く着いた。

 すっごく汗をかいたから浮いたお金でちょっとだけいい宿をとった。蒸したタオルで身体を拭いているとどうにか心が落ち着いた。でも、少しでも今日のことを思い出すと胸がばくばくと音を立てた。結局、冷静になれたのは街に着いてから4時間も経ってからだった。

 それで、もう夜も遅くなっていたから寝ることにした。


 目を閉じると思い返す。最後に見た姉さんの表情は多分、驚き。でも、それはずるいと思った。





----





 強い日差しをローブがいい感じに遮断してくれている。

 僕は水晶の洞窟の前に立っていた。


 仕事まで一日の余裕があって、せっかくだから下見をしておこうと思っていた。水晶の洞窟はケプタハから4時間も歩けば着く。往復する時間を考えてもその日のうちに戻ることができる。


 ただ、昨日はあんまり調子が良くなかった。

 寝覚めは悪かった。いつもはぐっすり眠れるんだけど、普段どおりってわけにはいかなかった。欠伸は止まらないし頭は回らないし関節が重かった。

 結局一日を休養に当てて、今日の本番を迎えてしまった。


 僕は前日の出来もあって少し気落ちしていた。ただ、それ以上に周囲の空気が重かった。

 思っていた以上に……出来る人が少ない。国が辺り構わず依頼を出したのもあるのだろうけど、お金につられて受けたギルドも多かったのだろう。

 でも依頼内容が不透明すぎる。だから、僕のように無理やり駆り出されてとか。

 きっとそんな人ばっかりなんだ。


「カルロッテじゃないか!」


 周囲をボーッと眺めていると不意の抱擁を受けた。

 深くかぶっていたローブがとれてしまう。


「……苦しいですよ」


 僕は不機嫌であることを隠さなかった。こーいうのは姉さんだけ。

 あと、GG団って嫌いだった。


「ああ、すまない! ただこうも難しい仕事となるとお前みたいなのはいるだけで心強い。なあ、魔除けのカルロッテ」


 GG団の彼が大げさに、わざとらしく喋ると周囲がざわつき出した。せっかく1/100として場に溶け込めていたのに。


「あんな子供だったとは」

「いや俺は聞いていたぞ。しかし、四足で歩く獣の子だと」

「耳可愛くない? いや顔も可愛すぎでしょ。ほんと」

「私も抱きついていいかしら」

「……えっちだ」


 案の定話題の的だ。

 僕は耳が良い。集中すれば呟くような音だって聞き取れる。

 聞かなきゃよかった。


「はっはっは、有名人は辛いな!」


 GG団の彼、副団長のセドラーは明るく振る舞う。それは一見、悪気のない好青年そのものだ。


「誰の所為ですか」

「すまない、そう気を悪くするなよ」


 まるで旧友のように頭を撫でられる。それも不快でしかたなかったけど僕が口を出す前にセドラーは言葉を続けた。


「しかしお前には先頭を切ってもらおうか。その能力を生かして案内役を頼みたい。危険だがきっとお前にしかできない。それに、皆だってそれを望んでいるだろう! あの魔除けのカルロッテだ! 俺らの安全は確保されたようなもんだぞ!」


 セドラーは両手を広げて周囲に訴える。熱を帯びて大喝采。100人超が急に集団としてのまとまりを持った。

 まずい。


「正直俺は不安だったんだ!」

「俺もだよ。でも、あのカルロッテがいるってなら安心だな」

「金につられて受けた仕事だったが、上手く事が運ぶもんだ!」

「……えっちだ」


 集団は完全にノッてしまった。

 待ってくれと叫びたかった。

 確かに僕は感知の能力がずば抜けている。そりゃあ前を歩くのが最も効果を出すのだけども普段はそんなことはしない。しっかりと戦闘力の高い前衛を置いて僕はある程度下がった位置で支持を出す。そうやって生存力と効率性のバランスを取っている。

 それを、急にこんな形で。


「お前が居てくれてよかったよ!」


 戸惑って固まっているとセドラーに抱きつかれた。反射的にそれを解こうとしたけれど、鋼のような力強さに全く身動きがとれなかった。

 僕をガッチリと固定したままセドラーが耳元でつぶやいた。


「奴隷野郎。俺は甘やかさねーからな。汚らしいてめえに見合った役割をきっちり果たせ」


 ぞくりと背筋が凍った。

 身体は動かない。表情だって変えちゃだめだ、集団に懐疑心を持たれてしまう。今、セドラーを敵に回すのはきっとよくない。


 彼は6大ギルドGG団の副団長。地位も名声も十分すぎるほど持っている。それに彼の容姿、装備も拍車をかける。短くまとめられた黒髪に常に笑顔の整った顔立ち。最上級の飛竜が素材の服を上下に身に着け腰には輝く名刀。憧れや尊敬の視線が彼には常に集まっている。

 この場での支配力は圧倒的だ。


「僕は、お前が大嫌いだ」


 だから、これが精一杯の抵抗になった。


「くっくっく。俺もだよ」


 彼の笑みがずっと歪んだものになった。

 でも、気づいたのは僕だけだった。

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