1 僕は姉が好きすぎる
処女作です。週1更新を目標に頑張ります。
家に戻ると、よく知る匂いが部屋中に広がっていた。
「ああ、今日もオムレツか」
「あら、贅沢を言うようになったのね。別に食べなくたっていいんだから」
言葉の割には特に怒った様子はない。姉さんはその得意料理をテーブルに並べるとエプロンを外して自身の椅子に座った。それに合わせて僕も座る。
「そんな。勘違いをしているよ。こんなに素敵な姉の料理を毎日食べてしまって他の男達に申し訳がないって、ああ僕はなんて罪深い朝を迎えているんだって。そんな気持ちが込められているんだよ」
「それで、【今日も】なの?」
「そうだよ」
「そうなの」
それで会話は終わって、姉は自身の作った料理を食べだした。
もしかしたら、と思ったがやっぱり怒ってなんかいない。彼女の腕ほどの長さがあるふかふかのしっぽが、微かだけど左右に振られている。
つられて自分も振ってしまいそうになるがそこは我慢。女の子と違って男はポーカーフェイスでないとね。
「はあ。料理に洗濯、掃除はもちろんどこのギルドでも引く手数多の操霊術師。おまけに、こんなに可愛いときたもんだ。僕はね、姉さんと結婚できないことが最も不幸なことだと思うんだ」
「まあ、どうしたの急に」
「どうしたのかな」
自分でもおかしなこと言ってる……とは思わなかった。
「大丈夫よ、いつもいってるじゃない。私達ずっと一緒よ」
「ふふふ。そうは世間が許さないんだよ。姉さんほどの人ならね、どこぞの騎士様貴族様が見逃さないんだ。綺麗な人には素敵な人が。これはね、この世の真理なんだよ」
「私にとって素敵な人はね。カル、あなたしかいないの」
困ったな。
完璧な姉さんにもひとつだけ欠点がある。僕のこと、好きすぎ。
だから僕は毎朝のように別の誰か素敵な人の話をする。繰り返すことで本当に思い込むようになるって本で読んだことがあった。
それで、僕以外の誰かに興味を持ってほしかった。
「それは、すごく嬉しいけど」
「そう。それなら相思相愛ね」
そういって身を乗り出してくる。机が小さいこともあって姉が伸ばした手は容易に僕の頭に届いた。ぽんぽん、と軽く叩かれたあと撫でられた。
困ったな。
完璧な僕にもひとつだけ欠点がある。姉のこと、好きすぎ。
こうやって毎朝、説き伏せるはずが愛の確認みたいになってしまっている。それを困ったなんて思いながらも一度も拒絶できたことがない。
「ああそういえばね」
撫でる手がとまり座りなおす。ちょっと残念。
「ご主人様がカルに用があるって。カルがおつかいに行ってる間に使いの人が来てたの」
「……ご主人様ってやめようよ」
「でも私達奴隷なのよ?」
「知ってるよ」
ボロボロの食器、机。歩けば軋む床。何一つとして十分なものはない。貧民街といわれる一室に住まわせられている。僕たちはそれなりに能力を身に着けたけど、生活のそれがやっぱり奴隷だってことを思い出させた。
「急がないと怒られちゃう」
「うーん」
食事は済んだ。とくにこれといって用がない僕は、すぐにでも主人のもとに向かうべきなんだろうけど、どうにも気が乗らない。もっとここに居たい。
「どうしたの」
「姉さんが可愛すぎて動けない」
「いつからそんなわがままになったのかしら」
「いつもだよ」
そう、いつも。姉の前ではわがままな駄々っ子だ。
姉さんはそんな僕を咎めたことなんて一度とない。今だってクスっと笑ったかと思えば「おいで」っていって手を広げている。
ちょっと恥ずかしい気もしたけど、わざわざ反対側に回り込んで、姉さんに飛び込んだ。こうなってしまえばもうダメだ。理性なんかどこにもない。
僕たちは実年齢よりずっと若くなって、お互いにじゃれ合った。僕は膝に顔をうずめて姉さんは僕の頭を撫でる。視界の済で姉さんのしっぽが大きく左右に振れているのが目に入った。
きっと僕も、同じようにしっぽを振っているんだ。
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「遅い」
「姉さんがあまりにも可愛くって」
「なんの関係がある」
やたらと大きな門をくぐり、やたらと長い廊下を歩いた先にある大部屋。そこで僕を待っていた【ご主人様】はひどく機嫌が悪そうだった。
椅子に座ったまま肩肘を立ててクリスは僕を睨めつける。その堂々たる態度は自分が上位者であるということを誇示しているようだった。
まあ実際にそうなんだけども。
「姉さんが可愛いから動けなかったんだ。君だって似たようなことをよくやっているよ」
つっぱねると、クリスは反論できないのか悔しそうな顔をする。
ふん、いい気味だ。主人でありながら、奴隷に色目を使う淫獣め。
ちょっと強くて格好良くてお金があって周囲からの信望も厚く努力家で、それでいて自身の使用人どころか奴隷とも気さくに接する器の大きさ。それぐらいじゃ、姉さんは渡せないぞ。
「シャルのことはいいだろう」
「シャルロッテだよ」
反射的に答えてしまう。普通の奴隷なら何をされても文句が言えないような態度だ。姉さんの事とはいえちょっと度が過ぎる。
僕には人としての権利や自由はない。彼の所有物なんだ。
それでも、すっごい嫌そうな顔をする程度にクリスはとどまっている。そんな彼にはいつも甘えが出てしまう。
「もういい、本題に入る。仕事だ」
「ご指名?」
「団長のな」
「ああ、そう。それで?」
「水晶の洞窟。最近、そこに住み着いたモンスターがどうも今までと比較にならない程度に強力らしい。って聞いたことぐらいはあるか」
「まあね」
名前の通り水晶が採掘できる洞窟だ。純度が高く質のいい水晶が採れるから中堅のギルドや冒険者に人気の狩場になっている。
僕も2年ぐらい前までは世話になったなあ。
「俺らのようなギルド員かそれなりの冒険者でないと手に負えないようなのが出てくるらしい。とはいえ、俺らは水晶で小銭を稼いだりはしない。つまり、全く水晶が採れなくなっているらしい」
「ふーん」
「水晶が採れなきゃ魔道具が作れねえ。鍛冶屋が困るだけならまだいいが魔道具の流通が止まればそれを使う奴らの戦闘力も下がる。最終的には国力の低下に繋がる」
「それで、お国から?」
「そーいうことだ。ま、割はいいぞ」
大筋は分かる。でも、団長からってところがまだ繋がらない。これはギルドとしてこの話に乗るってことだ。今回のようなケースなら戦闘向きのやつに任せたほうがいい。僕はずば抜けて強いというわけではない。
「なんで僕なの」
クリスの視線が左上に逸れた。
なにか気まずい?隠しごと?嘘をついている?
「……報酬が不釣り合いに高すぎる」
ばつが悪そうに視線を落とす。待っているとクリスが続けた。
「加えて参加者が多すぎるんだ。ギルド単位で依頼をしているようだが見境がなさすぎる。予想される人数は100を超えている。飛竜を狩るわけでもない。ちょっと強い、そんな程度のモンスターを狩るために、だ」
「きな臭すぎるよ」
「そうだ、当然関わるつもりはなかった。が、これを無視するわけにもいかなくなった。他の6大ギルド……とくにGG団から何人か参加するって話が出ている。あそことはよく競合するからな。情報を独占されるわけにはいかないし、何より権威にかかわる。団長はそう考えているみたいだ」
「他にメンバーは」
「いない。おまえだけだ」
それで気まずそうな顔をするのか。
「そっか。建前上ウチから誰かを参加させる必要がある、けれども慎重な団長は正規のメンバーを使いたくはない。そこで僕だ。僕なら何かあっても問題にならない。なんたって奴隷なんだから」
「あまりそうやって自分を落とすな。俺はお前達を所有物だなんて考えてはいない」
奴隷の僕に訴えるように伝えるクリス。そんな彼と対峙しているといじけるようなことをいったのが少し恥ずかしくなってきた。
もう少しよく考えよう。
討伐がメインであっても、ここまで規模が大きくなれば直接戦闘に参加する人数は限られる。残りはサポート、もしくは予備の戦闘員として待機するのが役割になるだろう。
サポートとしてなら、僕は適任だと思う。仮に戦闘することになっても噂の程度のモンスターなら自力でも十分に対処できる。何も無理難題を押し付けられているわけではないんだ。面倒事を押し付けられているだけで。
そうやって一つ一つ整理していくうちに疑問が浮かんだ。
「どうして姉さんはいかないの」
さっきまで視線が下がっていたクリスがそれを聞いた途端に瞳を輝かせた。
「そこだけは俺が止めた!」
「奴隷差別だよ!」
結局、いつものように僕が愚痴を吐いてクリスがなだめて。それでついにクリスもキレて。そんなやりとりをすることになった。
言葉にしているほど不満はなかった。僕は、こーやって彼と話をする時間が好きだったから。