1話 出発!
「ルカ、卒業おめでとう!」
「ん、ありがとう。いやー、いよいよ門出の時ってやつだなー」
「そうだねぇ。気が付けばあっという間」
皇歴346年3節20日、私の親友のルカ・ズィルバーンが村の学舎を卒業した。なお、私――ユヌ・ヴェルトゥ――は学舎に行っていない。
余談だが、こんな山奥の小さな村に学舎があるのは非常に珍しいらしい。村の学舎は教会の神父さんが個人でやっており、神父さんの厚意で格安とのことだが……
私は授業に行くよりも日々の食事をとりたいし、何より学舎へ行けば病弱な兄さんが家に一人残されてしまう。
そんな理由で学舎に行くことはなかった。
「さて、俺たちが乗る馬車出発の予定は火の曜日、24日だからな?」
「うん、私はもういつだって行けるよ!」
兄さんが遺した日記、それを見た私は旅に出ると決意した。
ひとまず、日記にも書かれていた皇都を目標とする。
といっても村から出たことなんてない私なので、そもそもお金がどれほど必要になるのかわからない。
我が家はもともと父さんの遺産が頼りだったから、お金が心もとない。
そこでとりあえずルカに相談をしてみた。
案の定こんな辺鄙な土地から皇都へと向かう定期便などなく、さらに馬車は高いらしい。
途方に暮れていたら、ルカは学舎卒業したら皇都の魔法学校に行くとのことで。子供一人が二人になるくらい、そんなに大差ないだろうから交渉すれば安く乗せてくれるかもという。
ルカが交渉したところ、半額にしてくれるという話になり、7節の間待つことにした。
おかげで私の準備は万端である。
あと4日で、私は生まれ育ったこの村を飛び出て、世界を巡る旅に出るんだと思うと心が躍った。
「ルカ君、ユヌちゃーん!元気でねー!」
「じゃあねー」
「ルー坊しっかりしとれよー!」
「ユヌちゃんは健康に気を付けるのよー!」
「ルカー!ユヌー!さようならぁー!」
「二人ともいってらっしゃーい!!」
早朝の出発にもかかわらず、村からは村民総出で見送られ、私とルカは行商人の馬車に揺られながら村を出る。見送られるときにルカは必死にこらえていたけど、村が見えなくなったら涙をこぼしていた。
「皇都かぁ、どんなところなんだろ?」
「おいおい、下調べとかしなかったのかよ。皇帝のおわす沿岸都市。この国の人の中心であり、物の中心だ」
「おー、流石ルカだねー。まぁそのくらいなら私も知ってるけど」
「むっ、人が折角親切に教えたってのに」
「付け足すなら……旧名はボンフルーブ、単なる漁師町だったが皇歴35年に時の初代皇帝クリストフ・ノワールが南狩りの進行中に陣を敷いたのが発展の始まりで――」
「あーストップストップ、俺が悪かった。てかそんなに知ってるならどんなところも何もないだろ」
「私が知ってるのは情報だけだもん。どんなところなのかは知らないよ」
「お、おう?うん。よくわからん」
そう、旅に出るにあたって、私は情報を集めることにした。
当面の旅の目標は皇都だけど、その後はとりあえず兄が風景画で見た地域を探す旅をしたいと思ってる。すでに風景画の何枚かは実在の場所であるらしいことが分かっている。とりあえずわかっている範囲で、その場所や道中の都市などのことを村の本や神父様あたりから聞いて把握しておいた。
でもまだまだ知らないことも多いだろう。
皇都に着いたら観光をしつつ情報集めだ。
人が多いならそれだけ情報も多いはず。
「んー、皇都が楽しみっ!」
「そ、そうか」
「今日はここらで野宿するぞ」
「「はーい」」
何回かの馬の休憩以外はずっと進み続けた。
そしてついに日は西の山へと落ちていくような時間、行商人のおじさんが野営の準備をし始める。
行商のおじさんは元々は冒険者だったらしい。まぁ、元冒険者くらいじゃないと単身であんな辺鄙な村に来れるわけないか。
行商のおじさんを一言で言うなら、ごっつい。長袖から覗く腕はかなり筋肉質で、浅黒い。肌色といい、焦げ茶の髪といい、砂ぼこりでくすんだ麻の服といい、全体的に茶色っぽい感じの男性だ。
「何か手伝えることってありますか?」
「んあ?いいよ、座っとけ。おい、ルー坊は仕事だ!ほれ、手ぇ出せ」
「え?ああ、これか。わかったよ」
何か手伝いたいなーと思ったんだけど追い払われてしまった。
ルカはおじさんから釘みたいなものを受け取り、馬車や私たちを囲うようにして地面に突き立てていく。持っていた釘をすべて刺し終えるとこっちにやってきたので、何をしていたのか聞いてみる。
「ねぇねぇ、今の釘みたいなのって何?」
「魔物除けだよ、寝込みを襲われたら大変だろ?」
「へー、あれが魔物除けかぁ、初めて見た。それでルカの仕事ってわけか」
「そうそう、魔力お化けだからな」
町や村から離れると、普通の動物とは違う魔物が出没するようになる。
魔物とは、生命維持に魔力を使う生物の総称。そしてだいたいの魔物は本能的に同族以外の魔力を持つものに喰らい付く。なので町や村を出るときには魔物対策は必須なのだ。
で、あの魔物除けっていうのは、魔物が嫌がる魔力波を放出する道具なんだという。
魔物除けは便利なんだけど、二つの目立つ欠点がある。まず、魔力を込めて使用するが、持続性が今一つ。そして次に強い魔物には効果が薄い。しかし、大量の魔力を注げるならこの問題は解決できる、らしい。
だから行商人のおじさんはルカにやらせたんだ。
何はともあれルカのおかげで初めての野宿は快適だった。