プロローグ 下
日記にはいろいろなことが書かれていた。
私がいない間に神父様が来て、神父様の冒険譚を聞いたこと。ミオ姉さん――兄さんの幼馴染――から誕生日の贈り物を貰って嬉しかったこと。そのミオ姉さんが皇都へ旅立ってしまったこと。雪で遊ぶ私たちが雪だるまを贈ったことや、それがすぐに溶けてしまったこと。私が作った料理がとてもおいしかったこと。神父様がまた来て、でも仕事の途中だったみたいですぐに傍付きの神官に連行されたこと。皇都に行っていたミオ姉さんが帰ってきて、絵の具をくれたこと。絵を描くのが楽しみになったこと。私が学舎に来た新刊、植物図鑑を借りてきたこと。その植物図鑑のある花を気に入ったこと。
つらつらと日々の出来事が綴られている。
兄さんはどんな気持ちでこれを書いたのだろう。
ここには直接書かれてはいないけれども、外をもっと見たかったのではないだろうか。
雪が降ったあの時、冷気は体に毒なのに、兄さんはどうしても外の様子を見たいと言ってた。神父様の冒険譚は詳細に書かれていてその興味がうかがえる。皇都から帰ったミオ姉さんにも話をしてもらっていたらしい。私が借りてきたあの図鑑は4日にわたって見ていた。皇都と往復するミオ姉さんにはよく風景画が欲しいと言っていた。その風景画を見ては、私に「これは何だ?」と聞いてきて。
兄さんと暮らした日々はとても和やかだった。
やがて日記はあるページで途切れる。
最期の日記は命日の2日前。
この日はちょっと文量が多い。
『皇歴345年 8節 7日 火の曜日
ようやくユヌへプレゼントするアクセサリーが完成した。ルカの坊主が絵を石に閉じ込めてくれたから、きっと長持ちするだろう。ルカにはもう一個、こいつを作ってもらおう。
きっともうすぐ僕は死ぬ。足の感覚とかもう怪しくなってきた。まったく使うことのない足だったけど、願うことならこき使ってやりたかった。ミオが行ったという皇都まで一緒に行ってみたかったなぁ。
あ、ユヌやルカも行きたいって言うかもしれないな。きっと大人数の旅は楽しいだろう。世界中のいろんな場所をめぐる大冒険!
……ふふっ、いい年こいて子供みたいだ』
日記はここまでだった。
兄さんは、旅に出てみたかったのか。
ふと顔を上げると、ミオ姉さんが持ってきた風景画が目に入った。
草原の絵、他にも一面の麦畑、岩山、湿原、雪原、荒野、さらに港町や、森の中の家々に、立派な城。
私と違って、まともに歩けない兄さんの世界はこの部屋と窓から見える外、そして風景画だけだった。風景画に描かれたその場所に、行くことは叶わない。
――私なら兄さんに代わってこの風景を見に行けるだろうか。
代わりにっていうのは変だと思うけど。
私にはもう家族はいない。
母さんは私を生んだ後に死んでしまったらしいし、父さんは小さい頃に帰らぬ人となった。最期の家族であった兄さんもいなくなってしまった。
私ももうすぐ子供という歳ではなくなる。働くとなったときに継ぐべき家業はない。
それなら――