プロローグ 中
葬儀とかをやったはずなんだけど、あんまり記憶に残ってない。
私の親友であるルカの家は教会の神父さんの親戚らしいから、たぶんそこらへんの人たちがやってくれたんだと思う。
私は一人となった家で無為な時間を過ごしていた。兄さんの部屋で、ただ、何をするわけでもなく兄さんが一日を過ごしていたベットに腰かけて一日を過ごす。
だんだん、あの絵の具の臭いが薄くなってゆく。
気づけば私は、残っていた絵の具を寝る人の居ない寝台に投げつけていた。
すごくくさい。
でも、なんだか安心した。
あとから聞いたところだと、そんな生活を一週間続けていたらしい。
だんだんと認めたくない事実を理解していった私は、兄さんの荷物を整理することにした。外に出ることはない兄さんだったけど、部屋には亡き父が集めた本や珍しい物、そしていろいろな風景画に、兄さん自身が描いた絵もたくさんある。
あれから兄さんはマイオソティスという花を描き続けた。大小様々な大きさの紙に青く小さな、可憐な花が書かれた絵は50近い。
私の首元にもその花の絵がある。
大銅貨ほどの大きさの透明なクリスタルが小さな鎖に繋がれ、その中に絵が閉じ込められている。表面が滑らかに磨かれたそれを左手でなでつつ、部屋にあるものを一つ一つ見てはかつての記憶を思い出していた。
やっぱりこの青い花の絵が特に多いなぁ、あっ、これは私がリクエストした果物の絵だ!これはミオ姉さんが兄さんにあげた石のアクセサリーだ、そしてこの分厚い本、父さんが買ってきた別の国の図鑑だ。
それからそれから――
ん?
なんだろう、この本?
本、というよりは……薄いノート?見覚えがない。表紙や背が結構傷んでいる気がする。結構昔のものかもしれない。恐る恐る表紙をめくると、文字がいっぱい書かれていた。
冒頭にはこう書かれている。
『皇歴342年 10節 6日 水の曜日
今日から気が向いたときに日記をつけていくことにした。こんなことをしようと思ったのは、つい一昨日、発作で死にかけたからだ。少しでも、ほんの少しでも、この世に足跡を残したい。
さて、今日はユヌの9歳の誕生日だ。朝までに気合でなんとか小康状態まで持ち直した。できることなんて何もない兄だが、誕生日を祝ってやれてよかった。』
どうやらこれは兄さんの日記らしい。書き始めが私の9の誕生日だから、かれこれ3年近く前のものだ。
私が知らない兄さん自身の記録。
夢中になって読み続けた。