プロローグ 上
日々の妄想をつらつらと
「兄さん、また絵を描いてるの?」
西日の差す部屋の中は絵の具独特の臭いが立ち込めており、私は思わず顔をしかめてしまう。奥のベットにいる男はそんな私を見て何がおかしいのか、笑顔を浮かべた。
「ふふっ、ユヌはいつまで経ってもこの匂いが嫌いだねえ」
「だってくさいもん!それにまた布団も汚してるし!また洗わなきゃ!」
「ごめんごめん」
「まったくもう!・・・はぁ、ご飯、ここに置いてくよ」
「うん、いつもありがとう」
「今日はルカのとこからの貰い物だから」
私は持ってきた芋がいっぱいのホワイトシチューと、青菜のお浸しをベット横のサイドボードに置く。ホワイトシチューは友達の家からおすそ分けしてもらったもの。
今日のご飯はここ一週間で一番豪勢だね。
「あぁ、ズィルバーンさんのとこか。ルカの坊主は元気にしてたか?」
「うん、元気元気。今頃あっちの家では馬鹿みたいに食べているんでしょうね」
「ふふっ、ちがいない」
ルカのところではこんなご飯が毎日食べられるんだろうなぁと思うとちょっと羨ましい。私と兄さんしかいない我が家は、毎日毎日ほかの家のもらい物ばかりだ。
「ところで兄さん、今日もまたその花描いてるの?えっと確か・・・「舞い落す」とかいう名前だっけ?」
「『マイオソティス』な。ユヌって魔物には詳しいのに植物は全然だめだな」
「んー、興味があればすぐ覚えられると思うんだけど、如何せんね。で、聞きたいんだけどさ、なんで最近はその花ばっかり描いてるの?」
「前にユヌが学舎から花の図鑑持ってきてくれただろ?その時に見つけてさ、僕は残りの生涯をこれに注ぎたいなって思ったんだ」
「・・・兄さん」
「そんな悲しそうにするなよ。今生きてるのが不思議なくらいの人間なんだぜ?長くないって言うのはわかるだろう?」
「・・・」
私は思わず兄さんにそっと抱き着く。兄さんはそっと私の頭をなでる。
その体は妹の私より細く、骨ばっていて、強く抱き着くと私の体に骨が突き刺さる。
胸に額を当てるとかすかな心音と体温が伝わってくる。
「ユヌには、絵じゃないものを残してやりたいな・・・」
「いい、いいよ、兄さんがずっといてくれれば、それでいい」
「そうしてやりたいんだがなぁ」
兄さんは私が落ち着くまでずっと頭をなで続けてくれた。
私が一人ぼっちになったのはそれから一ヶ月経った、うだるような暑さの日だった。