表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブラックギルドの最古参(短編版)

作者: imt

レイスはバサロブィッツ帝国に多々存在するギルドの一つ、ブラックギルドに所属している。


ブラックギルドとは所謂暗殺ギルドの一歩手前、悪徳商人や重税を掛ける地方領主を・・・殺すのではなく脅して事を解決する存在である。勿論魔物の討伐も請け負うため、何でも屋という感覚の方が近い。


15歳から冒険者として登録出来るこの世界の中で齢18のレイスはそう珍しいものではない。しかしその齢で中規模のブラックギルドに、それもギルド内でトップの実力を誇るA級であり、ギルドマスターを除けば一番長くこのギルドに在籍している存在はそうそう見つかるものではなかった。


ギルドマスターにしつこく勧誘されて短期間だけという条件で渋々参加したレイスであったが、人里から離れた呪術師の村で世間の常識を知らず育った経緯から、悪を懲罰し依頼者や関わった町の人々から賞賛を受ける日々はなかなかに彼を充実させた。


呪術で敵を無力化させる彼が標的を殺したことは一度もなく、血を見せずに解決する手腕と彼の幼さから来る常識的な価値観は彼だけでなくその所属するギルドの評判をもどんどんと上げていく。


そのブラックギルドが巷で噂され、続々と入団希望者が押しかけてきたのも当然だろう。


噂に上がるまでは5人で二年近く活動していたことを考えれば、二ヶ月で30人は大躍進と言える。


レイスを含めた古参の4人も、ただただ人数が増え有名になったことを最初は喜んでいた。


恐らくは、それが失敗だったのであろう。


異変に気がついたのは2週間程経ってからである。新たに参加したメンバーが町で騒ぎを起こしたと聞いた。


駆けつけたレイスはその状況に目を細める。騒ぎを起こしたのは当然新参者達だ。

その中にはC級で、「悪徳領主を殺した」と豪語して新参者達の中でリーダー格となったヒムルーの姿も見える。

彼ら6名に囲まれているのはレイス達のギルドが腰を据えている片田舎の町でいつも果実を売っている老婆だった。


前にレイスが依頼で町に居座っていた無法者を追い出した時、「彼らにゃいつも迷惑を掛けられていたんじゃ、ありがとねぇ。そら、これをもっておいき」と一日分の食費に相当するような高価な果実を譲って貰った事があり、レイスは仲間の不始末云々よりもこの老婆を助けたいという気持ちから老婆を囲んでいる仲間になった者たちの前に立つ。


「お前たちはここで何をしている?町では問題を起こさない、と入団時に聞いただろう。そもそもこのばぁさんが何をしたっていうんだ!?」


「あぁ、レイスさん、別に問題を起こしたわけじゃないっすよ。ただ、この町の治安を守っている俺たちが?よく働いたからそこの果物を食べながら休憩しようとしたら、このババァが金を払えって言ったんすよ。信じられないっしょ!」


さも当然と言いたげにヒムルーが答えを返してくる。こんな内容なら聞く前に動けないようにしておくべきだった。


「それが問題を起こしている事だと気が付かないのか!お前たちは一旦ギルドに戻れ。近いうちにマスターと相談して沙汰を言い渡す。これ以上この町で騒ぎを起こされたら堪ったもんじゃない」


レイスの言葉に新参の者たちは忌々しげな顔をしつつ、この場で白黒つける気は無いのかすごすごと引き下がっていく。いや、、、


「覚えておけよ、ランクが上なだけの小僧が」とヒムルーの低い声が聞こえた。

どうやら彼より年下で、ランクが高いレイスはかなり敵視されているようだった。

所属している期間でも先輩なんだがな・・・


レイスは近いうちに話し合いをしなければと思いつつ、事が大げさになる前に解決出来た事に安堵する。そして老婆の方を振り向き、


「あぁ、誰かと思ったらあんたか、同じギルドって言うんならあんな無法者にはちゃんと首輪を付けてほしいもんだねぇ。あぁコイツもダメだ、今日はもう店じまいだよ、さぁ、あんたもいったいった!・・・やっぱり呪術師なんて信用するもんじゃ無いねぇ」


彼の記憶からはかけ離れた、辛辣な言葉を吐く老婆から逃げるように立ち去った。

特に最後の一言は帝国では常識であったが、それを理解していてもレイスの心は沈む。


翌日も新人達は騒ぎを起こしたらしい。自分が魔物の討伐に赴き、現場に居なかったことを悔む。彼らはその数を増やして複数の住民や商人に迷惑を掛けたと聞いた。


この二日間だけでレイスが所属するギルドの評価は地に落ちてしまっただろう。それでも、明日になればメンバー増加の申請手続きを首都で行っていたマスターが帰ってくる。


信頼を取り戻すには時間がかかるだろうが、まだ立て直せるとレイスは考えていた。


そんなレイスの想定を打ち砕いたのは翌日の朝刊だった。


レイスが大急ぎで自分達のギルドの拠点となっている建物に入ると、入り口付近に居たヒムルーがニヤニヤと気持ちの悪い笑みを向けてくる。


恐らく朝刊に載っていた殺人事件の犯人はコイツだろう・・・腹の底でじわじわと燃え上がるような感情を必死に抑えながらヒムルーを一瞥して、昨夜には帰ってきたというマスターに声を掛ける。


「マスター、話がしたい。あんたと二人だけで、あんたがいない間に起きた出来事についてだ」


「なんだレイス、ここにいるのは皆新しく入った仲間だ。二人だけで話す必要は無いだろう」


「彼らにとっては、聞きたくない話だと思うんだが?」


「いや、みんな聞きたいと言ってるんだ。いいからここで聞かせてくれ」


周りを見渡すと最近入った新人は凡そ・・・いや、昔からいる3人を除いて全員が揃っている。


その殆どがヒムルー同様に不快な笑みを浮かべていた。


頭の奥がジリジリと痛みを発する。確信とまではいかないが、備えはしておいて損はないはずだ。一人一回も向ければ十分だろうか。


レイスは、新人をそれぞれ名前では呼ばずに指差しながら話を始める。


「まず3日前、そこの6人が果実屋を脅してで金を払わずに商品を奪っていた。これは俺自身が仲裁している」


「そか、面倒を掛けたな。お前たちもそんなしょうもない事もうするなよ」


レイスは少し驚いた。もう手遅れなのでは無いかと危惧していたがマスターの返答は至極常識的な内容だった。6人に対する叱責が軽い気はしたがいつものマスターらしい対応であるとも言える。


次に前日にも騒ぎを数件起こした事、それとこの二日間の騒ぎに参加していない数人の新人を指差しながら説明する。


レイスは段々と、マスターの普段と違うそっけない対応に違和感を強めていった。最初の報告をした時点では希望が出てきたと感じていたが、これは期待出来そうにない。


寧ろ自分達の悪事を報告されているのに、まるで許されるのが分かっていたかの如くニヤニヤ笑いを続けている新人達を見て、希望の感情を追い出す。油断はしない方がいい。


「最後に今日の殺人事件だが――」


「いや、レイス。俺からも一つ話がある、先に聞いてくれ」


ヒムルーがニヤニヤを通り越して直視出来ない、したくもない猟奇的な顔を作っている。

レイスはなるべく視界に入らないように努力しながら、マスターの言葉に頷いた。


「俺のブラックギルドを、今日からは暗殺ギルドに変えようと思う。朝刊に載っていたのはその第一歩だ。レイスは勿論、これからもついてきてくれるよな?」


話の推移から、最悪の予想の一つとして考えてはいたが衝撃は大きい。レイスは疑問を抱かれないように、ごく自然にギルドマスターを指差し声を荒らげる。


「そんなのは勿論お断りだ!一体どうしたんだマスター!?他のみんなも納得しな・・・・・・」


マスターの口が、まるでヒムルーから病気を移されたかのようにどんどんと引きつっていく。あっという間に周りの奴等同様の醜悪なニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「あぁ、アイツ等にも反対されたんだよ・・・だから仕方なく、な」


ヒムルーの近くにいた数名の新人がスッと移動する。彼らの後ろにあったのは2年近く共に活動し、気心の知れた仲間の死体だった。3人ともボコボコにされた痕が残っている。


「そこの先輩方、ギルドマスターの言うことに反対して終いにゃギルドを抜けるとかいい出したんすよぉ、だから暗殺の練習台になって貰ったんすわ、ヒヒッ」


ヒムルーと周りに居た新人達はギャハギャハと嗤っている。

この建物に入ってそこそこ時間が経つが血の臭いや死臭は感じなかった、しかしレイスは吐き気を催したような気分に陥る。きっと、そこにいる獣達が放つ悪臭のせいだろう。


「レイス、お前はこのギルドの一番の古株だ、もう一度だけ聞いてやろう。勿論、お前はついてきてくれるよな?」


「レイスさんよぉ、マスターと相談して、なんだったんでしたっけ?もう一回聞かせてくださいよぉ~、あぁ、ションベン垂らしながら土下座して俺の靴の裏をどうしても舐めたいって言うんであれば?もしかしたら俺、気持ちよくて忘れちゃうかもしれませんよぉ?ヒヒッ!」


獣達がまたギャハギャハと騒いでいた。これは戦闘は避けられないだろう、レイスとしてもこの惨状を放置する気はさらさらない。


今日は急いで来たため父祖代々の戦闘服である外套と、村を出る時に長老から貰った呪いのアクセサリーを身に着けていない。レイスの今の実力は普段よりも数段劣る。


だがとっくに準備は出来ている。後は、奴等の暗殺の練習とやらに一通り付き合ってやれば終いだろう。


「当然断る。・・・今まで世話になったなマスター」


「・・・仕方ないな、おい皆!新しい練習台が立候補したぞ、あいつはA級だ、油断はするなよ」


「ヒャッハ!頭でもおかしくなっちゃったんですかぁ先ぱ・・・あぁ、もう違うんでしたねぇ~。じゃあ、いい声で喚けよぉ小僧!」


好き勝手に言ってくれる。会話中ずっと油断していた新参達に今更そんな声を掛けるとは、マスターだった奴は一体何を考えているのだろうか?手遅れだぞ?


ヒムルーには少し驚かされた、野獣に人の心配が出来るとは。


新参者の輪から我先にと5人程が飛び出してくる。先陣、といった所なのか他の者たちはニヤニヤしているままだ。


が、5人が2歩目を踏み出した頃には、皆ぽかんとした顔に変わっていた。周りの者たちも不思議そうな表情をしている。あの感染するニヤニヤは治ったようだ。


突っ込んで来る5人は意気揚々と詰め寄って殴りかかろうとしたのだろうが・・・見た目は走っている格好だがその速度は普通の歩行よりも遅い。振り下ろされる拳も緩慢だ。


レイスはゆっくりと繰り出された複数の拳を易易と避けて、先陣を切った5人にちょんちょんと手で突っついていく。


それだけでバタバタと倒れていく5人を見て、ようやく残りの元新参達の顔からも焦りの表情が浮かんだ。


だがレイスからすれば次が出て来るまで待ってやる必要はない。すぐさま様子見をしていた輪に突っ込む。


袋のネズミだと言わんばかりにそれぞれが拳を突き出し、足で蹴り上げ、中には剣を抜くものも居た。


しかし、先程の5人同様その動きは遅い。ギルドマスターが怒気を帯た声で真面目にやれと叱咤していた。確かに一度たりとも命中させることが出来ず、緩慢な攻撃を繰り返す彼らは傍から見ればやる気が無いようにも見えるだろう。


レイスはこれまた先程と同じように動きの鈍い彼らを軽く手で突き、次々と床に転がしていく。


全く力の入っていない突きで倒れる所もふざけているように思われるかな?とレイスが意味のない疑問を感じている間に、彼の周りに立っている者は居なくなっていた。


残るはマスター、ヒムルー、そしてその横で顔を青ざめる2人だけになってしまった元新参だけだ。


「お前たち何をやっている!なんで誰もレイスに当てられない!やる気はあるのか!?」


マスターは更に怒気を増している、ヒムルーは彼らの動きに純粋に疑問を感じたようだ。


「マスター・・・俺の名前はレイス(幽 霊)だぞ?簡単に触れられる訳無いだろう?」


彼の忌々しげな視線がレイスに刺さる。こんな数だけの奴等で本当に倒せると思っていたなら世間のA級を舐めすぎだ。


「こいつらの動き、信じられないほどトロかったなぁ。あんた、一体何したんだよ?」


ヒムルーが普通の口調を使いこなしている事にまたしても驚く。普段から使えよ。


「俺がここに来て会話していた間、ずっとだぞ?何度も指差ししただろう?あれに強度劣化と速度遅滞の呪術を乗せた。まさか、気がついて無かったのか?」


レイスの言葉にマスターとヒムルーが揃ってギョッとする。二人はそれぞれ一番長く、一番多く彼の言う呪術(指差)を受けていた。残りの二人はA級の実力を目の当たりにして恐怖心に負けたのか失神している。


「どちらも簡単な術なんだがな・・・強度劣化は体がやわになるだけだ。まぁ、そこで転がっている連中もどこかしか骨折はしているだろうが。速度遅滞は・・・文字通りで、見たまんまだな。彼らにもやる気はあったんだと思うぞ?」


「お、お前・・・!そんな、、、詠唱など何もしていなかったじゃないか!指を向けただけで呪いを掛けられるなんて聞いたことがない!」


「あんた帝国生まれだろ、知らないのか?この帝国が50年前に滅ぼしたとされる『無言術師』、俺はその生き残りの子孫だよ」


レイスの言葉にマスターは愕然とする。もはやおとぎ話の類になっている存在が目の前にいるのだ。急激に後悔、恐怖と言った感情が彼の精神を塗りつぶす。だが、彼に出来ることは既に何も残っていない。


「さて、これで終わりだ。俺からももう一度言おう、今まで世話になったなマスター」


レイスは二人の両足に軽く手刀を入れる。マスターは呆然といった感じで抵抗なく膝を折った。


ヒムルーは・・・恐らく全力で抵抗したのであろう、だが彼には元新参達との戦闘中にもこまめに速度低下を掛けておいた。今は一歩を踏み出すにも数分はかかる状態だろう。

ついでに発声阻害も質問された際に掛けてある。今のヒムルーは凄まじい形相ではあるが、動くことも声を出すことも出来ない無害な存在だ。但しそれは一時間と持たないのでレイスはしっかり、彼の両足をポキポキっと折っておく。


「あぁ、そういえばもう一度聞きたいんだっけか?悪いな、マスターと相談するのは無理だった。代わりに俺の独断で処罰しておいたぞ。・・・これで満足か?」


当然、彼の反応は無言だったが。


こうして、暗殺ギルドを結成した者たちは一人残らず彼らの建物の中で動けなくなった。


レイスは数瞬、共に依頼を遂行してきた仲間たちに黙祷を捧げる。


もう間もなくここを嗅ぎつけるであろう町の自警団の事を考えると、彼らを埋葬するには時間が足りなさすぎる。この惨状とおとぎ話にまでなっているレイスの存在を、帝国は決して逃さないだろう。


死者とそこで転がっている者たちの説明を簡潔に紙に書くとレイスは足早に、一切の未練無く2年近く通い続けたギルドを後にする。


いや、一つだけ出てきた言葉があった。


「あぁ、最古参も今日までか」


必要最低限の荷物だけをもって、その足で帝国を出る。


村に戻るのはまだ早い、修練も足りなければ世間を隈なく見聞したわけでもない。


次はどの国へ行こうか・・・そう考えるレイスの歩みは軽かった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ