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Truth  作者: 雲居瑞香
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4.ドリームメーカー










「菊川さん、目を覚ましたぞ」


 敬からそんな報告があったのは、悠李が東野のパソコンを修復してすぐのことだった。一度ばらしたので、手には工具を持っていた。

「……それはよかった」

「ああ。佐藤先生が絶賛してたぞ。……つーかお前、何やってんの?」

「パソコンを組み立ててる」

「見りゃわかるよ!」

 敬は「そうじゃなくて、何でそう言う事態に?」と原因を尋ねてきた。

「いや、パソコンがフリーズしちゃってね。せっかくだから、解体して直してる」

「意味不明だが、とりあえず言っておく。それ、お前の仕事じゃなくね?」

「確かに」

 悠李はまじめな表情でうなずいたが、もうねじを締めるだけなのでグイッと閉めて、パソコンを設置し直した。

「東野さん。直ったよ」

「わーい。ありがとうございます!」

 予備コンピューターを使っていた東野が歓声をあげて戻ってくる。それから敬に気付き、「お疲れ様です!」とあいさつをした。


「そう言えば、ケイ。何の用?」


 まさか、菊川さんの様子を知らせに来ただけと言うことはないだろう。何しろ、それなら電話ですむから。だから、何かほかに用があるのかもしれない、と思ったのだ。

「いや。うちの科長がな。お前の話を聞いて、今度手術に立ち会ってくれと……」

「……じゃあ、言っておいてよ。代わりに私の母を派遣してよろしいですかって」

「ドクター香坂を足で使うなよ。お前の母親だけど、すごい人なんだぞ、あの人」

「一応、わかってるつもりだけどね」

 悠李はそう言って肩をすくめた。敬は来客用のソファに座りながら言った。

「実際の所、お前の魔法って洗脳魔法に近いだろ。そしたら、麻酔代わりになるんじゃないかって、佐藤さんが」

「……」

 悠李は敬を見つめ返した。

「……なるかもしれないけど、やったことはないから成功するかわからないよ」

「そうか……つーか、できるのか」


「たぶんね。私の精神感応魔法は交感神経にも作用するから、心拍数を押さえて血圧を下げ、出血量を少なくするところまで可能だよ。ついでに言うなら、痛覚を奪うこともできるね」


 自分で聞いたのに、敬は悠李の能力のえぐさに引いた。

「お前……すげえ力持ってるな」

「だから第一級制限魔法になっているんだよ」

 ここまで強い能力でなければ、今頃悠李はもう少し自由だと思う。


 とりあえず、敬は差し迫った用がないらしく、単純に遊びに来たらしい。ついでに悠李の話を聞いてみただけらしい。なので、無視しておく。


「そう言えば成原さん。式部さん、どうだった?」


 隣席の津田医師に問われ、悠李は「たぶん、洗脳魔法を受けていますね」と答えた。その場にいた全員の視線が向くのを感じ、悠李は苦笑した。

「一応、暗示の上掛けをしておきましたけど、かなり洗脳魔法が定着していると思います。人格乖離も見られますし。もともと、精神感応系の魔術師なんでしょうね」

 だが、時間をかければ、その洗脳も解くことができる。だから、悠李はこの時、香音の状況をそこまで問題視していなかった。

「これがひどくなれば、監視をつける必要がありますが……とりあえず、洗脳レベルを押さえる魔法道具を渡してあるので、しばらく様子を見ようかと」

「それがいいわね」

 津田医師がうなずいた。津田医師も、香音のことを診察したことがあるのだ。

「洗脳魔法か。高校のころを思い出すな」

「しばらく活動は見なかったけどね。兄さんに聞けば、何か分かるかもしれないけど」

 悠李の兄は防衛省に所属している。聞けば、何か分かるかもしれない。敬は肩をすくめた。

「ま、俺らに関わりなければ放っておけばいいんじゃないの? っと」

 高らかにPHSの音が鳴った。敬のものだ。どうやら呼び出しだったらしく、敬は片手をあげて言った。

「じゃ、俺は行くわ」

「はいはい」

 悠李は適当に返事をして手を振った。そこに、章平が半泣きでヘルプを求めてきたので、悠李は重い腰を上げて診療室に向かった。
















 数日が経ち、悠李は本当に手術に立ち会っていた。麻酔などの薬剤を使用するのが危険であると判断された患者が相手で、魔法麻酔を実行したのだ。

 何も、精神感応系魔術師は悠李だけではない。魔法麻酔科には精神感応系魔術師が多く、悠李と似たようなことをできるものもいるはずだ。だが、彼女ほど強い力は持っていない。

 感覚を麻痺させたり、心拍数を無理やりさげたり、あげたりすることもできるはずだ。これは念動力系の魔術師になるが。

 悠李は、無理やり心臓に干渉するのではなく、交感神経に干渉して心拍数と血圧を下げる。今更人の血を見て気持ち悪くなるような神経は持ち合わせていないが、さすがに内臓が引っ張り出されている様子は気持ち悪かった。


「おう。お疲れ」


 今回は心臓外科の手術だったにもかかわらず、参加していた脳神経外科医の敬が悠李に声をかけた。彼女はため息をつく。

「もうやらない」

「さしもの香坂にもショックだったか」

 苦笑気味に敬が言った。彼は悠李を一体なんだと思っているのだろうか。

「と言うか、どうしてケイはこの手術に参加してたわけ」

 何度も言うが、脳神経外科医である敬は、心臓血管手術には関係ないはずだ。ただの向学心だろうか。

「いや、お前が魔法を使って手術の手伝いするって聞いたから、見に来ただけだな」

「……」

 まさかの野次馬だった。悠李はちょっとすねる。

文香ふみかちゃんに言いつけてやる」

「ちょ、やめてくれ。あいつに聞かれたら、『やっぱりユーリさんがいい!』なんて言われかねん!」

 文香は医大の六回生で、敬の彼女でもある。悠李も文香と交流があるが、彼女は悠李を慕っているのだ。というか、基本的に同性受けの良い悠李であった。たぶん、その中性的な外見の、性格がややハンサムであるせいだろう。


 手術室を後にし、悠李は敬と共に昼食に向かった。診療室は章平に預けてあるので大丈夫なはず。

「お前、今日はPHS持ってんの?」

「今日は持ってるよ」

 今でもたまに忘れるが、だんだん忘れる頻度が減りつつある。何故か、悠李は呼び出される頻度が高いので持ち歩かないと後で苦情を受けることになるのだ。

 それは、悠李が常に笑顔で話を聞いてくれ、しかも必ず話には一言感想をくれるから、相手が話しやすいため、指名が多いためだった。

 敬は定食を頼み、悠李はオムライスを注文した。この病院の職員食堂は、メニューが充実しているのだ。


 適当な席に座ると、二人は周囲の視線を集めた。二人とも容姿が整っているので、向かい合わせで座れば視線を集めるのも当然だ。

「前から思ってたけど、やっぱりお前の能力って医療向けだよな」

 むしろ俺が欲しい、と敬は定食の焼き魚に手を付けながら言った。悠李はオムライスをスプーンですくいながら苦笑した。

「まあ、医療現場でないとなかなか使用許可が下りないのは事実だけど。でも、戦場で使う訓練も受けてるよ」

「さらっと恐ろしいことを言うのな。お前、接近戦得意だけど、戦場に行くとなると後方支援になるのか?」

「たぶんそうだね」

 おそらく、敬は従軍医になるのだろう。まあ、そんな日が来ないことを祈るばかりだ。さすがの悠李だって戦場には出たくない。

「でも、もう手術にも立ち会わない」

「わかったって」

 敬が苦笑して悠李に向かってうなずいた。それから、話をそらすように尋ねた。

「そーいや、成原は元気か?」

「私も成原だけど」

「知ってるよ。お前の旦那の方だよ。お前、わざとだろ」

 もちろんわざとである。敬は悠李を『香坂』と呼ぶので、彼の言う『成原』が彼女の夫を示していることは明白だ。


「元気だよ。今朝も朝起きたらホットサンド作ってた」

「……シュールだな」


 悠李の夫の秀麗な顔立ちを思い出したのだろう。敬がつぶやいた。悠李も「シュールだよ」とうなずいた。

「娘にデレデレだしね。前に写真撮ったんだけど、物理的に破壊された」

「うっわ。壮絶な夫婦喧嘩の予感」

「とりあえずその夜は悪夢を見せたけど」

 悠李ならではの報復方法である。悠李の『ドリームメイカー』は、寝ている人間に一番作用しやすいのだ。だから、寝ている夫に悪夢を見せたのである。

「お前の反撃、えげつないよな……よく離婚しないよな」

「うちの旦那はそれくらいで怒るほど狭量ではありません」

 それくらいの信頼関係はある。基本的に悠李も夫も穏やかな性格なのだ。しかし、穏やかな性格のものほど、怒ると怖いのは世の中の常だ。

「そう言うケイは、文香ちゃんと結婚しないの?」

「あいつ、今年が国試だからな。とりあえず、それが終わってからって思ってるけど」

 敬の彼女の文香は医学部六回生。今年が医師免許を取得できるかが決まる医師国家試験の年なのだ。とりあえず、これが終わるまでは彼女はそっとしておく方がいいのだろう。


「……うん。そうだね」


 悠李がうなずいた時、彼女のPHSが甲高い音をあげた。先ほども言ったが、彼女は呼び出される率が高い。口の中のものを飲みこみ、悠李は電話に出た。

「はい、成原です」

 今でもたまに『香坂』と言いそうになるが、だいぶなじんできた。むしろ、なぜ結婚三年目で慣れないのか、と言うところだが、前の職場では旧姓で通していたのだから仕方ないだろうと言っておく。

『魔法心療科、東野です。成原先生、式部さんがおいでです』

 式部。香音だ。まだ診療日ではないはずだが、何かあったのだろうか。悠李は「すぐ行く」と言ってPHSを切った。

「呼び出しか?」

「そう。患者さんが来たみたいで、行くわ」

 オムライスはまだ半分残っていたが、仕方がない。

「お前も大変だな。片づけておいてやるから、そのまま置いていっていいぞ」

「ホント? ありがと、ケイ」

「いや」

 こうした気遣いができるから、敬は結構モテる。うちの旦那とは違うところだ、と悠李は思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


悠李の旦那はいろいろマメ。


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