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Truth  作者: 雲居瑞香
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3.別に万能ではない












 式部しきべ香音かのんは大学生であるらしい。二十歳前後の女性で、魔術師でもある。背丈は平均よりは高く、細身に見えるのに出るところは出ていて悠李的にはうらやましい。長い黒髪をポニーテールにしていて、黒縁眼鏡をかけた優等生風の女性だった。

 通っている大学は、魔法専門の大学ではない。しかし、一般大学の魔法科に通っているようではある。

 こうしてみる限り、香音はかなりの魔力を有する魔術師だ。ちゃんとした訓練を受ければ一流の魔術師になれるだろう。

 そんな彼女は、ある悩みを抱えている。まあ、カウンセリングを受けに来るのだから当たり前であるが。


「成原先生……あの、また、気が付いたら行った覚えのないところにいて……」


 香音の訴えは、記憶の欠落だ。さすがに、記憶は悠李の専門外であるが、悠李が女性であると言うことで香音が懐いてくれているのである。彼女はやや人見知りなのである。

「どれくらいの間、記憶が欠落しているかわかる?」

 悠李が低めの優しげな声で尋ねる。いや、気性が穏やかな彼女は基本的にやさしげな声音であるが。

「えっと……二時間くらい、でしょうか。だんだん、時間が長くなってきている気が……」

 おそらく、それは香音の気のせいではないのだろう。

 悠李は香音の症状について、二通りの考えがある。一つは彼女が多重人格障害であること、もう一つは、何者かに操られていることだ。


 洗脳魔法と言うのは怖い。十年ほど前、悠李がまだ高校生の頃にも洗脳魔法による魔法事件が多発したが、最近も問題になっている。そんな中で、完全催眠も可能だと言われている悠李は監視下に置かれている。まあ、使うつもりはないので、たぶん大丈夫だ。

 それはともかく、洗脳と言うのはゆっくりといていくしかない。悠李なら可能であるが、香音が洗脳されているのかまだわからないので、不用意に魔法を使えないのだ。


 それにしても――と悠李は考える。


 悠李や敬、悠李の夫などもそうだが、魔力の強い人間は総じて魔力耐性が高い傾向にある。香音もかなりの魔力を持つので、洗脳魔法などにはかかりにくいはず。

 しかし、多重人格障害のようには見えない。いわゆる二重人格なら、悠李が精神感応魔法で少しつつけば片鱗が見えるはずなのだ。

 念のため、聞いてみた。

「式部さん、ちゃんとした魔法教育は受けたことある?」

 すると、思った通り、彼女は首を左右に振った。

「いえ……私は突然変異型の魔術師なので、家族にほかに、魔術師がいないんです」

「なるほどね……」

 突然変異型、と言うのは、遺伝による魔法能力継承以外の魔術師のことだ。家族の中に、誰も魔術師がいないのに、突然一人だけ魔力を持つ子供が生まれたりする。たいてい、数世代さかのぼると魔術師の血が入っているのだが、そうでないこともある。


 そう言った子たちは、まともな魔法教育を受けない。受けられない。なぜなら、親が魔術師ではないので、どうすればいいかわからないからだ。自分が理解できない道に、子供を歩ませたくないというのもあるだろう。

 悠李の友人にも何人か突然変異型はいる。その友人たちは、自分で魔術を習いに魔法学校に通っていた。魔術師になるのは大変だが、その方が就職に有利だからだ。家族の反対を押し切ってきた友人もいる。


 しかし、香音は見るからに『いい子』だ。親に逆らってまで魔法学校に行こうとは思わないだろうし、おそらく、彼女は魔術の知識がなくても生きていけると思ったのだろう。まあ、実際に生きていけるし、魔術師を生んだ普通の親は、そう思うことが多いらしい。

 だが、弊害もある。ちゃんとした魔術教育を受けないことで、魔法耐性が低くなることがあるのだ。おそらく、香音もそのタイプ。

 訓練を受けて魔法が固定されてくると、一定以上に洗脳魔法などが効かなくなってくる。しかし、訓練を受けていない魔力持ちは、かけられた洗脳がそのままその人の魔法として定着することがあるのだ。


「あの、成原先生?」


 呼びかけられ、悠李は我に返った。あわてて笑みを浮かべる。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてしまったよ」

 微笑んだまま、悠李は言った。

「パッと見てわかるくらい、式部さんは魔力が強いんだ。だから、ちゃんとした訓練を受けたほうがいいと思う」

「えっと……そうなんですか? 一応、基本的な魔法は使えるんですけど……」

 すべての基礎となる魔法のことだ。大学の魔法科に通っているのだから、さすがに魔法に関する基本的なことは習っているだろう。しかし、それでは不十分だ。

 人には、得意魔法と言うのがある。悠李なら精神感応魔法、章平なら遠隔系共振魔法だろうか。そう言った得意魔法は伸びやすい。

 伸びやすいが、放っておくと他方からの影響を受ける。特に精神感応系魔法に適性があるのに放っておくと、洗脳魔法が定着しやすくなる。同系統の魔法だからだ。だから、悠李は徹底的に精神感応魔法を伸ばした。

「まあ、それは魔法教室にでも行けば学べるから。今日は少し魔法の影響を見てもいい?」

「あ、はい」

 いきなり強い魔法を使うと魔法酔いを起こす。そのため、少しずつ魔法に耐性をつけ、強めの魔法を使う。悠李の精神感応魔法は強力だ。いきなり使えば、それこそ魔法が定着してしまう恐れもある。それが一番怖い。

 悠李が手を差し出すと、香音はその手に手を乗せた。小さな白い手だった。


「目を閉じて」


 香音が素直に目を閉じる。本当に素直な子だな。この子の将来がちょっと心配である。

 魔法の痕跡は、ほとんど見受けられない。香音の魔力が強いためにうまく隠れてしまっているのだ。だが、悠李は結論を下す。


 洗脳魔法がかかっている。


 洗脳魔法と言ってもいろいろある。異常行動をしても自覚がないパターンと、あるパターン。人格が割れてしまうこともある。香音は二番目か三番目のどちらかだ。

「はい。もういいよ。ありがとう」

「はい」

 香音が不安そうに悠李を見た。悠李は微笑む。

「そうだね……。おそらく、洗脳魔法に近いものだと思う」

 近いどころか、洗脳そのものなのだが、不安にさせてはまずいと思い、悠李はあいまいな言い方をしたが、香音の表情はこわばった。まあ、洗脳されていると言われてうれしいものはいないだろう。

「大丈夫。私はこの国で最も強い精神感応魔法の行使者だからね。一気にとくと式部さんに負担がかかるから、少しずつ解いて行こう。今日の所は、私の暗示を上掛けしようか」

「は、はい。お願いします」

 なんでもいいから何とかしてくれ、と言わんばかりに香音はうなずいた。彼女の額に指先を当てる。


「この肉体は、精神は、全て式部香音のものである。彼女の支配下にある肉体と精神は、彼女の意に沿わぬことを行わない」


 ゆっくりと、悠李は言葉をつむぐ。暗示や洗脳の方法はいくつかあるが、相手にその言葉を聞かせることで意識させる方法は結構メジャーである。悠李の技量であれば、何の説明もなしに暗示をかけることも可能であるが、やはり説明して理解してもらった方がかかりやすい。そもそも、強制洗脳は法律違反で、やったら捕まる。

 一通り暗示をかけ、悠李は香音の額から指を放した。香音は不安そうに「大丈夫でしょうか」と尋ねてきた。

「確約はできないけど、少なくとも、『式部香音』が嫌がることはしなくなると思うよ。また二週間後においで。その時は洗脳解除をしてみよう」

「わ、わかりました」

 香音がうなずいた。悠李がかけたとはいえ、弱い暗示だ。少し不安なので、ブレスレット型の魔法道具を与えた。洗脳が魔法が向けられると、それをはねかえす呪い返しのようなものだ。

「成原先生、ありがとうございました」

「あまり役に立てなくてすまないね」

「いえ」

 微笑んで首を左右に振る香音。なんていい子なのだろうか。彼女が診療室を出て行くと、次の患者が入ってきた。
















 香音が帰った後、次々とやってくる患者の対応をした瑠依は、やっとのことで事務所に戻ってきた。だが、なんだか様子がおかしい。


「どうかしたんですか」


 悠李の隣の席の津田医師(女性)に尋ねると、彼女は「なんか、機械トラブルみたいよ」と言った。

「東野ちゃんが困ってたわ」

「へえ」

「機械のことは、私たちもわからないからさぁ」

 津田医師は笑ってそう言った。彼女の話によると、どうやら章平と彼の指導医師である早瀬医師が巻き込まれているらしい。悠李はそのまま事務所を通り抜け、受付の所まで出た。

「大丈夫?」

「あ、悠李さん」

 章平が悠李を認め、ほっとした様相を見せる。早瀬医師が振り返り、柔和な顔に困ったような表情を浮かべた。

「成原君」

「悠李さん、これ、動かないんですけど。悠李さん、理学部ですよね?」

 章平がそう言うと、そのパソコンを使っていた東野が顔を輝かせる。

「成原先生……!」

「そんなキラキラした目で見つめられてもねぇ。確かに理学部出身だけど、私は魔法量子力学が専門だったし。そもそも、機械なら工学部か理工学部だよ」

 ツッコミを入れると、東野はがっかりした表情になった。そんな顔をされると、罪悪感が。


「……まあ、ちょっと見てみようか」


 悠李はそう言って東野のパソコンのキーボードをたたいた。反応なし。電子カルテの整理をしているときにフリーズしたらしく、画面が表示されたままだ。

「……解体したいなぁ。確か、マスターコンピューターから強制シャットダウンができるんじゃなかったっけ。これまでの未保存のデータが飛んじゃうけど」

 だが、このままではどちらにしろデータはダメになるだろう。東野が入力したデータのみが無くなるため、大元は残るはず。と言うわけで。

「科長。東野さんのパソコンを強制シャットダウンしてください」

「……はあ」

 魔法心療科長の鈴村医師は気のない返事をした。これでも犯罪心理学の権威であるのだが、全体的にやる気が足りない。それが鈴村医師である。

 らちが明かないと思った悠李は、「ちょっと借ります」と横から科長のマスターコンピューターのキーボードを触る。次々とデータを呼び出し、東野のパソコンをシャットダウンした。

「早っ」

「成原先生、すごい!」

 章平のツッコミと東野の称賛だ。早瀬医師が「医療用のパソコンって結構癖あるのに、すごいね」と言った。悠李に言わせれば。

「医療用だろうと、業務用だろうと個人用だろうとコンピューターはコンピューターです」


 たぶんこの発言のせいだと思うが、この病院で機械が不調になると、悠李が呼び出されるようになった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


悠李の万能感がやばい(笑)


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