2.使用度によっては法律にひっかかる
医療的におかしくてもお目こぼしいただけると幸いです。専門外ですので……←
どうでもよいが、変人に片足を突っ込んでいる悠李と、比較的常識人である章平は順応能力が高かった。あっさりと病院の仕事を受け入れ、患者のカウンセリングを行っている。二人の優秀さも現れているのだろう。
何となく業務になれてきたころ、知人が魔法心療科の事務室にまで遊びに来た。
「よう、香坂、村川。ここにはなれたか?」
やってきたのは悠李に負けず劣らず中性的な顔立ちの人物だ。ただし、性別が違う。彼は男だ。
「あー、瀬那さん」
「やあ、ケイ。元気そうだね」
「いや、お前ら質問に応えろよ」
伸びをしながら笑顔で名を呼んだ章平と、無駄に爽やかな笑みを浮かべる悠李にツッコミを入れたのは瀬那敬。悠李の高校時代の同級生である。名は敬なのだが、その名が『ケイ』とも呼べるため、高校時代の友人たちは彼をケイと呼ぶ。
彼は中性的な顔立ちの美青年だ。もっと簡単に言うと、女顔なのである。彼は医師を志し、魔法医の資格を取った、れっきとした医者なのである。確か、外科が専門であったと思うのだが。
「まあ、慣れることには慣れたよ」
「お前、順応力高いもんな」
うんうんうなずき、敬が相槌を打つ。章平も苦笑気味だ。
「ところで香坂、暇か?」
敬は悠李を旧姓で呼ぶ。まあ、最近まで旧姓を使っていたので、耳慣れた名ではある。まだ結婚してから二年なので、『香坂』を名乗っていた期間の方が長い。
「これから診療時間なんだけど」
「そうなのか……」
敬がやや顔をしかめるのを見て、「何かあった?」と尋ねる。
「ちょっと協力してほしいんだが」
「何に?」
「お前のその無駄に高い精神感応能力を役立てるチャンスだ」
敬がぐっと拳を握って言った。悠李は思わず沈黙。別に悠李は、好きでこんなに精神感応能力が高いわけではない。
「……うん。これから診療時間だから、遠慮しておこうか」
嫌な予感がするので断ると、敬は「そう言わずに」ともう連れて行くつもりのようであった。
「俺が代わりに入るんで、行ってきていいですよ」
気を利かせた章平がそう言った。
「……じゃあ頼んでいい? 呼んでくれれば戻ってくるから」
「了解です」
笑顔でうなずいた章平にうなずき返し、悠李は敬について事務所を出た。悠李はため息をつく。それを見て、敬は笑った。
「ため息をつくお前なんて、高校時代は想像できなかったよな」
「ああ……ちょっと性格が旦那に感化されてきている気はするね」
「夫婦は似てくるっていうもんなぁ」
悠李の夫は悠李と敬の同級生だ。それどころか、悠李にとっては幼馴染にあたる。顔は悠李が知る中で最も美形である男だが、性格はクールの一言。自分でも、何故この男と結婚したのだろうか、と思うことがある結婚三年目だ。
敬は脳神経外科の魔法医だ。そのため、行先は何となくわかっていたが、連れて行かれたのは脳神経外科の病棟だった。個室に遠慮なく入っていく敬について、悠李も中に入る。中にいた魔法医の男性が悠李を見て首をかしげた。
「瀬那。誰だ、その色男」
……まあ、髪は束ねているし、悠李の顔立ちが中性的なのは事実だ。背も高いし、女顔の敬を知っていれば、悠李が男に見えても仕方がない。回数は減ったとはいえ、未だに男に間違われることもあるし。
「佐藤先生、こいつは香坂……じゃなくて、成原か。新しい魔法心療科の臨床心理士。一応、性別女」
「マジか! どこのモデルを連れてきたのかと思ったぞ」
なんだかすごく驚かれた。言うほど男顔ではないと思うのだが、隣に女顔の男がいるせいだろうか。
「初めまして。魔法心療科の成原です。一応、性別は女です」
と、首から下げている名札を見せる。そこには性別が書いてあって、女性を意味する『F』が書かれていた。
「お、おう……失礼したな。脳神経外科の佐藤だ。いや、ホントにすまん。瀬那を見慣れてるもんで」
「ちょ、どういう意味ですか」
敬が少々不機嫌そうにツッコむが、佐藤は笑って「そのままの意味だよ」と言う。悠李もうなずいた。
「まあ、瀬那先生が隣にいるなら、仕方がない気もします」
「香坂!」
敬が非難の声を上げるが、ここで「お前も男顔だろ」と言ってこないあたり、やはり敬は優しい。
「というか、こんなにうるさくして、この患者さんは起きないんですか?」
悠李が首をかしげて尋ねると、敬は「ああ」とうなずく。
「お前に頼みたいのは、この患者のこと。菊川純一さん。脳梗塞で倒れて、運ばれてきた。手術をして、もう目覚めてもおかしくないんだが、目が覚めない」
「植物状態と言うことかい?」
「それとはちょっと違うんだよなぁ」
敬が首をかしげている。悠李も医学に関してはさっぱりなので、とりあえず言った。
「うちの母を招喚しようか」
「って、ドクター香坂か? つーかあの人、専門何なの?」
「そう言えば、知らないな」
悠李の母は研究員であるが、魔法医でもある。何でも、研究のために医師免許が必要だったので、取得したらしい。娘であるが、母のことはよくわからない。医師免許とは、そう簡単にとれるものなのだろうか。
「成原さん、ドクター香坂の娘さんなのかぁ」
佐藤医師が言った。ドクター香坂こと悠李の母は有名なのである。
「私自身は医者ではありません」
「ああ。臨床心理士だろ。つーか、瀬那。何で彼女を連れてきたんだ? いくら臨床心理士でも、相手に意識がなけりゃ、意味ないぞ」
「ああ。こいつにとっては意識があろうがなかろうが関係ないですからね」
敬がニヤッと笑って言った。やっぱりそう言うことか。悠李は苦笑を浮かべる。
「私の魔法は、使用度によっては法律に引っかかるんだけど」
悠李の精神感応魔法は強力すぎて、洗脳魔法に近い。通常、精神感応魔法とは相手に意識がないと使えない。しかし、『夢』に適性を持つ悠李の魔法は意識のない人間にも作用する。
「法律に引っかからない程度に頼む」
そう言われて、悠李は肩をすくめた。手を伸ばし、菊川の額のあたりに手をかざして目を閉じた。魔法を構築する。
彼は起きないのではない。起きられないのだ。意識が閉じ込められている。その意識を悠李はやや無理やり引っ張りだした。
「おっ」
佐藤医師が声を上げる。機器が反応を示したのだ。今すぐには無理でも、そのうち目を覚ますだろう。
「今の、成原さんの魔法か?」
「まあ、そうですね。強力な精神感応魔法と考えてもらえればいいかと」
悠李がそう答えた時、PHSの音が甲高く鳴り響いた。この院内内線ともいうべき無線機の形は、今も昔もそう変わらない。ちなみに、この病院のPHSは折り畳み式の携帯端末になっている。
「ああ、俺か」
敬がPHSをとって電話に出た。しかし、すぐに悠李に向かってそれを差し出す。
「香坂宛てに、魔法心療科から」
「私に?」
受け取り、出る。
「香坂……じゃなかった、成原です」
一緒にいる敬が『香坂』と呼び続けるのでつられてしまった。もともと、前の職場では旧姓で通していたのもある。相手は、魔法心療科の事務員だった。
『成原先生。ご指名です』
「わかった。今から戻るよ」
『お願いします。それと、今度からPHSは持ち歩いてください』
「ごめんごめん」
苦笑気味に答え、電話を切って敬に返した。
「つーかお前、持ち歩けよ、PHS」
「ああ、忘れてた」
前の職場でもそうだったが、魔法機器が多い場所ではテレパシーの使用が制限されている。魔法機器とテレパシーの魔力が混線する可能性があるからだ。だから、職員はPHSなどの通信用電子機器を持ち歩くのだ。
「そんなわけで、戻ります」
「ああ。あとで結果を知らせてやる」
敬がそう言って手を振った。佐藤医師も「御足労だったな」とからかうように笑った。悠李は苦笑して病室を出る。
敬と二人で歩いているときはあまり気にならなかったが、こうして外来診療棟を一人で歩いていると視線が突き刺さる。
悠李が若いのもあるだろう。それと、彼女の男か女かわからない外見も関係していると思われる。中性的な外見の者はたいていそうだが、彼女は無駄に容姿が整っている。どちらかと言うと、ハンサム系。
つまり、人目を集める容姿なのだ。魔術師は容姿が整っている場合が多いため、忘れがちであるが、容姿が良いと言うことは人目を集めるのだ。
何となく、若い女性の視線が多い気がする。すでに佐藤医師に『色男』と初対面で言われたばかりなので、まあ、そう言うことなのだろうと思い無視しておく。名札を見れば性別が女性であることはわかるし。
そんなことを考えている間に魔法心療科に戻ってきた。
「東野さん。連絡ありがとう」
窓口の所にいる事務職員に声をかけると、「いいえ」と笑顔で若い事務職員の女性は答える。
「でも、PHSは持ち歩いてください」
「……ははは」
昔からの癖であるのだが、悠李は笑ってごまかした。手をあげてあいさつをし、事務室の中に入る。
「戻りました」
「ああ。成原先生、お待ちですよ」
同僚医師にそう言われ、悠李はそのまま診療室に向かった。カウンセリングルームともいうが。そこでは、章平が一人で頑張っていた。
「章平君」
「ああ、来ました! 式部さん。少々お待ちください」
患者である二十歳前後ほどの女性にそう声をかけ、章平が悠李のいる診療室裏に回り込んでくる。
「悠李さん! PHS!」
「いや、わかってるからごめんて」
すでに言われるのは四回目である。次から持ち歩きます、ごめんなさい。
「で、式部さんが来てます。悠李さんをご指名です」
「ああ。対応ありがとう」
「いえ。あとはお願いします」
「了解」
悠李は微笑み、章平の代わりに診療室に入った。
「式部さん。お待たせして申し訳なかった」
悠李が声をかけると、その女性は顔をあげた。
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