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Truth  作者: 雲居瑞香
18/19

18.意外と話は大きかった

ハッピー・バレンタインです。

私は何も用意していないので、朝っぱらから抹茶のガトー・ショコラを作ろうと思います。











 犯人探しに同行しているのは、精神感応魔術師である悠李と透視能力者の碧。さらに科学者である智恵李に、命令能力のある茉莉、さらに防衛省から引っ張ってこられた真幸だ。全体的に身内である。まあ、悠李がかどわかされたというのは秘密にしておきたいので、仕方のない話である。


「悠李、大丈夫か」


 悠李は碧に手を引かれて最後尾をゆっくり歩いていた。走るわけにはいかないのでどうしても行進は遅くなる。

「ごめん、足引っ張って。っていうか、兄さんはどっから出てきたの?」

 悠李は前を行く気づいたらいた兄に向かって言った。彼は片手に剣を持っている。

「どうせなら私の分の剣も持ってきてくれればよかったのに」

 恨みがましく言うと、一番前を歩いている智恵李が「あほか」と言った。

「あんたが戦えないから真幸を招喚したの。あんたが万全の状況なら、私とあんたと碧だけでよかったのに」

「そりゃあ申し訳ございませんねぇ」

 さすがに、怪我でも病でもなく、妊娠だ。こればかりはどうすることもできない。

 悠李は強力な精神感応魔法と魔法接近戦の能力を持つ。そのため、現在真幸と茉莉が代行していることは、彼女一人でも可能なのだ。本来なら。だが、それができないから真幸と茉莉が巻き込まれているのである。


「ああ、ドクター。そこから二番目の部屋です」

「了解」


 透視能力者の碧が戦闘の智恵李に指示を出す。智恵李は二つ先の扉の前に立つと、ためらいなく開いた。その瞬間、轟音ともいえる銃声が絶え間なく響いた。碧が悠李の耳をふさいでかばうようにしゃがみ込む。


「おい、母さん!?」


 真幸の焦った声が聞こえた。だが、母なら無事だろう。銃弾くらいで倒れる母ではない。彼女の熱溶解魔法は強力だ。銃弾など簡単に溶かしてしまうだろう。その部屋を蒸し風呂にすることだって可能だ。


「母さん、殺しちゃだめだからね」


 銃声が止んだので解放された悠李は、智恵李に向かって叫んだ。彼女は「殺さないわ、失礼ね」と言ってのけたが、彼女が言うと実験に使うから殺さない、と言っているようでちょっと不安である。彼女はマッドサイエンティストに足を踏み入れているのだ。

 悠李は碧に支えられて立ち上がった。茉莉をかばっていた真幸も彼女の肩を抱いて立ち上がる。碧と真幸は智恵李と入れ替わるように部屋の中に入った。悠李もその後に続く。

 部屋の中には男が二人と女性が一人。女性は二十歳前後に見えるので、おそらく、香音を操っていた精神感応能力者だ。悠李はすかさずその女性に身体拘束用の精神感応魔法をかける。


「この……っ」


 女性が反抗してきたので、悠李は支配力を務める。そもそも、ここに来るまでの間だって悠李の精神感応魔法を受けていたはずなのでかなり抵抗力が弱まっているはずなんだが。

「抵抗しようとしても無駄だ。今の所、私に勝てる精神感応能力者はいないからね」

「……悠李、悪い顔になってるぞ」

「そう言うところだけ母さんに似たな」

 男二人をそれぞれ取り押さえた碧と真幸が呆れて言った。いや、この顔は元からだ。失礼な。

「悠李……あまりやると廃人になるから落としてくれ。廃人になると研究しにくくなる」

 さらっと人体実験をする宣言をしてくれた智恵李にどん引きだ。いや、悠李もどん引きされていたが。香坂家の女は強い。


 だが、智恵李の言うことも尤もだ。悠李は三人同時に意識を奪う。と、そこで二つ目のFCUが壊れた。右の耳のイヤリングが破裂してばらばらと落ちた。破片が頬に傷をつける。茉莉が驚いて頬に手を伸ばしてくる。

「大事な体なんだから気をつけなきゃだめよ、だと」

「通訳してくれたのに悪いが兄さん。兄さんがそのセリフを発したことに私はどん引きだよ」

「お前、本当に碧に似てきたな」

「どういう意味ですか」

 兄妹喧嘩に碧が乱入してきた。悠李も最近、碧に似てきたと言われることが多くてげんなりしていた。

「そこ、何してるの。さっさとそこの三人を連れて……」

 智恵李が言葉を切った。碧が目を見開く。

「誰か来ます」

 真幸が剣の柄に手を置く。碧も悠李も抱き寄せて銃を構えた。茉莉も拳銃を構えているが、智恵李は相変わらず手ぶらだ。

「碧、人数は?」

 真幸が尋ねた。碧が透視魔法を駆使する。


「人数は……一……?」


 確証なさげに碧が言ったとき、悠李の頭を鋭い痛みが貫いた。経験したことはないが、知識としては知っている。精神感応魔法による干渉だ。


「あああっ」


 誰かが悲鳴をあげた。自分かもしれない。うっすらと目を開くと、智恵李だけが平然と立っていた。悠李を支えていた碧も膝をついているし、精神感応系の魔術師に影響が強いのかもしれない。智恵李は強力な熱溶解魔法を持つが、精神感応能力は低いのである。

 五人中四人が役に立たない。しかし、智恵李だけでも戦力過剰だ。そう思ったところで、悠李は意識を失った。
















「やあ! 目が覚めたかい!」

 無駄に明るく挨拶をされ、悠李は目を開いた。ベッドに腰掛けた黒髪の女性が眼に映る。黒髪だが、瞳はヘーゼルで、顔立ちも目鼻立ちがくっきりしており、日本語を話していても日本人ではないとわかる。

「……ロード・スペンサー?」

「オフィーリアと呼んでくれて構わないよ。何なら、フィーと呼んでくれてもいい」

 ロード・オフィーリア・スペンサー。日本風に言うと、オフィーリア・スペンサー女伯爵。英国出身の女性伯爵だ。国際魔術師同盟の理事でもある有能な魔術師で、魔術のタイプは悠李に近いが、性格は智恵李に近い。マッドサイエンティストに片足を突っ込んでいるのだ。


「……なんでフィーさんが日本にいるんですか」


 起き上がる気力もない悠李は横たわったまま尋ねた。オフィーリアは足を組んで背もたれのある椅子に腰かけていた。

「そりゃ、国際指名手配されている魔術犯罪者を追って来たからね。入国するのに時間がかかってしまったけど」

「……国際指名手配犯? フィーさんがわざわざ追って来たんですか」

「私だったら単体で犯人を捕まえることも可能だからね」

「私にはその先が目的であるような気がしてならんのですが」

「……うん。否定はしないけどさ」

 悠李の母智恵李は、魔法生態学を専門としているらしい。研究テーマは『魔法が人体に与える影響』。そして、同じく魔法研究者であるオフィーリアの専門は魔法科学。研究テーマは『魔法の魔法に対する耐久』である。要するに、二人とも実験素体を求めているちょっと危ない人物なのだ。


「だがまあ、他国に派遣されているのは私だけではないがね。私がこの国に来たのは、若菜わかな上皇じょうこうと会うためだ」

「若菜さんと?」


 若菜上皇。先代の天皇だ。後桜町天皇以来、初の女性天皇であった女性。彼女は中継ぎであり、数年前に天皇位を従弟である今上帝に譲っている。そのため、生きたまま天皇位を降りた、久々の上皇でもあると言うわけだ。そして、若菜上皇は兄嫁茉莉の姉でもある。茉莉の『命令オーダー』はもともと天皇の能力に起因するものなのだ。

「今後の対策を立てようと思ったんだけど……君たちのおかげで犯人が捕まったから、もうその必要もないかな」

 退位した天皇である若菜は、表立って活動することができない。現在は魔法大学の教授に収まっているが、そこに行きつくまで様々な駆け引きがあったという。

 そんな若菜は、悠李と同じくそう簡単に日本から出ることができない。なので、会いたいなら、自分から会いに行く必要がある。電話などの方法もあるが、密談をするならやはり直接会った方がいい。

「……犯人の正体とか、目的とか、いろいろ聞きたいですけど、とりあえずほかのみんなは?」

「すでに起きて事情聴収されているね。日本の警察に関わることだから、私が乱入することはできなくて、こうして君のお守りを買って出ているわけだ」

「……」

「そう言えば、二人目だそうだね。おめでとう」

「……どうも」

「この時期なら、生まれるのは来年の冬くらいかな。たぶん、また国際魔法競技大会(IMT)で会えるかな?」


 その言葉に、悠李は戦慄した。


「フィーさん……まだ大会に出るつもりなんですか……!?」

 魔法剣術シュヴァルツ・ヴァルト。三年前の大会で悠李は準優勝だったが、優勝したのは彼女、オフィーリアだ。悠李より八歳年上であるオフィーリアは、来年の大会のころには三十七歳になっているはずだ。魔法力の全盛期は、まあ、人によるがおおむね二十代。そろそろ衰えが見えてきてもいい年齢のはずだ。

「いや、さすがに選手は引退だね。私は審査員として出る予定」

「ああ……びっくりした」

「なんかちょっと引っかかるけど、ツッコまないでおいてあげよう」

 オフィーリアはそう言って笑った。悠李は目を閉じる。

「もう少し、休みます」

「その方がよさそうだね」

 オフィーリアは笑ってうなずいた。それから「ああ」と思い出したように言った。

「そう言えば、君、あとで始末書ねって言われていたよ」

「……」

 FCUを二つぶっ壊したからか。悠李は聞かなかったふりをしてそのまま眠りの波に身をゆだねた。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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