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Truth  作者: 雲居瑞香
17/19

17.呼べば聞こえる












 悠李が寝かされている長椅子の前にある椅子に腰かけた女性は、二十歳前後に見える。セミロングの黒髪に、ショートパンツとブーツを合わせている。脚線美が素晴らしい足を組んで座っていた。

 可愛いと言うよりも美人系。どこか生真面目そうなのにおっとりして見えるその顔。……はっきり言う。見覚えのある顔だ。悠李の患者だった、式部香音である。


「最強の精神感応魔法を持つと言うソルシエール・ユーリもそうなると間抜けねぇ」


 ふふふ、と香音は笑う。少し人見知りで、控えめな香音の印象とはかけ離れた態度だ。だから、悠李は言った。

「誰だい、君」

 すると、香音の姿をした誰かは立ち上がり、両の腰に手を当てて悠李を見下すように見た。

「誰って、あなたの患者だった式部香音に決まっているでしょう。私の正体は見抜けなかったようね」

 もう一度、ふふふ、と不敵に笑う香音だ。悠李は腹をかばうように寝返りを打ち、仰向けになった。目を細めて彼女を見る。


「いや、違うね。最強の精神感応魔術師をなめるなよ。お前は式部香音ではない。お前は何者だ?」


 少し魔力を込めて誰何する。こういうのは、本当は茉莉の方が得意なのだが、悠李にもできる。後ろ手に悠李を拘束している手錠は強力なFCU技術を使っているが、どんなFCUでも悠李の魔法を完全に押さえつけることはできない。

 おそらく、香音を乗っ取っている相手も精神感応能力者だ。女言葉であるが、女であるとは限らない。

「……嫌な人。私は確かに式部香音ではないけど、どういう仕組かはわからないでしょう。だって、洗脳したわけではないもの」

 楽しげに、本当に楽しげに彼女は笑った。悠李は目を細める。


 確かに、洗脳魔法で操っているのであれば、悠李の診察で引っかかっている。それがなく、さらに意識を乗っ取られているとしたら、テレパシー系の能力者だとわかる。その名の通り、意識を乗っ取っているのだ。

「君、もしかして結構若い? 洗脳してないんなら、テレパシーで意識を乗っ取るしかないだろ。日々少しずつ自分の魔法になれさせていけば、瞬間的に体を乗っ取ることなど、精神感応魔術師には造作もないことだろうしね」

 ちなみに、悠李にはそんなことは出来ない。夢を乗っ取ったり、ぶち壊したりするのは得意だが、たいてい精神感応魔法とみんなが思っているようなテレパシーなどの能力はほとんどなかった。


「黙りなさい」


 不快そうに彼女は言った。図星か。洗脳魔法も同じだが、精神感応魔法はかける相手の近くにいればいるほど良い。どこか子供っぽい感じからして、乗っ取っているのは香音の大学の同級生なのかもしれない。

「君の目的も聞きたいけど、まず式部さんの体を無傷で返してよ」

「黙れって言ってるの!」

 彼女は悠李を強く睨み付けて言った。悠李はふっと笑みを浮かべる。だるくて頭がぼーっとするが、考えられないわけではない。


「みんな、君がそう言うと黙ったのかな? 残念ながら、私には精神感応魔法は効きにくいんだよ。それに、もっと強い言霊使いを知っているしね」


 茉莉のことだ。彼女の『オーダー』と呼ばれる第一級使用制限魔法ですら、悠李に命じることはできない。ちょっと魔力が乱れるが、それだけだ。同系統の魔術なので、もしかしたら悠李に耐性がある可能性もある。

 その時、その茉莉の声が聞こえた。


『悠李! 返事をしなさい!』


 『オーダー』だ。言葉に力を込めて、発せられている。その声は、どんなに離れていても対象者に届く。今は限定されているから、あまり魔法の効きにくい悠李にも届いた。

「……茉莉さん」

 小さくつぶやいてみて、違う、と思った。呼んだのは茉莉だが、返事をする相手が違う。悠李が呼ぶべきなのは。


「碧」


 声は小さくても、強く呼び掛けていた。碧と悠李は絆が強い。呼べば必ず、碧に届くだろう。しかも、これは茉莉の魔法の返答だから、確実に届くと言ってよい。

「あら、助けを呼ぼうと言うの? 無駄よ。この部屋は魔法を使えないように特殊な結界を張ったの」

 彼女はそう言った。この病院ではあちこちにそのような結界が張ってあるため、見過ごされる可能性は高い。だが、碧なら見つけてくれる。悠李の声を頼りに、彼の強力な透視魔法があれば不可能ではない。

 悠李は薄く笑った。

「そうかな? 今でも、おそらく、君より私の方が強いと言うのに?」

「強がりはよした方が身のためだと思うわよ」

 彼女は尊大に言った。悠李は何度か瞬きをして意識を集中する。相手が眠っていれば完璧なのだが、悠李の魔法は人の深層心理に干渉する。香音をのっとっている彼女の意識は表面だけで、少し揺さぶってやれば香音自身の意識が引っ張り出される可能性がある。洗脳を強制的に解くのと同じで、危険だからめったにやらないのだが。


 香音の姿をした女性は両手で挟み込むように頭を押さえた。顔をしかめ、痛みをこらえるように目をギュッと閉じ、それから開いて叫んだ。


「あんた……っ。やめろ!」


 やめろと言われてやめる人間はいない。悠李は支配力を強めた。対魔法用の結界が張られているからだろうが、悠李も頭が痛くなってきた。そろそろ助けに来い! と思っていると、本当に来た。

「悠李!」

 扉が開くか開かないかのときに叫ばれた。碧の声だ。やはり来ていたらしい。

「ちょっと失礼、式部さん!」

 壁に身を預けてうめいている香音の姿をした彼女を章平が拘束した。彼と敬はいるに決まっているし、悠李がいなくなれば碧もやってくるだろう。しかし、何故母がいる。いや、茉莉もいるが。


「悠李、大丈夫か!?」


 碧が駆け寄ってきて悠李の体を抱き起した。後ろ手に縛られているのを見て、彼は縄をほどきにかかった。

「あまり心配させるな」

「うん。ごめん。でも、ちょっと黙って」

 悠李は碧に身を預けたまま目を閉じた。香音の意識を乗っ取っている存在が遠ざかっているのを感じた。


 逃がすか!


 悠李はその意識の後を追いかけていく。あまり好きな方法ではないのだが、深層心理に介入できる悠李にはそれほど難しいことではない。自分の体に引き戻される意識を追いかけ――。

「捕らえた」

 つぶやいて、悠李は目を開いた。本体である自分の体に戻った瞬間、悠李はその意識を奪い取った。まあ、要するに、やっていることは彼女と同じであるのだが。


「っ」


 突然、手首に付けていたFCUが発火して壊れた。悠李の魔法に耐え切れなかったのである。悠李は「またか」とため息をつく。

「また始末書か……」

「お前はFCUを壊しすぎだ」

 碧にも呆れられるが、そんなことを言われても困る。壊したくて壊しているわけではないのだから。

「捕らえた、と言ったわね。香音ちゃんを操っていた犯人のこと?」

「そう。っていうか、なんで母さんがいるのさ」

「あんたが攫われたって聞いたからよ。アラサーになってまで誘拐されるなんて、何してんの」

「まだ二回目なんだけど」

「むしろ、そうそう誘拐なんて目に会わないぜ」

 敬がツッコミを入れたが、智恵李と悠李の母娘はスルーした。

「それで、場所はどこ?」

「そんなに離れてない」

 智恵李に尋ねられて悠李は答えた。立ち上がろうとしてよろめき、碧に支えられた。


「身重なんだから、あんまり無理しちゃだめよ」

「だからなんで母さんが知ってるのさ。何なの、この情報伝達の速さは!」


 悠李の妊娠が分かったのは今朝方のことである。そして、夫に送ったメールにすらそのことを書いていない。まあ、敬か章平が言ったのだろうが、やはり情報伝達速度がおかしい気がする。

「それより、犯人の場所はどこだ」

 碧が悠李に尋ねた。悠李は「案内するよ」と言って歩き出そうとするが、碧は彼女の手首をつかんで止めた。

「おい、お前何言ってるんだ。お前はここに居ろ。場所だけ教えてくれればそれでいい」

「いや、君こそ何言ってんの。相手は精神感応魔術師だよ。私がいなくてどうするの」

「俺はお前の体を心配しているんだ」

「そればっかり! 君のせいだろ!」

「同意の上だろう!」

「あんたたち、夫婦喧嘩は後でしな」

 智恵李に突っ込まれ、悠李と碧は口をつむぐ。二人はにらみ合っていたが、体は寄せ合ったままだ。正確に言うと、悠李を碧が支えているのだが。もう意味が分からない、と敬と章平がため息をついた。茉莉は楽しげに笑っている。

「碧、ここは君が折れるところよ。確かに悠李がいないと精神感応魔術師の相手は厳しいわ。茉莉の力は『命令オーダー』であって、性格には精神感応魔術ではないもの」

 智恵李が冷静に述べたことで、方向性が決まった。












 悠李の体調が万全であれば、走って行った方が速い。だが、彼女の体調が悪いので車で急行した。その間、悠李は精神支配を続けていた。碧に悠李の魔力を追ってもらい、だいたいの位置を把握する。悠李の支配が簡単になって行けば、その方向に犯人がいるはずなのだ。

 たどり着いたのは、人通りがそれなりにある街の中にあるビルだった。入っているテナントはないのか、テナント募集の要項が張ってあった。悠李の精神支配が強まる。

「間違いないわね?」

 やはりついてきた人類の最終兵器、智恵李が言った。いや、悠李の魔法も最終兵器であることは認めるが。

「私の魔法はここで反応しているね。碧はどう?」

 悠李が碧を見上げると、彼もうなずいた。ここで間違いないようだ。

「じゃあ行くよ」

 年長者だからだろうか。いつの間にか智恵李が仕切っていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


香坂家、怖ぇ。


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