15.新婚さんもびっくり
しばらく食べ続け、少しおなかが満たされてきたころ、晃一郎が言った。
「で? 本題に入ろうか」
その言葉で、楽しげだった空気が一変してみんな真剣な表情になった。
「洗脳魔法による被害がひどいな。おそらく、そのうち、魔法戦士に招集命令がかかる」
さらっと情報漏洩したのは碧だ。だが、ここにいる五人はそのことを察していたので驚かない。
「続いてるもんね、洗脳魔法犯罪。こういうのは大本を絶たないといけないから、魔術師に動員がかかるのは当然なんだけどさ」
紗耶加がパンをちぎりながら思慮深げに言う。何度も言っているが、彼女は頭がいいのだ。
「だけど、洗脳魔法には精神感応魔法で対抗するしかねぇんじゃねえの?」
と敬が悠李を見るが、ミネストローネにスプーンを突っ込んだところだった悠李は肩をすくめた。
「私は最終兵器だよ。最後の最後に動員がかかるだろうね」
第一級使用制限魔法を持つ魔術師とは、そう言うものだ。もうどうしようもなくなったときに動員される。使わない方がいい能力であるからだ。
「でも、ユウを動員するにしてもしないにしても、目的や敵の正体など、何か分かっていることはあるのですか?」
恭子の問いに、碧は首を振った。
「政府ではないな。そっちはどうだ?」
と碧が話を振った相手は晃一郎だ。彼も肩をすくめる。
「こっちも駄目だね。ただ、世界が日本の動向に注目してるよ」
晃一郎は現在、国際魔術師同盟日本支部に勤めているのだ。そのため、碧が知りえない情報を知っていることもある。世界が注目していると言うことは、日本国内で何とかできなければ、国際魔術師連盟の魔術師たちが乗り込んでくる、と言うことだ。それは避けたい。
悠李は、ずっと考えていたことがある。
「……私が、こっそり黒幕に近づいてみるとか……」
「却下」
五人全員から却下された。悠李は涙目だ。
「そんなに速攻で否定することないじゃないか」
「無理。悠李の性格上、人をだますなんて不可能」
紗耶加がバッサリと斬り捨ててくるが、悠李だって嘘をつくことくらいある。
「強力な精神感応魔術師なのですけどね。実はあまり向いていませんよね」
と幼馴染の恭子にも結構な評価をいただいた。さらに、現在の夫にも駄目だしされる。
「お前は魔法を使用しても、そのことに良心の呵責を覚える人間だからな」
犯罪には向かないと。それはまあ、否定できない。必要となれば冷血な人間になることはできるだろうが、その後、自分の精神を保っていられるかはわからない。強力すぎる精神感応魔法は、自分の精神にも影響を与えるのだ。
「まあ、俺はお前のそう言うところが好きだが」
つづけられた碧の言葉に、悠李は引いた。
「……何言ってんの」
夫からそのような言葉を聞いたのはたぶん、初めてだ。何しろ、プロポーズの言葉もなかったのだ。碧はそう言うことをするような人間ではないし、悠李も言うような人間ではない。そもそも、授かり婚……つまり、できちゃった婚であるのだ。なら結婚するか、というようなノリだったのだ。当時に帰れるなら、悠李は自分と碧を蹴っ飛ばしていると思う。そもそも、子供を授からなければ、結婚することもなかったと思う。
「お前の優しいところが好きだと言う話だ」
「……」
つづけられた言葉に、悠李はどん引きし、周囲は沈黙した。何を恥ずかしいことを言っているのだろうか、この男は。
「……香坂、顔赤いぞ」
「うるさいな!」
「碧は飲みすぎだよ」
「うるさい」
悠李は敬に、碧は晃一郎に指摘され、同じ反応をする。悠李は指を組んでテーブルに肘をつき、組まれた指の上に額を乗せた。顔を伏せた状況である。その状態でため息をついた。
「悠李、可愛いけど男前~」
紗耶加から意味の分からない評をいただく。この体勢が男前だと言うのだろうか。
「はい。ユウと碧はのろけない。二人でやってくださいね。話がそれましたから戻しましょう」
恭子が冷静に言った。悠李も復活して顔を上げる。
「やっぱり、私や章平君が病院に異動になったのは、病院には『そう言う人』が来ることがあるからなんだよね」
そう言う人、つまり、精神感応魔法に関係がある人だ。何も言われなかったが、悠李と章平は『そう言う人』が来た時のための対策として病院に異動させられたのだ。
悠李と章平は、どこまでいっても『政府』のしがらみがある。悠李の夫は官僚で、章平の彼女は警察官だ。何気なく、情報が入ってくる可能性が高い。
悠李はため息をついた。
「本当は、こういうのは兄さんの方が得意なんだけどね」
真幸にはサイコメトリーがある。強力な精神感応能力、と言っても、悠李の根本にあるのは『送信』能力で、『受信』能力は低い。受信能力の低い悠李は、調査官には向かない。
「つーかむしろ、真幸さんなら何か知ってるんじゃね?」
敬がもっともなことを言うが、真幸は公私をはっきり分ける人だから、話してはくれないと思う。
「聞き出すなら香坂だろうけど、香坂は押しが弱いから聞き出せないだろうなぁ」
「わかってるよ。お世話様」
敬に指摘され、悠李は顔をしかめた。何度も言われているが、悠李は見た目の割に気が弱い。いや、正確には、押しが弱い。ダメ、と言われると強く出られないのだ。
「やっぱり、個人の力で見つけ出すってのが無理なんだよー。大きな権力がいるんだよ」
紗耶加が間延びした口調で言った。どうやら酔ってきたらしい。
「まあ、紗耶加の言うこともあるよね。個人ではどうしても限界があるからね」
晃一郎も紗耶加を支持した。これはもう、巻き込まれるのを待て、と言うことだろうか。
悠李が梅酒に口をつけると、突然横から抱き寄せられた。グラスが揺れて歯にあたった。
「いった。ちょっと、いきなり何するのさ」
突然抱き寄せてきた夫に苦言を呈しながら、悠李は梅酒を嚥下する。紗耶加が「ラブラブねー」と笑う。
「っていうか、その状況で冷静な悠李が一番すごいよね」
と言うのは晃一郎。夫の酔っぱらった時の奇癖には耐性のある悠李である。それは、おそらくここにいるほかの四人もそうだろう。何しろ、十年を越える付き合いなのだ。
碧は悠李を抱きしめ、額を彼女の肩に乗せたまま停止している。寝てはいないようなので、放っておこうと思う。
「そう言えば恭子。新婚生活はどう?」
晃一郎が恭子に話を振った。確かに、それは気になる。
「そうですわね。楽しいわ。まあ、ユウたちは私たちもびっくりならぶらぶ夫婦ですが」
「もうそれやめて」
明らかにからかっている恭子の口調に、悠李は眉をひそめて言った。悠李と碧の夫婦のどこにらぶらぶな要素があるのだろう。この状況か?
くだらない話をしつつ、悠李は碧をどうやって連れ帰るか考えていた。自分の足で歩けなかったら、担いでいってやろう。こういうところがかっこいいと言われるのだ。
△
懐かしいメンバーとの食事会から一週間ほどたち、病院職員にも通知が届いた。それは、メールの形で魔術師全員の元へ届けられていた。そして、正式に魔法医科大学付属病院のほうにも証書として届いているはずだ。
「洗脳魔法の悪用が続くため、魔法戦士の招集……悠李さん、俺達にもいつか、招集命令がかかるんですかね」
「おそらくね」
だが、動員されるのはかなり先になるだろう。悠李は章平にそう言った。悠李の隣の席の津田医師も身を乗り出してくる。
「その代り、精神感応魔術師と、洗脳魔法を受けていた人物の診療録を出せって……プライバシーの権利はどうしたのよ」
「魔術師は常に監視されていますからね。ある程度は仕方がありませんが、これは確かにやりすぎです」
病院内が比較的平和であるので忘れがちであるが、現在、世間では洗脳魔法による事件が多発している。犯人は洗脳魔法を受けた痕跡が残っており、だが、誰に洗脳されたのかわからない。サイコメトリーもお手上げのプロテクトがかかっていて、情報はほとんどない。
痕跡はある。だが、詳細は不明、という、なんともいらだつ状況なのだ。
「それだけ、追い詰められている、と言うことですか?」
と、章平が悠李に尋ねる。彼女は肩をすくめた。
「さあね。でも、私に動員がかからないと言うことは、まだ何とかなる状況であると言うことだよ」
この時彼女はそう言ったが、後に、その認識が甘かったことを知る。
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