14.懐かしい仲間たち
その日の夜、悠李には予定があった。定時になるかならないかごろに立ち上がって帰る体勢に入る。定時になった瞬間、
「それでは、お先に失礼いたします」
「はーい。っていうか、早いですね」
章平に言われ、悠李は生真面目に「友人と食事に行くんだよ」と答える。子供がいるとなかなかいけないのだが、今日は夫の実家に梨沙を預けている。
「香坂。準備できたか?」
と、一緒に食事に行く友人であるところの敬が魔法心療科に乱入してきた。今日は高校時代の友人たちと集まる予定なのだ。
「今行こうとしたところ。では、お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
愛想よく手を振ってくれたのは津田医師と章平だ。悠李も手を振りかえし、事務室を出る。
「玄関で待っててくれればよかったのに」
「そうも思ったんだけどな。会えるかわからなかったし、かといってお前を一人で行かせると成原が怖ぇし」
「いや、あの人何も言わないと思うよ」
「あいつの無言の圧力は半端ないんだぞ!?」
敬の夫への評価に、悠李は思わず笑う。確かにそうかもしれない。碧は無言が一番恐ろしい人物なのだ。くだらない話をしながら病院を出る。店は歩いて行ける距離だ。
「いや、でもね。私としては、旦那がじっとりっちゃんを見てる姿を見てるから、何となく微笑ましいんだよね」
クール系の碧は、小さな子供である娘の梨沙と遊んでいる場面が想像できない。実際のところは、よく面倒を見てくれるし、何気に子供の扱いがうまいのだが、じーっと梨沙を見ているときも多い。たぶん、手を出そうか迷っているのだと思うけど。
「……子供の力って、すげぇな」
「それには同感」
悠李が苦笑して敬に同意した。それからさほどかからずに店に到着したので、中に入る。
「いらっしゃいませ」
店員が出てきた。カジュアルな雰囲気のイタリアンレストランであるこの店は、そこそこ人気のある店だ。値段もそこそこで、料理もおいしい。
「連れが先に来てると思うんだが」
敬がそう言って、予約名を告げると、店員は「どうぞ」と奥の方の席に案内してくれた。すでに二人の女性客が来ていた。
「よう、鷺ノ宮、九條」
「久しぶりだね」
敬と悠李の声に、女性二人が振り向いた。二人とも黒髪だが、一方はストレートでもう一方はゆるふわヘアだ。
「久しぶりね、二人とも」
にこやかにあいさつしたのは、奥側に座っているゆるふわヘアの女性だ。彼女は九條紗耶加である。高校時代の同級生で、今は法学者として名が通っている。弁護士免許も持っているはずだが、もっぱら大学で研究活動をしている。
才女の面持ちの紗耶加は、眼鏡をしている。ちなみに。
「お元気そうで何よりですわ」
手前側にいるお嬢様口調のストレートヘアの女性は鷺ノ宮恭子という。最近結婚した新婚さんで、悠李の幼馴染でもある。碧の病室に見舞いに来て、新婚旅行の土産を置いていった女性だ。結婚したと言っても、相手が婿に入ったので名字は変わっていない。
お嬢様口調を裏切らないおっとりした柔らかな雰囲気の女性であるが、結構いい性格をしている。
三人と三人で向かい合う形のテーブルに、悠李と敬もつく。悠李が女性陣に並んでしまうと、合コンのような形になってしまう気がしたので、悠李は紗耶加の向かい側に座った敬の隣に腰かけた。つまり、恭子の向かい側だ。
だが、よく考えれば自分も男に見えなくはないので、現状では合コンのような状況ではある。
「あとは晃一郎君と成原君ね」
紗耶加がメニューを見ながら言った。どうやら、二人を待つ気はないようである。
「晃一郎はちょっと職場が遠いですものね。碧は?」
と、当然ながら恭子が悠李を見た。彼女は携帯端末を取り出すが、メッセージは来ていない。まあ、来ていないと思ったけど。
「連絡なし」
そう言うと、恭子は笑った。
「まあ、碧ですものね。ところでユウ。端末、変えました?」
恭子は悠李のことを『ユウ』と呼ぶ。幼いころからこの呼び方なので、今更変わることはないだろう。
悠李は自分が持っている白い最新型の携帯通信端末を見た。
「前のやつ、壊れちゃったんだよね」
「……落としたの?」
紗耶加も参加してきて、首をかしげた。悠李は首を左右に振る。
「いや。旦那に冷凍庫に入れられた」
「あいつの酒癖の悪さも相当だよな……」
敬が苦笑して言った。本人がいないところで好き勝手言う。
「服や財布が冷蔵庫とか炊飯器に入ってるくらいならいいんだけどね」
「いや、それでも相当おかしいぜ」
「見た目クールなのにね」
敬も紗耶加も言いたい放題だ。
「浴槽にコンピューターを入れられたときは怒った」
「浴槽って、お湯の入った?」
「そう」
碧はかなりの酒豪であるが、酔っぱらった時の奇癖がひどいのだ。コンピューターを壊された時は彼にとび蹴りをかました。考えてみれば、あれが初の夫婦喧嘩だったのではないだろうか。悠李は基本的に温厚であるし、碧は感情の起伏に乏しいので喧嘩に発展することはめったにない。
「人のいないところで何を言っているんだ、お前は」
噂をすれば影、と言うが、まさにそんな感じだ。後ろから頭をつかまれた悠李は振り返って笑う。
「やあ。お疲れ様。そう言うってことは、多少は自覚あるんだろう?」
件の碧だ。クールな美貌に眼鏡をかけたインテリ系の彼は、少し目を細めると悠李の隣の椅子に腰かけた。
「まあ、端末を壊したのは悪かった」
「仕方がないからそこで妥協しておくよ」
一応謝ってくれたので、悠李はそう答えた。恭子と紗耶加が碧にも「久しぶり」と声をかける。
「悠李、成原君がいない間にいろいろ言ってたよ」
紗耶加がそう告げ口するが、碧は眼鏡のブリッジを押し上げつつ、さらりと言った。
「今に始まったことじゃない」
「……まあ、否定はしないけど」
穏やかな気性、と言われる悠李であるが、古くからの知り合いであり、なおかつ気心が知れていて、さらに旦那になった相手に遠慮をしないのである。
「いいなぁ。ラブラブで。恭子の所は新婚だからまだわかるけどさぁ」
紗耶加が頬杖をついて言う。今集まっている五人の中で未婚なのは紗耶加と敬だが、敬には医大生の彼女がいる。おひとり様なのは紗耶加だけなのだ。ちなみに、遅れている晃一郎も既婚者だ。
「紗耶加、いい人はいないんですか?」
「私のまわり、既婚者か学生ばっかりだよ」
自身の出身大学であるミネルヴァ魔法大学と言う大学で教鞭をとっている紗耶加は、そう言ってため息をついた。みんな苦笑である。
「まあ、九條は大学院を出てて、しかも最初から最後まで主席だったからなぁ。とっつきにくい面もあるんだろ」
「男の人って、そういうのを気にするの?」
敬の言葉に、紗耶加が首をかしげている。敬が困ったように碧を見て、役に立たないと判断したのか自分で口を開いた。
「プライドの高い男なんかは、自分より頭がいい女は嫌、ってやつが多いな」
「そんな男、九條が付き合う価値はない」
碧がさらっとひどいことを言う。でも、確かにそうだ。そんなくだらないプライドはいらない。敬が茶化すように言った。
「お前んとこも、お前より香坂の方が強いもんな」
「戦闘ルールによる」
「まだ言ってんのか、それ」
敬は碧の返答にそう答えた。本当に、戦闘ルールによるのだ。まず、試合だったら絶対に決着がつかない。力の具合では悠李の方が強いが、悠李の精神感応魔法は試合には使えない。だから、碧が得意な遠距離戦法をとられると悠李が手を出しかねるし、近距離だったら悠李に分がある。だから、試合で決着がついたことはない。
なら、実戦なら? と思うかもしれないが、実戦になると、今度は悠李の今日よくな精神感応魔法が解放される。これは距離など関係なく、悠李は『夢』の力で相手を殺す事すらできる。そして、碧も距離をとりこちらを狙撃してくるだろう。だから、実戦だと早かったほうが勝ち。
「お待たせー。あ、みんな揃ってる。久しぶり」
お待たせ、と言ったが、今が待ち合わせ時間ちょうどくらいだ。つまり、みんなが早かったのである。最後の一人、晃一郎こと篠崎晃一郎の登場だ。
「おう、久しぶりだな、篠崎。沙恵ちゃん元気?」
敬が軽い調子で声をかける。沙恵、とは晃一郎の可愛い奥さんである。いや、本当に可愛いのだ。
「元気元気。みんなに会いに行くって言ったら、ちょっとすねられたけど。自分も会いたいって」
晃一郎がそう返した。優しげな風貌の晃一郎と、小柄で可愛らしい沙恵はお似合いだ。沙恵は魔術師ではないが、晃一郎を通して悠李たちとも交流がある。
どうでもよいが、晃一郎と敬は対角線上にいるのに二人で楽しげに話している。
とりあえず全員そろったので、料理を注文する。パスタとピザは外せない。これらはみんなで取り分けることにした。そう言うこともできる、本当にカジュアルなレストランなのである。
「とりあえず、再会を祝して、かんぱーい」
代表して紗耶加が音頭をとる。それぞれ手に持ったグラスを掲げ、乾杯をする。それから料理を食べにかかる。パスタをとりながら、ワインのグラスを一気に空けた碧を見て、悠李は先に突っ込みを入れた。
「ちょっと旦那さん。飲み過ぎて変なものを変なところに入れないでよ」
「そこまでは飲まん。そもそも、話をしに来たんだしな」
「ならいいけどさ」
酔っぱらえば、連れて帰るのは悠李になるのだ。当たり前だけど。碧が酔っぱらって前後不覚になったら、その辺のホテルにでも泊まろうと思い、悠李は皿にとったパスタを碧に押し付けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
酔っぱらって冷蔵庫にケータイを入れちゃう話はたまに聞きますが、そういえば、冷凍庫に入れたという話は聞いたことがない気がします。