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Truth  作者: 雲居瑞香
12/19

12.やっぱり成原夫妻はおかしい









 相変わらず悠李が洗脳魔法について解明、および解除しているところであるが、発砲事件は落ち着いてきていた。悠李の夫も無事退院した、そんな頃。

 木々が青く色づく初夏。職員食堂で昼食をとっていた悠李は仲の良い看護師が向かいの席に座ったのに気が付いた。


涼子りょうこさん、お疲れ様」

「お疲れ様、ユーリちゃん」


 もともとそう呼ぶ人が多かったが、だいぶこの環境にも慣れてきたからか、『成原』ではなく『ユーリ』だと認識されてきている。前の職場では旧姓で呼ばれることが多く、未だに『成原』に反応できない悠李としてはありがたい。

「ユーリちゃん、ちょっと聞いてくれない?」

 突然そんなことを言いだした涼子に、悠李は何気なく「なんですか?」と尋ねた。

「ユーリちゃん、ハンサムよね」

「……まあ、よく言われますけど」

 どちらかと言うと中性的な顔立ちで、そして長身痩躯の悠李だ。女性らしい凹凸に欠けるともいう。まあ、これでもだいぶふっくらしたのだが。

 そして、何よりハンサムと言われる要因は、その性格だと思われた。


「ねえ。今度デートしない?」

「……」


 涼子の言葉に、悠李は食事の手を止めた。

 大学生くらいの頃までは、その手のセリフはよく言われた。誘ってきた女性たちによると、悠李はその辺の男よりもよほどイケメンなのだそうだ。


「いや、私も涼子さんも既婚者ですよね」


 そう。涼子も結婚していて、子供も二人いるはずだ。ツッコミを入れると、涼子は「それがね~」と口を開く。

「私の旦那、マザコンなのよ」

「……はあ」

「何をするにしても自分の母親優先なのよね」

「……へえ」

「しかも、帰ってくるの遅いし」

「……ほお」

「だから、私も浮気してやろうかと」

「……理由が意味不明なんですけど」

 何故浮気に行きつく。だがまあ、悠李は女性で、同じ女性の涼子と歩いていてもそれは浮気ではない。だって、同性同士で、二人ともその気はないのだから。


「要するに、涼子さん、旦那さんと姑さんとうまく行ってないんだ?」

「むしろ、うまく行っているところを見てみたい……って、あなたの所はうまく行ってんだったわね。しかも、旦那さん超絶美形だし」


 まあ、悠李の夫・碧が超絶美形であることは否定できない。だって美形だし。顔のパーツの配置が絶妙で、秀麗な顔立ちを形成している。

「しかもクールだし」

「いや、まあ、確かに美形でクールですね……」

 悠李にとって身近で一番クールな男は兄であるのだが、碧もクールであるのは確かだ。だから、否定はしない。

「あー。うちの夫もユーリちゃんのとこの旦那さんぐらい美形だったら、少しは耐えられるのに。うらやましい」

 ……要するに、涼子は愚痴りたかったらしい。言いたいだけ言って、去って行った。どうやら、休憩時間の終わりだったらしい。この病院は、一応午前と午後に診療時間がわかれているものの、基本的に休憩はローテーションなのである。


 黙々と食事を続け、食後のコーヒーを飲んでいるところに、今度は敬が現れた。手にはトレーを持っていて、食事をとりに来たのであろうことがわかる。

「よお。今日は一人か。いつもの津田さんは?」

「津田さんは今日休みなんだ」

「へえ」

 敬は相槌を打って悠李の向かい側に座った。それから、「なあ」と話しかける。

「なんだい?」

 いつもの調子で尋ねる。敬は言った。

「文香がおかしいんだけど」

「今年国試だからじゃないのかい」

 敬の彼女であるところの文香は、今年、医者になるための国試を受ける。今も絶賛勉強中だろう。敬も通ってきた道だから、彼は彼女の納得のいくように付き合ってやっているようだ。さすがはかつて『魔法学院のおかん』と言われた男だ。

「いや、そう言う意味じゃなくて」

「うん」

 悠李が相槌を打ってコーヒーを口に含んだ時、敬は衝撃的なことを言った。


「……俺に、女物を着ないかっていうんだよな……」


 悠李は何とか口の中のものを吹き出すのはこらえたが、無理やり嚥下して激しくむせた。胸元を軽くたたき、涙目になりながら何度か咳き込み、少し落ち着いてから言った。


「いいんじゃないの、女装。ケイなら似合うよ」

「だって、なあ! 普通、彼氏に女装を強いるか!? お前、成原が女装してたらどう思うわけ!?」

「うん、よく似合ってたね」

「したことあるのかよ!」


 敬が盛大にツッコミを入れた。悠李の夫は小さいころ、母親に女装させられたことがあり、その女装姿を悠李も見たことがある。小さいときは、顔立ちの整っている碧は可愛らしい少女にしか見えなかった。

 ちなみに、その後も時々女装をしたことがある。やはり、きれいな顔立ちをしているので、それなりに似合って見える。ただ、細身だが女性の体格ではないので、多少の違和感はある。顔だけ見れば女に見えないことはないのだが。

「文香ちゃん、そう言うのが好きなんだねぇ。私にも懐いてくれるし」

「ああ……男装してるお前に、『イケメン!』って飛び着くのがあいつだからな……」

 敬が、自分の彼女のことなのにぐったりしながら言った。悠李は苦笑を浮かべる。

「まあ、文香ちゃんなりにケイのことが好きなんだよ。強く生きなよ」

「……ひでぇ……」

 敬は半泣きだが、文香は確かに敬のことが好きなのだ。その愛情が多少屈折していようとも、その事実は変わらない。


 と、悠李のPHSが高らかな音を立てた。

「はーい。成原です」

『魔法心療科、東野とうのです。魔法省の方が成原先生をお呼びなのですが』

「わかった。今行く」

 悠李はPHSを切ると、立ち上がった。まだ昼休憩に入ったばかりの敬が立ち上がった悠李を見上げる。

「呼び出し?」

「まあね。じゃあケイ。女装したら写真撮って見せてくれ」

「撮らねえよ! もとい、しねぇよ!」

「いいよ。文香ちゃんに頼むから」

「やめろ!」

 敬の悲鳴を聞いてもう一度笑い、悠李は食器を返却口に返して魔法心療科に向かった。そこで待っていたのは。


「やっぱり兄さんか」


 長身の自分よりさらに背の高い美丈夫を見上げ、悠李は苦笑した。魔法省の役人と聞いた時点である程度予測していたのだが、本当に兄の真幸が来た。

「ひと月前の銃乱射事件の犯人の様子を見に来た」

「なるほどね。了解」

 早速魔法心療科長の鈴村と病室に向かおうとするが、その前に、と兄・真幸が悠李に話しかけた。

「お前の携帯端末、電源切ってるのか? 通じなかったんだが」

「いや。壊れた」

「壊れた?」

 真幸に問い返され、悠李は今朝の出来事を思い出しながら顔をしかめた。

「旦那に冷凍庫に入れられてて、凍結した」

「は?」

「たぶん、基盤部分に結露した水がついたせいだと思うんだけど、ショートしちゃって」

「いや、それはわかった。冷凍庫に? 携帯端末を入れた?」

「そう」

 尋ねられて、悠李はうなずいた。


 これは悠李の夫・碧の奇癖である。酔っぱらうと、いろんなものを意味不明なところに入れるのだ。悠李の携帯端末が冷凍庫に入れられていたのも今回が初めてではない。今までは大丈夫だったが、繰り返すうちにさすがに耐久度が落ちたようだった。

 ほかにも、財布や鍵が冷蔵庫に入っている、眼鏡が炊飯器の中に入っている、服が電子レンジに入っている、などいろいろある。ひどかったのはコンピューターが浴槽に入っていた時だろうか。ちなみに、対象となるのは冷蔵庫が多い。


「……何をしているんだ……」

「昨日酒を飲んだみたいでね。酔っぱらった時のうちの旦那の奇癖の一つ。さすがに怒って出勤前にとび蹴り食らわしてきたけど」

「どんな夫婦だ、お前ら」


 真幸に突っ込まれ、悠李は肩をすくめた。話を聞いていた魔法心療科の面々はどん引きだ。碧を知っている章平が「碧さん……」とショックを受けた様子だった。

 まあ、碧の酒癖と悠李との夫婦仲はどうでもいい。参考までに言っておくなら、これでも関係は良好である。

 悠李と鈴村科長は、真幸を連れて碧が怪我を負った時の銃乱射事件の犯人の病室に向かった。そこには、酸素マスクをつけた男の容体を確かめている脳外科医がいた。


岡浦おかうら先生。彼の様子は?」


 鈴村科長が尋ねた。岡浦医師は苦笑を浮かべ、首を左右に振った。

「駄目ですよ。いわゆる『脳死』状態です」

 笑って言うことではないが、魔法医には変わった人が多いので受け流すことにしておこう。

「脳死……ということは、心臓は動いているんですか」

 真幸が尋ねると、岡浦医師は「そうですね」とうなずいた。

「ただ、眼を覚まさない……悠李さんにも魔法治療を行ってもらいましたが、結局目覚めないままですからね」

 そう。悠李はすでに、目を覚まさない彼に対して無理やり意識を引き上げる、という魔法を使用済みだ。それでも、起こすことはできなかった。

「私の魔法は、意識、もしくは思念があるものにしか使えないから。サイコメトリーの兄さんの方が、情報を引き出せると思うんだけど」

 真幸は残留思念解読能力者サイコメトラーである。過去追跡者ともいう。過去のことを知りたいなら、真幸の方が適任だ。

「確かにそうだが、政府の許可が下りるか……」

「あいからわず頭が固いねぇ、上層部は」

 悠李がうんざり気味に言った。真幸が読み取れば、結構いろんなことがわかると思うのだが。

 しかし、そこに岡浦医師が口をはさんだ。

「以前、この病院に銃を持った人間が襲撃してきたでしょう。あのときに、おそらく、何者かによって彼はこの状態にされてしまったのだと思います」

「つまり、あの院内銃乱射はおとりだったと言うことですよね」

 岡浦医師の言い分に、悠李はため息をついた。岡浦医師の考えは、悠李や真幸と同じだ。


 しゃべらせないように、情報を与えないように。その人間を始末する。もともと洗脳魔法がかけられていたこの犯人は、精神を崩壊させられて目を覚まさない状態になってしまったのだろう。

「……仕方がない。上に掛け合ってみるか……」

 真幸が面倒くさそうに言った。他人の心を読んだり、操ったりできる能力は政府から強く制限がかけられているのだ。悠李の他人の心に干渉する能力は第一級使用制限魔法だが、真幸のサイコメトリーも第二級使用制限魔法に登録されていた。

「まあ、その辺は兄さんにまかせるよ」

「もともとこちらの島だからな」

 真幸がうなずいた。そう。これはそもそも、悠李たちの仕事ではなく、魔法省の仕事であるのだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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